「天下の 蒼天航路 関羽×劉備 |
血の気が引いたのが自分でも分かった。次には怒りのような恥ずかしさのような、全身が熱くなった気がして、顔が燃えた。 「関さん!!」 唾を飛ばして長い付き合いとなった男を呼ぶが、その先が続かない。混乱しているのだ。急に惚れた抱きたい、などと言われて、そうかい、じゃあほら、と股を広げられるはずがない。そんなことができたらそれこそ娼婦だ。 「あの時のようなことにはならん。安心しろ」 あの時、とは、劉備を犯したあの日のことだろう。確かにあれは酷かった。丸一日寝台から起き上がれなかったし、床上げした後でさえ、しばらくまともに歩くのも辛かった。 あまりにも唐突な暴力だったために、劉備の中で陵辱された、という屈辱感はなく、手酷い一方的な力による抗議を受けた、ぐらいでいた。 あのときは、初めて曹操に会ったあとのことだ。前後の記憶はあやふやだったが、劉備に刻まれたのは、曹操はおっかなくてでけえ、ということだった。 関羽と二人きりになったとき、怖気たか、と問われ、半ば冗談のつもりで「そうかもしんねえ」と返した直後だった。 唐突に床に引きずり倒されて、圧し掛かられて、あとはもう痛かった、としか覚えがない。 体を繋げたなどという自覚すらなかった。あったのは、どうして関羽がこのような暴力を振るったのか、という疑問だけだ。 今なら分かる。劉備が負けを認めれば、劉備の中(ふくろ)に居る関羽も同時に負けるのだ。当時の関羽はそれが許せなかった。 それはそれとしても、 「安心とか、そういうことじゃなくて!」 さらに声を張り上げて、腰に絡んでいる腕から抜け出ようともがく。体格差も膂力も関羽に利があれども、劉備とてたおやかな女ではない。必死になれば為すがままになどならない。 ところが関羽は折り込みずみだったようで、体ごと迫り、劉備を楼閣の縁と自分の体とで挟み込み、あっさりと抵抗を封じてしまった。 「あんたは俺に抱かれるのが嫌か」 「あ、当たり前だ! おいらにそっちの気(け)がないことぐらい、あんただって良く知ってるだろうが!」 長い付き合いだ。女の好みすら熟知する仲である。馬鹿なことを訊くな、と訴える。 「だが、最後のほうはあまり抵抗しなくなっていたが?」 「もう覚えてねえよ! 痛かったから、疲れただけだったんだろう、絶対」 「そうか?」 「そうだよ!」 「では今度は、単純に俺のことを受け入れられるか試してもらおう」 「っだから……うぁあー、どこ触ってんだ!」 股間の辺りにもぞもぞと何かが這い回る感触がして、劉備は声を上げる。寒気なのか怖気なのか、良く分からないものが背筋を駆けた。 やめろやめろ、と喚きつつ、窮屈な体勢ながらももがいて抜け出そうとする。怒りと、わけの分からない羞恥に見舞われて、関羽をねめつけた。 すると微かに息を呑む気配がして、まったく表情の動かなかった面容に動揺が浮かんだのが見て取れた。しかしそれは一瞬だけのことで、強引に唇を奪われて視界から消える。 「んーっ、んんー!」 首を振って重なった唇から逃れようとするが、執拗に追いかける関羽の唇と不自由な体勢が不利を招いて、再び口内に舌が挿し込まれた。 正体が分かってから受け入れる、となれば先ほどとは違う。鳥肌に似た感覚がざわっと首筋を脅かし、咄嗟に異物への攻撃に出てしまう。 「――っ」 関羽の舌を噛んだ。切れたらしく、血の味が劉備の口内に広がった。 あ―― 一瞬にして後悔する。今度こそ怖気だ。劉備に謝る道理など存在しないのに、すまねえ、と謝りたくなった。劉備の自責を見抜いたかのように、関羽の舌は怯まずに、逆に血の味ごと劉備の舌を吸った。 「ん、ふっ――」 頭の芯が痺れる。 女と口を吸い合うのとはまったく違う。交わり、気持ちよさを分け合うような、ときに貪り渇きを埋めるような性交とは種類が違った。こちらが喰われる、支配される感覚だ。 局部を揉みしだく手の動きが、舌を吸われて痺れた頭に追い討ちをかける。一瞬ばかり抵抗を忘れた。その一瞬を鋭い関羽が見逃すはずもなく、腰帯を解いて手が侵入を果たす。 「んんーっ、ぃ、ふっ」 舌を吸われながらも抗議の声を張り上げたが、関羽の手はすでにしっかりと劉備の一物を握りこんでいた。 「ぅ、ひゃ……ふぅ〜」 舌を絡げながら悲鳴を上げるものだから、口の端から唾液がだらだらとこぼれるが、構っている暇はない。劉備のまだ萎えている雄身を大きな手は容赦なく扱き始めた。 下腹が甘く疼いた。馴染み深い感覚に、鼻から湿った息が逃げる。 やや乱雑に、しかし力強い上下への動きは、決して自分のものではなく、かといって女の奉仕とも違う。気持ちよさに腰が弾んだ。 決して溜まっていたはずがないのに、関羽の手の中で雄身は急速に熱を集める。 「あ、あ……んっぅ」 気が付けば唇は自由になっていて、関羽の舌が唾液で汚れた顎や首筋を舐めていた。暴れたせいで肌蹴ている衣の隙間から覗く、薄い皮膚の辺り、鎖骨の上あたりだろうか。関羽は歯を立てた。 小さな痛みが、なぜかぞくり、と背筋を粟立たせた。 「関、さん……」 甘えた声で男を呼ぶ。 おいら、流されやすくねえか? そりゃあ娼婦だなんて呼ばれっちまうわな……。おいらも、関さんが出て行って、おいらの嚢の中でのあんたの大きさに気付かされちまった。おいらだって、自分で思っていた以上にあんたが大事だった。 そこで劉備は我に返った。 いんや、いんや駄目だぜ、これは! これじゃあまた、おいらの中(ふくろ)は関さんで一杯になっちまう。おいらの思いだけでぱんぱんになっちまう。そんなことしちゃなんねえ。 そう気付いたんだろうが。 「関さん、関さん! 駄目だ、やっぱり駄目だって、これは! しちゃなんねえって!」 首を横へ必死で振った。見下ろす関羽の目は早くも欲情に濡れてはいたが、まだ冷静だった。それは、問い返した声音にも現れている。 「なぜだ」 「だってよ、あんたのこと受け入れたら、おいらの嚢、一杯になっちまう。それが恐いんだ」 「安心しろ、劉備玄徳の器は、俺を受け入れたぐらいで一杯になどなりはしない」 「それがなっちまったから、困ったんだろう! あんたは、あんたが曹操ん所へ行っちまった後のおいらを知らねえからそんなこと言えるんだ。益徳がなんて言ったか知ってるか。男に捨てられた女みてえな面(つら)すんなって、あいつひでえよ。だけど、そうかも知れねえ。あいつはいっつもまともなことばっかり言いやがるっ……関さんっ?」 しゃべっている途中できつく抱き締められた。 「このような状態でそのような告白をして、あんたは自分がどうされるか想像しないのか」 「ど、どうって」 腕の中から関羽を見上げる。恐ろしいほどの強い光が劉備をねめている。 「あんたをひどく啼かせたくなる」 これで、と関羽は自分のすでに熱を持った硬い局部を劉備の局部へ押し付けて、言う。 「俺のこれで、あんたの中を壊れるぐらいに掻き混ぜたい」 「そんなこと……っ」 目の奥の光に気圧され、その内容に慄いて、劉備は言葉を失う。怯んだ劉備をさらに追い詰めるように、関羽は屈みこみ、まだ中途半端に熱を集めていた劉備の雄身を咥えた。 「か……! ひ、あぁあー」 関さん、と叫ぶ声は自分の甘ったるい喘ぎに遮られた。腰がずん、と重くなった。熱い粘膜に覆われた雄身から突き抜ける法悦にがくがくと身体が震えた。 関羽の口淫は初めから激しくて、一息に雄身は成長した。劉備の体躯に見合った雄身ではあるが、関羽は半ば以上まで咥えることができるらしく、きつく吸い上げられれば腰が砕けるほどの気持ちよさだ。 「ぁん、んんっ……いや、だぁ、関さん……!」 咄嗟に 自分で制せない悦楽の波は、劉備の呼吸を乱して、勝手に滲んだ涙が視界を歪ませる。 あれほど、不味い、と思っていた関羽に抱かれる行為であったのに、いまは悦を追いかけようとすらしている。だのに、そんな劉備へ関羽が口を離して言った。 「どうでもよいが、長兄」 涙目のまま見下ろせば、真顔で返された。 「あまり大声を出しすぎると、誰かが聞きつけてやってくるが、いいのか?」 いいわけがない。この状態で誰かに見られたら、どうにも弁解の余地はない。男に抱かれて善がっている姿を見られるなんぞ、許しがたい。 「なら、やめろよ」 力の入らない手で、関羽の頭を叩いた。それを無視して、関羽は再び口淫に没頭する。もう限界は近く、先ほどから劉備は競り上がる射精感と必死で戦っていた。 「んふ、ふぅ……うぅ、やめろって……関さん、離せ!」 先ほどの関羽の言葉を気にかけ、声を押し殺そうとするものの、絶頂間際の高揚に支配されている精神と肉体が言うことをきくはずもない。顎が上がる。縁を掴んでいる爪が石を掻いた。 「あ……っふ、くぅ」 吐精は突然訪れた。関羽の歯が意図せず劉備の心地よいところに当たったせいだ。止める間もなく激しい快楽とともに、関羽の口腔へ欲を吐き出す。喘ぎはなんとか袖を咥えて押し込めたが、支えを失った身体が崩れる。関羽が支えてなければへたり込んでいただろう。 息を弾ませて、涙で霞む先で、関羽の口から雄身が解放されるのを見た。どくん、と背徳感とでどころの分からない官能が湧いた。関羽の口がゆっくりと開き、中から白いものが流れてくる。 「うぁ……」 思わず声が上がる。居た堪れなさと羞恥で全身が燃えるようだ。劉備の出した欲の在り処をまざまざと見せ付けられる。赤い唇から吐き出される白さが淫猥で、頭の中がおかしくなりそうだ。 手のひらで受けたそれをしばらく眺めた関羽は、声もなく口をはくはくと開け閉めしている劉備を見上げた。ゆっくりと立ち上がり、視線を普段と同じに保つと、劉備の欲を乗せた手はそのままに、反対の手で劉備を抱き寄せた。 あまりに淫猥な光景に固まっている劉備は、抵抗をすっかり忘れていた。ぐいっと尻の肉を掴まれて、ぬるり、とした感触を塗りつけられても、まだぼんやりしたままだった。しかし、ぬめりを借りて臀部の奥に息づく後孔を開こうとする指の感触に、忘れていた、と思っていた恐怖が瞬時に蘇った。 「――っ」 労わりもなくただ押し開かれたことによる激痛は、頭は忘れても身体は忘れなかったのだ。 「力を抜け」 硬直した身体を感じ取り、関羽は言うが、無理だ、と叫ぶ。 「そうしないと、痛むが、いいのか」 そういう趣味か、と冗談ともいえない口調で訊かれて、違(ちげ)えよ、と再び叫ぶ。 「では大人しくしていろ」 命令するな、と返すはずの言葉は、押し入ってきた指で悲鳴に変わる。 「な、あ……あっ」 異物感と鈍痛に喘ぐが、指は奥を目指して止まらない。掻き分けるような動きが克明に伝わり、鳥肌が立った。反射的に目の前にある衣へしがみ付いた。しがみ付いた相手が、この嫌悪感を生んでいることは承知していたが、堪らなく何かに縋りたかった。 「関さん、それ嫌だ、やめてくれぇ……気持ちわる……ぅっ」 訴える途中で唇を吸われた。深く貪られて、忘れていた官能が蘇った。下腹あたりに当たる関羽の硬い感触にぞくぞく、と身体の芯が疼く。指が中を這い回る感覚が遠く思えた。 ところが、遠く覚えたのもつかの間で、中で蠢く指をひどく感じる場所があり、戸惑った。意識が勝手に指に集中する。関羽もそれを感じ取ったのか、唇を離して劉備を観察する。 「――っ」 声が跳ねた。硬い爪が一点をこすった瞬間のことだ。あ、と口から抜けた。指がぴたり、と止まり、探るように今度は指の腹でこする。 「ひ、あぁ、ん」 切ないような、痛みを伴う甘さというべきか。今までに感じたことのない悦だった。縋りついていた関羽の衣を強く握る。何かに捕まっていないと、この快感に飛ばされそうだ。 「そこ、やめ……く、あ、ぁ」 劉備の制止も虚しく、指は容赦なく中をなぞった。身体は跳ね、口から喘ぎが上がって止められられない。雄身から生まれる直接的ではない、吐き出しどころのない悦は、劉備の頭を蕩けさせる。 「関さん、駄目だって……も、おいら……」 ぐちぐちと粘着質の音を、自分の後孔と関羽の指が生んでいるなどということにも気付かず、卑猥な音だと、さらに官能を昂ぶらせる。増やされた指がほぐす間も、甘さを伴う悦は続き、萎えていたはずの劉備の雄身は再び力を取り戻していた。 指が引き抜かれた。途切れることなく続いていた法悦が急に失われて、劉備は呆然として関羽を見上げる。 「あんたの中身、見せてくれ」 足を抱えられ、いつの間にか晒されていた関羽の一物が、指の喪失で戦慄(わなな)いている後孔へ宛がわれた。 その熱さと硬さ、何より大きさに息を呑む。折りしも今日の昼間、連れションで目にしたばかりだ。あれが、昔は一度無理矢理入れられたとはいえ、再び自分の中に入るのか、と思うと寒気がした。 「嫌だ!」 「もう収まりがつかん」 「つけろ!」 浸っていた悦楽から一気に覚醒して喚くが、関羽の決意を翻す力にはならない。掴んでいた胸元を離し、精一杯押しやろうとするが、すでに快感に蕩けていた身体は持ち主の思い通りにならなかった。 「ああ――っ」 悲鳴が上がる。先走りで濡れていたぬめりを塗り付けた関羽は、張り出した部位を使って劉備をこじ開けた。痛みで心臓が引き絞られる。悲鳴を唇に吸われた。縁に背を押し付けられて、塞がっていた手を空かせた関羽は、劉備の雄身を握り込む。 痛覚から逃れようとしてか、生まれた快感に身体が飛びつく。扱かれて力が抜ける。 じわり、とまた関羽の切っ先が劉備の中へ潜り込む。後孔からの痛みと雄身からの快感が混じり合い、思考はすでにぐちゃぐちゃだ。 ようやく関羽は奥まで劉備を貫いたらしく、動きを止めた。 「っぃてえよ……」 情けないがすすり泣くような声が漏れる。指で中をまさぐられていたときの法悦など、すっかり消えている。関羽の大きさで目一杯に引き攣った後孔が鋭い痛みを発し、腹を押し上げられるような鈍痛に似た違和感に苛む。 「も、抜けって」 二の腕を掴んで押しやろうとするが、痛みで力の入らない手では意味をなさない。関さん、と詰る。関羽の熱さに身体の奥が溶かされそうだった。 「やめろ……よぉ」 「……あまり」 目を開いて関羽を仰ぎ見ていたものの、激痛で思考がまとまらないせいもあり、焦点は合わない。関羽の呟きを耳にして、ようやく視界の中に表情の読めない男の顔を見つけた。 「あまり、俺を拒絶するな。傷付く」 傷付く? 誰が? 関さんが? このような状態でなければ、大笑いするところだ。 鋼の精神を具現化しているようなこの男が、傷付くなど、劉備にとっては大地から天へ向かって雨が降るかのようだ。 思わず口の端に笑いが滲みかけたが、関羽の双眸に覗けたのは、確かに傷心を抱える者の光だ。 そりゃあ理不尽ってもんだろうが、そうだろう。泣きたくて、傷付いているのはおいらのほうだぜ。あんたにこんな真似されて、女のように抱かれて、あんたのもので貫かれている。 どっちが傷付いたって思ってんだよ。 劉備の深奥に己の欲を突き刺したきり、微塵も動こうとしない関羽は、確かに気遣ってくれているのだろうが、だからといって関羽に抱かれることを認められるものではない。 だというのに、痛みに歪んだ関羽の眼光を見つめるうちに、諦めが劉備の中に生まれる。 「そ、だよなあ。おいらの嚢は、なんでも入ってる、容れられる……」 「……」 「だけ、ど……あんま痛くて苦しいは、やだぜ? 関さんがそんなおいらを弱い、とか。曹操と比べちまう、とか。それも仕方がねえのかもしんねえけども」 痛みの中で、淡く笑みを作った。 「それがおいらだ。天下に甘い恋心を抱き続ける、それが劉備玄徳。そうだろう?」 おいらは腹を括ったんだからさ。 「だから、関さんも、おいらに恋心ってえのを抱いてるってんなら、優しくしろよ、なあ。おいらと一緒に天下に行きたいって言ってくれたんなら、おんなじ思いなんだろう?」 言ったものの、照れて俯いた耳に、 「……ああ、そうだ」 押し殺した関羽の声が届く。低い声は激情を押さえ込んでのことらしいが、劉備の中で膨れた欲が代わりに感情を露わにした。 「はは、でかくなったな、関さん。あんた、意外に分かりやすいぜ」 見やれば、微かに、ほんの微か、気のせいか、と思うほどに、関羽の頬が赤くなったような気がした。 「気持ち良く、してくれよ。せいぜい、おいらが天下を取れる夢を見れるぐらい、うんと気持ち良くさ」 「承知」 面白味もなく答えた関羽の太い首に腕をかけた。劉備は初めて自分から、関羽に唇を重ねた。 |
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