「桃三劉五拾(とうさんりゅうごじゅう) 3」
オヤジ劉備読本より
 諸葛亮×劉備


 起き上がったり動いたりしたせいか、劉備はさすがに苦しそうにしている。ぜえぜえ言いながら牀へ横臥した。
「う〜、死ぬ〜、もう駄目だ。孔明、私はここで朽ちるが、後は、後は……」
「何を不吉なことをおっしゃっているんですか。大丈夫ですよ。殿の天命はまだ尽きる様相を見せておりません」
 すっかり開き直ったらしい劉備は、甘えた雰囲気で諸葛亮へ訴える。それを諸葛亮は苦笑しながらも、甘えられることがこそばゆく、嬉しかった。
「具合はいかがなのですか」
 濡れた手ぬぐいで、劉備の汗ばんだ額や首筋を拭う。
「頭が痛い、熱がある、節々が痛いしだるい」
 それを劉備は気持ち良さそうに受けている。
「しかし、お顔の色はそれほど悪くはありませんね。後もう一日、ゆっくり休めたらだいぶ良くなりましょう」
「そうは思えないんだがな」
 諸葛亮と話すのに体力を消耗したのか、口調がやや舌足らずだ。
「何か欲しいものはございませんか?」
 それをまるで大きな子供のようだ、と思いながらも世話を焼く。
「ん〜、桃。そこに子仲(糜竺)の持ってきたやつが余ってるから、食べたい」
「承知しました」
 寝台近くの卓上に、もう食べ頃も過ぎようとしている桃が一つ置かれている。桃が好物の劉備のために、糜竺がどこからか手に入れてきたのだろう。
 小刀が一緒に置かれているので、それを使って手際よく皮を剥いていく。汁気の多い桃は指先だけでなく手も濡らすので、なかなか厄介だ。
 それでも何とか剥き終わり、小刀と共に置かれていた皿に乗せて、もそもそと半身を起こした劉備へ差し出す。
 しかしなぜか劉備は受け取らず、じぃっと諸葛亮を見つめてくる。
 変わらず、桃の汁気にも劣らない水気を含んでいる双眸を向けられると、諸葛亮は奥底で身じろぎする感情を抑え込まないといけなくなる。
「どうされたのですか」
「食べさせてくれ」
 あー、と口を大きく開けた劉備に、諸葛亮は一瞬呆気に取られたが、吹き出した。
「これは気が利きませんで、申し訳ございません。では、私が殿のお口へ運ばせていただきます」
 笑いを堪えながら、何とか糞真面目な顔を繕って、至極丁寧に承った。
 皿から一切れ桃を摘まみ、劉備の口元へ運ぶ。一口大の桃は劉備の口へ飲み込まれる。
 咀嚼して味わっている劉備の顔は幸せそうだ。続けてまた口を開けるので、また諸葛亮は一切れ差し出す。すっかり気分は雛に餌を運ぶ親鳥である。
 それでも、あまりにも劉備が幸せそうに食べるので、眺めている諸葛亮も幸せな気分になる。
 あっという間に一個分の桃は皿から消えた。
「終わりですよ、殿」
「足らん」
「あまり食べ過ぎるのも良くありません。いくら邪気を払う果物といえども、過ぎたるは及ばざるがごとし、と言いますし……」
 ついいつもの調子で戒めの言葉を告げていると、劉備の手が諸葛亮の手首を握った。
「まだある」
 言うなり、桃の汁気で汚れていた諸葛亮の指を舐め始めたのだ。
「殿……っ?」
 食い意地が張っているのは今に始まったことではないが、これには驚いた。思わず手を引いて、劉備から取り返す。すると恨めしそうにこちらを見るではないか。
「そのように卑しいことをなさらないでください。仮にも益州を治めている身で、見舞いの桃に……」
「子仲が、もう季節外れに近いからこの桃が最後だ、と言っていた。なら季節を惜しむ意味でも最後まで味わいたい」
 こういった時だけ舌が回る劉備に呆れながらも、諸葛亮は諦めて手を差し出した。
 劉備の舌が指の付け根から爪の先まで這い、肌に染み込んだ汁を絞り出そうとするかのように、口の中に含まれて吸われる。
 それらを一本一本の指ごとに行うのだ。
 熱を持った舌が、指先という鋭敏なところを弄るので、諸葛亮はくすぐったさに身を竦めながらも、また奥底で身じろぎした感情を抑え込まなくてはならなかった。
 舌の目標が掌に移ったらしい。ぺろり、とまるで犬のように舌を伸ばして何度も舐める。
「……殿っ」
 くすぐったさが堪らず、思わず声を上げると、ちらり、と劉備が上目遣いで諸葛亮を射抜いた。
 潤んだ瞳が、妙な色を含んでいた。
 みしり、と頑丈な堰堤が軋んだ。
「お身体に障りますから、もうこの辺で」
 引こうとした手は、今度は離れなかった。力など入らないはずなのに、どうしてか動かせない。視線が合わさったまま、劉備の舌が手首まで下りる。
 ぞくっと、諸葛亮の背筋を脅かすものがあった。
 これ以上は危険だ、と思い、力を込めて離れようとした時だ。力を入れる直前に、一瞬だけ力を抜く、そこを狙い澄ましたかのように、劉備が諸葛亮を引っ張った。
 危うく劉備の上に倒れ込むところだったが、寝台に手を付いて堪えた。身体の下に閉じ込める形になった劉備を見下ろして、叱ろうと口を開いたが、相手が早かった。
「孔明……。察さぬか」
 妙に甘ったるい声だ。双眸の色はさらに濃くなり、艶を含んでいる。
「どうされたのですか、殿」
 察すも何も、劉備の先ほどからのそれらは、濡れ事を示唆しているとしか思えない。
 しかしそんなことを劉備がするなど、酔った勢いか余程切羽詰ったときか。とにかく滅多にあることではない。何より今は弱っているときだ。安静にしなくてはならないときに、肌など合わせている場合ではない。
 だからこそ諸葛亮も早くに劉備の誘いを察していても、気付かないふりをしたのだ。
「何が……?」
 甘ったるい声だが、よく聞けばむしろ気の入っていないぼんやりしたものだ。
 自分が何をしようとしているのか理解していないのではないか。
 そう危惧をして、諸葛亮は劉備の誘いに躊躇いを見せる。
「じれったい奴だ……いいからっ」
 またぐいっと、今度は襟を引かれて、上体が落ちる。
 唇が塞がれた。表面の熱さに驚いて諸葛亮は身じろぐが、しっかりと首に回された劉備の腕で動きが封じられる。
 指を散々にしゃぶった熱い舌が口腔に入り込んできた。いつもと違う熱さに、諸葛亮は早くも身体の中心が疼くのが分かった。
 それでも、まだ決壊を見せない堰堤が冷静に状況を分析し始めた。
 いくら何でも病人を抱くわけにはいかない。これ以上悪化させたらしばらくは政務に復帰できなくなる。
 ならば、一回欲を吐き出させれば大人しく寝るだろう。何より交わるまでの体力が劉備にあるとは思えない。
 問題は、果たして諸葛亮自身の理性が劉備の艶姿を見せられて耐えられるかどうか、だ。
 どうにも自信がなかったが、やれるだけやるしかない、と腹を括った。
 早めに決着をつけるためにも、いつもより性急に劉備へ愛撫を施すことにした。
「んんっ……ん、は……ふぅ」
 劉備から求められるだけだった舌を、こちらからも差し出して、互いに絡め合うと、途端に鼻にかかるような息をこぼし始めた。
 僅かに唇を離して、短い呼気が漏れたところで、もう一度重ねた。
「っぅん……」
 首に回されていた腕から力が抜けかけている。ちゅくっと音が溢れるほど舌を派手に絡ませれば、今度はしがみ付くように力が籠もる。しかしそれは風邪のせいか普段とは比べ物にならないほど弱い。
 口付けに劉備が溺れている間に、諸葛亮は互いの身体に挟まっていた掛け布を取り去る。脚で劉備の太股を割り、膝頭で中心を軽く押してその昂ぶりを確かめてみた。
「……ぅふ……っ」
 くぐもった喘ぎが上がる。
 膝頭をさらに深く押し上げれば、劉備の身体がびくっと跳ねた。そのまま緩急をつけながら押し付ければ、息苦しくなったのか口付けを嫌がった。
 首が左右に振られて、やや乱雑に唇が離れる。劉備は大きく喘いで、足りなかった呼吸を派手に繰り返している。眦が涙に濡れ、息苦しかったことを示すようにその頬は赤い。また、勢いよく離れたせいで、唇の端から唾液がこぼれていた。
 それを舌で舐めとってから、赤味を増した頬に口付け、涙も吸う。
 薄く開いた唇から桃の甘い香りがする。
 強い官能が諸葛亮を揺さぶった。それを鎮めるためにも口を開く。
「すでに、私が触る前から熱くなられておりましたね」
 膝頭をまた掻き混ぜるように動かして、それを教える。
「私の指を舐めている間に、ご自分で感じられてしまったのでしょうか」
 寝衣の帯を取り、前を開いた。
 熱の籠もった肌をなぞると、劉備が眦を赤く染めて身じろぎする。触ってもいない胸の突起が緩く立ち上がっていた。
「感じやすいお身体ですね。これでは若い頃は苦労なさったのでは?」
「お前が、こうさせたの、だろう」
 息が乱れているのは熱のせいか、それともしきりに這い回る諸葛亮の手のせいだろうか。
「そうでしょうか。もとから素質がなければ、こうはならないと思いますが」
 胸の突起に指を引っ掛ける。
「……ぁっ、ん」
「イヤラシイ声を出されて」
 舌を絡げる。舌を押し返す勢いで立ち上がるそれを、愛しく思いながらも嬲る。転がすように愛撫をすれば、劉備が細く息を吐いた。
 手が諸葛亮の髪に差し込まれ、嫌がるように、あるいはもっとと強請るようにか、掻き混ぜる。その頭皮を柔らかに刺激される動きは、諸葛亮に思わぬほど快感を与えた。
 熱を持ち、汗ばんだ肌がいつもの感覚を狂わせる。
 急いで取り返そうと、突起から舌を離して、首筋へと這わした。
 しかしそれも逆効果だったようだ。
 ずっと風呂に入れなかった劉備の身体は、体臭が濃く残っている。もちろん、小まめに汗などは拭われているせいで、異臭ではない。むしろ、諸葛亮が好んでやまない劉備自身の匂いが強くあるのだ。
 鼻腔をくすぐるそれに、理性が制止の声を上げたが、遅かった。
 唇を首筋に当てて、強く吸ってしまった。
 いつもは跡が残るから、と目立つところにはつけないようにしていたのに、思わず吸い付いていた。
「……っ」
 小さな息が劉備の口からこぼれた。
 唇を離せば、案の定くっきりと残る赤い跡に、僅かな後悔が起こる。だがそれを上塗りするかのように、浮き上がった、所有印の証であるような朱点が征服欲を満たす。
 一度ほどけた理性を締め直すのは困難だ。
 今度は衣を着込めば見えないところではあるが、そこかしこに吸い付いた。
 放浪を繰り返し、戦を重ねてきた若い頃の名残だろう。歳を取っても未だに筋肉は張っている。もちろん、歳相応に肉は付いているし、シミも浮かんでいる。いつの傷だか分からない、肌に刻まれている古い痕もある。
 明るい下で抱かれるのを劉備は嫌がる。日の下では己の年齢を自覚させられるからだろう、と知っている。
 それでも、諸葛亮はそれらが愛しい。
 その一つ一つが、劉備を構成している一部であるなら、例え目元の下に浮かぶ皺だろうと、髪の中で混じっている白いものだろうと、劉備が生きてきた証なのだ。
 そうして歳を取ってきたからこそ、諸葛亮と劉備は出会えたのだ。
 そう思えば、愛しく思う気持ちは深まるばかりだ。
 そんな肌へ唇を落とし、舐めれば、肌の味が舌を溶かすようだ。
「あ、まりそう舐めるな」
「なぜでしょう?」
 だから劉備が口にした言葉は、諸葛亮にとっては不思議なものだった。
「風呂に入っていないから、汚い」
「ではなおさらこうして清めなくてはなりませんね」
 初めに赤い跡をつけた首筋を、その跡に沿って舌でなぞり上げた。
「こんなに美味ですのに、何を拒絶されるのか、私には分かりかねます」
「お前は……時々、真顔で恥ずかしいことを言う」
 何に照れたのか、劉備は腕で顔を覆ってしまう。隠れなかった耳が朱色に染まっていた。
 上体を伸ばして、その染まった耳に息を吹きかけるようにして、囁く。
「分かりきったことを述べるのに、気恥ずかしいことなどございません」
「もう、分かったから……」
 赤い耳のまま、劉備の腕が顔から外れて、諸葛亮の頭に伸ばされる。その腕に抱き寄せられるまま額が合わさり、唇を啄ばまれた。
 今度は劉備から諸葛亮の膝へ中心が押し付けられた。
「焦らすな」
 熱い息が唇に吹きかかる。
「畏まりました」
 手を伸ばして腰布を取り去れば、すでに充分に下穿きを押し上げて、染みを作るほどに欲を集めている下肢がある。
 一度下穿きの上からそれを撫で、劉備の反応を見た。
 苦悶の表情にも似た色を浮かべた劉備だが、吐かれた息は濡れていた。
 また、微かに桃の香りが鼻をくすぐった。
 ごくり、と咽が鳴る。
「私も、桃を頂戴してよろしいですか」
「……? しかしもう桃は……」
 不思議がる劉備の下穿きを取り去り、下半身を露わにさせる。
 諸葛亮の前戯と先ほどの直接の刺激で、劉備のそれは天を向いている。その上へ、諸葛亮は桃が乗っていた皿を傾けた。
「……んっ、ぁ」
 悩ましい声が上がる。
 汁気の多い桃は、皿の上にも汁を多量に残していた。それを育っていた劉備の下肢へかけたのだ。
 劉備自身の欲と桃の汁で濡れているそれは、遠くで揺らめいている燭台の灯りで光った。
「食べても?」
 否、と答えても食べるつもりではあるが、あえて問いかけて、その瞳を覗き込む。ゆらり、とこちらも灯りのせいで光っているが、その奥に覗けたのは強い情炎だ。
「ああ」
 少し掠れた声だった。滲み出る劉備の情欲が諸葛亮にも火を灯す。
 諸葛亮の舌が下肢へ伸ばされていくのを、劉備の視線が瞬きも忘れたように追いかけている。
 茎を伝うどちらとも知れない汁を舌で舐め上げた。劉備が息を詰める。
 もう一度、根元から舌を這わして、掬う。それから今度は音を立てて舐めて、吸った。
「くぅ……ぁあ……あ……」
 押し殺した劉備の声が漏れる。
 桃の甘い味と劉備自身の味が諸葛亮を夢中にさせる。いつもより派手に音を立てながら劉備を責め立てた。
「ぁや……っ……ひ、ぅん」
 腰が突き上がり、口腔に含んでいた諸葛亮に下肢が深く与えられた。口を窄めてきつく吸い上げるように刺激を送る。
 強い刺激に劉備の眦に涙が浮かんだ。いやいや、という様に頭が振られれば、涙はこめかみへ流れていった。
「こ、……めいっ」
 濡れた声で呼ばれて、諸葛亮も中心が重くなるのを覚える。
 息を乱しながら、手が伸ばされて諸葛亮の頭を撫でた。
「美味い、か?」
 目だけで劉備を見やれば、僅かに口角を釣り上げている。劉備が人をからかう時の顔だ。まだそんな笑みを浮かべられる余裕があったとは。
 そこから口を離して、代わりに指で止まらず刺激を与えながら、諸葛亮も笑って答えた。
「ええ、とても。やはり桃も人も、熟した後が美味のようです」
「おま、えは口が上手、い」
 快感に顔を歪めながら、器用に劉備は笑った。
「口、だけですか?」
 下肢を追い上げる指に力を込めて口だけでなく、劉備を悦ばせる術も上手いか? と暗に問う。
「私は、好物だったら熟していない桃も食ってしまう」
 諸葛亮の腕が未熟だという返しか。
「おや、それは心外でございます。では、そのような青い桃でこうなってしまう殿は、相当に感じやすい、ということでしょうか?」
 滲み出ている雫の入り口を、指先でぐりっと掻き混ぜた。
「……っぅあ、ぁ」
 劉備の身体が跳ねた。
「ば、か……っ、そうでは、ない。どんなお前、だろうと、好いている……というこ、とだ……ぅんんっ」
 察せ、と言って目元を赤く染めて、劉備は微かに笑った。
「我が君……」
 そっとその弧を描いている唇へ口吻を寄せた。
 それから劉備の下肢を扱く手に力を加える。
「っ……は、あ、孔明、これだけ、で終わりにする、なよ?」
 思わず手を止める。
「しかし、これ以上は殿のお身体に負担がかかり過ぎます」
「ならば、お前はこれをどう処理するつもりだ?」
 逆に劉備が手を伸ばして、諸葛亮の下肢を衣の上から掴んだ。
「っく……」
 思わず呻く。すっかりと硬くなり、欲を集めている諸葛亮のそれを、劉備の手がやわやわと揉みしだく。
「殿っ……それ以上はっ」
「爆(は)ぜるなら私の中にしろ。私もお前に満たされながら果てたい」
 潤んだ双眸はもう熱のせいではないだろう。情炎はすでに赤々と燃え盛り、諸葛亮を射抜いていた。
 勝てるはずがない。
 いつも、結局そうなのだ。釣りのための休暇も、泣き落としに負けた。交換条件を出したものの、その間、政務を必死に片付ける劉備を邪魔しては、と抱くのを控えた。
 それは主従だからだとか、関係無しに譲るのは諸葛亮だ。それでも不思議と悔しくない。
 諸葛亮が本当に譲りたくないことは、劉備も無茶を言わない。
 分かっているのだ。ただ、互いに分かり切っているからこそ、時々子供のように喧嘩して、我を通したくなるのかもしれない。
「どうしたのです、今宵は。いつもと違い、積極的ですね」
「お前が、失望しない、と言ったからだ」
 どんな劉備の姿を見たとして、それが心を許している証だと、そう諸葛亮は言った。
「だから……?」
 こくり、と劉備の首が縦に振られた。
 耳が先ほどの比ではないほどに赤い。
「もしかして、今までもこのように求めたかったのですか?」
「……もういいだろう、それ以上は。それより早くしろ。こっちは病人なのだ。焦らして悪化したらどうする!」
 これからすることを考えると、どう考えてもそちらのほうが悪化させる原因になりそうだというのに。
 自分から求めることを自尊心が邪魔をして出来なかった。しかしそれを諸葛亮のためだ、と思い込ませることで誤魔化せるようになった。
 それでも、そうすぐに思うようにならない。
 照れ臭そうな、そのぎこちなさがまた愛しい気持ちを生む。
「困りましたね」
 色々な意味が込められた一言を、苦笑しながら呟いた。
「孔明っ」
 まるで命令するかのようだ。これも照れ隠しだろう。
「畏まりました、我が君。仰せのままに」
 馬鹿が付くほど丁寧に返答して、諸葛亮は劉備の脚を掴んだ。
 割り開くと、劉備の欲、桃の汁、諸葛亮の唾液などで後孔は濡れていた。それらを掬い上げ、指先を後孔へ挿し込んだ。
「……っ」
 待ち望んでいた感覚なのだろう。力が抜けている劉備の中へは容易く入り込めた。
 指で幾度か出し入れをし、足りない潤滑は直接唾液を含んだ舌で舐めて濡らす。
「ぅ、ふっ……ぁ、ぁ……ぃあ」
 劉備の中は熱があるせいか、いつもより遥かに熱かった。この中に自身を収めたときのことを考えると、それだけでぞくり、と官能が駆けた。
 二本に増やした指先で、ぐいっと内壁の弱い部分を突き上げた。
 劉備の嬌声が高くなった。
 熱く蠢く内壁が、指をきつく締め上げる。それを強引に押し広げ、その先に待つ圧倒的な快感へ準備する。
 忙しなく吐かれる息が熱い。幾度も様々な刺激を受けて、達しそうなのを堪えている劉備の下肢から、また雫が滲み落ちた。
「入れた瞬間に爆ぜてしまいそうですね」
 その雫を吸って、軽く先端へと口付けると、ひくん、とそれは震えた。
「ゆっくり、入れて差し上げますから」
 ほぐれた後孔へ、剥き出しにした欲塊(よくかい)を押し当てる。一瞬だけ劉備の身体は強張るが、すぐに弛緩した。
 押し付けただけのそれを、まるで自ら飲み込もうとするかのように、後孔はヒクヒクと喘いでいる。その呼吸に合わせるようにして、まず先端をじわりと進めた。
「あ……あっぁん」
 じれったいのか、劉備の声は濡れながらも苦しそうだ。狭いそこをじわじわと拡げていく感触は、諸葛亮にとっても達しそうな己との戦いだ。
 耐えている力が劉備の脚を掴む手に入る。劉備の手も敷き布を握り締めていた。
 張り出した先端がずるり、と完全に潜り込んだ。
「っぁ……ぁぁ」
 ぶるっと劉備の身体が震えた。諸葛亮は急いで劉備の下肢を握り込んだ。詰まった声を上げたが、非難めいたものではない。
「その、ままでいい」
 達するところだった劉備は、むしろ諸葛亮の戒めを促した。
「もっと、お前で満たしてくれ」
「はい」
 達するギリギリのところで耐えている劉備は、眉間に深い皺を走らせている。諸葛亮が腰を進めるたびに、ひくん、と手の中で下肢が震えた。
 いつもより狭く、そして熱いその中に、諸葛亮の息が乱れるのも早かった。
「殿、動いてもよろし、いでしょうか?」
 ようやく最奥に辿り着くと、いつもなら慣れるまで動かないようにしている諸葛亮も、余裕を失っていた。
 ほぼ劉備の返事と同時に律動を開始した。
「く……ふっ……ま、て……ぁん……も、と、ゆっくり……こう、めっ」
 狭い後孔を掻き乱す諸葛亮の動きに、悲鳴のような劉備の訴えは力を持たなかった。
 堰き止めている下肢は、苦しそうに震え、その先から僅かな雫をこぼす。それに合わせるように、諸葛亮の中の堰堤も亀裂が走っていった。
 しかし恐らくは、初めから堰堤など意味がなかっただろう。
 病で力が入らないはずの劉備から、手を取り返せなかったあれは、もうすでに諸葛亮自身にその意志がなかったからだ。
 劉備を追い上げながら、自身も限界の際へ進む。
(貴方はいつも容易く私の作り上げた堰堤を壊す……いえ、壊しているのではありませんね)
「……っぁあ、孔明……あ、あ……んんっ」
 腹側の、劉備の快感の源をこすり上げれば、身をよじって、劉備は激しい悦楽を受け止めている。勝手に力が入っているのだろうが、後孔はキリキリと諸葛亮のそれを食い締める。
「も……っはな、せ……」
 欲を食い止めている指に、劉備の手がかかる。
「では、腕を背中へ」
 言われるままに劉備は、諸葛亮の指を外そうとしていた手を背中へ回す。衣越しに感じる劉備の熱い手に、全身の肌が粟立った。
 ぐっと腰を突き出して、前のめりで劉備を突き上げた。
 派手に仰け反って、劉備は高い声を出す。
 絶頂が近いことを示すように、劉備の中がうねった。その動きに小さく呻いて、諸葛亮はもう一度深く突き込んだ。
「ああっ……ぁ、っはぁ」
 衣の上から劉備の爪が背中に立てられた。それを合図にずっ、と劉備の下肢を扱いた。途端に後孔は諸葛亮のそれに絡み付く。
 劉備を追い上げながら、一緒に果てる機を狙う。
「孔明ぃ……っ」
 涙を大きく溜めた瞳が諸葛亮を見上げ、字を呼んだ。
(そう、貴方はいつもこうして容易く私の堰堤の中へと入り込む。荒れ狂う河をものともせずに泳ぐ、魚のようです)
 ふるり、と劉備の全身が大きく震えて果てを知らせる。それに合わせて、諸葛亮も後孔の中へと欲を爆ぜた。扱く加減を変えて、劉備も促して、ほぼ同時に頂へと登りつめた……。


          ※


 張飛は、背後の戸が静かに開いたので、首を捻って見やった。
(はん、どうやら仲直りしたらしいか)
 内心でほくそ笑みながら、姿を現した諸葛亮に素知らぬ顔で聞いてみた。
「どうした?」
「湯を用意してもらっても構いませんか? 殿が寝汗を掻いておられるので、清めてあげたいのですが」
「構わないぜ。侍女を下げたのは俺だし、何でも言いつけろ」
 よっ、と身軽に立ち上がり、張飛は足取りも軽やかに水と火を用意しに戸の前から離れた。
(まったく、手間のかかるこった)
 どうしてあの二人は、いちいちくだらない喧嘩で仲直りするのに時間がかかるのか。
 首を捻るばかりだ。
 それでも、鬱々としている諸葛亮を見るのは嫌だし、何より拗ねて機嫌の悪い劉備に付き合うのが一番嫌だ。
「結局、似た者同士だから反発すんのかね」
 いつかだか忘れたが、簡雍がそんなことを言っていた。
 劉備が釣りに行きたい、と突然言い出したのにはわけがある。簡雍が穴場のことを自慢したのは随分前のことなのだ。それを今になってあんなに望んだのは……。

『最近、孔明の奴、季節感の欠片も感じぬほど忙しいようだ』
 久しぶりに劉備と二人きりの食事のときだ。ぽつり、と劉備がそんなことを漏らした。
『この間も、虫の声がうるさいほどだ、と言ったら、不思議そうな顔で、そうなのですか? と答えおった』
『まあ、朝晩さえも気にしてなさそうだからな』
『何か、息を抜いてやる方法はないものか』
 それは、兄者がきちんと政務をやればいいんじゃねえか、という言葉が咽元まで出掛かったが、それが無理な相談であることは、張飛は百も承知だった。
『……そうだ! 魚でも釣って、それを食べてもらう、というのはどうだ? そろそろ魚が美味くなる時期だろう。そういえば、憲和の奴が釣りの穴場がある、とか言っていたな! よし、教えてもらって行くぞ』
 目を輝かせて、箸を振り回した。

 すっかり劉備は一人で盛り上がったのだが、要は季節物を食べてもらって、諸葛亮に少しでも季節感を取り戻させ、いかに自分が働きすぎて、そういう余裕を失っているかを気付かせる策だったらしい。
 だからこそ、魚が釣れずに帰ったことが悲しくて、諸葛亮に合わす顔がない、と落ち込んで部屋に引き篭もったのだ。
 劉備が真剣になるのは、いつも誰かのためだ。
 苦しむ民を、という大きなことから、隣にいる軍師のため、という小さなことまで、常に他人のために動く。
 そんな劉備が張飛は好きだったから、何も言わずに付き合うのだ。
 けれども、どうやらそれは諸葛亮も同じらしく。
 世の安寧を、劉備の天下のために。
 彼が動くのも他人のためだ。
 結局は、この騒動もそんな思いが生み出した、ちょっとしたすれ違いに他ならない。
「ま〜ったく、小難しく考えすぎなんだよ、兄者も諸葛亮も」
 呆れながらも、どこか好ましい二人を思い描く。
(風邪が治ったら、二人で魚釣りにでも出掛けられるように、何とか皆で協力して暇を作ってやるか)
 そんな張飛の思惑が形になるのは早かった。

 ――数日後――

 真新しい竿を片手に、劉備と諸葛亮が出かけていく光景が、成都城で見られることとなる。
 その竿は、諸葛亮が密かに設計して作り上げた魚の掛かりやすい竿らしく。
 しかもそれは劉備が釣りに行く、と言い出した日から作り始めたようだ。
「本当に、素直じゃねえの」
 全くだ、と同意を示す簡雍と趙雲たちを尻目に、二人は夕方、大量の釣果とともに、笑顔で戻ってくるのだった。



おしまい



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