「【en】−演− 4」
【en】シリーズ 2014年版 劉備編
諸葛亮×劉備(合作水魚)


「……っ。はは、ようやく言いおったな。まったくこの頑固者め、遅いぞ」
 不意の行動に、酔いがすっかり回っていた私はおっとっと、と慌てるが回った腕の強さと、何よりも待ち望んでいた言葉を聞いて嬉しくなった。私からもしっかり男の体を受け止めて、抱き締める。
「遅いのは殿です。待つ身は本当に辛いのですから…。今宵はお覚悟下さい」
 ついぞ、二人のとき以外には絶対に聞くことのない甘えたような声で、孔明は私の耳元で囁き、唇でそっと耳に触れた。
「……っこらくすぐったい、やめんか、あはははっ」
 耳に触れられるのは昔から弱い。身をよじって笑う。酔いが回ったせいか私の笑い上戸が出てきていた。むしろ、本来なら孔明は甘い雰囲気を期待してのことだったかもしれないが、生憎と今の私には通じなかった。
「…ふふ。止めません。お覚悟ください!」
「阿呆、やめろ、というに……! あは、あはははっ」
 笑い転げる私の姿は、孔明の悪戯心を刺激したようだ。やめろ、という制止も聞かず、耳孔に息は吹きかける、耳たぶに甘噛みするなど、やりたい放題だ。挙句に脇腹までくすぐられては耐えられない。
 私は大笑いしながら暴れ、孔明を巻き込んで床に倒れこんでしまった。
「くすぐったいと言われる割に、積極的ですね」
 唇が軽く触れてきた。孔明を下敷きにして圧し掛かるように倒れた下で、にこり、と笑った男は、今度は慈しむように脇腹や背中を撫でてきた。
 その孔明の手がまたくすぐったかったが、別に押し倒したくて押し倒したわけではない。その上、積極的だ、などとからかわれては、酔いで緩んだ胸襟は文句を口にしていた。
「私はいつでも積極的だ! 今回だって、お前がとっとと追いかけてきてくれれば、二人きりになれたし、お前に休息だって与えられたのに、くそ真面目に仕事ばかりしおって」
 目の下にある男の細い首筋に顔をうずめる。鼻腔をくすぐる男の匂いは、ようやく触れた、という安心感を与えてくれた。
 私はお前に追いかけてきて欲しかったのだ。
 会いたくなって、という果てが一番嬉しいが、そうでなくても、私を叱るためでもいい。少しでも政務を離れて、誰も居ない場所で孔明と二人きりで過ごしたかった。頑張っているからな、と褒めて甘やかしたいのだ。
 きっと普通に誘っても、お前は政務が忙しい、と断りそうだし、何より、やはり正面から誘うのは照れ臭い。
「そのように、お考え下さっていたのですか?」
 私の本音に驚いたのか、体をなぞっていた手が止まり、様子を窺う気配がした。
「ひと言、おっしゃってくだされば…」
「だからー、私は初めからそのつもりだったのだ。さっきも言ったろ、充分でない、と。欲に底が無いのは、むしろ……私の方だろう、な……」
 どうも、長旅の疲れと過ぎた飲み方をした酒と、なにより孔明に想いを伝え、触れ合えた、という安心感が、私に睡魔を呼び込んだらしい。急激に眠くなり、顔を首筋に埋めたまま答える。それも次第に限界で、最後はうまく舌が回らない。
「……殿…!」
 一方で、孔明は嬉しさを滲ませた声音で呼びかける。もうそれに答える気力がなかなか湧かない。
「…殿…? 眠ってしまわれましたか?」
「寝てない……寝てないぞ〜、はは、寝るものかぁ〜」
 どうやら私が眠いことは伝わっているらしく、軽く揺さぶってくる。私は夢うつつながらも笑ってなんとか答えるものの、ふわふわと心地良い。体の下にある男の体を抱きすくめて、その温かさに嬉しくなって、くすくすと笑いをこぼす。
「我が君…。やはり旅の疲れがあるのでしょう」
 そっと、抱き起こされたのが何となく分かった。
「寝台へお運びいたしましょう」
「だから〜、私はまだ寝ないと言っているだろぉ……」
 耳元で囁かれる柔らかい声に、すっかり安心し切った私は孔明へ凭れる。あとから思い出しても、ほとんど何を言ったか覚えていないのだから、もう寝ていたのだろう。
「では、とりあえず寝台へ移動しましょうか」
「ん〜」
 恐らく私を横抱きにして、隣にある孔明の仮眠するための部屋へ連れて行ったはずだ。


 つづく

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