「言絡繰り・2」
劉備、視察に行き諸葛亮を怒らせるも 4
 諸葛亮×劉備


 再び、旧友の邸に戻り、劉備たちは許都の夜を過ごしていた。
 趙雲は今度こそ、侍女たちの熱心な誘いを断りきれなく、終始誰かしらの酌を受けている。
 諸葛亮がともにいるからこちらは案ずるな、と下世話な笑みを浮かべて趙雲を追いやって、劉備は諸葛亮と与えられた離れへ引き篭もった。
 どうやら趙雲は、昼間の諸葛亮と曹操の対峙を見て、少し良い感情を持ったらしく、「殿をお願いする」と諸葛亮へ言っていた。
 それはそれで嬉しかったのだが、劉備とて諸葛亮と二人きりなどと色気もない状況は望んでいない。しかし食事もすみ、では旦那様、少々お話が、と例の「氷結の微笑」で言われたからには、付き合うしかなかった。
 部屋の中央で座して向かい合う。
「それで孔明、話とはなんだ」
 こうなっては腹を括るしかない。開き直って口火を自分から切る。するとなぜか諸葛亮は小さなため息を吐いて、眉間を揉んだ。
「今さら、言う気力も失せましたが、一つだけお尋ねいたします。殿は曹操が許都に戻ってきているのを知って、行商に行かれたのですか」
「いや、あれは計算外だった」
「そうですか。それならば良いのです。もしもそれを承知の上で出かけられた、となれば、御身の大事さを全く理解されていない、と説諭せねばならないところでした」
 諸葛亮の肩から力が抜けていったのが分かる。
 こいつが怒っていたのは、自分が騙されたことだけでなく、私の身も案じておったからか。
 そうと分かってしまえば、素直に自省の念が湧く。
「孔明、すまなかった。心配をかけた。ただ、どうしても許都へ行きたかったのだ。しかし、正直に話せば絶対に反対された。だから、本当の行き先を黙って来てしまった。そのせいでお前に無用な心痛を生ませてしまったのだな。反省しておる」
 ゆらり、といつの間にか手にしていた諸葛亮の羽扇が扇がれる。苦笑が彩られた口元が開く。
「そう素直になられますと、私から申し上げることなど本当に無くなってしまいます。しかし、そうまでして許都へ行きたいなど、どういったご理由が?」
「それは……」
 口篭もる。誰にも告げていない心の内に積もった澱だ。それこそ、義弟たちにすら言ったことはない。ただ、弟たちは何となく察している風ではある。
「言えぬが、ただ、目的は果たせた。だから、明日もう帰るつもりだ」
「おっしゃれませんか。そういえば、曹操も似たようなことを言っていましたね」
 曹操が劉備を憎んでいるのか、そうでないのか。
 結局曹操は明言しなかった。
「殿の今回の許都行き、曹操に関係するのではありませんか?」
 鋭い男である。黙りこくった劉備に、肯定の証を汲み取った諸葛亮は、また静かに羽扇を扇いだ。
「私も、この許都へは何度も足を運びました。来るたびにその成長ぶりに目を見張りました。華やかで希望に満ち溢れた都の姿は、この乱れた世の中では稀有な存在でしょう」
 誉めそやす諸葛亮の言葉に、ここ数日で心中を重くさせている澱がまた嵩を増す。
「このような都を造り上げている男はどんな男か。今日会い、そして言葉を交わして理解しました。想像通りの男でした」
「お前は言ったな。私と曹操、まるで違うと」
 澱によって堰き止められた想いが、抑え込まないと溢れてしまいそうだ。久方ぶりに目にした曹操の姿のせいもあるだろう。
「ええ、言いました。曹操の目指す世のあり方は確かに正しい」
 荊州を奪うことが、引いては優れた者が統治することこそが正しい、と肯定した諸葛亮の横顔を思い出す。荊州をお取りください、と献策を持ちかけ、それを撥ね付けたときの悔しそうな顔も思い出す。
「殿は何にこだわられていらっしゃるのです。荊州を奪うこと、その何がいけないのですか」
「その話を今するのか」
 今はやめろ。
「私は知りたいだけです。感情論だけでない、殿の根拠を知りたい。私はあのとき、曹操へ反論したかった。殿には殿のお考えがあって、荊州を奪わないのだ、と論破したかった。しかし、それだけの材料が私には無かった」
「駄目なものは駄目なのだ」
「それでは分かりません」
 それでは、同じではないか。
「荊州を奪うことは出来ん」
「なぜですか」
 次第に諸葛亮の口調が熱を帯びる。
「どうせこの先、荊州は曹操に奪われる。その前に殿が奪って、何かおかしいことでもあるのですか。曹操なら躊躇いもなく奪っていきます」
 それを聞いた刹那、抑えに抑えていた方寸が爆ぜた。
 想いが堰き止めきれずに溢れていく。
「曹操が、曹操に、曹操なら。もうたくさんだ!」
 澱が咽から吐き出された。
「そんなに曹操が気になるのだったら、あやつに仕官すれば良いだろう! あやつなら私と違い、お前の策も聞く。持ち得ないとしたら理路整然とその理由を説明してくれるだろう!」
「何を……」
 言いかける諸葛亮の言葉を遮って、劉備は声を荒げる。
「今日、会って確信したろう。あの男は人を惹きつける。惹きつけて離さず、誰もを虜とする。お前も仕えればいい。あの男とお前なら似合いだ!」
 激昂に任せて叫ぶうちに、自分でも何を言っているのか分からなくなる。
 ただ、ひたすら惨めだったのだ。
 久しぶりに見た曹操の、以前にも増して風格の漂う姿や、それによって生み出されている都の様や、人々の笑顔が、己と比較してあまりの違いに惨めになった。
 視界が歪む。ぐつぐつと煮立った血が視界すら奪っていくらしい。
 だんっと、だから背中に強い衝撃を受けたときも、何が起こったのか理解できなかった。
 体に重みを覚えて、何かを捲くし立てられても、その意味が分からない。襟元を掴まれて、何度も背中を床に打ち付けられても、まだ冷静さにはほど遠い。
 だが、不意に頬を濡らす暖かい雫に、目が覚めたように視界が戻る。
「孔明……、お前、何を泣いているのだ」
 劉備を仰向けに倒し、その上に馬乗りになって胸倉を掴んでいる諸葛亮の姿がある。そして、なぜか男はその整った顔を涙で濡らしているのだ。
 睫毛を伝って雫は、劉備の頬へ落ちる。その水滴で、劉備は我に返った。
「泣いて、など……おり、ませんっ」
 嗚咽に途切れながら、諸葛亮はそう言う。しかしその双眸からは雫が溢れては劉備に降りかかっている。
「私は怒って、いるのですっ。その程、度にしか殿は私を見ていなかった、のかと。悔し、くて。信じてく、れない貴方にも腹が立って、いるっ」
 だん、ともう一度、諸葛亮は劉備の背中を床に打ち付けた。
 ようやく、劉備は背中に痛みを覚えて顔をしかめた。
 こいつ、腹が立ったときにやることがいちいち不敬だ。主を、年上を敬うことを知らんのか。
 妙なところで世間知らずで子供っぽいところがあることは知っていたが、この間のことといい、劉備は少々呆れる。
 呆れるが、今回に限り、どうやら非はこちらにあるようだ。怒りに任せて、諸葛亮の傷付く言葉を放ってしまった。その迂闊さは詫びるべきだ。
 それに、泣きじゃくる諸葛亮は困ったことに小さな子供のようで守ってやりたくなる。
 諸葛亮の背中に腕を回し、ぐいっと自分の胸元に顔を押し付ける。そしてその背中をぽんぽん、とあやしながら、謝る。
「すまん。悪かった。私も虫の居所がずっと悪かったのだ。だからお前に八つ当たりした。お前が曹操を嫌っているのを知っているのに、無神経なことを口にした私が悪い。許せ」
 ぎゅっと、握り締められた襟元に力が籠もる。その仕草は子供がようやく縋り付ける物を見つけ、絶対に離すものか、としているようだ。
 そのまま背中を叩きながら、諸葛亮が泣き止むのを待つ。圧し掛かられているのは少々重かったが、文句は言えない。そのうちに、徐々に襟元を握っている拳から力が抜けていった。
「落ち着いたか?」
 こくり、と頷く気配がする。その動作がまた子供っぽい。思わず吹き出しそうになるのを、必死で堪えた。
「どら、顔を見せろ」
 諸葛亮の顔を持ち上げて覗き込もうとする。嫌がるだろう、と思ったが、案の定、横を向かれる。それを両手で頬を挟んで強引にこちらへ戻す。
「あぁあ、好い男が台無しだな」
 泣いた証で目許と鼻が真っ赤で、頬には涙の跡がまだ残っている。それを親指で拭ってやり、頭を撫でる。目が伏せられて、頬が赤くなっているのは、恥ずかしいからだろう。
「すまんなぁ、孔明。私はどうもお前を泣かせてばかりいる。悪い主君だ」
「ですが、私の選んだ主です。申し上げたでしょう、貴方にも曹操にも。私の主は貴方一人です。貴方と共に歩く、と決めた」
 少しだけ掠れた声で、怒ったように告げる諸葛亮の言葉に、劉備は笑みがこぼれる。
「ありがとう、孔明」
 その瞬間だけは、身内に溜まっていたはずの澱も忘れられた。
「あ……」
 見る間に、諸葛亮の顔が先ほどよりさらに赤くなる。何かを言いかけた口が、男にしては珍しく言葉を探しているようで、瞳は落ち着きなく彷徨っている。
「孔明?」
 聞き返すが、諸葛亮は視線を彷徨わせた挙句、劉備の襟元を握っている手元へと視線を落として、固まった。
「……?」
 その視線を追えば、派手に掴まれたせいで乱れ、大きく開いた自分の素肌がある。別にそれだけなら何てこともないのだが、そこに一つ、浮き上がっている朱点がある。
 あ、不味い。
 思ったが、もう遅かった。にこーっと、諸葛亮の笑みが綺麗に浮かび上がった。
「殿、これはなんでしょうか? 見たところ、誰かに付けられたものですね」
「いや〜、それな、それはその、蚊に喰われたのだ、蚊に」
「それは随分と大きな蚊でしょうね。こんな季節外れに飛んでいるのでしょうから」
 言うなり、ばっとさらに胸元を広げられ、他の接吻の跡も見つけられる。
「おやおや、殿の血はかなり美味しいと見受けられます。このようにたくさん付けられて」
「はっはっはっ、いや、まあな。し、子龍がな、子龍が蚊たちの誘いをことごとく断るものだから、私の血をすこ〜し分けてやろうかな〜、なんて思ったわけで……」
 昨晩侍女たちは、趙雲が誘いに乗らない、と見るや否や、その矛先を劉備へ向けた。で、もちろん劉備としては断る理由もなかったので、喜んでその誘いを受けたわけだ。
「人がどれほど必死の思いで昼夜を賭して向かっていたか。殿の身に万一のことがあれば、この孔明、肝が冷える心持ちであまり得意ではない馬術を駆使しましたとも」
 ふっふっ、と低い、それは低い低い笑い声が諸葛亮の咽から聞こえる。
「なのに、貴方はその間、女を侍らせて楽しんでいたわけですか。そうですか」
 このエロオヤジが、と主に対して聞き捨てならない悪態を聞いたような気がしたが、咎める勇気は、もちろん劉備にはなかった。
「そんなに欲求不満なら、私が枯れるまで出してあげますよ。もう、しばらく女など抱く気になれないほど、それは徹底的に」
「おい、何を馬鹿なことを言っている。お前、正気か。頭は確かか。そういう性向はないのだろう?」
 最後の、諸葛亮の理性に訴えかける劉備だったが、微笑む諸葛亮の目が蚊ほども笑っていないのに気付き、涙が出そうになる。
「ありませんとも。ですが関係ありません。これは仕置きですから」
 し、子龍〜〜、と見っとも無くとも趙雲を呼び付けて助けてもらおうとしたが、ここは離れで声も届くはずが無い。それにここへ来る前に、誘っている女を突き返すなど、男の名折れ、と散々に焚き付けてきたのだ。今頃はそろそろ色っぽい展開になっているかもしれない。
 こっちと違って!
 何とか諸葛亮の体の下から抜け出そうとするが、そもそも最初から体勢が不利だった。正面から組み合えば、長い経験上、諸葛亮に負けるはずがない。
 だが、『敵』はすでにそれは折り込みずみらしく、すぐさま弱点を突いてきた。
「ちょっと、待て……っく」
 膝頭が、劉備の局部をゆるっと掻き混ぜた。脚を割られ、肩を両手で押さえつけられる。
 焦る。何せ男でも――諸葛亮が相手でも、刺激を受ければ善くなってしまうのは、この間のことで経験済みだ。
 大きく肌蹴られた衣が両腕を拘束する格好になり、劉備は起き上がることも、ましてや芋虫のように這い回ることすらできない。
 ゆるゆると、劉備の欲情を引きずり出そうと、諸葛亮の膝が局部を刺激する。
 人に触られるとき特有の、己では感じられない悦がそこから湧き起こる。
 小刻みに身体が震える。ぐりっと、抉られるように膝頭が局部を押し込む。
 息を呑んで背を反らす。突き出された胸を、諸葛亮が目を眇めて見つめている。そしておもむろに屈み込み、ただの胸の飾りでしかない突起を舐めた。
 ぴくっと、下腹がうねる。
 舌が突起を転がすと、じわっと熱がそこから生まれる。局部に宛がわれた膝も、緩急を付けながら劉備を追い詰めてくる。
 形を成し始めたそれが、さらに刺激を求めるように布地を押し上げて諸葛亮へ下肢の存在を主張する。
 帯を手早く解かれて、下穿きの中へ不敬な指は忍び込み、劉備の熱を孕んだそれを外気へ晒す。
「孔明、いい加減、に……」
 指はまだ硬くなり切れていない下肢を握り、上下に擦り始める。途端、制しようとした声は吐息に溶けた。
「昨日、散々遊んだわりには、まだまだ元気が有り余っているご様子。やはり少々大人しくしていただきませんと」
「阿呆っ、何を……っぅ」
 かりっと胸の飾りを噛まれて、言葉が途切れる。舌の腹で尖り始めた飾りを転がされれば、下肢からの刺激と合わさり、緩い熱を劉備に与える。
 淫らに動く諸葛亮の指先は、劉備の善いところを的確に突いてくる。同性だからか、それともこの間のことで劉備の感じる箇所を覚えてしまったからか。
 粘着質の淫靡な音が漏れたのは、それからすぐだ。
「はっ……ぁ……やめろっ、お前の仕置きの仕方は間違って、いるぞ」
 滑りがよくなったせいか、指の動きが滑らかで、湧き上がる悦がいよいよ耐え難いものになってきた。
 諸葛亮を咎める声にも力が入らず、自分でも分かるほど艶を帯びたものだ。
 指先が先端を掻き乱す。
「くぁ、ん」
 濡れた声が弾ける。
 歪む視界の中で、諸葛亮が乾いた唇を舐めるためか、ちろり、と舌を出して唇の端を舐めた。その赤い舌が瞼に焼き付く。ぶるっと、限界への震えが一度全身を襲う。
 ぐっと、下腹に力を込めてやり過ごす。
 先端を弄られながら、胸を強く吸われた。
 二度目の震えが来る。まだ、耐えられる。
「ぁ、はっ……は、ん」
 息を乱しながら、諸葛亮が与えようとする極みを微妙にずらしてやり過ごす。
 だが、己で絶頂が調節できる普段と違い、他人の手は加減が全く違う。極めるのは時間の問題だが、劉備は粘る。
 こんな若造に、そう簡単にイかせられてたまるか!
 妙な意地を張る劉備だった。
「殿、どうしてそのように意地を張られるのですか」
 するとそれを察したのか、諸葛亮が先ほどの氷のような声音が嘘のような、切なさの混じった声で、劉備の耳元へ囁きかけた。
「私はただ、殿を気持ちよくさせて差し上げたいだけですのに」
「また、お前、そうやって……くっぃ……口から出まかせを」
 この間のときもそうだ。
『お慕い申し上げておりました、殿。この体を腕に掻き抱くことを夢見ておりました』
 などと言って、劉備の心に隙を作ったのだ。
「嘘は申しておりません。殿を何度も極めさせたい。私の腕の中で喘がせたい。その声を聞きたい。この間は、お声を聞くことは叶いませんでしたから、今度はぜひとも」
 ちらり、と仰ぎ見れば、優しげに微笑む諸葛亮の双眸に、確かに情欲が宿っている。
 ぞくっと、その欲に煽られるように背筋が痺れる。ぶるり、と大きな震えが劉備を包んだ。
「やめっ、イく……っ」
 途端、狙いすましたように諸葛亮の指が根元から先端へ強く扱いた。
「あ、っんん……ぅん」
 下腹の痙攣が全身へ広がり、吐精の悦楽が劉備を支配する。どくり、どくりと溢れた欲が諸葛亮の指を濡らしているであろう光景を描き、なぜかまたぞくっと背筋が痺れた。
 ぐったりとする劉備の胸に、諸葛亮が唇を落とす。肌を痛いほど吸われ、小さく呻く。それが何回か繰り返されるうち、息が整い始める。
「なに、してる」
「本当に殿の血が美味であるのか、試していたのです」
 見れば、女に付けられた跡が、さらにくっきりと浮かび上がっている。どうやらその上からさらに諸葛亮が吸ったらしい。
「で、どうだ。美味いだろう?」
 やややけっぱちになって尋ねる。すると、諸葛亮は小首を傾げる。
「よく分かりません」
 おい、と文句を付けようとしたが、下衣と下穿きを一息に脱がされて、慌てる。
「まだやる気か!」
「まだまだ、元気が有り余っておられるようですから」
 事も無げに答え、両手で劉備の腿を掴んで左右に押し開いた。そして一度欲を吐き出してうな垂れている劉備のそれを、諸葛亮は躊躇いもなく咥え込んだ。
「孔明っ、それ、おま、えっ……ぅくん」
 信じられない思いで、劉備の下肢を咥えている諸葛亮の口元を見やる。男のそれを簡単に咥えるなど、劉備には信じられなかった。
 下肢を濡らしていた欲と、唾液を啜る音が唇から漏れている。
「こう、めぃ、そんなこと、やめ、ろ」
 先ほど吐精をしたばかりで力の入らない身体に鞭を打ち、半身を起こして絡まっている衣を脱ぎ、腕の自由を取り返す。その腕で諸葛亮の頭を叩いてやめさせようとする。
 ちらり、と上目遣いで諸葛亮が劉備を見やった。口から劉備の下肢を離し、ぞろり、とあの赤い舌がまだ力を失っている下肢を舐め上げる。
 ぞくり、と指先まで痺れるような悦が劉備の中を突き抜け、動きを鈍らせる。
 劉備の目を射抜くように見上げている諸葛亮の双の眼は、いつもの知性を湛えたものと違い、見ているこちらが火傷しそうなほどの情炎を揺らめかせている。
 なんて目で人のこと見るんだ、お前は。
 頭を叩こうとした手は力を失って、諸葛亮の頬に添えられるだけになる。すぐに口淫は再開されて、劉備は悦に頭が霞み始める。
 お前が抱いているのは、綺麗な男でも、ましてや女でもないのだぞ?
 二十年近くも乱世を彷徨って、未だに確固たる土地も持たないどうしようもない男だ。
 聡明なお前が仕えるのに本当に値するのか分からない、そんな男にお前は仕えて、ただ一人の主だ、とまで言ってくれる。
 そんな男に、お前は欲情しているのか。
「ひ、ぁ……ぁ、ん」
 諸葛亮の口内で、己の下肢が質量を急に増した。諸葛亮の舌がびくり、と震えたが、またすぐに舐め始める。
 下肢からも頬に添えた手からも、諸葛亮の愛撫が伝わる。耳を打つのは、己の下肢が舐められる卑猥な音と、諸葛亮の息遣い、そして弾んでいる己の吐息だけだ。
 なめらかな頬にある手を滑らせて、諸葛亮の形のよい耳を触ると、ぴくっと口内が震える。耳殻をなぞり、髪を梳けば、口内は慄いたように細かに震える。
 その感触に息を上げつつも、上向いた諸葛亮と視線を合わせる。
「欲しいか、私が」
 ぴたり、と口淫が止まる。
「そこだけの味では、私の味など分からぬのではないか?」
 何を口走っているのか、自分でもよく分かっていない。諸葛亮に散々に煽られた頭は、あまり役には立っていなかった。
「殿……」
 明瞭とした言葉を紡ぐ唇が、熱が籠もった口調で劉備を呼んだ。
 劉備の局部から身を起こした諸葛亮の頬を、また両手で挟む。そのまま自分のところまで引き下ろし、口付けた。
 びくり、と諸葛亮の体が震えた。口付けに慣れていないのか、諸葛亮にはためらいが窺える。
 柔らかい唇を吸い、舌を挿し入れると、僅かに青臭い味がする。己のそれか、と気付くが、諸葛亮が舐めていたのだ、と知っていると不思議と嫌な感じがしない。
 ああ、おかしいな、私は。そうだ、ずっとおかしい。許都へなんか来るからおかしくなったのだ。
 ぼんやりと思う。
 いつの間にか諸葛亮からも舌を伸ばして、互いに絡み合わせている。満足がいくまで貪り合い、唇を離す。
 それから唾液で濡れた鬚を諸葛亮の指先が拭い、くちり、と口腔へと滑り込ませてくる。
「舐めて、いただけますか」
 言われるままに、口腔の指を唾液を絡めてしゃぶった。口淫のお返し、といわんばかりに諸葛亮の欲を引きずり出すように、ねっとりと舌を絡ませれば、耐えるように諸葛亮の眉間に皺が生まれる。
「もう大丈夫です」
 そっと引き抜かれた指は、自分の唾液で濡れそぼり、光っている。
 その指が、双丘の谷間へと伸ばされる。片方の内腿に手をかけられて、腹に付けるように倒される。ひやり、とした空気が晒された秘奥に触れる。
 濡れた指が秘奥へと宛がわれ、僅かな間の後、入り込んだ。
「っく……っ」
「力を抜いてください、殿」
「分かっている」
 しかしこればかりは反射なのだから、そう簡単にはいかない。本能を何とか宥め、身体から力を抜く。
 ずずっと入り込む指の感触に肌が粟立ち、何度か息が詰まる。そのたびに、諸葛亮の手が腰や下腹を撫でて余分な力を抜かせてくれる。
 指が拡げるための動きを始めるが、異物感と圧迫感に汗が滲む。呻きがこぼれるが、諸葛亮が案ずるようにこちらを見ているのに気付き、
「仕置きなのだろう? 丁度良いではないか」
 にやり、と悪戯めいた笑みを作って見せる。諸葛亮は微苦笑を浮かべ、ゆるり、と首を左右に振った。
 指が腹側のある一点を突く。はっと息が鋭く吐き出された。
「ぁんん、ぁ……そこ、駄目だ……ああっ」
 鋭敏なまでの悦楽を生む箇所を押し込まれ、劉備は声を上げた。
「やめ、やだ……ぅあん」
 仰け反り、弓なりに反る背中と、ごりっと嫌な音を立て、後頭部と床がこすれる。
「こ、めいっ」
 諸葛亮の肩口の布地を掴む。指が増やされて、奥を突かれる。突いた指は戻るとき鋭敏なそこを押し込んでから際まで引く。
 すっかり張り詰めた下肢から、とめどなく雫が溢れて、抜き差しを繰り返す諸葛亮の指を濡らしている。
 指が完全に引き抜かれる。
 その喪失感に、ひくり、と劉備の秘奥が息づく。
「背中、平気ですか」
 先ほどから、劉備は裸の背中を固い床に打ち付けたりこすったりしている。今は激しい快感で誤魔化されているが、それが落ち着けば痛みが出るかもしれない。
 劉備が返事をする前に、諸葛亮に身体をうつ伏せにされてしまう。それから腰を持たれて、秘奥に熱い塊が押し付けられる。
 身構える前に、諸葛亮の欲は劉備へ突き入れられた。
「〜〜〜っっ」
 悲鳴が上がらなかったのは、意地としかいいようがない。この間のことも経験として生かされているせいもあるかもしれない。
 認めたくないが!
「孔明、お前、人の身体を案じているのか、無体にしたいのかどっちなんだ」
 痛みに堪えながら文句を付ける。
「申し訳ありません。しかしこういった痛みがあることは素早く済ませたほうが良いかと思ったのですが」
 話しながら、諸葛亮は劉備の身体を抱えて、その場に座り込んだ。張り出した部分をすでに体内に招いていた劉備は、自重のせいもあり、一気に諸葛亮の欲を飲み込む羽目になる。
「あ、く、んんっ」
 しかし痛みが生まれる部分は過ぎているため、そこから生まれるのは体内を割られる圧迫感と、こすり上げられる小さな悦だ。
 ゆるり、と諸葛亮の腰が円を描く。
 ぞわっと、寒気に近い悦が劉備の背筋を脅かす。
 劉備が貫かれている感覚に慣れるまでと、諸葛亮の手は肌の上を彷徨う。胸の飾りを摘み上げられ、ひくっと咽を鳴らす。
 両方の飾りを指の谷間に挟み込まれて、細かく揺すられる。
「っぅ、ん……ふ」
 耳殻を噛まれた。きゅっと、知らずに秘奥を締め付けたらしい。諸葛亮の快感をやり過ごす息が耳元で聞こえた。
 背中に、布越しだが諸葛亮の肌の熱さを感じる。どくどくと速く脈打っているこの音は、自分のものだろうか、諸葛亮のものだろうか。
 腰を掴まれて揺すられる。奥を、硬い切っ先がこする。
 目の前が歪む。
 突き上げられて、揺さぶられて、劉備は喘ぐ。後ろから伸びている諸葛亮の袖に縋り、仰け反る。その拍子に、諸葛亮の体が後ろに倒れる。
 慌てる劉備だったが、諸葛亮からそうしたらしい。仰向けに倒れた劉備だが、背中は諸葛亮の体の上だ。
「これなら、痛みませんでしょう?」
 耳元で、笑いが滲んだ声がする。恐らく慌てた劉備が可笑しかったのだろう。
 返事をせずに、劉備は見当をつけて諸葛亮の頭を小突いた。
 また、小さく笑った声がして、諸葛亮は劉備の足を掬うようにして膝を立てる。そのまままた腰を掴んで、突き上げる。
 先ほどとこすられる箇所が変わり、劉備は己も知らない場所が次々と諸葛亮に占領されていくような、恐れにも似た充足感を覚えた。
 次第にこの体勢で追い上げるコツを掴んだのか、諸葛亮の片手が劉備の腰から外れて、下肢を包む。
 それを、追い上げられているために滲む涙の端で捉えた劉備は、劣情を募らせた。
 劉備のものを掴む諸葛亮の指が、よく見えてしまうのだ。
「あ、ぁ……、ひ、ぁ……孔明っ」
 溢れる雫を細い指先に絡ませながら劉備の下肢を扱く指はひどく淫靡で、正視に堪えないはずなのに、視線は決して逸らせなかった。耳元で乱れていく諸葛亮の息遣いが、耳孔から劉備を犯しているようだ。
 中の鋭敏な箇所を、切っ先が違わず突く。
「ああっ」
 諸葛亮の肩越しに頭を左右へと振る。耳朶に掠れた声で、
「殿っ」
 と呼ばれれば、どうしてか質量を増す己の下肢と、諸葛亮を締め付ける秘奥がある。
「も……っ、あ、ぃ……ぅん」
 孔明、と男の名を呼びながら、劉備は男の指を再び己の欲で濡らす。そうしてから、己の中に注ぎ込まれた熱い飛沫を感じて、長い吐息をこぼした。



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