「言絡繰り 4」
劉備、博望坡にて諸葛亮の初陣を見守るも 6
諸葛亮×劉備


 人の熱気を避けるように、諸葛亮はひとり中庭へと下りた。ようやく、張飛が離してくれたからというのもある。単純明快な彼らしく、諸葛亮の策が見事に功を成したことに感動したらしく、すっかり心服したようだ。
 劉備への説教を、関羽との二人がかりで終わらせて戻ってきた諸葛亮の肩を掴み、祝宴が始まるや否や、しきりに酒を勧めてきて褒め称えてきた。率直で飾らない張飛の言葉はさしもの諸葛亮も恥ずかしさがあり、勧められる酒を巧みにただの水に交換していて酔ってもいなかったが、頬が熱くなった。
 絡まれ通しの諸葛亮を救ったのは、趙雲だ。今回の宴の主役である諸葛亮を占領している張飛に、劉備からいい加減に解放してやれ、と命令が出たらしい。お見事な策でした、と趙雲も張飛をいなしながら微笑んだ。
 二人分の説教を受けてげっそりしていた劉備も、宴が始まり、酒が入り始めればいつもの調子を取り戻したらしい。諸葛亮を招いて、改めて今回の戦の勝利を祝った。それから改めて主だった面々から祝杯を受けて、一言二言交わし、機会を窺って中庭へと出たところだ。
 すっかり宴自体を楽しみ始めた広間の人々は、主役が抜け出したことにも気付かないようで、楽しそうに歓声を上げている。それをどこか遠い土地の出来事のように受け止めながら、諸葛亮は小さな中庭に設けられた亭(あずまや)で夜空を見上げた。
 星の動きが活発になってきましたね。
 ぼんやりと眺めながら、そんなことを考えていると、声をかけられた。
「どうだ、私の星は元気か」
 殿、と立ち上がり拱手した諸葛亮へ、いいからいいから、と座るように促した。手には酒の瓶と酒盃が二つ、握られていた。亭の囲いに沿うように腰をかけるための段差が細く作られている。背もたれにもなる囲いから少し背を伸ばし、改めて夜空を眺めると、諸葛亮が劉備の星、と見定めた星は今宵も綺麗だった。
「お元気もお元気、一兵卒に身を忍んで、あまつさえ敵大将の前に立ち塞がって挑発しても平気で戻ってこられるほどお元気です」
「もう説教は終わったのだろう、やめてくれ、酒が不味くなる」
「しかし、あまり反省されたご様子でないので。私や関羽殿が貴方の身を守るために手を打っていた、というのに……」
「分かった分かった。もう聞き飽きた。お前と雲長の二人がかりの攻め手のほうが、夏侯惇よりよほど怖い。お前たち、似た者同士だったんだな」
 ぶぁっくしょんっ、と中から関羽の大きなくしゃみが聞こえてきて、劉備は驚いたように目を瞬いた後、忍び笑った。
「ま、いいから飲め。お前、主役のくせに全然飲んでないだろう。もう代わりの水は持ってないから、飲むしかないぞ?」
「ご存知でしたか」
「この間知ってな、今日、よくよく見ていたら摩り替えているのが分かった」
「殿は私に酒を飲んで欲しくなかったのではありませんか?」
 この間の簡雍の、張飛と差しで飲んでみたら、という提案に、劉備も反対していたことを思い出して言う。
「まだ酒の楽しみに方を教えていないだろう? だから私の前以外ではあまり飲んで欲しくなかったからな」
 隅に腰掛けている諸葛亮の前に亭の卓子を引っ張り、劉備は諸葛亮の腰掛ける隅の斜向かいへ腰を下ろした。卓子に酒盃を置き、劉備手ずから諸葛亮と自分の酒盃へと酒を注ぎ入れた。礼を欠いて謝る諸葛亮に、お前が主役だ、構わん構わん、と笑った。
「酒が嫌いなお前でも飲みやすい物を選んだ。たぶん美味いぞ」
 改めて、と劉備に盃を差し出されて、軽く打ち合わせた。少し飲みたい気分でもあったので、一口二口と口を付け、口当たりの甘さに驚く。続けて飲み、すぐに盃を空にした。気に入ったか、と劉備は機嫌良さそうに顎鬚を扱き、再び並々と注いでくれた。
「公祐が選んで、子仲が買い付けてくれたのだ。私が酒の苦手な奴でも飲める物を選んで欲しい、と頼んでおいたからな。生憎と、試飲は出来んかったが」
「お二人が」
「だから、あの二人は叱らんでくれよ?」
 劉備の脱走を見逃したことを言いたいらしく、小さく笑って首を横へ振った。
「しませんよ、糜竺殿たちは悪くありません。悪いのは殿お一人ですから」
「もう言うな、というに」
 不貞腐れる劉備に、また小さく笑った。
「曹操の星も、元気か」
 星を読み、人の行く末を占うことが当たり前だった時代だが、劉備の口調はどこかからかいを帯びていた。
「ええ、そうですね。少なくとも今回の戦で痛手は被(こうむ)ったでしょうが、あの男の輝きを翳らすほどではなかったようです」
「まあ、そうだろう。これからが正念場か」
「手は、考えております」
「さすがだな」
 そう言った劉備の口調はいつも通りだったが、なぜか眼差しは期待の篭もったものではなく、どこか寂しそうに見える。何か気にかかることでも、と聞き返す前に、劉備が先に尋ねてきた。
「お前は、戦が嫌いか……いや、これは駄目だな。好きな奴などそうはいない。戦が苦手……も違うな……あー、そうだな、うーむ……」
 何を言い出すのか分からず、腕を組んで一人で唸り始めた劉備の先を、大人しく待つことにした。また空になっていた盃に酒を注ぎ、ちびちびと舐めるうち、唸っていた劉備が言葉を発す。
「……怖かったか」
 顔を上げた。真剣な顔がそこにあった。
「私も怖かったぞ。初めて、戦で人が死んでいくところ見た時は、しばらく飯が咽を通らなかった。初めて、人を斬った時はもっとだな」
「殿、私とて幼い頃に人が死んでいく様は幾らでも目にしました。決して当たり前の光景ではありませんでしたが、珍しくもありませんよ。今さら」
 ようやく劉備の言わんとすることが分かり、口角を小さく持ち上げるが、劉備に納得した様子はなく、それどころか眉を曇らせてしまう。
「お前はいつもそうやって……。全部吐き出せ、とは言わん。だが、少しでも良いからなあ……」
 首を小さく傾げる諸葛亮に、劉備は何かに迷いながら、ためらいがちに唇を開いた。
「やはりこれか……。なあ、孔明。渇かないか」
「……いえ? 酒も頂戴しておりますし、特には」
「そうではなくて、ここだ」
 とん、と劉備は自分の胸を叩いて場所を示してみせる。
「疼かないか、孔明」
 低まった声に、なぜか眩暈を覚えた。疼かないか、という言葉に、どこが、と示されるまでもなく、体の奥が正直に答える。斜向かいにいたはずの劉備が、卓子の脇に立っていた。
「お前はいつも、口では何とでも答えてしまうし、私にはそれを論破するだけの技量もない。だから……」
 持っていた盃を取り上げられて、中に残っていた酒を劉備が口に含み、肩を掴んできた。何です、とばかりに立っている劉備を仰げば、篝火で明るかった目の前が陰り、唇に何かが押し付けられた。
「……っん」
 息を詰まらせたのもつかの間、すぐに唇を割って何かが流し込まれる。味からして今まで飲んでいた酒だと理解するが、口移しで飲まされた事実に驚いて身じろいだ。身動きした拍子に飲み切れない酒が唇の端から溢れて、咽を濡らしていく。
 片手でしか体を押さえ付けられていないし、劉備の膝が諸葛亮の足を割るように深く差し込まれている以外、別段力が入っているように思えないが、角に押し付けられるように逃げ道を塞がれている。抵抗はほとんど無意味だった。
「と……っぅ」
 僅か、離れた唇の隙を狙って、殿、と抗議しようとした唇は、再び酒を含んだ唇に塞がれた。ごくり、と飲み干す酒が咽を焼く。口当たりが良かろうとも、強めの酒らしく酔いが回り始めた。
 驚いて見開き、そして抗議を含めて睨んでいたはずの目に力が入らなくなる。舌が口腔をまさぐって来て、従順に受け止め、応える。酒の甘さと舌の柔らかさが溶け合って、諸葛亮の思考すら溶かして行きそうだった。
「っ……は」
 唇が離れた。互いの繋がりを誇示するように舌から伸びた銀糸が篝火の赤さに光り、切れた。
「少し、酒の力を借りることにする」
 見上げる先で、劉備の頬が赤い。口付けの余韻なのだろうが、双眸は微かに濡れて明かりを映し込んで輝き、何より酒で濡れている唇が、先ほどまで諸葛亮と繋がっていた証を思わせた。
 強い眩暈は、酒のせいなのだろうか。体の中心が燃えるように熱いのは、大量に飲んでしまった酒のせいで良いのだろうか。
「それに戦から戻ると、無性に人と交わりたくなる。お前にとっては初めての戦だっただろう。それはなお強いはずだ」
 低い声のまま、劉備は告げてくる。
「人はあまりにも強い恐怖体験や生命の危機に晒された後、回避出来たとき、自己防衛と生物としての本能として、欲を強く覚える、と何かに書いてありましたね」
 定まらない思考のまま劉備に答えれば、相変わらず、酔っていても会話が成立するのが、孔明の凄いところだな、と笑った。
 酔っているのだろうか。いや、きっと酔っているのだろう。何せ劉備に口付けられただけで、これほど考えがまとまらず、状況を理解しようと頭が働かない上に、劣情を煽られて抑えが利かなくなりそうだ。
 かつっと、指先に何かが当たった。脇に置いてあった羽扇の柄らしく、その固い感触に我に返る。
「……しかし、欲の処理など一人でも出来ます。第一、人肌を求めるのであれば女と行えば良いことで、なぜ男同士で、しかも殿と。どういう風の吹き回しです、私に抱かれたこと、あれほど嫌がっていたではありませんか」
「……私とこうすることは、嫌いか?」
 少し目を細めた、劉備の人をからかう時の顔に、何だ、ただからかわれただけか、と思ったのだが、口から出た言葉は思いも寄らないものだった。
「嫌では、ありません」
 自分で口にしておきながら、驚き、慌てた。
 勝手に舌が音を紡いだ、としか言いようがない。劉備への意趣返しや仕置きを込めての、その場の勢いで体を繋いだだけで、良いも悪いもないのだ。
「私の感想ではなく、殿がお嫌かどうかで……っ」
 今度は軽く唇を合わせるだけだったが、また口付けられた。お止めください、と抗い、指先に触れた羽扇を掴んで顔の前に持ち上げて、唇を隠した。
「口付けは想い人同士で行うべきことです。私と殿はそのような関係ではございませんでしょう」
 途端、なぜか劉備の面容がますます人の悪そうな、揶揄(やゆ)するような笑みを浮かべた。
「そうか、それでお前は口寄せをしたがらなかったのか。意外だなぁ、理性の塊のようなお前だが、結構純情じゃないか、可愛いぞ」
 顔が羞恥で熱くなる。反論しようにも、赤くなっているであろう顔を羽扇の裏に隠すだけで精一杯だ。それすら、劉備に腕を掴まれて阻まれるので、必死で顔を背けて熱を冷まそうとするが、耳元で劉備の声がした。
「そうやって、お前の胸のうちを知りたいのだ。お前は普段、あれだけ饒舌なくせに自分のことはほとんど話してくれない。お前が何に苦しんでいるかも、辛いと思っているかも、お前の口は伝えようとしてくれない」
 抱き締められた。顔を胸元へ抱えられて、頭ごと劉備の腕の中に閉じ込められる。
「なあ、孔明……聞かせてくれないのか」
 促し、語りかけるような声の響きが胸裏に張られた水面(みなも)を揺らす。
 それは出来ないのだ。
 口から発せられた言葉は意味を持ち、力が宿り、人を縛ってしまう。弱さを吐き出したら、溢れさせてしまったら、弱くなってしまう。もしかしたら、もう立ち上がれなくなるかもしれない。
「駄目か、孔明?」
 だから、そんな悲しい声で私を呼ばないでください。
 羽扇の柄が手から抜け落ちて、床に小さな音を立てて落ちる。劉備の背へ腕を伸ばして抱き返し、鼻梁に押し付けられた劉備の胸元へ顔を埋(うず)めた。
 戦の残り香が、そこにはあった。気のせいかもしれない。戦塵で汚れた衣服や体は劉備も諸葛亮も落としているはずだった。それでも、劉備の体からは埃や鉄の匂い、木々の焼ける匂いや血の匂いが漂っているようで、諸葛亮を戦の只中へと引き摺(ず)り戻す。
 長い間、劉備は戦乱の中を生き抜き、そしてこれからも戦とは無縁の生き方など出来ないだろう。諸葛亮の髪をそっと梳く手に刻まれた、諸葛亮にはない剣胼胝(だこ)の感触が如実に物語る。
 戦は嫌いだ。
 私から大事なものを奪うくせに、私に生きる目的を与え、そして常にこの人の傍にあり、この人の道を拓くために必要であるなどと。
 抑えていた吐き気が込み上げて、忘れていた震えが蘇り、酒の酔いなどで誤魔化せない怖気が全身を包む。
「大丈夫だ、孔明。お前は生きて私の傍に居るし、私もお前の傍に居る」
 無事に戻ってきてくれてありがとう、孔明、と囁く声と、腕に覚える温かみに水面は掻き乱されて、波立って、見て見ぬふりをしていた水底に沈んだ劣情が浮かび上がる。もうこれ以上はいけない、と警告を発する己の声が遠かった。
 劉備に体重を預けると、逆らわず劉備は諸葛亮を抱えたまま仰向けに横たわる。圧し掛かるように劉備に身を預け、暑い時分、ということもあってか薄い布地越しに劉備の身体をまさぐれば、肌の温かさが掌に伝わった。
 欲しい、と頭を一杯に占める感情は、種(しゅ)を残そうとする本能から来るものなのか、それともただ劉備が欲しい、ということなのか、もう分からなくなっていた。
 帯を手探りでほどき、生まれた隙間から手を差し入れて素肌をなぞると、劉備の温かさはなお密になり、諸葛亮を煽る。脇腹を撫で上げ、少しだけ汗ばんでいる背中に手を回して、背骨や肩の骨を辿るように動かす。
 愛撫というよりは、劉備の存在を確かめたくてしているような気がする。劉備も諸葛亮のしたいようにさせていて、抵抗をまったくしない。乱れて肌蹴た上衣を開いて、舌を伸ばして肌を舐めれば、じん、と舌が痺れるような甘さを覚えた。
 舌で上肢のそこかしこを求めながら、掌も飽くことなく全身をまさぐる。くすぐったくなってきたのか、むず痒(がゆ)るように劉備は身体を捻ったが、構わず続ける。肌に埋もれている胸の飾りを舌で掘り起こすように舐めると、劉備が息を小さく詰めた。
 舐めるうちに主張してきた飾りを舌先で転がし、吸い、甘(あま)噛(が)む。乳飲み子の生きる術(すべ)が母の乳にしか存在しないように、生きている執着を見せるかのように執拗に唇や舌で求めた。
「ぁ、阿呆……そこばかり、やるな」
 初めての劉備からの抗議に、ちらり、と上目遣いで顔を見やれば、微かに目元を染めていて、恥ずかしいのか諸葛亮の視線が走ると目を逸らしてしまう。ふやけるだろう、とぼそぼそと言い訳している劉備は、ふいっと顔を背ける。
 人より肉厚な耳朶が揺れ、誘われるように体を伸ばして噛む。突然のことで驚いたのか、ひゃっと奇妙な声を劉備は上げる。
「そこはだから、駄目だと……嫌なんだ……っ」
 諸葛亮の頭を押して引き剥がそうとするので、さらに強く吸い、歯を立てた。当たり前だが痛かったらしく、頭を掴んでいる劉備の指が頭皮に食い込んで痛み分けになる。諦めて耳朶から口を離し、代わりに耳殻を唇で挟み込んだ。
「っひゃぅ……って、だから耳はいい、耳はっ」
 喚く劉備の声を無視して、唇に挟んだ耳殻を何度も閉じては離して、と繰り返す。その度に劉備の肩が揺れて敏感であることを諸葛亮へ教えてくれる。劉備も押し退けようとしているのだが、自分の体の後ろ頭の辺りは力が入りにくいらしく、さしたる抵抗になっていなかった。それでも煩わしさを覚えたので手を取り上げて、頭上へと一括りにして押さえ付けた。
 一瞬ばかり非難めいた視線を劉備から浴びせられるが、耳孔へと舌を入れて掻き乱すと、くすぐったさを通り過ぎたらしく、鼻にかかる湿った吐息を漏らした。舌で濡れた耳孔へ息を吹きかければ、感じたような声を上げて身じろぐ。
 胸筋を揉み、散々舐めしゃぶっていた尖りを指先で摘む。
「ぅん……っ」
 艶を含んだ声が劉備の唇から溢れる。片方の膝頭を押し進めて身体を割り、もう片足を引っ掛けるように残りの足を床に下ろせば、劉備の両脚が大きく開く。身体の中心へ手を伸ばせば、仄かに兆している下肢があった。
 布地の下に潜(ひそ)む熱を、指先を揃えた掌でなぞると、びくっと劉備の肩が震えた。撫で下ろす。再び震える肩がある。何度かそれを繰り返すと、劉備は息を詰めたり吐き出したりをしながら、眉間に深い皺を刻む。
 下帯を解き、隙間から手を滑り込ませて直接掴むと、掌に包んだ熱い塊に不思議と安堵した。これもまた、生きている証に他ならないからかもしれなく、包んだ下肢を労わるように上下へと手を動かす。
「っぁ……んん、ん」
 肩が窄まり、背が丸くなる劉備の身体を抱き寄せるようにして、耳から首筋、鎖骨、胸元、と唇を滑らせていく。ちぅっと音を立てて胸の尖りを吸うと、濡れた声が諸葛亮の耳へ届く。さらに身体をずらして脇腹や臍、肌蹴て剥き出しになっている下腹などへ唇を降らせて、ちらり、と劉備の様子を見やる。
 絶え間なく手で下肢を刺激し続けているせいと、全身に施している愛撫のせいか、目を瞑り快楽に酔っているように見える。高ぶってきている下肢に合わせるように、劉備の肌は薄く色付き、篝火に照らされていた。すでに劉備の腕は自由にしていたが、所在無さそうに投げ出されている。下肢を扱いている手を強いものへと変化させ、極みへと導くように一気に悦楽を昂ぶらせると、不意を衝かれたらしい劉備は声を漏らす。
「ん、ぅん……ぁん、はっ」
 小刻みに身体が震えて、急すぎる快感に流されかけているところを狙い、下穿きごと下衣を引き、下肢を露わにする。掌が離れても屹立している劉備の下肢を、今度は掌を添えるだけにして、顔を寄せた。
「……あ、ぁん」
 舌で先端を舐めただけで、劉備の声は甘く蕩けた。舌に触れた熱さと声で、諸葛亮の背筋にぞくり、と官能が駆ける。熱と確かな証を味わいたい、と舌の腹で先端を押し潰し、唇に挟めば、劉備の声が一際色香を増した。
 さらに深く感じ取ろうと顔を沈めようとしたときだ。ぐいっと髪を引かれて仰け反った。口から熱が離れて、劉備の身体すら遠くなろうとしたものだから、反射的に腰を掴んで阻んだ。追い縋って口腔へ含もうとすれば、また髪を掴まれて引っ張られる。
「それはやめろ、と言っているだろう!」
 どうやらまだ快感に浸り切っていなかったらしい。劉備が口淫を嫌がるのは知っていたから、抵抗されなさそうな機会を狙って目論んだのだが、まだ早かったようだ。しかし諸葛亮も諦めずに、腰を抱きかかえて背もたれに押し付けるように劉備を押さえ込む。
「孔明っ……」
 非難の声にも耳を貸さずに再び口淫を始める。今度は逃さないように初めから深く咥え込んだ。
「いや……だとい……って……ああ、ぁ」
 舌を密着させて強く吸い付けば、下肢を程よく締め上げるせいで心地よさが格段に変わるはずで、案の定、劉備は喘いで腰を浮かした。ぐっと咽の奥を突かれるが、構わずにきつく唇を締めたまま頭を振った。
「は、んっ……あぁ、駄目、っだ……これは……私だけ……が好いだけ……んんぁ」
 やはり嫌い、感じない、ということではなくて、受け入れられないだけで快感ははっきりとあるらしい。劉備の言葉で確信を得ると、諸葛亮は口淫を続け、髪を引く力も弱まり声が熱っぽく変化したところで抜き上げるのを止めた。
「あ、はぁ、はぁ……」
 悦に踊らされた劉備の息はすっかり弾んでいる。顔を見上げれば、瞑った目の端に涙が滲んでいる。口内から解放した下肢からも雫が浮かび、掌で軽く扱けば溢れて伝い落ちていく。それを舌で掬い取り、再び舌で愛撫を始める。
「もう……いい……ひ、ぁ」
 首をゆるゆる振って、やめろ、と言う劉備だったが、諸葛亮はようやく求めていた物にあり付けたような気さえして、舌を丹念に這わせて溢れた雫ごと劉備の熱を貰い受ける。雫や熱を口内へ含む度に、空虚だった内側が満たされていく感じがした。
 もっと、欲しい、と渇いた奥が切望する。また深く咥え込み、劉備が逃げたそうにずり上がろうとするのを無理矢理引き留める。
「こ、めいっ……これ以上は……イ……っくからっ……ぁあ」
 離せ、とばかりに劉備の指が頭皮を掻き乱し、髪を引くが、もうその手に力は入っていなかった。劉備の身体が幾度か強張り、下肢を咽奥で挟む度にびくり、と背は反れて、足は宙を蹴って身悶える。
「やめっ……あぁ、んんっ〜〜」
 押し殺したような劉備の嬌声と共に、諸葛亮の口内に熱い塊が注がれる。受け止めた途端、頭の芯が痺れるような甘さが襲い、ためらわずに飲み下す。熱い欲の証は生そのもので、咽を通ると強い酒でも飲んだように爛れそうで、それでいてもっと渇望してしまうような魅惑があった。
 諸葛亮の中心は血を集めて疼いている。もっと、今の甘露を、とばかりに痙攣を繰り返して熱をこぼしている下肢へと吸い付くが、極みの余韻が残っている劉備にとっては刺激が強すぎたらしい。
「もうやめろ……っ孔明……っ今、触るなっ」
 ひぅっと咽から息が鋭く吐き出されるような音がして、劉備は自分でも不味い、と思ったのか口を塞いだ。びくり、と一際大きく身体が跳ねて、掌で塞がれてくぐもった悲鳴に近い声を劉備は上げて、再び下肢が脈を打って、力を失った。
 咄嗟に諸葛亮の腕を掴んだのだろうが、爪が食い込むほど握り締められて、その痛みでようやく諸葛亮は我に返る。そっと唇から下肢を解放し、劉備の様子を窺うと、胸を忙しなく上下して息も絶え絶えのようだ。
 極みを迎えた直後に強い刺激を与えられて、恐らくもう一度達したのだろう。涙が弾けたらしく、瞑られた瞼はじっとりと濡れていて重そうだった。流れたらしい涙の跡を指で拭い、呼びかけた。




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