「【en】−演− 6」
【en】シリーズ 2014年版 劉備編
諸葛亮×劉備(合作水魚)


 素肌に感じた孔明の指に息を詰めた。
 え〜っと、これはどういう状況だろうか。
 うむ、なにかさっきまですごく気持ちよかったのは確かだが、寝る前にようやく孔明の本音を聞けて、嬉しくなって、安心して眠くなって……え〜、その後はなんだか夢を見ていた気がする。
 嬉しくて、浮かれたまま孔明が傍にいたから離したくなくなって、引き止めて、う、うむ、なんか少し覚えている、覚えているぞ!
 だが、あれは夢……だったのだろう?
 そうだよな?
 起き上がろうとしたが、孔明に唇を重ねられて身動きが取れなかった。
「……孔明?」
 口寄せは濃厚なものではなく、すぐに離れたので、さっきまでのやり取りは夢だったのだろう、という確認を取るために、目の前の男を呼んだ。
「はい? お誘い下さっているのだと思っていたのですか?」
 肌をまさぐる手を止め、孔明は目を逸らすことなく見つめてきた。
「さっ――」
 誘っていた、という答えに、驚きのあまり反芻したが、第一声が大きくなってしまった。何より、孔明こそ疑問を乗せての問いかけに、形の良い眉を下げ、どことなく寂しそうに笑っている。
 驚きと動揺で声も大きくなろうものだ。
 何とか声を戻して続ける。
「誘ってなど……。いや……その、誘って、たか?」
 否定しようとも思ったのだが、記憶の断片に、どこかへ行こうとした孔明を無理に引き止めたり、良い匂いだ、などと今まで口に出したことのなかった思いも言い、あまつさえ、口寄せで舌まで入れた覚えがある。
 否定も断言もできず、見つめ返すものの、思い出した諸行の数々に顔が熱い。
「片付けをしてから戻ると言った私を、引き留められて、そして腕を強く引き寝台の上へと……」
「〜〜っし、してない、そこまではしてないぞ!」
 してた、してた〜〜!!
 記憶にある、記憶にあるが認めたくなくて、私は力一杯、不自然なぐらい否定した。動揺が大きすぎて、孔明の笑みが寂しそうなものから、どこか悪戯っけの溢れる笑みに変化して、私の目元に口付けたことにも気付かない。
「…してくださいましたよ。そして私を引き寄せ、抱きしめられて、いい匂いだと…」
 再び、孔明の表情が曇り、寂寥感が漂う。私を抱き寄せて、肩口に顔をうずめてきた。気を遣っているのが、重くならない体で伝わる。
「焦がれすぎて、夢でも見ていたのでしょうか…」
「夢、そうだ、お前は執務のし過ぎで幻でも見たのだ! はは、仕方のない奴だ、だから息抜きも必要だ、と常々言っているではないか」
 そんな孔明の切なさを秘めた訴えも、うろたえている私にとっては一筋の光、救いだった。言葉尻をとらえて、決め付ける。背中を慰めるように軽く叩き、あやす。
 もっとも、私の同意する言葉がどこか空々しかったのは、狼狽していたままだからだ。
 だってなあ、恥ずかしいじゃないか。
 散々、主君や年上の威厳や権限を振りかざして想い人の本音を引き出しておきながら、安心して寝てしまったなどと、締りがないにもほどがある。
 その上で、寝ぼけながら大胆に誘ったり、そうだ、色々思い出してきたが、女のようにここに運ばれたり、童のように甘えたりした覚えがあるぞ。
 うわ〜、やめろやめろ、思い出させるな!
 などという私の内心の葛藤をよそに、孔明は孔明で熱情を募らせたらしく、
「では、夢の続きを見てはいけませんか?」
 と肩口に埋めていた顔を上げ、私の顔のすぐ横に手を付き、真っ直ぐにこちらを見つめてきた。
 こらこらこら!
 そんな目で人の顔を見るな!
 いつも余裕綽々で、政務をサボってばかりの私にため息付いたり小言を言ったり、そういうちょっと生意気で、しかし頼りがいのある男がお前だろう。
 なのに、余裕もなければ、飢えている、とばかりに欲情した目で私を見て、どういうつもりだ!
 返したい言葉はたくさんあり、頭の中をぐるぐるしているのだが、方寸の収まる胸は求められる嬉しさに高鳴っているし、中途半端に愛撫を施されたらしい身体は直接的な眼差しに晒されて疼いている。
「……続きをそんなに見たいのか?」
 顔の熱が、耳まで下りたようだ。
「はい。我が君が許して下さるならば」
 頬に手が添えられて、私の髭を親指でなぞる。孔明に浮かんでいる笑みは随分と雄めいていて、私の背筋をぞくり、と痺れさせる魅力に満ちている。その笑みを飾った口元を唇で受け止めて、言う。
「許すも許さないも、お前が見たい夢なのだから、好きにすればいい」
 見惚れてしまった自分と、あからさまに誘っていた先ほどまでの自分に羞恥を覚え、口調はぶっきら棒で、かけた言葉も素っ気無くなってしまった。
「また、そのように煽られて…」
 だというのに、孔明の何を刺激したのか、顔のあちこちに唇を降らせ、感触を愉しむようになぞっていた口髭から手を離し、耳を撫でて首筋をなぞって愛撫が本格的になってきた。
 音を立てて、頬や唇の端などに口付けは施される。緩んでいた襟元から手が差し込まれ、胸をまさぐられて、男には必要のない胸の飾りを転がした。
「では、付き合いきれぬと思われたら、容赦なくたたき起こしてください」


 つづく


 目次 戻る 次へ