「桃三劉五拾(とうさんりゅうごじゅう) 2」
オヤジ劉備読本より
 諸葛亮×劉備


 しかし、軽いと思われていた劉備の風邪は、丸一日寝込んだ後も治る様子はなく、その次の日も政務に復帰することはなかった。
 政務を劉備の分と合わせて、普段の二倍の量をこなしている諸葛亮は、訪れる人々からそれとなく劉備の様子を窺っていた。
「相変わらずだぜ? 死ぬ死ぬうるさいっつーの。玄徳があれぐらいで死ぬかっての」
 とは簡雍だ。お見舞いに行ったのか、からかいに行ったのか、紙一重だ。
「心配をかけてすまない、と弱々しく笑っておいでに。お労しい」
 顔を曇らせているのは趙雲だ。それでも主として矜持を保っている劉備に、いたく感動しているようだ。
「ええ、私がお見舞いである桃を持っていかれたら、嬉しそうにして。剥いてくれ、と甘えられて」
 目を細めて嬉しそうに報告をするのは糜竺だ。ああいう親しみやすい一面が魅力なのですよね、としみじみしている。
「黄忠の堅強さを分けてもらいたい、などとおっしゃる。はっはっ、殿もまだまだお若いのだから、と慰めておいたわい」
 豪快に笑うのは黄忠で、報告書の山をでん、と積み上げて去っていった。
「ちょっと皆さん、殿のお見舞いに行きすぎなのではありませんか」
 諸葛亮は筆を卓上に置いて、目の前の人物を睨んだ。
 もちろん、半分以上は自分が劉備に会えない妬みが含まれているものの、この調子では引っ切り無しに人が劉備の下へ訪ねていっている様子だ。これでは劉備も気が休まらないだろう。
「だから、いつまでもお加減が良くならないのでしょう」
「それは一理あるな」
 睨まれつつも相槌を打ったのは張飛だ。
「だからって、俺を睨んでもな」
「殿への見舞い禁令を布きます。必要である侍女、警護兵、典医以外は一切殿には近付けないでください」
「そりゃ、やりすぎじゃねえか?」
「では他に何か案が?」
 険しかった目付きを急に引っ込めて、柔らかく微笑んだ諸葛亮を前に、長阪の仁王立ちで魏の大軍にも怯まなかった武人が、あ〜、いや、と口籠もってしまった。
 諸葛亮のこういうときの笑顔の怖さを良く知っている張飛であった。
「仕方ねえよな」
 ははっ、と笑う声の虚しいこと。
「私が政務に追われている、というのに、皆さんは殿の見舞いであれやこれや、と。羨ましい……」
 結局、妬み半分以上、というよりは、九割近くだったらしい。
 自分は真っ先に劉備の下へ行ったというのに、あんな結果になり、その後も政務に忙殺されて未だに見舞う機会を失っている。その上でいつも以上の政務の量に、諸葛亮の苛立ちは頂点に達しようとしているらしかった。
「損な性格してんな、おめぇも」
 そんな諸葛亮の呟きに、張飛は口を滑らした。
「張将軍……」
『張飛殿』ではなく、正式に『張将軍』と呼ばれ、張飛は背筋を伸ばした。
 不味い、という言葉が張飛の顔にありありと浮かぶ。
「そういえば、殿を釣りに行かせるときにお約束しましたよね。覚えていらっしゃいますか?」
 もちろん、とぶんぶん激しく首を上下に振る。
『本来なら私が共に参りたいのですよ。その私がご一緒できないのですから、しっかりと殿をお守りしてくださいよ。もしも何かあった日には……』
 しかしあのときの諸葛亮の低い声と恨みがましい目付きよりも、今、穏やかな声で、にこやかに笑っている目の前の諸葛亮のほうが怖い、と思うのは、張飛のこれまでの経験ゆえだった。
「ですけど、殿は風邪をひかれた。これは護衛としては失格なのではありませんか?」
 そんな馬鹿な! と叫びたかった。
 風邪から守ることまでなど不可能だし、そもそも風邪をひいたのは劉備自身の問題と、むしろ諸葛亮が悪化させる一端を作ったに過ぎないのだ。
 屁理屈もいいところだ。いや、それならまだいいが、八つ当たりじゃねえのか?
 と抗議したかったが、微笑んでいる軍師を前に、微塵も言葉に出来る気概が起きず、張飛は、
「俺が兄者の部屋で立ち番して誰も近付けないようにしておくからよ、それならいいだろう?」
 と早口で提案して、反論を待たずして諸葛亮の部屋を飛び出したのだった。
「逃げましたか」
 張飛に恨み言をぶつけて少しすっきりした諸葛亮は(やはり八つ当たりだったようだ)、積み上がっている書簡を目算し、今夜には一山越えそうだ、と判断する。
(夜、少し顔を出して見ましょうか)
 無性に劉備の顔を見たくなっていた。
 皆から劉備の話を聞かされたせいだろうか。
 それとも、あんなくだらない口論をしたことを悔やんでいたからだろうか。
 何にせよ、気を取り直して目の前の書簡へと手を伸ばした。



 燭台を手に執務室の外へ出ると、虫が涼やかな声を揃えて大合唱しているのに気付いた。
(もう秋になるのですね)
 ついこの間まで蛙が鳴いていた、と思っていたのに、季節はあっという間に移ろっていく。毎日忙しなく働いていると、そんな当たり前のことすら忘れてしまう。
 一昨日の雷も、季節の変わり目を知らせるものだったのかもしれない。
(随分と遅い時刻になってしまいました。もう寝ていらっしゃるでしょうけど、それならそれで好都合ですし。寄るだけ寄ってみましょうか)
 諸葛亮は虫の澄んだ音色に耳を傾けながら、居城を目指した。
 いつものように門を潜り、劉備の私室へ辿り着く。
 すると、常にある警護兵の影はなく、代わりに入り口の前には巨漢の影が一つきりあった。
「張飛殿?」
 寝静まった気配が色濃い館の中だ。声を潜めてその影を呼べば、のそり、と黒い山が動いた。
「見舞いか?」
「いえ、見舞いというほどでも。殿もお眠りになられているようですから、少し容態だけ診させていただいて帰ろうかと。それで、張飛殿はもしかして……?」
 昼間、逃げるように去っていった張飛の最後の言葉を思い出して、諸葛亮は戸の前で座り込んでいる張飛を見下ろした。
「まあ、な。ついでに警護の奴らや兄者の世話している奴らもいったん寝かせちまったぞ。見舞いの連続攻撃に疲れていたのは、何も兄者だけじゃなかったらしいぜ」
 人が来れば気が張るからな、と張飛は付け加えた。
「では、もう少しお願いしてもよろしいわけですか?」
「ああ。明日の朝までは居てやるよ。だから、おめぇも、な」
 闇夜の中で燭台に照らされ、張飛の歯が浮かび上がる。笑っているらしい。
「兄者、起きてるかもしれないぜ。昼間寝すぎて眠れないらしい。俺がさっきまで相手してたし」
「起きていらっしゃるなら、会えません」
 しかし諸葛亮は首を横に振った。
 会いたい気持ちは募っているくせに、口を吐(つ)くのはそんな言葉だ。
「まだ機嫌が直られていないのなら、私が顔を出せばまた……」
「そんなこと心配してんのか? 兄者の機嫌なんて、夕立と同じだろう。少し経てば治まっちまう。それでもまだ何かぐだぐだ言うなら、ちゃんと聞いてみればいいじゃねえか」
「聞くって」
 肩をぐいぐい押されて、部屋に入れられる。
「兄者が魚釣りに行きたがっていた理由をさ」
「それはどういう意味ですか」
 聞き返そうと振り返るが、その鼻先で戸は閉まってしまう。
 その向こうから声がする。
「俺、朝までここを動かねえから、ゆっくり話しな」
 逆を言えば、ちゃんと劉備と話し合わないと出さない、とも取れる。
「張飛殿」
 呼んでみるが、戸が開く気配はない。諦めて、ひとまず劉備と会ってみよう、と決心した。
 燭台の灯りを頼りに、寝所の前に立つ。
「孔明です。入ってもよろしいですか」
 低い声で来訪を告げて、返事を待つ。
「……」
 しかし聞こえるのは大音声に鳴く虫たちの声だけだ。
 もう一度、今度は少し大きめの声で呼びかける。
「…………」
 やはり返事はしない。寝てしまったのだろう。
 どこかほっとして、諸葛亮はそっと寝所へ滑り込んだ。
 起きていないのなら仕方がない。当初の予定通り、容態だけ診て、そして劉備の顔をゆっくりと眺めてから帰ればいい。
 燭台を入り口脇に置き、足音を忍ばせて寝台の傍まで近寄る。枕元に屈み、寝ている劉備を覗き込んだ。灯りは淡いながらも枕元までは届いている。
 昨日の朝より、いくらか安らかそうに目を閉じている。少しは良くなった、ということだろう。
 寝汗で髪が張り付いている額を、傍にあった濡れた手ぬぐいでそっと拭い、首筋に指先を伸ばす。そのままの状態で劉備の額と自分の額を重ね合わせた。
 まだ熱は下がりきっていないらしく、額と首筋から感じ取れる劉備の体温は高かった。
「……よ、くとく?」
 小さく劉備が張飛を呼んだ。諸葛亮を張飛と勘違いしたのだろう。
 さっと身を引いて、諸葛亮は枕元に跪いた。
「起こしてしまいました。申し訳ありません」
 眠気と熱のせいか、反応が鈍い劉備の視線が、ゆっくりと諸葛亮を捉えた。
「孔明、お前どうしてここに」
 ぼんやりとした口調で呟いた劉備は、はっとした様子で顔を強張らせ、思いもよらぬ速さで諸葛亮とは反対側へ身を寄せた。
「誰が入って良いと言った!」
 きつい口調とは裏腹に、突然激しく動いたせいで眩暈でも起こしたのだろうか。頭を押さえて身体が傾ぐ。
「殿……!」
 慌てて寝台に乗り上げて支えようとするが、伸ばした手はあえなく払われる。
「い、いから、出て行け」
 大きく乱れている呼吸からは苦しさしか伝わってこないというのに、強情にも拒絶する。そんな劉備を見て諸葛亮は、溢れようとする感情を制御しようと、払われた手をもう片方の手で包んだ。
「どうしてそのような。心気を私が損ねてしまったからですか」
「……いいから、出て行け!」
 繰り返される劉備の言葉に、諸葛亮はさらに拳を包む手に力を込めた。
「殿……」
 力の籠もった手とは反対に、吐き出た声は情けないほど弱々しかった。
「もう、お傍に寄ることさえ叶わぬほど、私は殿の信頼を失ったのですね」
 退室いたします、と呟いて、乗り上げた寝台から下り、拱手して深く頭を垂れた。
 ぐっと眉間に力を入れた。
 募った想いが、堰き止められていた河の水が、行き場を失って氾濫しそうだった。流れるままに感情を吐露することは苦手で、いつもどこかで堰堤(えんてい)を造っていた。
 それが癖であり、苦痛とも思わなかった。むしろ、その堰堤が壊れることが怖い、とさえ思っている。
 今、それが限界を迎えていた。
 ただでさえ、劉備と接していると感情が剥き出しになるのだ。
 頭を上げて、さっと踵を返し、隣室へ行こう。そうすれば劉備はもう何も言わない。張飛に劉備は寝ていた、といえば出してくれる。それからゆっくりと虫の鳴く中を帰れば、堰堤は元通りだ。
 頭を下げている僅かの間で、それだけのことを練ってから、諸葛亮は頭を上げた。
 それからくるり、と踵を……。
「――っ」
 腕を引かれた。体勢を崩しそうになって、腕を掴んだ正体を見やった。
「お前、何を言っているのだ」
 熱にうかされた、薄ぼんやりした顔付きながらも、口調はいつもの劉備だった。
「まさかと思うが、お前を邪険に思っているから傍に近寄らせない、とか考えているのではないだろうな」
「そうではありませんか」
 何を今さら、と諸葛亮は顔を歪める。
 そのようなことをわざわざ再認識させなくとも良いではないか。
 劉備の意地の悪さと、ありありとさせられる事実に、堰堤の軋む音が聞こえた気がした。
 そんな諸葛亮を、腕を掴んだまま、じっと劉備が見つめてくる。
 熱のせいかやはりその双眸は潤んでいて、遠くで揺らいでいる燭台の灯りを映して光っている。
 こんなときだというのに、諸葛亮の身体はまるで劉備の熱を分け与えられたかのように、熱くなった。
 それを意識した途端、寝乱れて大きく開いた襟元から覗ける肌や、汗ばんだ首筋に張り付く一筋の髪など、次々と目に飛び込んでくる。
 何よりも腕を掴んでいる劉備の掌の熱さが、布越しでも鮮明に感じ取れ、諸葛亮は耐え切れずに目を逸らした。
「すまん」
 突然の劉備の謝罪に、逸らした目線を戻した。
「私はどうもお前と違って言葉が足らんようだ」
「なぜ、謝られるのですか」
「ん……、ああ。だってお前、傷付いているだろ」
 胸裏を見透かされた、と諸葛亮は恥ずかしくなった。そんなに分かりやすい顔をしていただろうか。
「それもたぶん、私の言葉が足らんせいで傷付いたのだろう?」
 掴まれていた腕が解かれ、まあ座れ、と傍の胡床を示された。
 迷いは僅かだった。
 諸葛亮は頷いて、寝台に座り込む劉備と向かい合うように腰を下ろした。
「正直、今あまり頭が働かんから、上手く話せるかどうか自信はない。ただでさえ私は筋道を立てて話すだとかは苦手だからな」
 知っている。けれど。
「だが、お前はそんな私の言葉でも拾い上げてくれるから、つい何でも伝わっている気になっていた。それに、また頼ってもいいか?」
「はい」
 そうだ、と微笑む。足らない言葉に、しかし必ず宿っている劉備の思いを汲み取るのが諸葛亮の役目だったはずだ。
 忘れていた。
 思い出して劉備と向き合えば、濁流であった河が波も立たない湖のように、驚くほど感情が静まっていくのが分かる。
 前置きをした劉備は、それでも話し出すまでしばらく唸っていたが、おもむろに切り出した。
「お前、風邪をひいたことはあるか」
「ありますけども」
 また唐突な質問から始まった、と思ったものの、諸葛亮は大人しく劉備の言葉を受け止める。
「そうか。ならばやはりこの部屋には近付いて欲しくない」
 鏡のような湖面は、しっかりと劉備の心を映した。
「それは、私に風邪をうつしたくない、という殿のご配慮ですか」
「ああ、それだそれだ」
 我得たり、と膝を叩く劉備に、諸葛亮は笑いが込み上げる。
「ですが、それでは他の者をお部屋に招き入れた説明がつきません。特に張飛殿は先ほどまでここに居たそうではありませんか」
「あれはいいのだ。翼徳は何せ風邪をひいたことがないほど、頑丈な奴だからな。他の者も、構わない。どうせ一時だ。だが、お前が風邪をひいたら代わりがいない」
 また、足りない言葉を補う。
「一時の訪問ではすまなくなる、と」
「ああ、公私共にな」
 含んだ言い方をするので、諸葛亮は小さく笑う。
「それではしかし、見舞いに来た者たちに失礼ではありませんか?」
「構わん。特に憲和の奴なぞ、ただからかいに来ただけだしな」
 耐え切れずに、諸葛亮は吹き出した。
 どうして、自分はこんな簡単なことも分からずにつまらない嫉妬などしていたのだろう。
 答えを示されればこれほど納得できることであるのに、不思議だ。
「それならそうと、初めからおっしゃってくだされば良かったのに」
 そうすれば、あれほど反抗もしなかったはずだ。
「それに、私の心根が冷たい、とまでおっしゃって」
「売り言葉に買い言葉だ。だから、謝っただろう。あの時だってあまり頭が働いていなかったのだ。とにかくお前を部屋から追い出したい一心で」
 決まりが悪そうに劉備は顎鬚を引っ張っている。
「では、ついでにもう一つ教えていただいてもよろしいですか?」
「なんだ」
「前から不思議だったのですが、どうして雷が鳴ったとき、関羽殿や張飛殿以外のところへ行かれないのですか?」
 暗に自分を頼ってもらいたい、という意味が含まれているのだが、それは口にしなかった。だが、どうやら劉備は分かったらしい。
「雲長や翼徳は家族だ。別にどんな姿を見られても構わないが、お前は別だ」
 一昨日の夜なら、また口論の続きであったろうが、諸葛亮は劉備の続きを待った。
「いくら好いている男であろうとも、私の方が遥かに年上なのだぞ? 少しぐらい格好を付けたい」
 ますます決まりが悪いらしく、忙しなく鬚を弄繰り回している。
「それでも、私はどんな殿のお姿を見ても失望はいたしませんし、心を許してくれている証だと、嬉しく思うのですけど」
「分かってはいるが……」
 親父のつまらぬ自尊心だ、と小声で劉備は言う。その頬は熱のせいにしてはなぜか先ほどよりも赤い。
「では、私のためだと思ってはどうでしょう。殿が一人で恐怖に耐え、私を決して頼らないのは、己の力量が足らぬせいだ、と責める私を助けるためだ、と。そう考えていただければ、よろしいのではないでしょうか」
「お前、そんな風に思っていたのか」
 頷く。
 そうか、と劉備は呟いてから、う〜、と短く唸った。
「ならば、今度雷が鳴って、翼徳がいなかったら邪魔するかもしれんぞ?」
「お待ちしております」
 にこ、と笑う諸葛亮に、劉備も照れ臭そうに笑う。その笑顔を見て、ようやく諸葛亮は満ち足りた気持ちになった。
 それと同時に、劉備の具合を案じてしまう。
「長居をしてしまいました。殿のお身体に障っては大事。私も胸のつかえが取れてほっとしました。これで心置きなく下がれます。どうか殿もご自愛されますよう」
 急いで立ち上がった。
 もう少し傍にいたい気もしたが、そう切り出したのにはわけがある。
 途中になっていた設計図を書き上げて、劉備に披露する予定だったことを思い出したのだ。。確執がなくなった今なら、心置きなく完成させられる。
「あ、そうだな」
 頷く劉備に拱手して、先ほどとは天と地ほどの差で踵を返そうとして……。
 また腕を掴まれた。
「殿……?」
 振り向くと、今度は視線は俯いていた。
「その、何だ。先ほど言ったことと矛盾しているんだが、な……。あー、つまり……」
 歯切れの悪い劉備に、諸葛亮は首を傾げる。
「お前、風邪がすぐに良くなる薬は作れるのか」
 またしても、唐突な質問だ。
「即効性のものはありませんけど、悪化させない薬草ですとか、そういった類は知っておりますが。実際に殿が飲まれている薬は私と典医で処方したものですし」
 今度も湖面は劉備の心を映し出したが、諸葛亮はしらばっくれた。
「もう少し強めなのをお作りしますか? ただし相当苦くなりますけど」
「……そうではなくて、だな」
 う〜、とまた劉備は短く唸った後、
「……察せ!」
 やけくそ気味に叫んだ。
 その拍子にまた眩暈でも起こしたのか身体が傾ぐ。今度は諸葛亮の差し出した腕を拒まなかった。
「では、もう少しお傍にいます」
「分かっているではないか」
 悔しそうに劉備が言うので、諸葛亮は忍び笑ったのだった。



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