「【en】−演− 2」
【en】シリーズ 2014年版 劉備編
諸葛亮×劉備(合作水魚)


 ああ、まったく。お前はそうやっていつも泣いたり笑ったり。私の前以外ではあんなに澄ました顔をしてみせるくせに、私にだけそんな顔を見せて可愛い奴だ。
 だけどな、それならもう少し――
 口の端まで出掛かったが、やめておいた。上手く、今の気持ちを言葉に出来る気がしない。誤魔化すように頬を掻いた。
「ん、すまなかった、心配かけた」
 改めて口にして、少しばかり照れてしまいながら笑いかけると、殿、と孔明が呼び、手が上がった。私にたぶん触れようとしたのだろう、と思われる手は、しかし宙で下ろされ、腕の持ち主は苦い笑いを浮かべた。
「おつかれじゃないですか? 少し飲まれますか? 先ほどいただいた柿の半分は果実酒にいたしますね」
「疲れてはいないが、酒があるなら飲むぞ! 柿酒も楽しみにしている。お前の作る柿酒、美味かったからなぁ」
 行動をためらったわけと苦笑の意味が気になったが、立ち上がった孔明が口にした言葉に声が弾んだ。以前も出してきた、孔明自家製の果実酒が仕舞われている場所へ歩く背に、期待の眼差しを注ぐ。
「ありがとうございます。では、酒の用意をしますね。丁度梅酒がよい頃だと思いますから」
「梅酒か! それも美味そうだ」
 ――本当に、単純な奴だ、と思わんでくれよ? 我ながらそう思ってはいるのだ。
 甲斐甲斐しく梅酒が入っている器と、二人分の盃を用意してくれている男を眺める。
 それでも、私は酒の誘惑に抗いつつ、どうしても訊いておきたいことを思い出した。そこは、褒めてもらいたいぐらいだ。
「それにしても、お前はこうやって執務室にこもりっきりで、たまにはどこかへ出かけたい、とか思わないのか? ああ、もちろん視察とかではなくてな」
「そうですねぇ。我が主君はよくふらりと出て行かれますので、私の立場では、なかなかそういった時間を生み出すことは難しいですね」
 何やら皮肉めいた言い回しを口にしているが、卓上には酒器と梅酒を置き、孔明は座り直した。孔明が盃に注いでくれる梅酒の色味と香りに目が奪われる。
「ならば、時間が出来れば、遊びに行くこともある、ということか?」
 それでも話はきちんと続けた。
 ――褒めてもいいぞ?
「政務をこなして下さるんでしょうか? それならば皆喜ぶと思いますけれど…。そうですねぇ。時間が出来たら、畑仕事などしたいですね。出かけるのは視察の時で充分ですよ」
 色味と香りだけで胸を躍らせていたが、どうぞ、と促されて口に含む。目の前でも、孔明が盃を傾けて飲み始めた。
 美味〜〜い!!
 旅路で疲れた体には堪らなかった。自然、顔が綻ぶものの、政務、という私の嫌う言葉が聞こえてしまい、渋面になった。
「政務か、うむ、まあそれは最終手段だとして……だ。しかし畑仕事かぁ、うーむ、そうか畑仕事なあ」
 望んだ答えには到底およばなかった。いや、予想通りとも言えるかもしれない。それにしたって、孔明らしいといえば孔明らしい答えでつまらない。
「最終手段などと、それを聞いたら皆泣きますよ」
 孔明は孔明で、私の答えに苦笑している。
「別にやらん、とは言っておらんぞ、やらんとは」
 ここはしっかり主張しておくべきだ、と私は反論したが、どう捉えたか。酒をまた一口飲んで、言った。
「……だが、やはり私が少しは政務をせねば、お前が畑仕事すらできぬ、というのなら……まあ、やっても、いいかもしれない」
「そう思って下さっているのならば嬉しいですけど…。……ッ、つぎましょうか?」
 何が可笑しかったのか、酒瓶を持ち上げたところで噴き出した。下手にムキになったせいだろうか。心外だな。やるときは私だってやるのだぞ。
「ん、頼む」
 中身が減っていることに孔明に言われて気付いた。盃を差し出すと、かちり、と小さな音がして、酒瓶が盃とぶつかりあった。
 孔明の普段は筆ばかり握っている手元が視界に入った。
 この手を少しは休ませてやりたい、と思ったのがきっかけだったのだ、と思い出す。
「結局、それが一番手っ取り早い、ということか」
 気付けば、心のうちを舌に乗せていた。当然、孔明にも聞こえたらしく、
「私の為に無理をされることはありませんよ」
 はっきりと笑んで見せて、盃を口に運んだ。


 つづく


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