「言絡繰り 4」
劉備、博望坡にて諸葛亮の初陣を見守るも 7
諸葛亮×劉備


「殿……」
「……」
 しばらく返事をしなかったが、薄っすらと瞼が持ち上がって、諸葛亮を捉えた。
「……無茶するな」
「申し訳ありません」
 止まらなかった。正確に言えば、今もまだ内側で渦巻く劣情は収まっていない。ただ、先ほどまでは口を開く余裕すらないほどに、何かに追い立てられながら劉備を求めていた。今は、少し劉備の具合を慮(おもんばか)れるほど落ち着いた、ということだ。
 少し身を起こして、卓子に置いてある酒に手を伸ばした劉備に、盃を渡そうとすると、瓶のほうだ、と言われて渡し直す。咽を鳴らして酒の瓶を呷った劉備は、大仰なため息を吐いて瓶を脇に置いた。音から察するに、飲み干してしまったらしい。
 乱暴に酒に濡れた口元を袖で拭い、劉備はぐったりと背もたれに身を預けて、中庭へ目を転じたまま呟いた。
「……続き、いいぞ」
「はい」
 億劫そうに身体の向きを変えた劉備は、ちらり、と諸葛亮を見やって小さく笑った。
「えらく素直だ」
「……」
「はは、すまん。誘ったのは私だしな」
 ですが、乗ったのは私です。
 心の中で答えながら、劉備の身体を抱えて卓子へうつ伏せにして移し、中途半端だった下衣を落として、唾液を含ませた指で双丘の隙間を割った。劉備の身体に少し力が入ったが、すぐに弛緩して諸葛亮の指を受け入れた。
 酒の力を借りる、と言った劉備の言葉を思い出した。
 やはり酒など飲むものではない。こんなにも歯止めが利かないなどと恐ろしいではないか。続きをしていい、と言われたからとはいえ、ああも簡単に首を縦に振ってしまうなどと、ありえない。しかも、熱い襞を掻き分ければ、そんな考えも忘れてしまうほどだ。下肢に集まった熱は冷めるどころかますます強まり、諸葛亮を苛む。欲しいのだ、と自覚を促される。男同士で、仕えている相手であり、想い人でもないというのに、劉備が欲しいのだ、と体は切に訴えている。
 どうかしているとしか思えない。
 指を含ませるのに慣れてきたのを見計らい、そっと劉備の中を探っていけば、悦の源に指はすぐに辿り着く。劉備の声が弾んで、諸葛亮の耳孔を焼き、思考を奪っていく。卓子の端を掴む劉備の手に、上から自分の手を重ね合わせる。
 ほつれて、少し跳ねてしまっている後れ毛に鼻先をすり寄せると、少しだけまた渇きが収まっていく。水面が静まっていく。
「……っぅあ、ん、ん……あっ、はあ、孔明っ」
 甘やかに呼ぶ劉備の声に身を委ねながら、諸葛亮は劉備の秘所を柔らかくほぐしていった。指を増やし、劉備に苦痛の声音が混ざらなくなったのを推し量り、初めて自分の欲を抜き出した。
 双丘に押し付けると、劉備が小さく喘いだ。促すように、劉備の首が小さく縦に振られると、諸葛亮は腰を押し進めて、限界まで血を集めた楔を劉備の中へと打ち込む。せっかく消えていた苦痛の色が、再び劉備に戻ってきた。
 しかしようやく求めていた、自分を包んでくれる熱だ。諸葛亮は屹立し出している劉備の下肢を掴み、意識を秘所から逸らさせて、一気に突き込んだ。声にならない声が劉備から漏れて、秘所がきつく締められた。
「……っまた、お前……はっ」
 強引だった挿入に阿呆、と叱責されるが、諸葛亮は劉備の狭さと熱さを味わうので精一杯だった。
「……っ」
 勝手に、涙が溢れていた。
 初めて目の前で行われた戦が怖かった。自分の指示の結果に生み出された死傷者たちの残骸や呻きが恐ろしかった。戦に勝ちも負けもなく、あるのはただの苦しみではないのか。
 己の未熟さが悔しかった。策が成功したなどど、趙雲の誘い込みが成功したと思い込み、自分が矢面に立たなかったことに安堵していた甘さに吐き気がした。それは、目の前の、本来ならば諸葛亮が身を盾にしてでも守らなくてはならない人のおかげで成し得た勝利ではないか。それを保身がなったことに安堵していたなどと。
 ましてや、その人にこうして慰められていることなど、許されないのに……。
「孔明?」
 動きが止まった諸葛亮を不審に思った上に、堪えていても嗚咽はこぼれている。心配そうに劉備が振り返ろうとしたので、肩に額を押し当てて留めた。
「見ない……でください」
 このような見っとも無いところ、見せられない。
 劉備の前で弱音など吐きたくない。不安がらせるなど論外だ。常に行く先を照らして、揺るがない指針でいなくてはならない。それが諸葛亮に与えられた役目であり、道筋なのだ。
 私に、殿が求められているものがそれであるなら、私は応えるだけだから、貴方の前では揺らいでいる様など見せられない。
 誤魔化すように、中途半端なところで止めていた楔を押し進めると、孔明、と不安がる声と中を開く感覚に喘ぐ息が溶けていく。諸葛亮を受け入れて強張っている背中にぽたぽたと涙が降り落ちる。
 涙で霞む視界に、酒のせいで赤く染まっている劉備の耳が映る。唇を寄せて甘噛むと熱かった。劉備はさっきと違い、駄目だとも嫌だとも言わず、ただ感じたのか諸葛亮を受け入れている中がきゅうっと締まる。
 反対側の耳を指でなぞり、同じく赤くなっているうなじを撫でて、脇腹に手を滑らせた。指や手を動かすたびに、諸葛亮のものを締め付ける劉備の秘所に、受け入れてくれている、と充足感が増していく。下肢にまで腕を伸ばせば、硬さを失っていない欲が存在している。
「殿……」
 気が付けば涙は止まっていた。噛んでいた耳から唇を離し呼びかけると、劉備の頭が捻られた。恐らく涙の跡を見つけただろうが、何も言わずに小さく笑って、唇を重ねてきた。
「いいぞ、孔明」
 動いてもいいぞ、という意味だろうか。
 それとも、もう怖がる必要はないぞ、という意味だろうか。
 まるで諸葛亮の弱さを見透かしたような、それでいてそれは悪いことではないのだ、と言い聞かされているような声音だった。
 静かに楔を引き、際で止めて再び押し込めると、劉備の顔は伏せられた。熱と熱が溶け合い、馴染むまで繰り返してから、腹側を切っ先で擦り上げる。
「あん……んっ」
 艶を帯びた声が伏せた顔の下から聞こえる。情欲を煽り、渇きを満たす甘い酒のような劉備の嬌声に、諸葛亮は囁いた。
「もっと、お聞かせください」
「阿呆ぅ……忘れているかもしれんが、ここは外……ぁ、あっあ」
 問答無用で腹側の悦を固く張り詰めた先で強く突くと、劉備は全身を震わせて身悶え、握っていた劉備の下肢がどくり、と脈を打つ。続けざまに責め立てれば、劉備が必死で声を押し殺しながらも喘ぐ。
 ガタガタと、二人分の体重と動きに卓子が音を立てる。下肢をゆるゆると扱きながら、最奥を突けば、劉備が頭を振って感じていることを諸葛亮へ訴えた。ぽたりぽたり、と諸葛亮の手の隙間から劉備の欲が滴り、床に落ちていく音が、卓子の揺れる音に混じる。
「こぅ……めい」
 何度か際(きわ)や奥、悦を責め続け、お互いに限界が近くなると、劉備が縋るような声を漏らす。それを合図に劉備の下肢を掴む手を速め、悦を擦りながら奥を突く。劉備の中は引き込まれるほど深く、熱く、底が見えないゆえに、諸葛亮の全てを注ぎ込み、弱さを吐き出しても平気なのではないか、と錯覚すら感じる。
「両方は……あぁっ……あっ」
 一際、劉備の声が高くなり、極みへと一息に上っていくので、諸葛亮も追いかけるように劉備の中を穿つ。二人の達した声は、そのすぐ後だった。



 汚れてしまった衣や乱れた髪を整えるために二人はこっそりと城内の一室へ引き篭もったが、互いの身支度が済むと、劉備は宴に戻る、と部屋を出た。少し後ろを歩いていると、劉備が前を向いたまま呟いた。
「あまり無理するな。お前はすぐに無理をする」
 先ほどまでの本能に犯された頭が冷えた後だと、気恥ずかしさと気まずさが勝り、いつもの調子で反論してしまう。
「殿だって感じていたではありませんか」
「……っ誰がそっちの話をした、誰が!」
 小さくため息をつき、分かっています、と言う。
「……無理などしておりません。殿のほうこそ、私から何を聞き出したかったのか知りませんが、我が身を差し出してくるなどと。今回のようなこと、これきりにしてください。前にも申しました通り、私は同性を抱く趣向は持ち合わせておりません。女を用意してくだされば良かったではありませんか」
「仕方ないだろう、私はお前みたいに口が達者じゃない。あれぐらいしか思いつかんかったんだ。前回だって成功したんだから、今回も……」
「前回?」
「……いや、あれはいいんだが、とにかくお前がもっと拗ねたり我が侭言ったりしてくれれば、私とてあんな真似しなくとも済んだんだ」
「慎み深い私の美徳を責めるおつもりですか」
「慎み深い奴は、自分のことを慎み深い、などと言わん。お前はまったく素直でなく、可愛げがない」
「それはそれは申し訳ございません。私は張飛殿のように素直でもありませんし、関羽殿のように戦が強くもありませんから」
「孔明……っ」
 強い口調で字を呼ばれた。
「いいか、誰もお前にそんなことは期待していない。雲長や翼徳にはあいつらなりの役割があるし、お前にはお前の役割がある。雲長に孔明の役割を求めないし、孔明に翼徳の役割を求めることもしない。お前には誰にもない、私たちには持っていない智慧がある、先見の明がある。お前はお前だ、孔明。だから無理をして戦の矢面に立つことはするな」
 床に落ちていたせいで汚れていた羽扇を払うふりをして、劉備の視線を避けるように俯いた。
「もう、お前だって嫌だろう」
 戦が、ということだろうか。ゆっくり頭(かぶり)を振った。
「戦は殿にとって必要なものです。私だけが逃れられるものではありません」
「では、本当に嫌になったら教えてくれ。お前を、私から解放する。戦しかない道筋から逃がしてやる」
「酷いことをおっしゃる。殿が以前おっしゃったのではないですか。私の生きる先はここしかない、貴方の傍にしかない、と。なのに今さらそのようなこと、嫌だからと逃げ出すほど、私は義にも信にも薄くございません」
「ならば少しは、お前の苦しみを私に分けて欲しい。策を弄す側だからといって、雲長たちと馴れ合わないほうが良い、などと距離を取ってしまうのならば、せめて私とは近いところに居てくれないか」
 どうしてこの人は甘いのだ。私の役目は殿が持つはずの苦しみを背負うことだというのに、自分も持つなどと意味がない。
 そして、どうして自分はそんな甘い言葉に喜んでいるのだろうか。
「努力します」
「ああ」
 決して色好い返事ではなかったはずだが、劉備は嬉しそうに頷いてくれた。その笑顔の屈託の無さに無性に恥ずかしくなり、羽扇を持ち直す。そこへ遠目からでも分かる影がやってきて、立ち塞がる。
「ここにおられましたか、兄者。主役であられるのに黙って姿を消すとは、軍師殿にかどわかされましたか」
 この生白いひよっこめが、と関羽のねめつける瞳ははっきりと語っているが、諸葛亮は平然と受け止めて言い返す。
「あらぬ疑いをかけないでいただきたい、関羽殿。大体、主役は私です」
 髯が脳内侵蝕してるだろう、と言外に込めつつにっこり微笑めば、関羽の目付きは鋭くなる。
「雲長、孔明、いい加減にしろ! 祝宴の最中までいがみ合うような奴らは、私は嫌いだぞ」
 好きだ、とはっきり言われたら言われたで恥ずかしいが、嫌い、とはっきり言われたら言われたらで傷付く。それは関羽も同じようで、二人揃って押し黙ると、よし行くぞ、と声をかけて劉備はとっとと歩き出す。
「お主のせいで兄者に嫌われた」
「こちらの台詞です」
 ぼそぼそとやり取りを続ける。
「少しは大人しくなったと思うたら、出すもの出したせいかすっきりした顔になりおって」
 さっきまでの劉備との交わりを思い出し、諸葛亮は頬が熱くなりかける。
「下世話な物言いをされないでください」
「下世話? 拙者は泣いていたことを言ったつもりだが? なんだ、何の話だ」
 泣き腫らした目を見て関羽は指摘したらしく、諸葛亮は自分の失言に気付き迂闊さを呪う。
「泣いてなどおりませんから。これは殿に無理矢理酒を飲まされたせいで目が赤いのです」
「お主にしては下手な言い訳だ。隠すな。拙者とて、戦を経験したての頃は悩んだものだ」
 しかし関羽は思わぬことを口にしてきた。
「……関羽殿は覚えていないと」
「忘れられぬよ。翼徳とて同じだろう」
 軍神と呼ばれる男の横顔を見上げると、鋭い双眸には遠い過去の仄かな苦悩が滲んでいた。その眼差しのまま視線を向けられて、諸葛亮は目を逸らせなかった。
 劉備の、諸葛亮を労わる眼差しとどこか色合いが同じだった。
「諸葛亮、お主は若い。多くを経験し、多くを学び、苦悩しろ。そして兄者を助けろ」
 初めて、名を呼ばれた。そしてかけられた言葉に身が引き締まる。
「はい、承知しました」
 拱手すると、関羽の眼差しは今までと変わりなく、諸葛亮の器を量るような鋭さへ戻っていく。
「もっとも、兄者を支えるのは拙者の役目ゆえ、お主はせいぜい背伸びをして頑張るのだな」
「私を励ましたいのですか、蹴落としたいのですか」
「拙者は兄者の望む天下があれば、それで良い」
 劉備絶対主義者め、と口の中で罵り、諸葛亮はそれでも小さく笑った。
「確かに、そうですね」
 同意した諸葛亮が意外だったのか、関羽は少し驚いた顔をしたが、やはり同じように小さく笑ったのだった。



 終幕




 あとがき

 収録(再録)がだいぶ遅れてしまいましたが、ツンデレ軍師×お気楽能天気オヤジの水魚シリーズ、第四弾になります。
 ここまでが、総集編に収録されている部分となります。
 わりと、4の話は自分の中で、一つの節目だったりするのですが、まあ本当に節目かどうかは、この先、この二人を追いかけていかないと分からないところですが、よろしければ、この水魚の二人、追いかけてきてくだされば幸いです。




 目次 戻る