「彼と私の十の約束 4」
 趙雲×劉備


 気の利く臣下二人に背中を押されて趙雲の寝所へやってきたものの、扉の前で逡巡する。
 何をためらっているのか、自分でもよく分かっているだけに、なおも扉に手がかからない。通りかかった下女の不思議そうな眼差しに、ようやく意を決して声を掛けた。
「入るぞ、子龍」
 返事を待たずに扉を開ける。
 途端、視界に飛び込んだ光景に固まった。
 牀台に趙雲が半身を起こしているのは当然だとして、なぜかその横に不自然なほどに密着した女が一人、座っているのだ。しかも胸元は肌蹴ていて、明るい日差しの中で白い胸が露わに……。
「も、申し訳ありません、劉備様。失礼します!」
 見知った顔の女だった。新野で女官として働いていた女だ。顔を赤らめて衣を整えて頭を下げた。
 劉備の脇をすり抜けて去ろうとする女の腕を掴んで、低く囁いた。
「人払いをしてから、行うのだったな。今見たことは咎めぬから、今からしばらく、誰もこの部屋に近付けるな」
 はい、と消え入りそうな声で返事をして、女は部屋を出て行った。
「わざわざ足をお運びいただき、恐縮いたします」
 唯一、部屋の中で平然とした態を保っている男が拱手した。
「元気そうで何よりだ、子龍」
 怒気が声音に孕まれ、刺々しくなる。
「ええ、本来ならば鍛錬や兵の調練に出向きたいのですが、医者がうるさく」
 劉備の怒りに気付いているだろうに、趙雲は何事もなかったかのように話を続ける。
「それで代わりに女を連れ込んだのか」
「殿も同じ男なのですから、ご理解いただけるでしょう」
 理解できる。特に曹操の南征が始まってからは目まぐるしい日々が続き、体の欲求は食欲と睡眠だけに向けられていた。それらがとにかくも落ち着いたのだ。当然、押し込めていた性的な欲求が出てくる。
 よく分かるのだが、劉備は納得できない。
「私が誰かと牀をともにすることはおかしいことでしょうか」
「……おかしくない」
「殿の許可が必要ですか」
「……要らない」
 咽の奥に何かがつかえ、ひとつひとつの言葉を発することに苦労する。
「戦が終わってばかりで女を抱こうとしていることが不謹慎だというのなら、罰を受けます」
「……」
 もう問い掛けることもなくなったのか、趙雲は口を閉じて、劉備からの言葉を待っている。注がれる、曇りのない双眼に晒されて、劉備は先ほどの怒りも忘れて俯く。
 自分の怒りの在りどころは、趙雲が言ったとおり不謹慎だ、と思い込もうとした。さらに言うなら、自分を心配させておきながら、という思いもあった。
 なのに、趙雲に言われてみれば、違う、と気付かされる。
 私はそんなことで苛立ったのではない。
 だから、趙雲と顔を合わせたくなかった。否が応でも思い知らされる。胸底に沈んでいた想いが、凛とした輝きに照らされてしまうのだ。
「罰が欲しいか」
「私の行為がそれに値するというのなら、享受いたします」
「私の息子を助けるためとはいえ、主に心痛をもたらし、それでも見舞いに来た主を不快にさせる行為をしていた。罪は重い」
 枕元まで歩み寄った。罪状を示してもなお、趙雲は怯まずに劉備を見つめている。
「……私を抱け」
 輝きは揺るがなかった。静かに劉備を見つめ返すだけで、言葉を発したほうの劉備が逸らしたくなった。
「それが私への罰ですか」
「そうだ」
 咽がカラカラになる。息苦しい胸と震える足を悟られているだろうか。
「出来かねません」
「お前は、たったいま享受する、と口にしたばかりだぞ」
「出来ません」
「それほどに嫌か」
 咽の奥につかえている何かが込み上げて、劉備の涙腺を刺激した。それをぐっと堪えて続けた。
「いつかの夜も、酒に酔ってお前に同じことを命令したことがあったな。そのときのお前はひどく怒り、拒絶した。それほど嫌悪することならば罰になる」
「抱かれる貴方はどうなのです」
 自らの身を差し出しての処罰など聞いたことがない。
「先ほどからお怒りになられ、今も震えている。殿こそ、私に抱かれるなどお嫌でしょう」
 震えていることは見抜かれていたようだ。
「……私は構わない」
「貴方は私の主です。どうして傷つけるような真似が出来ますか」
「そんなにやわに見えるか」
「いいえ、貴方はお強い。……ですが、時々ひどく脆い」
 言い当てられたような気がした。
 決して無理をしているつもりはない。あくまで赴くまま、志の示すままに生き、苦しいが歩みを止める気はなかった。
 なのに時々、無性に全てを放り出したくなるときがあった。
 もういいか、と。もう、歩み続けなくともいいのではないか。
 義弟たちと生き別れたときもそうだ。劉表のところで脾肉に気付き、趙雲に嘆いたときもそうだ。
 しかしそのたびに、男に叱咤された。
 叱咤されて目を覚ました。歩みを止めてはいけない、と再び決意できた。
 あの夜もだ。
 趙雲に拒絶されて、初めて自分の気持ちが分かった。もっと、趙雲に初めて抱かれたときに気付いていれば、言い出しにくくなることもなかっただろう。
 だから、気付かないふりをした。
 自分自身の気持ちに、気付かないふりをし続けた。
 一度は男の気持ちを利用し、抱かせておきながら、なかったことにする、と言ってしまったのだ。どうして今さら言い出せる。
 敬慕だ、大切な男だ、とはぐらかし続けた。
 蔡瑁の暗殺から逃れたときもそうだった。
 迎えに来た趙雲に激しく抱き締められたとき、強烈な思慕が湧いた。だが、あくまでも臣下の態度を崩さなかった趙雲の態度に思慕を引っ込めざるを得なかった。
 寂しい、と劉備が思ったことに男は気付いたのだろうか。
 それでも、まだ劉備は押し殺せる、と思っていた。
 しかし、全身を血に染めて立っていた男を見た瞬間に、嫌だ、と激しい感情が湧き起こった。趙雲へ想いを告げないまま今生の別れになるなど、嫌だった。
 趙雲に会いに来るのをためらっていたのは、真っ直ぐに劉備を見つめる双眸に晒されてしまったら最後、もう誤魔化せないだろう、という予感があったからだ。
 ところが、いざ男の前に立てば、また隠そうとしてしまう。
「脆いのではない。ただ弱いだけだ」
 お前は今でも私のことが好きか。そうであるなら、片鱗を見せてくれ。私を抱ける、と思って揺らいでくれ。
 しかし趙雲は劉備の揺さぶりにも何の反応もしなかった。
 堪えていた涙が溢れた。
 初めて、趙雲の面容が変化した。殿、と伸ばしかけた腕は、しかし止まってしまう。
「なぜ、泣かれるのです」
 困ったように眉根を寄せてしまう趙雲に、違う、私はお前を困らせたいわけではない、と思うのだが、涙は中々とまらない。
「泣かれても、もう私には殿の涙を止める術はないのですよ」
「あのときみたいに、口付け、抱き締めてくれないのか」
 涙声で訴える。
「貴方は、なかったことにする、とお命じになった」
 だから、出来ません。
 阿呆、と罵ろうか。
 忠義の塊、と褒めようか。
 劉備は言う。
「取り消す。あれは取り消す」
 勝手だとなじるがいい。
「お前が、まだ私を好きだと言うのなら、取り消す」
「お慕い申しております」
 寸刻も空けずに答えた趙雲に、男の想いの強さが伝わる。
 あのときから、ずっと変わりなく、貴方を恋慕しております。
 陽射しの中で、柔らかく微笑んだ眼差しがそう言っていた。涙は、嘘のように引っ込んだ。
「ならば、どうしてあのときは拒んだ」
 悪酔いをして絡んだ夜のことを持ち出す。
「貴方が、なかったことにする、とおっしゃった。そのときから、貴方への想いは私だけのものになりました」
 それは誰にも、劉備でさえも踏み込めない、不可侵な領域になった。そこへ踏み込もうとされ、怒りが込み上げた。
 私の想いは、私だけのものです。
 男は説明した。
 すまなかった、と再び劉備は謝る。やはり自分は傲慢であったのだ。
 しかし、と続ける。
「揺らいだろう、好きならば、関係なく抱きたくなっただろう」
「拒んだ理由はそれもあります。抱いてしまったら、なかったことにしろ、と言った貴方の命令を聞けなくなるような気がしました」
 決して、自分が己の気持ちに向き合えなかったことの責任をなすり付ける気はないが、それでも、男がこれほどに頑固で、馬鹿みたいに忠実でなければ、もしかしたらもっと早くに二人の関係は変わっていたのかも知れない。
 そこが、子龍らしいのか。
「お前は、少し融通を利かせろ」
 叱りながらも趙雲の頭を抱きかかえて、ようやく告げる。
「好きだ、子龍。ずっと前から、お前のことが好きだった」
 途端に、力一杯に抱き締められて、寝台に縫いとめられた。
 唇を荒っぽく塞がれた。
「ーっぅんん」
 突然のことに劉備は思わず抗って、体を押しやろうとするが、鍛え抜かれた体躯は鋼のような手応えを返すだけだ。
 息を継ぐのも苦労するほど、深く唇を貪られる。急いたように舌が口腔へ挿し込まれた。びくっと思わず舌を退こうとするが、絡み取られる。
 じん……と首筋が痺れる。
「し、りゅ……っぅ、ぁむ……」
 ちょっと待て、と言葉も作れないほどの激しい口付けだ。
 拳を握って肩口を叩くが、鉄でも殴っているのか、と思わんばかりの硬さだ。男の筋骨は悔しいが劉備より遥かに練磨されている。圧し掛かる男の重さと相まって、このまま貪り食われるのか、と恐れを抱く。
 舌を痛いほど吸われた。ちりっと舌先に歯が立てられて、痛みと悦が同時に走った。
 息苦しさと圧迫感に思考は朦朧としていくが、絡まる舌は蕩けるほど甘くなる。合わせるように貪られる、という恐怖は薄れ、趙雲の舌に身を任せる。
 鼻にかかる濡れた吐息をこぼしながら、肩を叩いていた拳をほどいて広い背中へ回す。劉備を掻き抱いていた趙雲の腕がさらに強く締まる。
 呻き声が漏れそうになるが、力強い腕が幸福感も滲ませてくれる。
 口腔で交じり合う舌が唾液を溢れさせ、唇を汚し、顎が濡れそぼった頃にようやく趙雲は唇を離した。
「あ……は、はあ、はぁ……」
 自由に息が吸える状態になり、劉備は荒くなった呼吸を整えようと空気を求めるが、趙雲が首筋を舐めたので「ひゃっ……」と妙な声を上げてしまう。
「子龍、お前これは、いきなりではないか?」
 劉備など、ようやく想いに向き合ったばかりだ。体はもちろん、心すら追いついていないというのに、性急な繋がりを求められても肉体も精神もバラバラになりそうだ。
 すでに上衣を脱がしにかかっていた趙雲は、顔も上げずに答えた。
「申し訳ありません。余裕がないのです」
 噛み付くように、後れ毛の辺りを吸われた。
 目立たなければいいな、と頭の片隅の冷静さが残っている部分が心配していた。
 余裕がないか。
 それもそうか、と納得した。
 劉備と違い、趙雲はずっと――初めて出会ったころから今まで、劉備を想い続けてきた。想い続けてきただけでなく、慕っている相手の傍で見守り続けてきた。
 命令でしたから。
 言葉に嘘はないだろうが、辛さを感じなかったはずはない。
 こうして劉備を前にして「余裕がない」と言ってしまうほどなのだ。
 袍も脱がされて、上半身は晒される。首筋を這っていた舌は鎖骨を舐め上げ、胸の突起へと進行してきた。
「ん……」
 くすぐったさと気持ちよさが交じり合う。
 いいぞ、と呟く。
 お前の長年の想いをこの一時で受け止めきれはしないが、少しずつ、これから少しずつ受け止めていくから。
 促すように、趙雲の髪を梳く。最初で最後だろう、と思いながら体を繋げたときと同じ、柔らかい髪の感触に、ぞくり、と悦を覚えた。
 許可が下りた、と察したのだろう。いじっていた胸の突起から趙雲はすぐに離れ、いきなり下肢を攻めに来た。帯をするすると解かれ、下穿きごと一気に剥ぎ取られる。
「うぁ……ちょっと待て、いきなり……ぅん」
 まだ口付けで緩く熱を持ち始めただけの下肢を露わにされ咥え込まれて、慌てたものの喘いでしまう。
 先端を舌先が抉るように掻き乱した、と思えば括れを入念に舐められる、など巧みな舌戯(ぜつぎ)に襲われて、押し殺せない声が上がる。
 まだ昼間の明るい陽の下だ。牀台の上で組み敷かれている己の痴態はもちろん、下肢を咥え込んでいる趙雲の端麗な顔すらよく見えてしまう。
「あ……やめ……ふっく」
 掌で口を押さえて、反射的に趙雲の髪を引き、口淫を阻もうとした。
 強烈に駆け上る快感に、ぞわり、と総毛立つ。敏感なところに軽く歯を立てられて、びくんっと身体が跳ねた。力が抜けそうになる足で懸命に牀台を蹴り、ずり上がろうとする。
 腰を掴まれた。つつっと脇腹を這った掌に「ひゃぅ」と声を漏らして身をよじった。寝具の上を蹴り上げていた足が滑って、捕らわれた。ぐいっと左右に大きく開かれて、醜態を取らされる羽目になる。
「しりゅ……っく」
 舌の腹で先端を抉られ、仰け反った。
 身体は正直だった。若いときほど欲に飢えているわけではないが、劉備とて戦を経ての久方ぶりの刺激だ。昂ぶるのはあっという間だ。
 ましてや、趙雲の思わぬ巧みさに溺れかける。
 初めて抱かれたときなど、男の抱き方を知らない趙雲に手取り足取り教えたのに、今はただ翻弄されるばかりだ。
 ねっとりとなぶられて、屹立しきった下肢はふるり、と震えた。敏感な箇所を舌で小刻みに刺激を送られれば、びくびくと肢体は跳ねる。漏れる吐息は甘くかすれ、押し殺した喘ぎは艶を増すばかりだ。
 ぴちゃり、と音が立ったのはもう唾液だけのせいではない。
「ふ、ぅう、う……ひぅ」
 口を押さえている掌には熱い息しか吹きかからない。
「駄目だ、もう離せ……っ子龍……ぅ」
 限界が見える。
 ああ、と声を漏らしながら背が反り返る。
 下腹がうねって、熱い塊が奥底から下肢の先を痺れさせるような甘さを伴って競り上がってくる。
「くぅっ……はっ」
 欲が弾けた。きつく目を瞑った奥で瞬く光がある。突き上げる快感に全身が痙攣し、甘く痺れた。
 恍惚感に浸っていられたのは、趙雲の嚥下する音を聞くまでだ。
「おま、え……」
 目を開いて睨み付けるように見やれば、残滓すら吸うように口を離した趙雲が、舌で唇を舐め取っているところだった。欲を放ったあとで鋭敏になっている下肢は、口から離される動きだけでもぴくり、と反応してしまった。
 危うく濡れた声を上げるところを辛うじて堪え、趙雲に言う。
「そこまで、するなっ」
「お嫌でしたか」
 聞き返されても困ることを、この男は平気で尋ねてくる。嫌でしたら、今度からはいたしません、とまで言う。
 嫌ではない。だがこれからもやれ、とも言えずに答えに窮す。
 答えない劉備に、趙雲は肯定と受け取ってしまったらしく、申し訳ありません、と謝ってしまう。
「咎めはあとで幾らでも受けますゆえ、今は」
 続きを、とばかりに劉備の身体をうつ伏せにさせる。腰を持ち上げられ、尻たぶに手をかけられた。
 待て待て、と慌てふためいて止めにかかるが、当然のように趙雲は聞き入れない。
 双丘を広げられて、秘奥が晒された。
 羞恥で頭が焼け焦げそうだ。這ってでも逃げようとするが、趙雲の力が緩むはずもなく、虚しく上半身がもがくだけである。
 ぴちゃり、と舌が秘奥を舐めた。
 馬鹿、やめろ、と喚いた覚えもあるが、舌が秘奥の縁や襞を伸ばすように動けば、奇妙な悦とくすぐったさに襲われ、ぞくん、と腰骨が疼いた。
「いやっ……だ……あ、ぁ」
 執拗に舌でほぐされて、唾液で濡れそぼった秘奥に、ぐりっと丸められた舌先がもぐり込んだ。
 腰が跳ねた。
 咄嗟に、掛け布を噛んで声が漏れるのは防いだが、奥で得られる快感を知っている身体は正直だった。それでも、男に抱かれるのも思い返してみれば、趙雲以来だ。忘れないでいた自分が浅ましい、と嘆くばかりだ。
 基本的に来るもの拒まず、経験も兼ねて愉しければ女だろうと男だろうと肌を合わせていたが、趙雲に抱かれてからは、男に抱かれることはやめていた。なぜか、抱かれようとすると嫌悪感が先んじた。
 我知らずとも、趙雲に操を立てていた、ということだろうか。
 なんと、生娘みたいなことだ、と心の中で苦笑する。
「ふ……う……ぅん」
 舌が出入りを繰り返すたびに、噛んだ歯の隙間から声が逃げる。ぎゅっと握り締めた布も深い皺を刻んでいた。
 昼間から、獣じみた格好であられもないところを舐められて感じているなどと、背徳感もいいところだ。しかし厄介なことにそれらが劉備を昂ぶらせている一因でもある。
 柔らかくなってきた内側が動きやすくなったのだろう。舌先は襞を伸ばすように内膜を突付く。そのたびに、劉備の腰はひくひくと跳ねた。
 一度欲を放ってうな垂れていた下肢も、徐々に硬さを持ち始めている。
 しかし所詮は舌での刺激だ。奥にひそむ圧倒的な快感の源には届かない。
 焦れた劉備は、子龍、と甘えたように呼んだ。
 媚びたように聞こえただろう。いつかの悪酔いのときのように、冷たく無下にされるだろうか。
 勢いよく、仰向けにされた。片側の足首をやや乱暴に掴まれ、脇へと倒された、と思えば、秘奥に指が突き込まれた。
「ああ……っ」
 いきなりだったので、声を抑えることも忘れて、劉備は嬌声を上げる。
 涙が滲んで、視界が歪む。揺れる視界の中に、怖い顔で睨む趙雲が映った。
「怒った、か?」
 悲しくなって、媚びた自分の態度を後悔する。趙雲は突き込んだ指で内膜を掻き乱すばかりで、答えがない。
「やっ、あ……ぅあ、ん、は、あ……」
 久しぶりに受け入れているのだ。性急に刺激されるとおかしくなりそうで、やめてくれ、と首を左右に振って訴える。
「貴方が、煽るようなことばかりなさるから……」
 上ずった声で趙雲がようやく答えた。
 男のそんな声など初めて聞いたので驚いて、涙で霞む目で見つめる。
「あまり過ぎますと、貴方を傷つけるような抱き方をしてしまいます」
 怖い顔のように見えたのは、思うままに貪りたい、という己の欲求を押し殺す、必死の面容だったらしい。凛とした普段の眼差しに欲情の火が灯っている様は鬼気迫るものがある。
 怖気と求められていることに対する喜悦の両方で、ぞくり、と全身が震えた。
 腹側の、鋭敏な箇所を指が捉えた。
「やぁ、あんん……ん、やめ……そこ」
 ぐり、と押し込まれると、牀台の上で躍るしかない。身悶える劉備は、下肢まで再び咥え込まれて身をしならせた。
 過ぎた快感に涙がこぼれる。嗚咽なのか嬌声なのか分からない声が咽から溢れては滲み、溢れては溶けた。
 指は秘奥を拡げ、突き込まれる指は増やされて甘やかさは鋭く劉備を襲う。下肢は趙雲の口腔で硬さを増して、どくどくと脈打つ。
「もう、も……っ子龍……ぅ」
 欲しい、お前で私を満たして欲しい。
 恥も外聞もかなぐり捨てて、訴えた。
 下肢が口腔から解かれ、弾んだ胸を整えながら、身を起こした趙雲を見やる。
 ぎりり、と趙雲の奥歯が噛み締められる音を聞いた。耐えているのだろうか。劉備を傷付けたくないから、烈火のように燃える本能を抑えようと必死なのだ。
「我慢するな。私は平気だ」
 手を伸ばして、頬を撫でた。
 劉備を高める間に、上半身はすでに裸身となっていた趙雲だが、下穿きは穿いている。その下穿きを押し上げて主張している印が目に入っていた。
「まだためらうというのなら、命じる。私の体を案じず、お前の想いを注げ。それが、私を心配させた罰にしてやる」
 動けない男の弱いところをつく。
 今は、卑怯とも傲慢とも言われないだろう。
 趙雲の熱塊が取り出された。促すように、劉備は全身から力を抜く。久しぶりで痛みは相当だろうが、ずっと想いを隠し通してきた趙雲の胸裏に比べれば、体の痛みなど一時だ。
 殿、と口付けが降った。ん、と頷いて笑って見せた。
 怒張が押し当てられて、ひくり、と秘奥はうごめいた。ぐっと趙雲の腰が押し進み、秘奥が割られる痛みに呻き声が上がりそうになる。なるべく辛そうな顔は見せたくなかったが、汗は吹き出て眉根は寄った。
 止まりかけた趙雲の腰を脚を絡げて留めさせる。意を決したのか、趙雲は怒張を一気に突き入れてきた。
「あぁっ――」
 声を上げた。痛みと、男の熱さと大きさに驚いて、きつく秘奥を締め上げてしまう。途端、敏感な内膜に火傷しそうな熱が吹きかかり、劉備はびくん、と背を反らす。
「ぁ、あ……?」
 絶え間なく吹きかかる飛沫に、肢体が勝手に跳ねた。
「子龍?」
 長い間止まらなかった飛沫がようやく収まると、劉備は目の前で珍しくも目許を染めている男を見上げた。
「……も、申し訳ございません」
 口篭もる男も珍しい。
 耐えられずに、劉備に入れただけで達してしまったらしい。
「気にするな。私も一回果てた。だから、同じだ」
 萎縮しそうな男に、劉備は笑いかける。それに一度達したくせに、趙雲の怒張はまだ劉備の中で硬さを保っている。
「それよりも、お前、男を悦ばすのが巧くなってないか」
 まだ秘奥を拡げられた痛みと圧迫感に慣れていない劉備は、気を紛らわすためにも男をからかう。もちろん、男の罪悪感を薄めさせるためもあった。
「私は出来た男ではありませんから。女を抱いて渇きを癒したり、男に貴方の影を求めたこともありました」
 私はお前のために男には抱かれなかったのに、お前は抱いたのか、と少し拗ねたくなったが、
「ですが、私の中の渇きが潤うことはありませんでした。当然ですが」
 続いた言葉に嬉しくなる。
「それに、誰を抱いていても貴方ならこう反応するだろうか。こうすれば悦ぶのだろうか、と重ねてばかりいた」
 だから私は極力、必要に迫られない限りは女であろうと男であろうとも抱かないようにしました。
「相手にも、貴方にも失礼ですから」
「そうか……」
 恥ずかしいな、と趙雲の告白を聞きながら照れる。それから男の誠実さに誇らしさを覚える。
「続きをしてくれ」
 趙雲の首に腕を絡げる。はい、と返事がある。両足を抱えられて、深く怒張が奥を刺す。
「ぁん……ん」
 鼻にかかる声が漏れる。
 ずるり、と怒張が内膜をこすりながら引いていく。中で出された趙雲の欲が滑りを良くしているせいか、動かされるときの痛みは薄い。くちり、と二人が繋がる部分から淫猥な音が溢れた。
 張り出した部分で内側のしこりをこすられ、頭を溶かすような熱を覚える。余裕をなくしていく劉備をさらに追い詰めるように、趙雲の怒張は中を掻き乱す。
「や、しりゅ……っしりゅ……うっ……あぁ」
 殿、と興奮に掠れた趙雲の声がなおも劉備を煽る。
 喘ぐ劉備の唇を趙雲の唇が塞ぐ。屹立した胸の突起を撫でられて、秘奥を引き絞る。短く呻いた趙雲の声が劉備の下肢を疼かせた。
「は……っふ、ぅん、ん」
 塞がれたままくぐもった声で喘ぐ。息苦しさと激しい悦に劉備はただ溺れるしかない。
 口腔を秘奥と同じぐらいに乱れされて、ようやく離された。荒い息を吐く劉備は、悦で浮かんだ涙で霞む視界で趙雲を捉える。
「子龍っ、おか、しくなりそうだ……っ」
 手を伸ばすと、指を絡げられた。
「大丈夫です。私が、ずっとお傍におりますから」
 嗚呼、そうか。
 嬉しくなって微笑む。
 ありがとう、子龍。
 弾む息でちゃんと伝えられただろうか。
 分からないが、絡んだ指に力が籠もったので満足する。
 最奥を硬い切っ先でえぐられて、反り返る。すでに先走りで濡れそぼっている下肢に趙雲の指が添えられた。
「……うん……あ、はっ……ぁ」
 二人の二度目の果ては、同時であった。


 ******


「ところで殿は、どうして趙雲殿に会いに行かれるのを渋っていたのでしょう」
 劉備を見送った二人の会話は続いていた。
「趙雲殿の前に立つと、隠し事が出来なくなるのです。あの人自身がまっすぐに生きているせいでしょうか。後ろめたいことや、隠しておきたいことを持つ人間が視線に晒されると、決まって居心地が悪くなるようです」
 大方、殿も隠しておきたいことでもあったのでしょう。
「なるほど」
 諸葛亮は頷く。
 分かる気がする。
 初めて劉備に紹介され、趙雲に引き合わされたときのことを思い出した。
 諸葛亮より年上であり、想像も出来ないほどの死地を潜り抜けてきた男であろうに、見つめ返す瞳にすれた曇りはない。
 挨拶をされた。
 それから、趙雲は一言だけ言葉をかけた。
『肩肘張る必要はない。貴方はまだ若い』
 諸葛亮は、劉備に熱心に乞われた、ということもあり、必要以上に軍師然とした佇まいを保とうとした。
 しかし趙雲が発した言葉に肩から力が抜けた。
「あの人なら、間違いは間違いだと、正面から教えてくれます」
「ええ。だからこそ、殿はもちろん、誰もが彼を信頼している」
「諸葛亮殿も、幾度も彼に助けられるのではないでしょうか?」
「そうかもしれませんね」
 諸葛亮はこの先、幾多待ち受ける困難を想像しながらも、頼もしい存在に微笑みを浮かべたのだった。



 終 幕



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