「独り戯(ひとりぎ)」 関羽編 関羽×劉備 |
珍しく、関羽は一人で幕舎に居た。 すでに外は寝静まっており、時折、近くを衛兵が通り過ぎる気配がするのと、風が吹き抜ける烈音がするだけの、いつも通りの夜だった。 だが、いつも傍らで寝ている、兄と弟が居なかった。 桃園で義兄弟の契りを結んだ後、様々なところで戦、戦、の日々。転戦に続く転戦の日々だったが、三人はその度に絆を強めていた。 元々は、楼桑村にいる一角の人物の噂を聞いて、関羽が劉備のところを訪ねたのが、きっかけだった。 そこへ、黄巾族が村を荒らしているところへ居合わせ、退治をしているところに張飛が加わり、意気投合した三人は、義兄弟の契りを結んだ。 そんな、偶然の邂逅に寄って結んだ契りではあったが、共に時を過ごすうち、三人は血の繋がりよりも濃い絆を築いていった。 やはり、それは劉備の人を慈しむ心が要ではあったが、張飛の屈託のない、真っ直ぐな性根だったり、関羽の義を重んじる澄んだ気質だったり、そういうところが引き合わせたのかもしれない。 今にして思えば、楼桑村での出会いも、決して偶然なのではなく、必然であったのだろう、とさえ思えてくる。 漠然とそんなことを考えながら、関羽は寝返りを打った。 今、身を寄せている劉備の兄弟子である公孫サンは、近々、袁紹と刃を交えるであろう。 早くも血の匂いが漂いそうな、そんな気配が陣営に満ちていた。 だからだろうか。いつもは枕を共にすることが常だった三人が、誰からかともなく、今夜は一人で寝たい、と言い出した。 珍しいことではあった。あったが、今まで皆無であったか、と言えばそうでもない。 血が騒ぐ。眠れない夜がある。それは、誰しも抱える思いなのだろう。そんなときは、一人で寝たかった。いや、寝ることは出来ないのだから、身を横たえるだけだ。 おそらく、少し離れたところの幕舎でも、兄と弟は身内をざわめかしている、得体の知れない猛りと会話をしているのだろう。 今の自分のように。 また、関羽は寝返った。 やはり、いつものように眠ることは出来そうになかった。 意を決して、関羽は寝台から降りた。夜も更けてはいるが、体でも動かそう、と思った。 枕元に立て掛けてある偃月刀を掴んだ。関羽は長躯であったが、鍛えられたそれが持つしなやかさで、音も無く幕舎を抜け出した。 普段から気配を余り立てないで動けるところを、寝ている者を起こさぬよう、さらに密やかに体を運ばした。 ふと、吹き荒んでいた風が止み、辺りが妙に静まり返った。衛兵も見回りの時間が過ぎたのか、近くにはいない。 訪れた、耳の痛くなるような静寂に、関羽は足を止めた。 周りでは、寝息や寝返りを打つ気配があるはずだろうに、なぜかそれも聞こえなくなった。 不思議な、世界が寝静まったときであった。 「……っ」 だからだろう。それを聞きとがめられたのは。そうではなかったら、恐らく気付くことなく通り過ぎたはずだ。 それほど、その気配は僅かだったし、潜んでいたものだった。 (兄者……?) それは、劉備の幕舎から聞こえた。関羽は密やかな足運びのまま、劉備の幕舎へ近寄った。 苦しそうな、息の詰まるような声だった。それは関羽の耳孔にするりっと忍び、脳髄へ染み込むように残った。 騒いでいる血が、威嚇するように毛を逆立てたような気がした。 何を劉備がしているのか、関羽は理解していた。それでも、確かめたくなった。 (真に? あの、兄者が?) 劉備の幕舎へ、するりっと潜り込んだ。入り口に背を向けていた劉備は、不届きな侵入者へ気付いた様子もない。 「……ふっ」 押し殺した、低い吐息を劉備が漏らしている。こちらに背を向けた劉備の体が、小さく震えていた。 ああ、と関羽は安堵している自分に気付いた。 (兄者も男であったか……) 関羽は、いつも微笑んでいる劉備しか知らない。何を言われても優しく微笑み、嫌なことがあっても怒るでなく、どこか困ったように笑う。 そんな、寡黙で穏やかな兄の姿しか知らなかった。 それはそれで、大器である、と思い感心もしていたし、崇拝する部分でもあった。 だが、そんな姿ばかりを見せられるうち、どこかで劉備は人として何か大切なものを無くしているのではないだろうか。本当に人であろうか。 そんな 「っく……んっ」 しかし、やはり杞憂だった。 当たり前であった。劉備も一人の人間なのだ。関羽に見られているとも知らずに、劉備は乱れた吐息をこぼしている。 血が そんな、劉備の人間――男臭いところを知り得ただけで、関羽は満足だった。 だから、また静かに引き下がるはずだった。そのしなやかな四肢を存分に活かし、気付かれぬよう、幕舎を出る。その予定だった。 「ふ、ぅ……」 それなのに、やはり覗きなどと不道徳な行いをしたせいなのだろうか。関羽に背を向けていたはずの劉備が、身を捩って背を寝台に付けた。その拍子に、傾けた顔が関羽へ向いたのだ。 「――っ」 関羽は息を呑んだ。咄嗟に、身を翻そうとも思ったのだが、劉備の両目はしっかりと関羽を捉えていた。 幕舎は暗い。だが、互いに夜目は充分に利いている。視線は、間違いなく絡み合った。 もう少しで達しそうだったのだろうか。劉備の瞳は潤んでいて、微かに開いた唇が湿り気を帯びて濡れていた。 悦に浸っていたらしい熱を帯びた劉備の眼が、急速に冷えていく様まで、関羽にはつぶさに見て取れた。 「雲、長……?」 それでも、どうしてここに関羽がいるのか、俄かには信じられなかったのだろう。まるであやかしでも見たような口調で、呆然と劉備が関羽を呼んだ。 それに、関羽はどうやっても返事が出来ずに、口を閉ざして立ち尽くすしかなかった。 「どうして……」 なぜここに居るのだ。 そう続くであろう劉備の言葉は、しかし自分の状態を自覚したのか、顔に朱が乗った。 決して全てが見えていたわけではなく、むしろあの吐息すら聞いていなければ何をしていたか、などと分からなかったであろう。 引き上げられた掛け布の下はいざ知らず、少なくとも見える範囲では服を着ていたのだ。 あえて探すなら、名残を示す潤んだ眼と、濡れた唇だけが、物語っていると言えた。 関羽のすべきことは決まっていた。不埒な行いをした謝罪をし、速やかに立ち去るべきだ。 頭では分かっていた。それなのに、発した言葉と行動は、全く違うものだった。 「ご自分で慰めておられたか」 分かりきったことを尋ね、そして劉備が横たわっている寝台へ歩み寄った。 「血が、騒ぎますか」 掛け布を口元まで引き寄せ、顔を半分ほど隠した劉備は、覗ける瞳が困ったような色を湛えているのに、孤を描いていた。 ああ、貴方はまたそのような目をなさる。どうして、嫌なら嫌と、示さないのですか。 もどかしい思いが込み上げ、さらに劉備へ近寄った。 迫る関羽に気圧されたのか、劉備が半身を起こして、寝台の隅へと身を寄せた。 静かに、偃月刀を床へ置いた。ますます、劉備は困ったように眉間を狭くした。 「雲長?」 布地の下から、くぐもった声で劉備が聞く。不安に彩られた口調が、関羽の逆立った血を、ぞわり、と撫でた気がした。 「拙者が鎮めましょうか?」 指先を伸ばし、剥き出しになっている頭髪へ触れた。結われた髪は劉備が自らを慰める時に乱れたのだろうか。ほつれた髪が耳へ垂れていて、それを手繰るように指先へ絡めた。 「――っ」 怯えたように身を縮め、目を瞑る劉備の仕草が、荒れた血をまた波立たせた。握られた布を引き剥がし、劉備の肢体を眼下に捉える。屹立し、己を濡らしているそれがちらり、と覗けた。 関羽が何を見ているのか、目線の位置で分かるのだろう。朱が乗った目元が、さらに色を濃くした。 隠すように膝を抱えようとする劉備の腕を掴み、強引に膝を開けさせた。寝台へ乗り、劉備の脚の間に体を割り込ませる。 今度は手で自らを隠そうとする劉備より早く、関羽は中心へ指を絡げた。 「――あっ、やっ」 鋭い、愉悦とも拒絶とも取れる声が劉備の唇から発せられた。すでに昂ぶっているそれは、関羽が軽く扱くだけで、雫を溢れさせた。 「雲長っ、やめてく、れっ」 ようやく、劉備が明確な意思表示をした。 しかし、やはり劉備の面容には嫌悪や怒りよりは、困り果てたような笑みが浮かんでいた。 「なぜですか。兄者は熱を冷ましたかったのでしょう」 それに対し胸を掻き 言葉を発するたびに、自分の息が熱を帯びていくのが感じられる。どうしようも出来ない衝動が、関羽の中で螺旋のごとく理性に巻き付き、封じていく。 「うん、ちょ……いや、だっ」 拒絶を意味する言の葉とは裏腹に、劉備の中心からは もう少しで達せられたところを止めたのだ。過敏な反応は当然だったが、関羽の手の中で粘着質な音が立つのが受け入れられないのだろう。 感じ入ったような声を漏らすのに、劉備はゆるゆると それがさらに関羽の血を熱くさせることも分からないのだろうか。指先で先端を抉ると、咽奥から鋭い悦の 「あぁっ……!」 「お静かにせぬと、衛兵に聞こえますぞ」 意地悪く告げたのに、怒るでもなく劉備は素直に自分の手を口に当て、声を殺し始める。 四肢を脅かす悦が、劉備の瞳をさらに艶やかに色付かせている。ぐっと、力を込めて中心を扱けば、ふるっと体が震えて、達してしまった。 「……っぅ……んんっ」 押し付けた手の中へ、微かな嬌声を落としながら、劉備は身を痙攣させて、吐き出した熱の余韻へ浸ったようだ。 その劉備の肢体を寝台へ沈ませる。見上げる劉備の双眸は、やはり怒りが浮かんでいなく、困惑だけを映していた。 (どうして、貴方はそうなのですか。どうして立腹されない。ご自分の身がいいようにされているのに) 「雲長?」 (どうして少し困ったような顔で拙者の名を呼ぶのですか。いつもと同じ口調で……!) 関羽は自分が何に憤っているのか、見失いつつあった。 なぜ、自分は兄の幕舎でこのような真似をしているのだろうか。どうしてこのように怒りに身を包まれているのだろうか。 この身内で駆け回る衝動を言葉にしたかった。激しくぶつけて、そして。 しかし、飲み込んでしまう。形作れない、熱を放つ霞のような想いだけが、関羽を包んでいた。 それがどうしようもなく辛くて、自然と眉が寄った。 「どうした、雲長?」 だから、問うように劉備に言われ、意識しないところで答えていた。 「兄者の熱を冷ましたいのです。血を鎮めたいのです。許されませぬか?」 亡羊とした気持ちだった。自分でも、何を口走り、何を意味することなのか、理解するまで時間が掛かった。 「……構わない」 そう劉備が答えるまで、どれだけの時間が掛かったのか、関羽には計れなかった。ただ、やはり困ったように微笑んだ劉備の顔だけが、ちりっと胸へ痛みを届けた。 (貴方は、拙者でなくともそのようなことをおっしゃるか? その優しい笑みで受け止めるのか?) それを無理矢理ねじ伏せて、気付かなかったことにして、劉備の衣を肌蹴させた。露わにされた肌へ唇を寄せると、劉備の体が跳ねる。 浮かび上がる胸の色彩を吸い上げれば、劉備の息に熱が籠もる。それを受け取る自分の耳孔も、受けるたびに熱を籠もらせる。 自分の腕に抱えられれば、まるで幼子のように小さい劉備の四肢は、艶やかに乱れていく。 自然に合わせていた唇の間から、濡れた音が漏れる。 外はいつの間にか烈風が息を吹き返していた。激しく吹き荒ぶ風の咆哮は、この幕舎の行いを掻き消してくれるだろう。 飲み切れなかった唾液が、揃い始めた劉備の顎鬚を濡らす。それを音を立てて吸えば、劉備が恥じたように瞼を下ろしてしまう。 「兄者……」 兄の柔らかな眼差しが消えたことが寂しくて、関羽は名前を呼んでしまう。それに促されるように、劉備の瞼が開く。 「雲長」 照れたように笑う劉備は、いつもと同じ眼差しで自分を見上げていた。それが嬉しくもあり、なぜか口惜しくもあり、関羽は上手く笑い返せなかった。 だから誤魔化すように、劉備のまた 「くっ、んん……っ」 一瞬だけ、劉備の瞳に怯えが浮かぶが、関羽の 「兄者」 と、言う呼び掛けで、また静かな色へと戻った。指を進めると、その静かだった色に、悦の色彩が混じってきた。その混じり合った色はひどく艶めかしくて、関羽の血を炙(あぶ)る。 「〜っあ。……んっ」 劉備の背が弓なりに 縋るように、劉備の腕が関羽の肩を抱き込んだ。柔らかく解けるまで、関羽はそこを丁寧に慣らしていった。 「雲長っ……熱を、冷ましてくれっ」 乱れた息の下から、劉備が願いを告げる。 「御意」 短く答えて、関羽は劉備の腰を引き寄せた。深く繋がるために、劉備の膝を折り曲げて、抱えるようにする。血の集まった猛りを劉備へ宛がった。 劉備の奥へ自分を沈ませていくと、引き そんな劉備がどうしようもなく愛しくなって、関羽は血の促すままに劉備へ埋没していく。 「う、ん長……っ、ぁん、んっ」 烈風に紛れるように、劉備の濡れた 「ぁ、ぅんっ……雲長……っ」 ただ、劉備が自分を呼ぶ声が心地良かった。 ※ 「その……、申し訳ござりませぬ」 熱が冷め切った関羽は、青ざめながら劉備へ頭を下げた。 「どうして謝るのだ、雲長」 小さな苦笑を浮かべた劉備が尋ねるのが、なお関羽を罪悪感へ叩き落す。 「勝手に幕舎へ忍んだ挙句、このような無礼な真似までし……」 ダラダラと、背中を冷や汗が流れている。戦場でも、ここまで焦ったことは無かった。 冴えた頭になると、どうしてあのような真似を自分が出来たのか、恐ろしい限りだった。まさに、戦を前にしてどうかしていたのは、余程自分の方だったようだ。 床へ直に座り込み、寝台へ腰掛ける劉備へ頭を下げ続ける。 「雲長、頭を上げよ。私が構わない、と言ったのだ。謝る必要はどこにもない」 「しかし……」 ちらり、と目を上げて劉備を見れば、羽織っただけの衣の隙間から自分の付けた情の跡が見え隠れしていて、また関羽は頭を下げてしまう。 そんな弟の様子に、兄は何を思ったのか、笑いながら溜め息を吐いた。 「お前が、私に対して何を思っているか、知っている。お前は、何を言われても、何をされても怒らない私を歯痒く思っているのだろう?」 突然の劉備の告白と、図星の内容に、関羽は下げていた面(おもて)を上げてしまう。 そこには、やはり困ったように笑う劉備の顔があった。 「翼徳は、そんな私を叱咤してくるし、素直に気持ちをぶつけられる分、私もむしろ清々しいぐらいだ。雲長、お前はな、妙に私に遠慮しているところがあるだろう。それを私が歯痒く思っている、と言ったらどうする?」 「兄者」 今度は、関羽が困惑した。しかし、その通りだった。劉備の困ったような顔を見るたびに、どれだけ憤りを感じても、上手く言葉に出来なかった。 鬱屈した心はいつか反動として表れる。だからこそ、今夜のような衝動的な行動へ出てしまったのだ。 「良い機会だから言っておくが、私も人間だ。怒る時ぐらいあるし、本当に嫌なら断るのだ。ただ、それがお前たちから見て歯痒く思われるぐらい、表に出ないだけだ」 それを聞いて、関羽は薄っすらと理解した。 表に出ないだけではない。やはり劉備は、人よりも怒りに対する感情が希薄なのだ、と。自分に害するものへ怒りを抱くのは稀有なのだ。 ただ、もしそれが、自分が大事に思うものへ向けられたのなら、間違いなく腹を立てる。それは由無いことで虐げられる人々だったり、自分たち義兄弟だったり。 どうして、劉備が義勇軍を率いて戦っているのか。それはひとえにそういう人々を害から守るためで、この世の有り様に憤りを感じているからだ。 目の前の戦を追うばかりで、関羽はそれを忘れそうになっていた。 「兄者、拙者が狭量でござった。自分本位な尺度で測っていたようです。この度の不道徳な振る舞い、許される、とは思っていませぬ。ですが、これからも契りのために、お傍にいても良いでしょうか?」 猛省しつつも、関羽はこれだけは告げたかったので、そう劉備へ伝えたのだが、なぜか劉備はますます困った顔で笑った。 「あのな、雲長。もう一つ、言っておきたいことがある」 「はい。何でしょうか、兄者」 すっかり神妙になり、関羽は聞き返した。 「戦の前でいくら血が騒いでいようとも、私は男に抱かれる性癖は持ち合わせていない。だから、男に抱かれるなど、嫌悪している」 「はっ」 止まっていた冷や汗がまた吹き出してきた。 「その私が構わぬ、と言ったのだ。雲長ならば、良い、と。どういう意味か分かるだろう?」 「はっ」 反射的に返事をして、そしてしばらく関羽は固まった。 「はっ?」 再び聞き返した声は、間が抜けていた。問い掛ける目線の先で、劉備がクスクスと笑っていた。今度は困ったような笑顔ではなく、明るい楽しそうな笑顔だった。 「戦が強かろうが、こういうこととは余り関係がないようだな」 ようやく、関羽は劉備の言わんとすることが分かり、狼狽した。 冷めたはずの熱が再度上がり始めたような気がして、関羽は俯いてしまう。そんな弟の姿を見て、兄はまた、クスクス、と笑った。 外は、そんな関羽を揶揄するように、笑い声のような風が吹き荒れていた。 了 あとがき はい、いかがだったでしょうか? うちの関羽×劉備はこんな感じですね。暴走する関羽を劉備が暖かく(?)迎え入れる、という具合で、とにかく兄者に弱い関羽さんです。 そして、お嫌でなければ他の方へどうぞ! |
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