「【en】−演− 5」
【en】シリーズ 2014年版 劉備編
諸葛亮×劉備(合作水魚)


「つきましたよ」
 背中に寝台の柔らかい感触がある。ゆっくりお休み下さい、と言い、孔明の手が髪を梳き、額に温かいものが軽く押し当てられた。
 私は、といえば、もう夢の中ではあったが、触れ合っていた感触が急に離れてしまったことで、僅かに覚醒した。
 このまま孔明を帰せば、また政務を再開するのではないか。そんな想像が頭の中を過ぎった。
 いかんぞ、あんなつまらんことをするより、私の傍に居ろ。
 私の傍で、ちゃんと寝ろ。
 咄嗟に腕を伸ばして、孔明の袖を掴んだ。
「……ぇも……るか?」
 お前もちゃんと寝るか?
 そう尋ねたつもりだったが、言葉として形になっていたかどうかは分からなかった。
 もっとも、察しの良い孔明は、正しく解読したかどうかまでは知らないが、舌足らずだった私の問いを受け止めた。
 袖を掴んでいた私の手を取り、握り締めた。重い瞼をぼんやり開けている視界の中で、孔明が笑っているのが見て取れる。
「はい。先にすこし片付けてまいります」
「ん……」
 はい、と頷いた孔明の言葉で私は安心し、握っていた手を力任せに引き、寝台へと寝かしつけた。再び近くなった体温に、もう仕事なんかするな、と抱き締める。
「…と、殿…。お、お待ちください…、まだ、片付けが済んでおりませんから…」
 慌てふためく孔明の声が遠くから聞こえる。
「……一緒に、寝るぞぉ」
 むにゃむにゃ、と口の中だけで宣言し、腕の中に囲った体温が嬉しくて口元が綻ぶ。
 しばらく、腕の中の人肌はもぞもぞしていたが、動きを止めた。しばらくして人肌がさらに密着したことで、抱き返されたのだなあ、とぼんやり思う。
 今度は、頬に柔らかいものが押し当てられた。
「…こうなっては、仕方ありませんね」
 諦観ただよう声がして、背中や肩甲骨の辺りに手が這ってきた。
 ただ撫でるだけでなく、背骨や肩甲骨のくぼみやら、私が敏感に思うところをなぞっている。
 こら、なんかそれは気持ちよいから、寝られなくなるだろう。
 心の中で文句を付ける。
「ぅんー……」
 もっとも、胸のうちとは違い、咽からは感じ入った素直な声は漏れるし、もっと触って良いぞ、とばかりに孔明へ身を寄せた。
 すると、首筋に顔を埋めたとき以上に強く孔明の匂いが鼻腔をくすぐり、笑みが浮かぶ。
「孔明の匂い……だなぁ」
「そのように、煽られて…。殿の匂いと、梅酒の匂いが相まって甘い匂いがします」
 背中の筋に沿って孔明の手のひらがまさぐり、腰を抱いたと思えば寝ぼけている私を難なく引き寄せた。腰を抱いた手は腿を撫で、尻を揉む。忙しない、とは言わないが、覚醒しているときだったら、こら、と叱りたくなるぐらい欲めいた動きだった。
 何より、腿の辺りに、固くなり始めた孔明の一物が当たっているのだ。眠かったから良いものの、普段だったら意識してしまうところだ。
 頬に髯とともにくすぐるように寄っていた唇がずれ、うなじへと落ちた。鼻先がうずまった、と思えば首筋の薄い皮膚の上に吸い付く感触がした。
「お前も、良い匂いだ……」
 それだけのあからさまな愛撫を受ければ、さすがに眠かろうとも体は反応する。孔明に答えるように体をよじるが、抵抗までには至らない。
 いや、元々抵抗する気が私にはないのだから、当然かもしれない。
 むしろ、密着することにより漂う孔明の匂いに陶然となり、小さく笑った。
「そうですか? 我が君があまりお好きじゃない、執務室の墨の匂いがするんじゃないですか?」
 首筋を舐め上げられ、意地の悪そうな、しかし茶目っ気を含んだ言葉が耳元で囁かれる。
 確かに、執務室はいつも私には馴染みの薄い墨の匂いが充満している。だが、墨の香りが嫌だ、と思ったことは不思議とない。特に、墨の香りから好いた男が連想できるようになってしまった今は、なおのことだ。
「執務は……嫌いだ……。だが、この匂いはお前の匂いだか……っん」
 人より大きく、そのせいなのか知らないが、昔から他人に触れられることが嫌だった耳たぶを甘く噛み付かれてしまい、肩を揺らした。
 うつらうつらしながらも会話を続け、私の弱いところを知り尽くした愛撫を受け続けたせいか、意識がはっきりしてきた。それでもまだ眠い。
「嬉しいです。……我が君」
 言葉とともに、触れるだけの口付けが降ってくる。まるで稚児のいたずらのような軽い口寄せは、私からの口寄せを待っているかのようだ。
 事実、知らず高ぶらされていた体は唇での愛撫を欲したらしく、私から孔明の唇を塞ぎ、舌を滑り込ませた。
「……っぅん」
 思わず、鼻から甘えるような息を吐く。
 温かい口腔で見つけた柔らかい舌に、私はすぐに夢中になる。
 待っていたように、私の舌に柔らかな舌は絡み付いた。舌先は器用に表面をなぞり、かと思えば軽く歯を立ててきたりと、私から求めた口吸いであるのに、あっという間に翻弄される。
 横向きだったはずの体勢は、気が付けば孔明が覆い被さるように上へ回っている。両脚を割られ、孔明の膝頭が私の陰部を押しやる。そのもどかしいような刺激がまた私の意識を浮上させた。
 頬や髪、感じすぎる耳に孔明の指や手のひらが行き来し、ゆっくりと、しかし確実に私を睡魔の沼から引き上げる。休むことの下手な男の手らしく、もう片方も胸や脇腹などなぞり、帯に手を掛けてきた。
「……っ?」
 そこで、ようやく私はほぼ覚醒状態になり、ただし状況が掴めずにぽかん、と目の前の秀麗な顔を見つめた。
「お目覚めですか?」
 孔明はにこり、と笑いつつ、解けかかっていた帯を抜き取り、緩んだ合わせ目から手を忍び込ませた。


 つづく

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