「言絡繰り・1」 諸葛亮、劉備を主と認めるも 3 諸葛亮×劉備 |
ゆっくりと深呼吸をして、劉備の執務室へ声をかける。 「遅くなりました、孔明でございます。参城しましたので、ご挨拶に伺いましたが、よろしいでしょうか」 「入れ」 返事は寸刻もなく上がったため、諸葛亮は胸を撫で下ろして部屋へと入った。 「登城、あい遅れまして申し訳ございません」 拱手をして床を見つめる。まだ、劉備を直視は出来ない。 「寝坊か?」 からかったような劉備の窺いに、そのようなものです、と歯切れ悪く答えた。 「お怒りではありませんか?」 床を見つめたまま、訊く。 「何をだ?」 劉備の声は相変わらず笑いが滲んだような、含みがあった。 「では呆れておいでですか?」 「何に?」 「昨日、浅はかなことを申したこの私にです」 「浅はか、とは?」 また言わせたいのか、と思ったが、それもまた罰だと思い、昨日の発言を復唱した。 「私は貴方の臣には相応しくないようです。せっかく請われて従いましたが、少し身の振りかたを考えさせてもらいます、と申したことです」 「そのことか」 「前言を撤回させてもらうことは出来ますか」 「無理だな」 ひやり、と肝が凍ったような気がした。 許されないことを言ったことは事実だ。ある程度の辛辣な言葉や罰は覚悟していた。それでも、孫乾の言葉もあった。 そして何より、諸葛亮には劉備しかいなかった。 もう、この先の道筋も目標も、劉備なしでは考えられなかった。今さら他の者の下には仕えられない。 言われて初めて気付いたのだ。 諸葛亮の全ては、すでに劉備と共にあることに。他の選択肢など当に無くなっていたことに、ようやく気付いた。 眩暈が起きた。 立っていられなくなりそうで、見つめた床がグルグルと回る。 「では、許してはもらえない、と?」 声は見っとも無いほどに震えていた。咄嗟に作っていた握り拳も小さく震えている。 「そうだな」 「りゅ……っ」 縋るように声を張り上げようとしたが、顔を上げた先で劉備と視線が合う。 変わらない、深い眼差しがそこにはあり、言葉が途切れた。 「言わなかったか。勢いや言葉の綾であるなら、私は全く気にせぬ、と。だから許すも何もない。初めから、お前が私から去ることなど、疑っていなかったよ」 歩み寄ってきた劉備は、諸葛亮の震えていた拳を両手で包んだ。眼差しを裏切らない、心根そのものの暖かい手だった。 「どうしてそこまで……」 信じられるのだ。 「お前の中に、私と同じ弱さを見つけたからだ」 「劉備殿は弱くなど」 「いや、弱いよ。お前に私がどう映っているのか知らないが、私はとても弱い。贅沢にはすぐに慣れてしまう。民と交わらなければ、すぐにその心を忘れてしまう。筵を織らなくては、初心である義憤を忘れてしまう。だから、必死で自分を鼓舞し、己の道を貫こうとして、がむしゃらになっている」 自信がないのだ。 と言って小さく首を竦めて、笑ってみせた。 そこにはしかし、弱い、という言葉とは裏腹の、弱さを見せられる強さが覗けて、諸葛亮はそうか、と感じ取る。 この人はただひたすら自分らしく生きてきた。弱さも狡さも曝け出して、憤り、悩み、迷い、怒り、泣き、笑い、そうして生きてきたのだ。 自分の醜さ、弱さを認めて、共に生きてきたのだ。こうして 敵わないはずだ。誰もがこの人の前では思い知らされる。己を偽って生きている、気付きたくもない部分を自覚させられる。それから、この人の潔さに惹かれる。どうしようもなく。 「お前の弱さが私には理解できる。だから信じていられる。お前の生きる先はここしかない。もうここにしか残されていない」 ひどい、と思う。 確信犯であるこの男は、まだ残っていたかもしれない選択肢すら奪っていく。 そしてそれは滑稽なまでに真実で、諸葛亮に笑い声を立てさせるには充分だった。 これだけ声を上げて笑ったのは久しぶりだ。 笑いすぎて涙が滲んできた目尻を拭い、そんな自分を見守っている劉備へ、居住まいを正した。 「劉備殿……いえ、もう殿、とお呼びしなくてはなりませんね。今度は、私から願います。このように未熟な私を臣下に加えてくれたこと、心より感謝しております。どうかこれからも、この命果てるそのときまで、貴方のために尽力させてください」 深く頭を下げ、拝礼を取る。 いつの間にか、激しかった眩暈が治まっていた。 「その願い、ありがたく聞き遂げさせてもらう。こちらこそ、改めて頼む。もう、お前なしでは歩む方向さえ見失う。未熟なのはお互い様だ。どうか、見放さないでくれ」 肩に置かれた手は熱い。腹の底に届いた言葉はなお、熱かった。 「それに、今日は本当に困った。お前がいないと何も分からぬのだからな」 苦笑混じりの声に、諸葛亮は顔を上げてにこり、と笑う。 「結構なことです。これで少しは私の申し上げた意味がお分かりいただけたでしょう。反省なさってください」 「何だ、罰を受けない、と知った途端にふてぶてしくなりおって」 苦笑で形作られた口元と髭が、それでも楽しそうに弧を描いている。 「殿こそ、先ほど私を脅しになったではありませんか。どれだけ私が衝撃を受けたとお思いですか」 「そうだったな、すまなかった。昨日も泣かせてしまったし、反省している」 にやっと笑いながらの反撃に、諸葛亮は頬が熱くなる。 「あ、あれは違います。別に……」 焦る諸葛亮とは反対に、劉備は笑いが止まらないらしく、自分より背の高い諸葛亮の頭を撫でながら、 「可愛いな〜。ああいうところを見せられると、ますます好きになってしまう」 などと言う。 どこまで本気かしれないが、それはいたく諸葛亮の自尊心を傷付けた。 「殿、お止めください! 私は貴方の子供ではないのですよ」 孫乾のときは素直に受け止められたそれも、この状況下では反発心しか生まないのは当然だ。それ以上に、なぜか劉備が相手だと子供扱いされることに激しい抵抗感がある。 「しかし、これだけ歳が離れていれば、どうしてもなぁ」 なのに、なおも劉備が機嫌よさそうに顎鬚を撫でるものだから、諸葛亮の口角はキリキリと上がっていった。 「そうですね、殿はお歳を召していますし、まだまだ若い盛りの私など、ひよっこと見られても仕方ありません」 「歳を召す、などといわれると、急に老けた気になる」 一転して劉備は、不服そうな口調で、諸葛亮の言葉に予想通りの答えを返してくれる。ますます諸葛亮の口角は吊り上り、目が細められる。 「いえいえ、ご老体は労わらないといけませんしね」 「老体などと言うな。本当にそんな気になってくる」 「言葉には力があります。言を発することにより、人を言葉に込められた思いで縛ることが可能、とか」 果たして、劉備は諸葛亮が浮かべている笑みが、例の氷結の微笑であることに気付いているのか。 「ですから、安易に言葉を操り、物事を決め付けてはなりません。思わぬしっぺ返しが待っているかもしれませんよ?」 「ならば、お前も私を年寄り扱いするのはやめろ」 「それはそっくりそのまま、殿にお返しします。私をあまりからかわないでいただきたい」 「それは、難しい注文だ。孔明は中々隙を見せんからな。こんな機会は見逃せない」 「これですから、年寄りは意地が悪い」 「そう連呼するな」 「申し訳ありません。ですけど、これほど歳が離れていますと、ついつい労わってしまうのですよ」 「まだ若いつもりだ」 徐々に、劉備の言葉に熱が籠もり始める。 「しかし、力も衰えてきていますし、体力も最近はどうですか? 聞くところによれば、内腿についた贅肉を劉表殿に嘆いたこともあったそうではありませんか」 「あれは……まあ、そうだが。しかし今でもそこら辺の奴らには負けぬ武技を持っている。現にお前にも力では負けていないだろう」 鬼の首でも取ったかの物言いで、自慢げにする劉備へ、諸葛亮はにっこりと微笑んだ。 「ですけど、こちらはどうでしょうか?」 素早く諸葛亮は腕を伸ばして、劉備の中心を掴んだ。驚く劉備に隙を与えず、もう片方の腕も伸ばして腰を引き寄せた。 「若いころほどの元気がありますか?」 「ちょっと待て、孔明。これはやり過ぎでは……」 さすがに嫌悪を露わにした劉備へ、しかし諸葛亮は容赦なく言葉を続ける。 「あまり暴れますと、手に力が入りますから、お気を付けください」 男の弱点は男が一番よく知っている。僅かに掌に力を込めれば、びくっと体を震わして大人しくなる。しかし、目はしっかりと諸葛亮を睨みつけてきた。だがそれに怯むことなく、逆に諸葛亮は微笑みを降らせることで意思表示をする。 ようやく、劉備は諸葛亮を相当怒らせたことに気付いたらしい。僅かに頬が引きつった。 「悪かった。少々調子に乗った。すまん。だから手を離せ、な?」 殊勝に謝ってみせるが、諸葛亮の微笑みは戻らない。そのままやんわりと掌を動かした。 「こ……っ。馬鹿者、やめろ!」 焦る劉備を尻目に、諸葛亮は内心ではしてやったり、と思っていた。 別にこれ以上劉備に何かするつもりはなく、少し驚かして反省してもらえれば充分だった。何せ力では確実に勝てる自信はなかったし、舌論の勝負も、今日は分が悪い。 そうなれば少々卑怯な手を使ってでも、何か仕返しを、と考えた結果が、男の弱点を利用したものだっただけだ。 「おや、おかしいですね。反応が良くありませんよ? やはり若い頃とは違いますか」 傍になった耳へ囁くと、怒りのためか、それはさっと朱に染まった。 「男に触られて善くなるか! 私にはそっちの性癖はない!」 「生憎と、私にもありません」 この時代、同性での性のやり取りは決して禁忌ではない。だがやはり人間の本能がそうさせるのか、同性との交わりを好んで行う者はそれほど多いわけではなかった。 子が出来ないだとか、同性の気安さで肌を合わせる程度にはあるようだが、出来るなら異性と交わりたい、と思うのは人の 「なら離せ!」 嫌がる劉備を、諸葛亮はもう少し懲らしめたかった。自分を散々にからかったのだ。しかも元を正せば、いくら民の心どうの、といったところで、政務をさぼったことは確か。 反省してもらう点はいくらでもあった。 「では、こういうのはどうですか?」 そっと諸葛亮は劉備の耳へ唇を寄せる。 「お慕い申し上げておりました、殿。この体を腕に掻き抱くことを夢見ておりました」 囁かれた言葉に、劉備の肢体がびくんっと震えた。 「……う、嘘にも程がある」 今度は恥ずかしさのためか、ますます耳殻は色を含んだ。押し殺した声が微かに掠れている。 効果はあったようだ。 言葉には力がある。 それが心からの言葉ではないにしても、相手を戸惑わせ、疑惑を抱かせるには効果がある。 「どうして嘘だと?」 屹立を促すように、掌を下から上へと撫でる。そして指先でその形をなぞるようにつっと撫で下ろす。 「う、そに決まっている」 息が詰まったような声で劉備は言う。 弱い箇所を文字通り握られているためか、抵抗らしい抵抗はないが、嫌そうに諸葛亮の二の腕を掴んでいる。 「殿は私を信じておられるのでしょう? どうして今の言葉は信じてくださらないのですか」 悲哀を込めて囁きを送り続ける。合間に手は休みなく愛撫を施していた。 揉み解すように 「……っ、やめろ、孔明!」 声はさらに焦りを含んでくる。焦っている顔を見られたくないのか、諸葛亮の肩口に額をつけて俯いているが、露わになっている耳やうなじが如実に物を語っている。 「少し、硬くなってきましたよ。まだ殿もお若いようで」 からかいの言葉は嬉々とした色を含む。 「ここもこんなに赤くなって、反応がよろしいことです」 ちろり、と舌を伸ばして朱色である耳殻を舐めた。 「ひっ……んっ」 悲鳴混じりの声が漏れる。どこかそれは女のそれを彷彿とさせ、諸葛亮の血をどくり、とざわつかせた。 握り込んでいた掌に熱さが伝わる。腰に回していた腕を下方へずらし、女の柔らかさとは違うが、引き締まった収まりのいい臀部を撫でる。 「いい加減にしろ!」 さすがに、劉備の声音が怒りに染まってきた。 そろそろ潮時か、と諸葛亮も引き際を考えたときだ。抗議のために顔を上げた劉備を見た途端、はっとした。 怒りか恥ずかしさか、眦は赤く色づき、双眼は爛々と光を湛えていたが、どこかそれが艶を思わせる。引き結ばれた口元には、劉備の生きてきた年月を思わせる細かな皺があり、良く見れば目元にも深い皺が何本か見られる。 明るい陽の下で、これほど間近に劉備の顔を見たことはなかったので、今まで意識もしなかった。長い年月を思い知らされるその証に、諸葛亮の胸は締め付けられた。 この人と私は、生きてきた道も長さもかけ離れている。そして交わったこの先も、どれだけの年月を共に歩めるのか。 切ないようなもどかしいような、焦燥感に似た思いが諸葛亮を支配する。 「殿、貴方に一日でも早く、一つになりし天をご覧になっていただきたい」 心を圧迫する思いは、言葉として流れていく。 「ばっ……、こんな状況で言うことか! いいから離せ!」 突然の真摯な態度と言葉に、劉備は翻弄されたらしく、怒りと焦り、嬉しさが 「ん……ぁ」 唇からこぼれた濡れた声に、双方が立ちすくんだ。 「い、今のなしだ、なし! お前が散々おかしなことをするから……って、おい、聞いているのかっ?」 治まったはずの眩暈が、ぐらぐらと視界を揺らす。血がざわざわと全身を熱くさせていた。 「聞いていますよ、殿」 「なら、どうして手が止まらん……のだ……待、て……洒落にならん……ぅんっ」 諸葛亮の腕を掴んでいた劉備の手に力が入る。それは突き放そうとしているようにも思えるが、まるで過ぎる悦に耐えるために縋っているようにも見える。 形を露わにしてきた下肢を、諸葛亮の手が確かめるように何度もこする。 「孔明!」 快感を耐えるように寄せられた眉間の皺が、ぐっと深さを増す。荒くなる息を誤魔化したいのだろうが、忙しない呼吸は劉備の唇を薄っすらと開かせた。 そこへ向かって自分の唇を下ろしたい誘惑に、まだ眩暈に侵されていない頭の片隅が抵抗をする。 なぜ、こんなことになったのでしたっけ。 答えはすぐに出るはずなのに、明瞭な答えを嫌がるように、体は劉備を追い詰めるために止まらない。 「やめっ……こうめっ」 切羽詰っていく声に、堪らなく体が熱くなる。 やめなくては。これ以上はやり過ぎだ。 分かっているのに、止まらない。 「お召し物を汚してはいけませんね。脱いでしまったほうがよろしいでしょう」 舌が作り出すのは先を促す言葉ばかり。腰帯を抜き取り、下半身を露わにさせてしまう。 「何を考えているのだ、お前は! 嫌がらせにしては性質が悪すぎる!」 喚く劉備に構わずに、その前に跪いて緩く天を向き始めていたそれを口に含んだ。 「……っぅあ、阿呆、孔め、い……んんっ」 諸葛亮の二の腕から肩口へ掴む手が移動した劉備は、痛いくらいに力を込める。その強さに眉を寄せながらも、諸葛亮は劉備の下肢へ舌を這わす。 「こうすれば、どこも汚れずにすみますでしょう?」 僅かに口を離して説明すれば、なぜか劉備からは怒声が降るばかりだ。 「ああ、それとあまり大声は出されないほうがよろしいですよ。人払いはさせていませんし」 「な……っ」 今まで衛兵が心配して来なかったのは、諸葛亮と劉備が政務のことで言い争うことが日常茶飯事であったからだ。しかし、これ以上おかしな音が続けば、部屋へ踏み込んでくるのは必至だろう。 「ならばなおさら、もう止めるべきだろ」 そうしたいのだが。 止まらない。 無言で諸葛亮は舌の腹で劉備の先端を捏ねた。 「ふぅっ」 くぐもった喘ぎが劉備から上がる。肩口にあった手が口元にあった。そうでもしないと抑え切れないのだろう。もう、下肢からは雫が滲んでいるのだ。 突き刺すような目線は熱を含んで諸葛亮を煽る。 舌を根元から先端、先端から根元、と満遍なく這わし、ひくひくと脈動するさまを感じ取る。雫を掬い上げ、入り口に口付けると、劉備が 「もう、本当に……ぅ、くぅ」 「出しても良いですよ」 「ふざけるなっ……は、ん……やめっ、んんっ」 咥え込んで、音を立てて吸えば、劉備の体を支えている腕に震えが伝わる。軽く先端に噛み付き、唇で括れを強く挟み込めば、掠れた喘ぎが溢れた。 抵抗はさほど長くは続かなかった。 短い呻きと共に、劉備の肢体は痙攣して、諸葛亮の口に熱い欲を放った。それを咽奥へ流し込んでから、ようやく諸葛亮は劉備から体を離した。 |
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