「虚々実々(きょきょじつじつ)……(じつ) 3」
 関羽×劉備


「雲長」
 弟に「大嫌い」宣言をされた男は、渋面を浮かべたまま立ち尽くしていた。
「……翼徳は、いつまで経っても子供のようですな」
 小さく笑った関羽だったが、浮かない表情だった。
 宴の片付けは宿の人間に任せ、劉備と関羽は連れ立って歩き出す。劉備たち、県尉に与えられた宿舎への道は暗く、人家もほとんど寝静まっている。月明かりも乏しいが、だいぶ住み慣れた町になった。灯りなしでも宿舎まで戻れるが、お互いの顔は見えなかった。
「今回は、少々堪えたか」
 黙りこくっている関羽に、劉備がからかい混じりに話しかける。
「ええ、まあ」
 苦笑が見えそうな声音で、関羽は答えた。
「ただ、私も翼徳の言い分は一理ある、と思っているぞ。お前は私のことを最優先に考えてくれている。それはありがたいし、素直に喜ぶ。ただ、そのことに固執するあまりに、お前自身の在りどころを見失ってしまっては、私は悲しい」
「兄者までそのようなことを言い出されては、翼徳がますます調子に乗ります」
「拗ねたか?」
 片方の弟の肩ばかりもって、不機嫌になっただろうか、と窺う。もちろん、笑い混じりに。
「それこそ子供です」
 はっきりと苦笑が混じった声だった。
「つまらぬなぁ」
 腕を頭の後ろで組む。
 やはり可愛くない、と聞こえないように呟いた。
 それから宿舎に着くまで二人は無言で、いつも皆で雑魚寝する部屋の前で足を止めた。
「今夜は、翼徳も憲和も戻らんぞ」
 すっかり夜目が利いている劉備が、隣に立つ関羽を仰いだ。
 拗ねた張飛は酒を朝まで飲み続けるだろうし、そんな張飛が暴れないよう、手綱を握る役目を負った簡雍も一蓮托生だ。
「……兄者、今宵は申し訳ないが、そのような気分ではありませぬので」
 誘いを断られて、劉備は落胆しつつも、やはり張飛の言葉を気にしているのではないか、と知る。
「私が最優先のお前らしくないな」
 あえて追い詰めるような言葉をかけてみると、関羽は僅かばかり困惑を瞳に過ぎらせた。
「冗談だ。またお前は私の冗談に引っ掛かったな。少しは学べ」
 軽口に紛らわせば、困惑はすっと溶けて、弱々しい笑みに固まった。
「どうしても、拙者には兄者の冗談は見抜けませぬなぁ」
「はは、そうだろうそうだろう」
 そして、本気も、お前は見抜けぬな。
 関羽の腕を取る。自分より大柄の相手だろうと、コツを掴めば簡単に床に倒すことは出来る。関羽の巨躯が劉備によって傾いた。
「――っ」
 不意を衝かれたとはいえ、さすがに関羽も無様に転がることはなかったが、受け身を取った体へ劉備が圧し掛かれば、床に仰向けに縫い止められた。
「なあ雲長、言っただろう。翼徳の言うことには一理ある。私もお前の気持ちが知りたい」
 大木のように太い関羽の腰を両脚で挟み、肩を手で押さえ込みながら劉備は言う。反射的に跳ね除けようとしていた関羽の動きが止まった。
「拙者の胸裏など聞いてどうするのです」
「知りたい、と望んではいけないのか」
 見下ろして双眸を射抜くと、再び関羽に困惑が過ぎった。
「知っても、どうなるものでもありませぬでしょう」
「不安なのだ、何もかも」
 自ら、射抜いたはずの双眸から目を逸らした。
「私のことを第一、と思ってくれていると分かっている。それでも、時々そのために、お前は無理をしているのではないのかと、案じてしまう。私の癇癪も憤りも受け止める、と言ってくれたお前に、私は甘えてしまう。しかし、もしもそれを時々重荷に思ったとき、胸裏を晒すことを良しとしないお前は、どうやってその重荷を降ろせばいいのだ」
「兄者には、拙者がそのようにやわに見えておられるのか?」
 困惑が微苦笑に転じていった。
「……見ていないし思っていないが、お前とて人だ。それに、な」
 口篭もる劉備に、揺るぎのない柔らかな視線が注がれる。
「私たちの関係でもそうだ。誘うのは私からで、お前からは求めてくれない。もしかしたら私の思い込みで、お前は私を傷つけないために付き合ってくれているだけなのだろうか、と不安になる」
 どこまでも慈しむような眼差しに押されて、しこりとなっていた思いまで口にしていた劉備は、女々しい、と頬を熱くした。
 関羽を案じての発言であったのに、気付けば己の不安をぶつけているなど、これこそ不甲斐なくて情けない。
「そちらは、拙者が謝らなくてはなりませぬかな」
 だが、関羽の言葉に逸らした視線を戻すことになった。
「拙者は、兄者の冗談をどうしても見抜けぬのです。ですから、拙者を求めてくる兄者を信じ切れていなかった。いつでも、兄者がいつものように笑いながら『冗談だ、冗談』と言って、『そうでしたか』と返せるように、求めることは控えていました」
「気を遣っていたのか?」
「それもあります。しかし、本当は……ただ逃げていただけです」
 逃げる。
 関羽に相応しくない言葉だ。
「兄者の気持ちに正面から答え、そして心底求めたとき、冗談だ、と言われてしまったら。それこそ、兄者が重荷に思って心変わりされたらと恐ろしく、逃げていた。それだけです」
「重荷など、思わぬ!」
 急いで否定する。関羽の両肩を押さえ付けている腕に力が籠もる。
「お前が好きだから、雲長が好きだから、重荷など感じぬ!」
 必死に慌てて告げれば、驚くほど関羽の表情が柔らかくなる。
「拙者もです。拙者も兄者を慕っております。ですから、貴方のために出来ることを重荷と感じたことはありませぬ」
 幸せだ。
 命を賭けて戦って、与えられた褒賞は小さな片田舎の県尉で、誇る男たちに報いることができずに倦んでいるというのに、今のこの瞬間だけは堪らなく幸せだ。
「雲長……その、今もまだそういう気分ではないか?」
 ためらいがちに訊く。
 ようやく、本当に関羽と心が通じたような気がして、どうしても関羽を感じたかった。だが、先ほど断られたので、遠慮がちになる。
「いいえ。拙者は兄者が最優先ですから、構いませぬ」
「厭味だな、それは」
「冗談です」
 にやり、と関羽の唇が弧を描く。いつもと逆だ、と思いつつも劉備も笑う。
「それに、兄者のこのような格好、拙者を求めているときのように腰を挟んでおられ、実は先ほどから自制しておりました」
 動ける関羽の手が、するっと劉備の膝を撫でて太腿をさすった。
「――っ、雲長……」
 思わぬことを指摘されて恥ずかしかったが、求められていることと、交わりを示唆させる動きに、劉備はぞくり、と背筋のさざ波に襲われた。
 劉備に変わらず押さえ込まれていたはずの関羽は、むくり、と容易く半身を起こした。劉備の体重など羽毛のごとく扱う膂力に、当然のように逆らえるはずもなく、胡坐を掻いた関羽の膝の中に劉備は収まった。
 仰向いた劉備の唇を、関羽の厚い唇が覆った。
 鍛えられた筋を辿るように、関羽の広い背中に腕を回す。口付けられるままに劉備は応え、同じように背中に回された、大木の枝のように太い関羽の腕に、身を委ねた。
 舌が口腔をまさぐるのに感じ入りながら、背中の手が慈しむように撫でるので、ひどく安心感を覚える。
 息が苦しくなるほどに求められ、唇が離れたときにはお互いの唇は濡れそぼっていた。
 関羽の指が背中から前に回り、衣の上から胸を探り始める。口付けで反応していたらしい胸の尖りに指先が掠め、身体が小さく震える。
 舌がちろり、と耳朶を舐めて、耳殻をなぞる。ん、と小さく声が漏れた。
 捉えられた突起を指先が転がして、屹立を露わにすれば、劉備の漏れた息は熱を含み始める。
 帯が解かれて衣がだらしなく肌蹴た。無骨そのものの指は、劉備の肌を探ってはその無骨さに似合わない器用さで皮膚の熱を上げていく。
 弱く突起を捩じられ、高い声が上がった。
 挟み込まれて小さく揺すられれば、逃れるように胸を反らしてしまう。
「兄者は、胸をいじられるのはお嫌ですか」
「男の胸を触って、お前は楽しいのか」
 照れ隠しのために、言い返してみる。
「拙者は、兄者が感じてくれているので」
 てらいなく返されて、劉備は返答に窮したが、何とか答えた。
「……お前が楽しいなら、構わない」
 はい、と素直な返事がして、関羽の顔が胸に埋まってきた。舌が突起に絡み付き、身体が跳ねた。
「……っ……ん」
 声を漏らす劉備が嬉しいのか、関羽は舌を執拗に絡ませてくる。そのたびに劉備は身じろぎを繰り返し、下肢に溜まっていく熱を意識する。
「雲長っ」
 肌蹴た劉備の素肌を舌と手でまさぐっていた関羽は、劉備の熱を帯びた声音に動きを変えてきた。
 下穿きごと、関羽の厚い皮に覆われた掌に下肢を包まれた。
 途端、質量を増して自己主張する自身に節操がない、と恥ずかしくなるものの、直接の強い悦楽に身体は正直だった。
 揉みしだかれれば関羽の膝の上で身悶えて、唇からは濡れた声が溢れる。
「ぁ……ん、ん」
 首筋に鼻先をうずめれば、関羽の匂いが鼻腔をくすぐり、堪らず背筋が淡く痺れる。舌を伸ばして皮膚を味わい、それでも足りずに歯を立てる。
 痛みはあっただろうが、関羽は劉備のしたいようにさせながら、愛撫を続けている。
 下穿きを脱がされ、下肢を直接握り込まれる。熱を孕んだ関羽の掌に、簡単に屹立を促される。先端に立てられた爪のせいで、顎に力が入って、首筋に立てていた歯は皮膚を破って血を滲ませてしまう。
「……っあ」
 驚いた劉備は謝ろうとするが、察したらしい関羽は「無用です」と断ってしまう。それでも劉備は滲み出した血に居た堪れなく、舌で傷口を舐める。僅かに鉄臭い味が口に広がった。
「雲長の味がする」
 呟くと、くすぐったそうにしていた関羽は低く笑った。美味くはないでしょう、と言うので、そんなことはない、と返す。
「こうして雲長の血を飲むことで、もっとお前と一つになれる、と考えている愚かしい自分がいる」
「では、拙者も同じです」
「……?」
 言うなり、関羽は劉備を膝上から下ろして、床に寝かせた。
「――っ」
 足を広げられて、関羽が体を折り曲げて中心へと顔を寄せた。
「拙者も、こうして兄者のものを取り込んで、一つになりたい、と思っておりますから」
「馬鹿……っんん、ぁん」
 下肢に舌が這った。手淫の間に先走りを滲ませていた先端を舌が舐め、どちらともしれない水音を立てる。
 唇や舌で思うままに(なぶ)られると、身悶えるほどの悦に声が高くなる。
 反射的に頭を押しやろうとするが、関羽を押し退けることなど出来るはずもなく、虚しい行為に終わる。
 満遍なく舌淫(ぜついん)が施され、劉備の下肢ははらはらと泣き濡れた。
「うん、ちょ……ぅ、ん、もっ……んっ」
 乱れる息の下から、熱を吐き出したい、と訴える。
 つっと舌が離れていく。伸びた舌と先端が糸で繋がっており、ふつっと切れた銀糸を関羽は舐めた。
「一度、先に達せられますか」
 首を横に振った。
「お前と、一緒に……」
 吐き出したい本能と、共に果てたいと望む欲とが(せめ)ぎ合いながらも、劉備は願った。
「御意に」
 答えた関羽は指で劉備の先端を濡らす雫を掬い、秘奥へと運んだ。ぬるり、と這う指に、劉備の秘奥は応える。ひく、と息づいた秘奥は関羽を求めていた。
 潜り込んできた指をなるべく力を抜いて迎え入れ、関羽と一つになる刻(とき)を早めようと努める。
 秘奥にひそむ法悦の源を突かれ、弓なりに背が反れた。
「ひっ……ぁ、あ、あん、んくっ……ぅ」
 濡れそぼる声はもう己では制御しきれず、関羽の指一つで踊る肢体は悦に染め上げられていく。
 悦楽は激しく、増やされていく指に結合が近い、と逸る心身があり、劉備は身も世もなく乱れた。
 欲しい、とうわ言のように関羽を求める。
 雲長、と甘えるように呼んだ。
「兄者……」
 興奮に掠れた声で答えてくれた関羽に、身魂が震える。
 熱い塊が秘奥へ押し付けられた。待ち望んでいた熱に、力が入りそうになってしまう。
 切っ先が劉備の中を割り、関羽が劉備と一つになっていく。
 堪らなく幸せになる瞬間だった。
 熱い塊は関羽の剥き出しの魂のようで、それを受け入れることで男と本当に一つになれる気がして、悦以上のもので劉備は満たされる。
 奥深くまで突き刺さった関羽の熱にぞくっと背筋が甘く痺れた。きつく締め上げてしまったようで、関羽が小さく息を詰める。見上げた先で堪える面容を見せている男に、小さな優越感が生まれる。
 冷厳な態度ばかりの男でも、劉備の中に包まれたときだけは余裕を失くす。その様を眺めるのが劉備は好きだった。
 もちろん、その優越感は関羽が動きだす僅かの間だけで、すぐに劉備は激しい悦に身悶える。
 再び膝上に抱えられ、さらに深くに関羽を感じ得て、震える吐息をこぼした。そのまま揺さぶられれば、仰け反って喘ぐばかりになる。
「や、ぅん……あ、あぁっ……雲長っ」
 揺さぶられ、涙が滲む視界に自分が付けた歯型が映る。
 今度は傷つけないように気をつけながら甘噛むと、関羽の熱が大きくなったような気がして、小さく笑んだ。
 悪戯をする劉備を嗜めるように、関羽は唇で唇を塞いできた。
「ふ……んっふ……ふぅ」
 舌を伸ばし合いながら、互いの顎を濡らして交じり合う。
 何もかも一つになりたい、と望んでしまう貪欲な己にどこか呆れているが、全身で関羽を感じられる交わりが好きだった。
 求められている、そして求めて答えてくれる。
 雲長、と喘ぎ混じりに男を呼ぶ。
 腰を両脚で挟み込む。
 もっと深くに、もっと近くにお前を感じたい。
 初めにからかわれたはずの姿に、今は羞恥を覚えない。関羽の前で自分を偽ることも繕うことも必要ない。
 男は劉備の求めるままに情を返してくれる。確信できた今の劉備にためらいは残らない。
「好きだ、好き、だ……っん、雲長……ぅん」
 胸筋の張る懐に抱き締められる。
 拙者もです、と告げられて、劉備は苦しい息の下で笑う。
 お前が傍にいれば、きっと大丈夫だ。私は何もかも乗り越えられる。
 そんな気にさせてくれる。
 激しくなる交わりの最中に相応しくないほどの柔らかな口付けを、関羽の唇へ落とす。
 劉備を追い立てる動きが忙しくなる。
 腹の間にある下肢を掴まれて指技(しぎ)を与えられれば、もう劉備とて悦楽を追いかけるのに夢中だ。
 雲長、と呼び続けながら、劉備は果てへとひたすらに駆け上がった。



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