「玉磨かざれば 光なし 5」
関羽×劉備



   * * *

 劉備の提案を受け入れたのは、打算があったからだ。
 何も本当に抱かなくとも、幾度か極めれば疲労が限界に達し、身体が勝手に睡眠を欲し、寝てくれるだろう、と考えてのことだ。
 脱がせろ、と命じる声は乾いている。乾いているからこそ、痛々しい。これで欲情でもしていればまだ良いのだ。ただこの男は、己を貶めたいがために関羽に抱かれようとしている。
 帯を解けば、上衣が肌蹴る。目的を果たすために、ためらわず下帯にも手を掛けて陰部をむき出した。すでに兆していた劉備の雄身が解放に悦び、関羽の眼下で色付いていた。
 手を伸ばし、屹立している雄身を包んだ。
 ひゅ、と息を吸い込んで、仰向いた劉備の咽が露わになる。かさ付いて胼胝(たこ)だらけのぶ厚い関羽の手が気持ち良いとは思えないのだが、自分も先ほど劉備の足で達した身だ。
 男の体は刺激に正直すぎて、そこは少々嫌になる。
 黙って手のひらを上下に擦る。自分の欲を処理するときと同じく、淡々と同じ動作を繰り返すだけだ。関羽もそれなりに欲が溜まっていたことは自覚していたが、劉備とて同じだ。
 関羽の手の中で劉備は、すぐにはち切れんばかりに雄身を膨らませる。
「っ……く、ぅ、ん」
 細く、押し殺した声が引き絞られた唇の隙間から漏れていた。与えられる快感に耽り、溺れてしまおうとしているのか、漏れる声音は男とは思えないほど艶やかだ。
 十分に鍛えられているが、己に比べれば細いその肢体を空いた手のひらで撫でた。脇腹や胸元はひやり、と冷えている。爛れるような熱を籠もらせている雄身からは信じられないほどだ。
 快感に溺れているように見えて、深く己を責めているせいかもしれない。
 責めてはなりませぬ、長兄。
 非力であることを決して責めてはならない。
 力が無いことを嘆いてはならない。
 劉備には劉備にしか出来ないことがある。劉備にしか無いものがある。
 それにどうか早く気付いて欲しい。
「あ、ぐっぅく……うぅ」
 あっさりと、劉備は関羽の手のひらに欲を吐き出した。どろり、と熱い粘液が指を濡らす。それを手ぬぐいで拭き取り、関羽は劉備の様子を窺う。
 達した余韻で惚けた顔を見せている劉備だが、関羽の視線を受け止めて、小さく笑う。
「足りないぞ」
 目は充血しており、目許には濃い隈すら浮かんでいる。かさ付いた唇が歪んで関羽を誘う様は、媚を売る寂れた娼館の女よりも酷いはずだが、関羽の胸には小さな痛みと大きな劣情が生まれる。
 萎えた男根に手を添えて、顔を寄せた。
 あ、とさすがに劉備から驚きの声が上がった。まだ精の味が残る雄身を口腔へ招き、舌を這わせた。
 さすがに自分でも少し驚いている。劉備の雄身を握ることにためらいは生まれなかったが、口にできるほどとは思っていなかった。だが実際に口にしても、不思議と嫌悪はない。
「ん、ん……っあぁ」
 先ほどは余裕のあった喘ぎが、今は堪らず、と言った具合で溢れている。舌を押し返す勢いで再び芯を持ち始めた雄身は、さすが若いだけある。気持ち良さからか、幾ばくかの罪悪感でも生まれているのか、劉備の腰はずり上がろうとした。それを、足を抱えて押し留める。
「雲長……っん、ぁ……はっぁ、は、く」
 関羽とて口淫など初めてで、決して巧くなどないはずだが、劉備にとっては十分すぎる快感らしい。すでに関羽の口腔一杯に雄身は育ち、咽奥を突く勢いだ。
 口から解き、唾液に塗れて濡れ光る雄身へ、今度は舌を這わす。
「ひ……っや……ぁあ」
 か細い悲鳴のようなものを上げて、腰が捻れる。ちらり、と視線だけ持ち上げれば、関羽から隠すように腕が顔を覆っていた。舌の腹で円を描くように先端を掻き混ぜれば、背を反らして悶えた。
 浮き出た筋に沿って唇を滑らせて、根元の膨らみを吸う。腰が浮き上がった。雲長、と切羽詰った声で呼ばれる。もう限界なのだろうか。
 早いな、と思う。
「受け止めますから」
 出してください、と暗に伝えれば、顔を覆っていた腕が外れて、劉備の視線が関羽と絡んだ。ふざけるな、とその目は言っている。
 今さら何を遠慮する、と言わんばかりに先端を、尖らせた舌先で抉る。ああ、と劉備は首を振った。
 舌を添えて、一息に、先端から根元まで深々と咥え込んだ。相当気持ち良かったらしく、ぶるぶる、と腰が震えた。舌を雄身に張り付かせ、頬を窄めて幾度も頭を振れば、劉備の口からは喘ぎしか漏れなくなり、一際高い声が上がるのと同時に、関羽の口腔へ熱い飛沫を吐き出した。
 解放感は長く続いたようで、関羽の口内で何度も震えて、濃い欲の証を注いできた。よほど気持ち良かったのか、吐息混じりの喘ぎは、吐精したあとも続いた。
 咽の奥で受け止めた精を、関羽は一瞬ばかり悩んだが、面倒くさかったので飲み込んだ。美味くはもちろんなかったが、吐き出すほどでもなかった。
 身を起こし、劉備の顔を窺うと、ようやくまともに息を継げるようになったのか、血色の良くなった頬のまま、ぼんやりとこちらを見上げていた。
 その顔が、どこか頼りなげで、胸の奥を衝かれる。何かを言いかけて薄く開いた唇を、指を伸ばしてなぞった。柔らかい唇は、少しだけ熱を持っていた。
 指を唇の隙間から差し入れ、口内に潜(しず)む舌を撫でた。意図が分かったのか分からなかったのか、劉備の舌は関羽の指に絡みつき、しゃぶった。
 無心に、まるで母親の乳を吸うかのように、音を立てて節くれだった関羽の指を舐める劉備の素肌を、再び手のひらで撫でる。少しだけ熱を発していて、安堵した。
「あ……ふっ、ぅん」
 鼻にかかった息をこぼして、劉備は指を一心不乱に吸い、唾液まみれにしていく。ぬらぬらと劉備の唇をめくり行き来する己の指に、覚えるはずのない欲情が関羽の下腹をじくり、と熟(う)ませた。
 いや、違う。
 関羽は心の奥に、劉備に対して仄暗い劣情を抱いていた。それは決して強い願望ではなく、隠し通せる自信もあり、御していけるはずの欲情だった。
 だが、それらがまったく無かったのなら、いくら兄の命だからとはいえ、このように抱けていたか、と尋ねられたら、無理だったろう、と答える。
 ふやけるほどしゃぶらせて、ようやく関羽は劉備から指を引き抜いた。指が唇から銀糸を引き、切れた拍子に劉備の唇を汚していった。
 だらしなく、劉備の舌が指を追いかけるように伸びていた。
 足を開き、濡れそぼった指を臀部の隙間へ押し付ける。反応のない劉備に、これから何をされるのか、理解しているのだろうか、と不安になる。
「雲長、気持ち良くさせてよ」
 だが、その不安を見抜いたわけではあるまいに、劉備は微かに笑みらしきものを浮かべて、自らも大きく足を開いてみせた。
 無防備に秘奥を晒した姿に、胸の奥がじくり、と痛む。引き締まった腹の先、下生えの中でうなだれる雄身はまだ兆してはいない。だが長い手足を放り出すようにして身体を開いている劉備は、早くしろ、と誘っている。
 無理をしているだろう劉備に、どうしても痛ましい、という思いが拭えないが、指の動きは止めなかった。秘奥を探り当て、濡れた指を突き入れる。
「――っ」
 息を呑み、身体を強張らせたが、すぐに弛緩する。多少の痛みではやめろ、などと言い出すことはしないだろう。
 それでも関羽は、劉備が「もう嫌だ」と必ずどこかで言い出すはずだ、と考えていた。我に返るか、眠りに落ちるか、どちらかが先のはずだ。
 指は劉備の奥を容赦なく暴き、埋まっていく。息を詰め、思い出したように吐き出し、劉備はだが無抵抗のままだ。
 息を詰めたあとは、忙しなく浅い呼吸を繰り返す口から、関羽の字(あざな)が呼ばれた。
 今度こそ、もう十分だ、と言ってくれると思ったが、聞こえた言葉はまったく違った。
「そこじゃ、ない……もっと、腹のほうの、ところを触れ」
「……」
 これまでと同じだ。命じる言葉に逆らわず、関羽は指を狭い襞の中でうごめかし、指示するところへ這わす。
「っあ、ん」
 悩ましげな声が上がった。指先には、小さく膨らんだしこりのようなものが当たっている。
「そこ、指で」
 乞うような眼差しが関羽を見上げている。
 なんだこれは、と心の中で眉をひそめる。徹底して悦楽に溺れようとしているらしい劉備に、命じられるままに付き合う、という覚悟など当に決めたはずだ。
 しかしこれは、と思わず視線を逸らしていた。
 指をしこりの上で滑らせる。
「ぁあ、ん、んぁ……ひ、ぁ」
 艶声を、劉備は惜しみなく関羽に聞かせてくる。
「も、っと……欲し、ぃ……雲長」
 放り出されていた腕が伸びて、関羽の首筋に絡げられた。引き寄せられるように身を折り、唇を吸われた。
「ぅん……」
 舌が忍び込んでくる。拒絶することなど関羽にとっては造作もないことだが、這い回るままにさせた。歯列や歯茎にいたるまで舌は味わい、関羽の肉厚の舌を捉えて離さない。
 あれほど冷えていた肌は熱を発し、触れ合ってもいない体の下から漂ってくる。
 口寄せに気を取られて止まっていた指を非難するかのように、腰が揺れた。急いで再開させ、奥や入口の際(きわ)を広げつつ、望むままにしこりを突いた。
 ひくひく、と嬉しそうに指を食い締める襞に、舌から伝わる劉備の熱と相まって、冷静だったはずの関羽の頭が膿んでくる。
 拙(まず)い、と警告を発する理性は残っているのだが、首に絡みついた腕や指を吸う襞が警告を遠くへ押しやってしまう。
 関羽の穿き直した下穿きの中心に、硬く熱いものが押し当てられた。劉備の雄身だ。直接的な快感を煽られてしまうと、理性すら危うい。
 腰に足が巻き付いた。雄身同士が擦り合わされ、快感はさらに増す。指が抜けそうになるが、劉備も重なる雄身からもたらされる悦に気を取られているようだ。
 抱え直し、関羽からも押し付けた。
「ふぅ……んぅ」
 唾液で口の端を汚しながら、劉備は喘いだ。
 指を二本に増やし、中を激しく掻き回す。首と腰に絡みついた腕と足に力が籠もった。揃えた指でしこりを突いた。一度だけでなく、二度三度と突けば、唇をほどいて劉備は嬌声を上げた。
「そこ……っあ、あぁ。いぃ……雲長っ」
 雄身を重ねた布地の向こうから湿った感触が伝わる。だが、劉備だけのもの、とも言い切れまい。関羽の欲塊とて熟んでいる。
「もっとだ……もっと、気持ち良くさせろ」
 なあ、と誘い文句としては傲慢すぎるが、関羽から逆らう気力を奪い去るには足りている。
「長兄……」
「今さらここでやめたら、俺はお前を許さないからな」
 見下ろす先で、歪んだ唇で関羽を射抜く劉備の双眸は、有無を言わせる隙などなかった。
「お前のこのでっかいやつで、俺を一杯にしろ。指なんかじゃ足りない」
 噛むように口付けてきた劉備の唇に応えて、関羽は巻き付いていた足を取り上げて、深く折り畳んだ。
「拙者のものは、狭い長兄のここ、壊してしまうやもしれませぬが?」
 抜き出した猛りで軽く秘奥を突くように撫でたが、劉備はくっく、と笑い声さえ上げた。
「俺がそう簡単に壊れるか」
 ああ、そうだ。
 そうだった。
 関羽が長兄に、と認めた男は、危なっかしくて放っておけなくて、そのくせ、折れそうで折れないしなやかさを持ち合わせているのだ。
 虐げられている弱い民へためらいなく手を伸ばし、苦難の道へ駆け出す強さを持っているではないか。
 ようやく、劉備らしくなった、と知らず関羽も微笑みながら、硬く育ちきった猛りで劉備を貫く覚悟を決めた。
 腰を押し進め、じわじわと狭い中を割っていく。
「ああっ……ぐ、うん、ん」
 苦鳴(くめい)の声を漏らす劉備と呼吸を図りながら、ず、ずっ、と猛りは埋まっていった。
「う、んちょ……のが、俺を一杯に」
「はい、拙者のもので、中が一杯です」
「はは、凄いな」
 笑う劉備の額に浮かんでいた汗を手の甲で拭う。
「おか、しいな、お前で満たされてるって……分かった途端、安心し、た」
「……」
 もっと、奥を埋めてくれ、と耳元で囁く声は、懇願とも誘惑とも取れる。
「俺の奥を激しく突いて、お前を感じさせろよ、雲長」
 身を沈め、根元まで劉備の中に収め切る。
 あぁ、とぶるり、と身体を震わせた男を抱き寄せて、今度は関羽から唇を吸う。
「望みのままに」
 腰をゆっくりと律動させた。狭い劉備の襞は猛りで引き攣れているだろうが、纏わりつくきつさは腰が蕩けるほどの快感を関羽に与える。
 必要以上に痛みや負担などかけたくはないのだが、久しぶりの人肌に、無我夢中で欲望を叩きつけたい誘惑が関羽の理性を食らっていく。
 ぎしぎしと、寝台の軋む音すら、それに拍車をかけた。
 関羽の先走りで、劉備の中がぬる付いて滑りが良くなる。そうなれば、劉備からも苦痛ばかりではなく、心地良さに酔う喘ぎが漏れてくる。
「うんちょ、う……はあ、あ……。あぁ、そこっ……」
 声を上げて関羽の猛りを悦ぶ姿に煽られる。己の凶悪な楔が劉備の秘奥に出入りする様が眼下に映った途端、最後の箍が外れた音を聞いた。
「ぅく、ふ……ぁ、大きくしやがった、な……ん」
「長兄の中、存分に満たすためです」
 よく言う、と笑う劉備の顔は、すぐに快感に歪む。嬌声と寝台の軋みは、その後もずいぶん長く続いた――



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