「大道之交 6」
〜 劉備、曹操に招かれて許都に赴くも 〜
曹操×劉備


「どういう風の吹き回しだ」
 上衣を脱ぎ落とす劉備を、牀臥に腰をかけて眺めていた曹操が尋ねる。面容や口調にはありありと戸惑いが滲んでいる。
 外は春の嵐となり、風が雨どいを激しく揺らし、大粒の雨を屋根や壁に叩きつけている。
 劉備の発言に呆気に取られたらしい曹操だったが、天候が荒れてきたこともあり場所を屋敷の中へと移そう、と提案してきた。屋敷の中でも奥まっている曹操の寝所は、雨風の音だけが響いている。
「貴方は私を抱きたかったのだから、構わないはずでしょう?」
 極力冷静に説明するが、袍の帯を解こうとする腕を取られてびくり、と震える。ぐるり、と一瞬にして視界が回転する。
 衣擦れの音と、背中から立ち上る香の匂いに劉備は竦んだ。気付けば曹操に牀臥の上で組み敷かれ、両手首を頭上で掴まれていた。
「どういうつもりだ」
 再び尋ねられた。今度は誤魔化しを許さない、底を見透かすような視線で射抜かれていた。
「今日は初めからそのつもりでした。貴方が私を求める理由を知りたい。だから抱いてください」
 ふぅむ、と曹操は小さく唸った。
「どうやら、本心のようだな。郭嘉に余計なことでも吹き込まれたか、とも思ったが、お主が自分の意志でそう願ったのなら、儂は構わぬ」
 ふっと曹操が笑う。ひどく艶かしい笑みで、劉備は心臓が跳ねた。
「だが、ずいぶんと緊張しておるようだな?」
「素面で、男が男に抱かれようとするのです。緊張ぐらいいたします」
「それでも、儂に抱かれることを望むのか。少し、自分の価値に気が付いたか?」
 やはりそうだったのか、と劉備は確信する。
「曹操殿は私に自分の価値を自覚させるために、抱かれろ、などと言い出したのですね?」
「それもある。肌を求めることは相手を欲していることに他ならない。誰かに求められることが、お主が己の価値を正しく見出すには、一番手っ取り早いと思った。それと……」
「それと?」
 まだあったのか、と劉備は小首を傾げる。
「お主の乱れた姿を見てみたかった、と言ったら、どうする?」
 耳元で低く囁かれた言葉に顔を火照らせた。と同時に曹操に見せてしまった淫(いん)姿(し)を思い出す。
「曹っん、んんっー」
 唇を塞がれた。顎を捉えられて強引に唇を奪われると、返すはずだった言葉ごと吸われてしまい、劉備は悔しさに顔を歪める。
 お返し、とばかりに舌が唇を割って潜り込んできたところを、こちらから絡ませた。少し驚いた様子を見せたが、すぐに応じてきた。
「ぁ、ぅん、む……ん、は、ぁ」
 舌の絡み合う音が雨啼(あめね)の隙間を縫うように劉備の耳を打つ。手首を押さえ込んでいた手が外れ、指は耳を弄りにきた。ぞくっと、いつか覚えた嫌悪に似た感覚が触れたところから襲う。今は、少しだけ嫌悪とは違い、高揚感を劉備に与えてきた。
 互いの唇が濡れ、顎が汚れたころに、二人は口吻(こうふん)を離した。
「あの夜は散々煽られたからな。今日は容赦できぬぞ?」
「だったら、あのときに抱いてしまえば良かったのに」
 顎を拭いながら挑発的に言い返せば、曹操は上衣を脇へ放りながら笑った。
「言ったであろう? 薬の力で欲しても意味がない、と。お主がお主の意志で誰かを求めなければ意味がない。もしあのとき、繋がりを持ってしまったら関係が成立してしまう。その後にいくら儂がお主を抱こうとも、惰性になってしまうだけだ」
 帯を解かれて素肌に手を忍ばされながら、曹操を見上げる。
「貴方は私が好きなのですか」
「さて、どうだろうな。そういうお主はどうなのだ。儂に抱かれることに意味を見出したようだが、好きでもない男に身を委ねるほど、安い男か?」
「さて、どうでしょうか」
 同じように返して、口許を綻ばせる。
 ただ、不可抗力だったとしても、曹操に半ば抱かれた形になったが嫌悪を抱かず、誰かに求められる、ということが劉備の胸底を大きく揺らしたのは間違いない。
 結果劉備に、曹操に抱かれてみよう、という気にさせたのだ。
「答えは、この先にあるのではないでしょうか?」
 曹操の首に腕を絡げる。
「私に欲しい、と言わせるほどの価値が貴方にあるか、確かめさせてください」
「良いだろう」
 再び口吻が寄せられた。
 今度は噛み付くような口付けだ。お互いを貪ろうとしているかのように、熱情を交し合う。
 曹操の指先が劉備の胸のしこりを捉えた。こねられて屹立していくのが分かった。
 この間のことで、曹操の閨房術(けいぼうじゅつ)が優れていることは身を持って知った。劉備とて場数は踏んでいるが、曹操と戦勝負をして圧倒されるのと同じぐらいに、経験が違っていた。
 肌蹴て、露わになった肌へ唇を寄せられて吸われ、皮膚の下がざわめくと、するすると理性はほどけて消えていく。
「ん……ふ、んっ、ぁは」
 深くなる口付けに酔いながら、劉備は曹操の指遣いに溺れていった。
 指先に催淫薬でも擦り込んでいるのでは、と思うほどに、曹操の指先が這った後はじん、とした熱が籠もる。皮膚の下で消えたと思っていた催淫薬の甘やかさが蘇ってくるかのようだった。
 舌を甘噛みされて、ぞくり、と首筋が疼いた。くちり、と音を立てて離れた舌が、繋がっていた銀糸を吸い、舐めた。
「ぁ……っ」
 淫靡な光景に声が漏れると、曹操の目が眇められた。
「まだ食前酒であるのに、もう酔ったか」
 指が唇をなぞり、顎を伝って鬚に絡まる。小さく引かれて顎を落とすと、自分でも驚くほど濡れた吐息がこぼれた。
「淫らな顔をする。やはりお主は少々自覚がない。己がどれだけ人を魅了するか少しも知らぬようだ」
 両のしこりが指先に潰されて、転がされる。
「ぅん、ん」
 小さく呻くと、曹操の眇められた目の奥が光る。
「素直な身体をしている。男を誘うぞ、劉備よ」
 跨る男を見上げて、劉備は反論の言葉を考えるが、思い付く前に曹操の唇がしこりを咥えた。
 びくっと震えた。舌が尖った先を細やかにこすり上げれば、低く声が溢れていく。曹操の首に絡げていた腕は外れ、敷き布の上を彷徨う。もう片方のしこりは指先の間で形を変えている。
 全身を弄(まさぐ)る掌に、じんじんと熱を煽られた。
 下肢が欲を溜め始めている。あれから少し、欲を吐き出すのが怖くなり処理も怠っていた。ゆえの早さだと思っても、反応の良さはまるで節操がないようで、少々羞恥を覚えた。
 交互に指と舌で責められるしこりは、すっかり色を鮮やかな桃へと変化させている。かりっと噛まれて、背を反らす。
「く、ぅあ」
 短くもはっきりと喘ぎが漏れると、曹操の愛撫はさらに熱を帯びてきた。肩から袍を抜かれ、うつ伏せにされる。背後から耳、首筋、肩へと舌が這い、後ろから伸びた手に両のしこりは強く摘まみ上げられた。
 びくんっと腰が跳ねた。拍子に硬くなり始めた下肢が布地の隙間でこすれて悦を生む。勝手にうねりそうになった腰を宥め、劉備は顔を腕の中へと埋めた。
 背中に幾度か強く吸われて痕を付けられたことを感じ取る。唇と舌が徐々に下がり、臀部の付け根にまた強く吸い付かれた。
 下衣の帯に指がかかる。ぞくぞくっと背筋を甘い痺れが駆け抜けた。
 すでに期待している自分に気付き、また悔しくなって顔を歪めた。
 帯はあっさりと解かれて足から衣が抜けていく。劉備が身に纏うものはすでに下穿き(下着)一枚となり、薄地のそれは欲の形を隠せずにいた。
 掌が包み込んで、やんわりと揉んだ。引き結んだはずの唇から細い声が漏れる。愛撫とも言い切れない、ただ掴んで揉んでいるだけの行為だが、劉備の悦楽を引き出すには十分だった。
「……っぃ、ぁ、あ……んぅ」
 伏せた顔を敷き布へ押し付けて、声を殺す。激しさを増している雨音の中に、小さくなった喘ぎは掻き消される。それが曹操には不服だったのだろう。指が悦を生み出すような動きに変化し、耳元で囁いた。
「声を聞かせぬか」
 指遣いにぶるり、と身が震え、言葉にぞくり、と身体の芯が痺れる。首を左右に振って、従わない、と意志を表示すると、曹操の指はさらに淫らに悦を煽った。
 根元から先端へ向けて掻くように親指を滑らせて、幾度もそれを繰り返した、と思えば、不意に先端を強くこすってみたりと緩急をつけて劉備を責める。
 あっという間に下穿きが湿り出す。
 伏せた敷き布に吐き出した息が跳ね、熱を劉備へ戻してくる。
「ぅ、んん、ん、はっぁ」
 先端を引っ掻かれるのと同時に胸のしこりをきつく摘ままれると、背が弓なりにしなった。
 仰向けに返された。下穿きを押し上げて自己主張している己を目にして、あまりの卑猥さに目を逸らす。先走りで濡れた布はすっかり透けて、下の欲を色も鮮やかに浮き出させていた。
 浮き上がっている形を曹操の指がなぞる。
 くっきりと色を露わにしている布地の下で、曹操の指を悦ぶように下肢は涙をこぼした。
 気を抜くと高い声が上がりそうで、劉備は必死で声を抑え込む。
 抱かれることの覚悟は決めたが、女のように抱かれるつもりは毛頭ない。曹操の与える熱も、身内を暴れ回る悦さえも飲み込むつもりだ。
 飲み込んで、己の糧にする。
 そう決めた。
「あっ……っ、はっ」
 下穿きごと、曹操の口腔に下肢が包まれた。
 熱い粘膜に過敏な箇所を喰われ、濡れた声が逃げていく。掠れた声で拒むが、強く吸われて腰が浮く。
 同性のそれを咥えるなど、劉備には信じがたい行為だ。それだけに背徳感が責めるのだが、身体は正直で、張り詰めて硬さを増した。
 先端を舌が舐めしゃぶれば、濡れそぼった布など意味をなさず、直接に近い感覚で劉備を責めてきた。
 嬌声が切れ切れに上がる。下腹と内股が強張り、極みが近くなる。
「離してっ……ださ、いっ」
 切羽詰って声を漏らす。劉備の声が届いたはずだが、曹操は耳を貸した様子もなく、根元の膨らみすら指で刺激を送り込み、極みを促した。
「達するなら、貴方と……っ」
 必死で劉備は訴えた。
 ぴたり、と曹操は動きを止めた。
「儂とともに達すると?」
 ようやく止んでくれた悦に、劉備は牀臥に身を沈めて息を整える。
「貴方と同じ極みを目指してみたい」
 整わない息のまま、一気にそれだけを伝えた。言外に込めた意味に、きっと男は気付いただろう。
「よもや、お主の口からそのような言葉を聞こうとはな。だが、構わぬぞ。では、焦らしに焦らしてやろう」
 と、少々意地の悪い笑みが曹操の口許に浮かんだのだから。ならばと、劉備も口許へ目がけ、口吻を寄せる。
「出来るならば」
 触れる直前に、小さく、しかしはっきりと言い返した。

 一度は指まで受け入れた秘奥は、再び曹操の指を咥え込んでひくひく、と息づいていた。
 今日は薬の力がないせいか、痛みが和らぐまで時間を要したが、それでもじわりと沁みてくる熱は、苛むほどの熱を与えたこの間の夜よりも厄介かもしれなかった。
 内側を掻き乱す指の動きに息が上がる。指が時折掠める愉悦の点に、腰が跳ねた。大きく広げられた脚にややすると屈辱すら覚えるが、曹操の身体に阻まれて閉じることはかなわなかった。
 先ほどまで執拗に指や舌を使って劉備の全身を煽っていたというのに、今はただ秘奥に挿し込まれた指だけが、劉備と曹操を繋いでいる。
 当然のように、劉備の意識もそこだけに集中し、したくもないのに曹操の指の些細な動きすら追いかけてしまっていた。
 奥を指で拡げられる感覚は辟易する。痛みはないのに、押し上げられる感覚だけが鮮明にあるからだ。それならばまだ入り口際を、痛みを覚えながら拡げられる感覚のほうが我慢しやすい。
「ふっ……く、っ……ぅ、ぃ」
 苦痛混じりの吐息に、曹操は慰めるように内側の悦を僅かに撫でて痛みを散らしてくる。
 眉を寄せて悦と苦痛が交互に襲う波に逆らう。
 屹立している下肢は、最後の布地すら取り去られ、曹操の眼下に全てを晒していて、触れる者がいなくなったことを悲しむように、ときおり雫を流していた。
 指がいったん引き抜かれ、とろり、と油を含んで突き入れられる。再び滑りの良くなった指は、一気に奥まで潜り込み、内膜を突いた。
「あ……っぅ」
 堪らず声が上がる。鋭敏になったところを指はぐるり、と掻き混ぜた。雫がまたこぼれ落ちていった。
 くちり、と濡れた音がして、指が増やされた。
 拡げられる感覚が増して、怖気か愉悦か分からないものが背骨をぞくり、と脅(おびや)かした。
 増やされた指は緩慢に抜き差しを繰り返して、中を拡げる行為に徹する。
「――っ、っん」
 淡々とした動きに、逆にこれから先に訪れる行いを意識する。あのときは理性も何もなく、ただ足りない熱に身悶えたが、もしも曹操が請われるままに繋がっていたら、どれほどの悦楽だったのだろうか。
 忘れるには近すぎる記憶に、身体が反応を示す。
 増えた曹操の指をきつく締め上げたのが、劉備にも察せた。
 雨音で掻き消されるほどに小さく笑った曹操の声だったはずだが、劉備の耳に鮮明に届く。
 目を開いてねめつけると、想像通り、曹操は唇の端を持ち上げて、人の悪そうな笑みを浮かべていた。
 口を開きかけた劉備を黙らすためか、増えた指は勢いよく奥を突き、そのまま幾度も責め立てた。
 仰け反り、咽を反らして激しさを増した秘奥の責めに悶える。敷き布を両手で掴んで引き絞る。
 じくじくと、突かれる先から熱が生まれてくる。奥歯を噛み締めて唇を引き結ぶが、指の先が奥から愉悦の点へと移ると、弾けるように声が上がった。
「っあ、んっんっ……やめっ」
 見開いた視界が歪んでいく。
 乱れる劉備の媚態を双眸に映し込んでいる曹操が、持ち上がっている唇の端をさらに深くした。
 ぴたり、と指の動きが止む。激しく突き込んでいたのが嘘のように、緩やかな動きに変化した。
「は、はぁ……ぁ……んん」
 しかし愉悦へは撫でるようにこすることを止めず、上がった熱を下げないように刺激が続けられる。低い唸りに近い声で、ゆるりとした悦に悶えた。
「物足りなさそうだな」
 曹操に言われる。
「……」
「この間、あのまま儂がお主を喰らっていたら、どうなっておったかな」
 劉備が考えていたことを、曹操も口にした。
 振り払った記憶が鮮明に蘇る。
 また、曹操の指を締め付けた。
「身体はしっかり覚えているようだ。劉備、儂が欲しいのだろう?」
 耳元で囁かれる甘美な誘い文句と、身を寄せられたことで漂った曹操の香の匂いに、くらり、と酔う。
 散々に拡げる行為に慣らされた秘奥は未知の刺激を期待するように、じん、とした痺れを孕み、腰骨を蕩けさせるような甘さを発していた。
 息を何とか整えて、にこり、と劉備が己でも至高、と思える笑みを浮かべた。
「喰らってやりますよ。男が男を受け入れるとはそういうことです。貴方の器を飲み込めるほど、私が大器であるということ」
 違いますか?
 珍しくも曹操が虚を衝かれた顔をした。
 劉備は決してこの男と沿う道は歩まないだろう。ただ、劉備の想い(ゆめ)がはっきりと形を成したとき、間違いなく交わることになろう。恐らくは、どちらかの道しかそこには敷けない、ただ一つの大道(だいどう)同士としてぶつかり合う。
 劉備の勘でしかないが、曹操がゆったりと浮かべた華やかな笑みがそれを裏付けていた。
「飲み込めるか、儂を?」
「やってみせましょう」
 膝の裏を掬い上げられた。
 露わにされた曹操の猛りが秘奥へと押し当てられる。
「儂は手を抜かぬ。優しいのは初めだけだ。辛いぞ?」
 念を押されたのは今からの行為だろうか、それとも。
 劉備は頷いて力を抜く。
 熱く硬い猛りが、受け入れるための劉備の器をこじ開ける。裂かれるか、と思うほどの圧迫感に汗が滲む。
 張り出した部分を受け入れ、ずずっと突き上がってくる男の大きさに、劉備の器は悲鳴と歓喜を上げる。
「善い顔をしおる」
 息をやや弾ませながら曹操が、劉備の汗に濡れた額を拭った。
「お主は己の器に誰かを入れたときが、一番お主らしいのかも知れぬ」
 揺すられて、喘ぐ。
 充足感が劉備の声を濡らし、甘く蕩けさせる。
「ぁ、ぁあ、んっ……ん、ぅぁ」
 ゆっくりとだが奥を猛りで突かれて、嬌声を漏らす。待ち望んでいた、とばかりに曹操を締め上げ、絡み付く。
 曹操の背に腕を回して抱き寄せる。
「もっと、中に……っ」
 ああ、と曹操が短く答える。
「だが、お主の中は深すぎる。儂でも、奥底は見えぬかもな」
 緩やかだった腰の律動は劉備の底を覗こうとするかのように、激しくなる。
 気付けば雷鳴や風雨は遠くに去り、部屋には劉備と曹操の荒い息遣いだけが響いていた。
 互いを極みへ登らせようとする行為にもう言葉はいらず、ただ無言で、繋がった箇所と合わせた肌から欲を引き出していた。
 極みが見えてくるころに、ようやく二人は同時に口を開き、名を呼び合って静かに果てたのだった。



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