「天下の(うつわ) 7」
 蒼天航路
関羽×劉備


 【後】

 幾度か足を運ぶうちに、見えてきたものがある。
 襄陽は、劉表が支配するこの城郭に住む人々は、勤勉だ。良く働き、良く学び、良く訓練している。
 関羽や劉備、張飛が見ている前でも、普段と同じ時刻から練兵が開始された。
雁行(がんこう)の陣!」
 司令官が発する言葉で隊列が変化していく様は、感嘆が漏れるほど規律が取れている。同じ考えだったのか、劉備が感心したように言う。
「おー、今日も定刻どおり、練兵か。しかし荊州って学んだり練習したりすんのが好きなところだねえ。こういう性分はまるで理解できねえや」
「おめえにわずかでもああいう性分がありゃあ、もうちったあ戦に負けずにすんだかもな」
 すかさず張飛が言葉尻を捉えてからかうと、自覚があったのか、嫌そうな顔を劉備はした。その背を、誰かがどん、と叩く。
「よお、劉備将軍!」
 次に関羽や張飛へ軽く手を上げて、や、や、と挨拶をした年老いた偉丈夫へ、劉備が笑みを浮かべて挨拶を返す。
「久しぶりだな、カイ越将軍」
 カイ越は劉表の長年の臣下だ。そのくせ、曹操の在り様を好む、それを辺り憚らず公言する、というおかしな男だ。今も、劉備が曹操と戦をする、という話を聞いてか、やめておけ、と朗らかに忠告をしてきた。
 最後には、曹操は最高だ、と大笑しながら去っていった。
「なんじゃい、あのじじいは」
 曹操を好きだ、という発言を聞いたせいか張飛は凄んだが、関羽はまったく違う感想を抱く。
「劉表は……存外臣にめぐまれておるな」
 主君と敵対するであろう相手を正しく理解し、慕い褒める器すら持ちながらも、きちんと主君も立てて忠義を尽くしている。中々いる人物ではないだろう。関羽の言葉を受けてか、劉備は練兵を眺めながら言う。
「ああ〜、どことなく関さんに似てる気がしねえでもねえ」
「……」
 褒められたのだろうか。
 劉備の笑みが浮かんだ横顔からは判断できなかった。


 劉備からの口寄せを受けて、関羽の強靭な忍耐力は根こそぎ奪われるところだった。辛うじて残った理性を掻き集めて、劉備に負担のないよう、緩慢に突いた。それでも劉備には辛かったらしく、痛みの滲んだ呻きを食い縛った歯の隙間から漏らす。
「息を吐いたほうがいい。楽だ」
「んな、こと言って、もな」
 今度は関羽から唇を吸う。呼吸を促すために、相手の吐息ごと吸い尽くすかのように、長く塞ぐ。関羽の行為のどれもを嫌がるが、唯一、口寄せだけはあまり拒絶されなかった。
 どうやら好きらしい、と劉備の中に己を収めているせいで、良く分かった。舌を絡めてこするたびに、劉備の中が喰い締めるのだ。堪らない。
 唇を解く。息を求めて呼吸が生まれ、中が緩む。その隙を塗って、揺さぶり、劉備に関羽の形を馴染ませた。半ば強制的にそれらを繰り返し、収めている関羽にすらあった苦痛がようやく薄らいだ。ちらり、と劉備の局部を覗けば、一度痛みで萎えかけていた雄身が再び首を上げている。
「関さんっ……」
 劉備も痛みが遠のいたせいで余裕が生まれたのだろう。関羽が動き出してから初めてまともに視線をくれた。
「動かねえでくれ、よぉ」
「まだ痛むか」
 もう少し慣らすか、と己の理性を慰めながら、緩慢な動きを続けようとするが、劉備が小さく頭(かぶり)を振った。
(ちげ)えって。なんか、駄目なんだ……」
 まだ拒絶するのか。
 劉備の嫌がることを強引に進め、拒絶されることなど当然だというのに、己の胸は勝手に傷付いている。それを思わず吐露すれば、劉備は仕方ねえな、と受け入れてくれた。それで充分だというのに、再び抗う言葉を聞けば、胸はぎりぎりと締め付けられる。
「おいら、ん中が、関さんので、熱くてさぁ……駄目なんだよ」
 きゅうっと中が絞られるように収縮した。今度は関羽が呻く番だ。それでも、劉備から視線は逸らせない。涙の溜まった目が関羽を映していた。
「動かれると、なんか、おいら……おかしくなりそうで」
 駄目なんだ、と泣きそうな声でとんでもないことを口にした。
 だから、この男は分かっているのか。自分の言葉がどれだけ己の理性を削ぎ落としているのか。
「おかしくなればいい」
 欲情に声が上ずったことすら、見っとも無い、と思わなかった。え、と聞き返した劉備の唇を塞ぎ、奥をずん、と突いた。口内で跳ねた舌と悲鳴を甘噛む。抱えた足を持ち直し、劉備の奥を徹底して突く体勢を整える。
 指で見つけた箇所を丁寧に切っ先でこすりながら、熱い内膜を貪るように欲を叩きつける。
「んー、ん、んっんっ……ぅう」
 くぐもった悲鳴に、痛みは混じっていない。しがみ付いた劉備の腕もそれを物語る。おかしくなる、と言いながら、もっと、とねだるような腕の求めだ。
 激しく打ち据えることで、肌と肌、骨すらぶつかるような乾いた音も、お互いに滲んできた汗で湿った音に変わっていく。
「あ、や……っあ、ん……関、さっん」
 唇がわずかに離れた隙で、劉備は高い声で啼く。それを聞いてますます関羽は欲情を募らせた。放っておいた劉備の雄身を探り、突き上げる動きに合わせて乱雑に扱く。それだけで、劉備の中は悦ぶようにうねった。
「もう、やべえって……前、いじん、なぁ」
 過ぎた快感に、劉備の眦から涙が溢れた。だらしなく開いた口の端からは唾液が筋を作っている。紅潮した頬と歪んだ眉の間から情欲が立ち上っていた。
 粘った音が、関羽の握る手の中と、劉備の後ろから聞こえる。
「ひ、うぅん……おいら、またっ」
 限界を訴える劉備に、関羽も自分の限界がそろそろだ、と悟っていた。
「あんたの中に、出すぞ」
 人より大きな耳朶を噛み、宣言する。拒絶されようがそうするつもりだったが、劉備は小さく顎を引いた。
 おいらの中へ、出せよ。何でも、容れてやっからさ、と言われたような気さえして、関羽の理性は完全に飛んだ。
 劉備の絶頂と、関羽の欲が劉備の中へ注がれたのは、それからすぐだった。


 目の前では、突然現れた諸葛亮に、カイ越が劉表のところへ招こうと手を握っている。
「おい! あのじじい、手ェ握ってるぜ」
 張飛が信じられねえ、といわんばかりに顔を歪めている。劉備も、諸葛亮が必要だ、と判断はしたらしいが、あの奇怪さに慣れたわけではないらしく、すげえな、と不信さを露わにした声を上げる。
「気色悪かねえのかよ」
 屋内へ消えていく二人を見送る。劉備は諸葛亮がまた何かやらかすのではないか、と案じ顔だが、後を追いかける踏ん切りがつかないようだ。
「男に手を握られることは、気色悪いか」
「当たり前だろう」
「だが」
 と、張飛に聞こえないよう、小声で素早く言った。
「俺とあんたは、それ以上のことをしたが?」
「ばっ……!」
 絶句した劉備の背を、ばん、と叩く。
「まだ、孔明を量りきれておらぬのであろう。ならば後を追いかけ、何度でも量ってみせろ」
 よろけながら、振り返る。
「分かったよ!」
 今すぐにでも駆け出そうとした劉備の襟首を掴んだ。ぐえ、と蛙が潰れたような声を上げた男の耳元へ、ついでのように囁いた。
「俺のも、何度も量ってくれるのだろう?」
「そ、そりゃあ!」
 できねえ相談だ、と叫びながら襟首を払った劉備は、急ぎ足でカイ越の後を追う。遠くからでもはっきりと見える大きな耳たぶが、真っ赤に染まっているのを眺めながら、関羽は一人で大笑いし、張飛に胡乱な目付きで見られていた。



 終 劇





 あとがき

 同人誌からの再録になります。
 蒼天航路で、ずっと書いてみたかったテーマでした。
 劉備と関羽が生き別れになり、関羽は曹操の元で為政者としての道を歩もうとした。
 しかし、数年後、劉備のところへ戻ってきた。
 どうしてなのか、原作でははっきり描かれなかった部分の補填を、自分なりの解釈でしてみたい。そういうつもりで書いた話でした。
 もちろん、一つの解釈、個人的な一つの見方、とはなりますが、自分の中であの空白の期間が埋まったような気がして、とても納得の出来る作品となりました。おかげでとても思い出深い話です。

 そのせいなのか、この話の本はほとんど売れなかったわりに、感想をいただけた回数がダントツで、そういう自分の中の何かは伝わるものなんだなあ、と感じたのも、この話でした。

 それでは、なにか、この話を読んだ方へ残せましたら幸いです。

 11年11月発行より


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