「独り戯(ひとりぎ)」
黒諸葛亮編
 諸葛亮×劉備


 寝静まった城内を歩くのは、好きだった。人の気配がない静寂は、思考を鮮明にしてくれる。
 諸葛亮は、明日に迫った劉備たちの江陵への撤退経路を頭に描きつつ、幾度目かの確認をした。
(ふむ、おそらく何とかなるでしょう。関羽殿も夏口へ送り出しましたし、抜かりはないはずです。)
 後は劉備の天命ある限りは生き延びられるはずだ。
 そして、天文を見るに劉備の星が落ちる兆候は見られない。
 新野城の廊下から夜空を見上げ、諸葛亮は満足して頷いた。
 城内を一回りしたら、明日に備えて眠るとしましょうか。
 こつこつ、と足音を響かせながら、諸葛亮はのんびりと羽扇を扇ぎつつ廊下を歩んだ。
 歩を進めていると、心に蘇る言葉があり、つい顔が綻んでしまう。
 曹操の荊州攻めを聞いた劉備たちへ、自分の進言を告げた後の劉備の言葉。
 先ほどまでは青ざめてすらいたのに、諸葛亮が微笑み掛けた途端、無邪気に笑って劉備は言った。

『そうか。お前に私の命、預けよう。頼りにしている』

 無心に寄せられる信頼感に、何とも言いようのない面映さを覚え、諸葛亮は相貌を崩してしまうのだった。
 いや、そもそもにして諸葛亮の草庵を劉備が訪ねてきた時より、諸葛亮は劉備に心惹かれていたのだ。
 温良な眼差しに込められた、庇護欲を掻き立てられるような吸引力。
 自分はこの人を待っていた。
 そう思いもしたのだ。
(必ず、お役に立ちますよ、我が君)
 などと、劉備のことを考えていたせいなのか、何なのか。
 気付くと諸葛亮は劉備の私室の前へやって来ていた。
(おやおや、つい)
 思わず笑ってしまう諸葛亮だったが、火急のとき、と言うこともあって、劉備の私室の前には衛兵がいない。
(少し様子を窺ってみましょうか)
 少々邪念を含んだ配慮ではあったが、諸葛亮は静かに戸を開けて中の様子を窺った。
「――っ」
 すると、何やら押し殺したような声が寝台から上がっていた。
(おや、これは中々面白いところへ居合わせたようですね)
 にんまり、と諸葛亮は笑んだのだった。



          ※



 劉備は眠れずにいた。
 明日に迫った江陵への撤退のことや、迫っている曹操のこと。考えれば切りがないのは分かっていたが、寝台の上で寝返りを打ち続けていた。
(いや、やはり止めて早く寝なくては。諸葛亮も大丈夫だと言ったではないか。不安を持ち続けているのは、あやつに対する裏切りではないか)
 生真面目な劉備は、よし、と言わんばかりに掛け布を掛け直した。

『殿、ご安心ください。必ずや貴方のお命をお守りいたします』

 柔らかで涼やかな声に秘められた凛とした意思に、劉備は微笑んだ。
(信頼しておるぞ、諸葛亮)
 闇の中で口元を綻ばせ、劉備は諸葛亮の姿を頭に描いた。
 緩やかに孤を描いている唇や、知性に溢れた眼差しや、黒く艶やかに輝いている髪が鮮やかに蘇る。

『殿、そこはこうでございます』

 いつだったか、書簡の写しをしていたときに、間違いを指摘した諸葛亮のすんなりとした指先も思い出す。
(私の剣を握る指と違って、綺麗な指だった)
 あの指の感触はどんなものなのだろう。触ってみたい。
 そんな他愛ないことも考えた。
 だが、不意に体の変調を覚えて劉備は戸惑った。
 熱が体を渦巻いて、ある一点を疼かせるのだ。
(な、何?)
 急に欲を訴えてきた下肢に、劉備は狼狽たえる。そっと指を伸ばしてみると、まさにそこは熱を含み緩く立ち上がっていた。
(いったいなぜ?)
 思い当たる節のない劉備は焦って考えるが、考えていたのは諸葛亮のことだ、としか思いつかない。
(では、私は諸葛亮のことを考えて?)
 そんな馬鹿な、と思わず首を横へ振る。
 しかし、諸葛亮の姿を鮮明に映し出す脳裏によって、ますます下肢は熱を帯びてくる。
(嘘だ……)
 咄嗟に触れていた指先を離そうとするが、頭はその指を諸葛亮の指へと変換させてしまったようで、びくん、と劉備の体が跳ねた。
 それは紛れもなく快感で、劉備は息を詰めた。
 さらに存在を主張してきたそれへ、劉備は叱咤したくなる。
(何を血迷っている。明日からの行軍で血が騒いでいるのか? 大人しく寝るのだ)
 自分と下肢へ言い聞かせるようにするが、一度騒ぎ出した血は、吐き出すまで治まりそうになかった。
 仕方なく、劉備は衣の隙間から手を差し入れて、慰めに入る。
 幸い、いつもは部屋のすぐ傍に居る衛兵も、明日の準備でいない。慰めにふけり、声が漏れても大丈夫だった。
(だが、どうして諸葛亮のことを考えていただけなのに、こうも体が熱いのだろう)
 湧き上がってくる悦に吐息をこぼしながら、ぼんやりと劉備は考えた。
 熱を集め始めているそこを指で弄りながらも、頭は諸葛亮の姿を思い描き、さらに熱を煽る。
 自分の指のはずなのに、諸葛亮の指で触られているような、そんな感覚すらして、いつもよりもひどく感じた。
「ぅ、うんっ」
 堪え切れずに、息が乱れていく。きゅっと目を瞑り、さらに鮮明に諸葛亮のそれを思い出そうとしている自分がいる。
 そのことをどこかで恥じている自分と、それでも止められない自分がいて、背徳感で血が煮立ちそうだった。
「諸葛亮っ」
 ついにはその名前まで呼んでしまう。
 頭の片隅で、おかしい、と呟く己がいるのに、体にぞくぞくっとした官能が走り、薄く開いた唇が震えた。
(私は諸葛亮のことを?)
「――っんん」
 限界が見えてきた。劉備はそれを追い求めるように、指を激しく動かしたが、瞑っていた目に陰りが落ちた気がして、薄っすらと瞼を開けた。
「諸葛、亮……?」
 滲んでいた涙で捉えにくかったが、見覚えのある長い髪と柔和な笑みは間違いなく諸葛亮のものだった。
「ああ、殿。私のことはお気になさらずに続けてください」
 その諸葛亮と思しき人影は、いつもの調子で笑い掛けてきた。
 しばらく、諸葛亮のことを考えるあまり幻覚でも見ているのか、とも思った。
 幾度か瞬きをしてその影を見つめ続けるうち、ようやく幻でも何でもなく、確かにそこに諸葛亮がいることが分かり、劉備ははっとした。
「諸葛亮!?」
「はい、何でしょうか、殿」
 にっこりと微笑まれて、劉備は口を何度か開け閉めをして言葉を探したが、自分の状況を思い出して頬が熱くなった。
「どうしてここにお前が」
 ようやくそれだけを口にした。幸い、掛け布を掛けたままだったので、あられもない姿を見られてはいない。
「少々夜の散策などをしていましたら、殿の声が聞こえまして。ご無礼を承知で部屋へ」
 妙に楽しげな口調で諸葛亮は説明をしてくれる。手にした羽扇をゆったりと扇ぎ、静かな佇まいもいつもの通りだ。
「そのおかげで素敵なものを拝見することが出来ました」
 咽に何かが詰まったような気がして、うぐ、と劉備は呻いた。
「途中のままではお辛いでしょう。どうぞ続きを」
 まるで、書簡の写しが途中だったのを促すかのような気楽さで、諸葛亮は劉備へ行為を促した。
「お、お前っ」
 非難の声を劉備が上げるのはもっともなことだったが、諸葛亮は意に介した様子もなく、小首を傾げてみせた。
「どうかなさいました? それともお手伝いして差し上げたほうがよろしいですか?」
 またも、今日の執務の内容でも話すかの気軽さで、諸葛亮は聞いてきた。
「いらぬっ」
 慌てて劉備は首を横へ振るが、そうですか? と聞き返されてしまう。
「殿が私の名前を呼んでいたので、手伝ったほうがより善いかと思ったのですが」
 またしても、民政のことなどで、こちらの案はいかがですか、と提示するようなさり気無さで言う諸葛亮へ、劉備は顔から火が出るかと思った。
「聞いておったのか?」
 恐る恐る尋ねると、それは綺麗な笑顔で頷かれ、劉備は今すぐにでも穴を掘って入りたくなった。
「嬉しいですね。殿が私を想って慰めておいでになっているとは」
 違う、とはとても否定できなかった。
 事実その通りだったし、誤魔化しの効く相手でもなかった。
 だから劉備は素直に聞いた。
「嬉しいのか? 気持ち悪い、とか思わぬか?」
 上目遣いで窺えば、諸葛亮は口元を羽扇で隠しながら笑んだ。
 口元が羽扇に隠れる間際に、不気味なまでに緩んでいたような気がしたが、目だけが覗ける今は、普段の涼やかな笑みだった。
「そのようなこと、思うはずもありません。それどころか……」
 不意に諸葛亮は言葉を切って、劉備が首を傾げたところを狙ったかのように、掛け布を取り去ってしまう。
「頼んででもお手伝いしたいぐらいですから」
 露わにされた姿に羞恥を覚える暇もなく、諸葛亮は寝台へ上がり込んできた。
「諸葛亮っ……ちょ、あっ」
 もう少しで解放だった中心を握り込まれ、抗議の声が跳ね上がった。
 咄嗟に諸葛亮の袖を引くが、握り込まれた中心を扱かれれば、力の入らぬものとなってしまう。
 諸葛亮の掌から粘着質な音がこぼれ、劉備は悲鳴を上げそうになるが、同時に鋭い悦をも覚えて目を瞑ってしまう。
 瞑ると、諸葛亮の指の感覚と頭の中で描いていた指が噛み合って、さらに悦を集めてしまった。
「やっ、ぁ。んぁ……」
 欲が吐き出されるのは早かった。体を大きく震わし、濡れた声を上げて劉備は達した。
「善かったですか?」
 耳元で囁かれる諸葛亮の声に、過敏になっている体が小さく震える。薄く瞼を開ければ、自分を見下ろす端然な面持ちがある。それへ小さく頷いた。
 すると、嬉しそうにその顔が綻んだので、劉備はどきん、と胸を跳ね上げさせた。
 するっと、諸葛亮が羽扇の先を使って衣の隙間から劉備の肌を探ってきた。
「ぁ、ぅんっ……諸葛亮?」
 くすぐったさと快さの境のようなそれへ、劉備は微かに喘ぎ、問い掛けると、諸葛亮はふふ、と笑った。
「もう少し、お手伝いしても構いませんか?」
 艶の含んだ物言いに、先の行為を示すものだと理解する。
 劉備は顔が熱くなるのが分かったが、欲を吐き出して治まったはずの体がまた熱を持ち始め、首を縦に振っていた。
 半端に着込んでいた衣を脱がされ、劉備は裸体を諸葛亮へ晒す。その肌の上をまたしても羽扇が撫でていく。
 くすぐったい感覚に劉備は身を縮込ませる。スルスルと強弱を付けながら、肌の上を縦横に行き来する羽扇に、劉備はもどかしさを覚える。
「諸葛亮」
 じっと諸葛亮を見上げると、さらっと黒髪を流しながら首を傾げた。
「どうかいたしました、殿?」
「あ、いや……その……」
 さすがに、その先は口籠もって言えなくなる。
 羽扇で触るのではなく、お前の指が欲しい。
 口に出来るはずもなかった。
 だが、諸葛亮は何かに気付いたように羽扇を脇へ置いた。
「……ああ、殿は私の指がお好きなのでしたね。では、羽扇で戯れるのはまたに致しましょうか」
「知っておったのか?」
 びっくりして聞けば、諸葛亮は涼やかな眼差しを緩め、頷いた。
「時折、ぼんやりと私の指先を見つめていましたから」
「そ、そうか。お前は何でも見通しているのだな」
 照れ臭さもありながら、劉備は素直に感心してしまう。
「いいえ、私にも分からぬことはたくさんございますよ」
「どんなことだ?」
「そうですね……。例えば、殿の乱れる姿など、どんな感じなのか一向に見当がつきませんね。こればかりは実際に拝見しないと何とも」
 本気とも冗談ともつかない言い分に、劉備は一人で慌ててしまう。そんな劉備を見下ろして、諸葛亮は小さく笑っている。
「拝見させていただけますか?」
 穏やかに微笑まれると、逆らう気持ちも無くなって、劉備はこっくりと頷いてしまう。
「なぜだろうな。お前の言うことなら全てを信じて受け止めてしまえる」
 不思議に思い尋ねるのだが、諸葛亮は一瞬だけ目を見開いてから、くすっと笑った。
「そうですね。きっと魚は、自分が泳いでいる居場所を疑ったりすることがないからではないでしょうか」
「う〜む、なるほど。そうかも知れんな」
 納得して頷いたのに、なぜか諸葛亮は楽しげに笑い声を立てた。
「可笑しなことでも言ったか?」
「いえ、申し訳ありません。きっとその魚は清い水の中で育ったのだろう、と思いまして」
 きょとん、として諸葛亮を見上げるが、言いたいことが何となく分かった。
「私が素直すぎる、と言いたいのか?」
「ええ、まあ」
 微苦笑を浮かべた諸葛亮へ、劉備はむぅ、と唇を尖らした。
「だがな、清水に魚棲まず、とも言うぞ。私も綺麗事だけでここまで来てはいない」
 見くびるなよ、と言う意味を込める。
「存じております。清濁併せ呑む度量だからこそ、殿は私を見い出してくださったのですから。感謝しております」
 少しぐらい濁っていた方が、魚も住みやすいでしょうし、と艶やかに笑われて、劉備は目を泳がせてしまう。
「では、殿には存分に水の中で泳いでいただきましょうか」
 あの、すんなりとした指が肌に降りてきて、劉備は息を吸い込んで目を瞑る。
 せいぜいに、魚が水で溺れる、などと言う失態を起こさぬように、とも思うが、それは無理なような気がして。
 ふと、劉備はぱっちりと目を見開いた。
「忘れていた。お前に言っておきたいことがある」
「何でしょうか」
 真面目に響く劉備の声音に、緩んでいた口元を引き締めて諸葛亮は見下ろしてきた。手招きをして、耳を傍へ寄せるように仕向ける。
 差し出された耳へ、そっと囁いた。
「孔明、好きだ」
 差し出された耳が少しだけ赤くなった後、同じように囁きが耳へ寄せられた。
「私もですよ、我が君」
 夜を照らす月が、なみなみと湛えられた水の中で泳ぐ魚も照らし出し、微笑んでいた。



 了





 あとがき

 バカップルですいません。劉備が指フェチですいません。Hが中途半端ですいません。
 ふぅ……、とりあえず謝ったから大丈夫ですか!? 書いていてお腹が一杯になりました。だから黒諸葛亮編はここでおしまいです。でも、気が向いたら続きを書いてしまうかも。


 いやぁ、黒諸葛亮と天然劉備が一番しっくり来るのか、書いていて楽しくて楽しくて……。それと、諸葛亮の「我が君」! 初めて使いましたが、恥ずかしい&萌え(笑)。何、この素敵な呼び方。真・三国無双ベースですから普段は「殿」ですが、いいですね!


 そして、これがうちの(正しい?)水魚さんです。でも、色んな水魚が大好きですけどね!筆が乗るのはこの腹黒×天然タイプのようです。読む分には何でもOKですが。


 では、何かありましたら書簡へお気軽にカキコしてくださいませ〜。



目次 白諸葛亮編 曹操編
関羽編 関羽編2(曹操編の続き)