「腐心の草 4」
 関羽×劉備


   *****


 孫乾が正式に劉備の従事となり、数日が過ぎたころだ。すっかり機能的となった執務室で孫乾からまとまった資料の報告を受けているとき、来客を告げる侍従がやってきた。
「糜竺殿が?」
 来客は陶謙の従事、糜竺であった。わざわざ下ヒから訪ねてきたらしい。劉備は急いで通すように計らった。
「知らせもなく突然訪ねてしまい、申し訳ありません」
 開口一番、糜竺は謝った。
「いや、こちらこそ、わざわざの訪いに歓迎の意を表することぐらいしか出来ませんが」
 しかも通した場所はいくら綺麗になったとはいえ、殺風景な執務室だ。劉備が恐縮するのも無理はない。
 そこへ、糜竺の来訪を受けてからどこかへ立ち去っていた孫乾が戻ってきた。
「何もありませんが、茶でも」
 盆に乗せられた湯飲みには、湯気を立てている香り高い茶が淹れられていた。
 劉備は目を見開いた。いや、むしろ驚きのあまり口をパクパクさせるばかりで言葉にならない。
 この時代、茶というのは非常に高価で、劉備が若い頃していた筵売りの行商を幾度も重ねないと買えないほどだった。
「これはまた随分と……。しかも粉からではない、葉から出したものですね」
 さすが資産家で目が肥えている糜竺は、一目で出された茶の価値を見抜いていた。
「大切なお客様ですので、当然です」
 澄ましている孫乾へ、劉備は青褪めた顔で訴えた。
(ばばばっ、馬鹿者! こんな高価なもの、どこから出した!)
 小声で非難する劉備に、孫乾はしらっと答えた。
(ご安心ください。私が昔旅の行商人から交渉の末安値で買い取ったものの残りです)
(しかしこんなものを出して。お前の私物だろう)
(殿、糜従事がわざわざ訪ねてこられたのですよ。相当に重要な話があるに違いありません。そのようなときに無作法でどうするのですか)
(だからといって、ならば出涸らしでよかろう、出涸らしで!)
 そんな少々貧乏くさい、見栄っ張りの主従が話している前で、のん気な男は茶を啜って、美味いと喜んでいた。
「では、大切なお話のようですから、私は席を外させていただきます」
 退室しようとする孫乾を、糜竺が引き止めた。
「いえ、どうやら貴方も正式に劉備殿の臣になられたようですから、どうか一緒に聞いてください」
 劉備と孫乾は顔を見合わせた。
「実は我が主、陶謙の病状が思わしくありません。侍医の話では、恐らく年は越せないだろう、とまで宣言されました」
「そこまで」
 薄々そうではないか、と思っていた劉備だが、いざはっきりと死期を知らされるとかける言葉を失ってしまう。
「主も覚悟はあったようで、つい先日――孫乾殿を劉備殿へ推挙された日です――私に遺言だ、とおっしゃられ」
 そこで糜竺は言葉を切った。それからなぜか孫乾をじっと見つめてから、劉備へ視線を戻して微笑んだ。
「我が主は士を見る目がない、と散々謗りを受けてきましたが、最後に来て曇りが取れたようです。遺言はこうです。貴方を、劉刺史をこの徐州の牧に任命したい、と。自分の後を継いで欲しいとおっしゃいました」
 今度こそ、劉備は言葉を失った。せっかく滅多に飲めない茶の味すら忘れてしまうほどに、愕然とした。
「それは正式な文書に起こされていますか」
 答えない主の代わりに、孫乾が糜竺へ尋ねる。
「ええ。それに鄭玄殿、孔融殿、陳登殿も劉備殿を推挙なさっておいでです」
 誰もが世に知られた人物ばかりである。
「もちろん、引き受けてくださいますよね?」
 受けることが当然、といわんばかりの糜竺の喜色に満ちた声で、ようやく劉備は我に返った。
「大変ありがたい、身に余るお話でありますが、何も私である必要があるのでしょうか。もっと適任者である人物がいると思うのですが」
「殿?」
「劉備殿?」
 同時に孫乾と糜竺が声を上げた。
 二人とも、それぞれに劉備がこの話を受けて当然、と考えていただけに、劉備の答えには驚いた。
 劉備のさらなる飛躍に、徐州牧、という地位は願ってもないもの。確かに曹操に狙われ、疲弊した地ではあるが、今の地位より悪いことはない、と孫乾は考える。
 また糜竺も主の遺言であるから何としても通すつもりであるし、何より劉備の人柄に惚れ込んでいる。この人になら任せたい、と強く願っている。
「納得いく説明を求めます……いえ、それでも私は納得いたしません。貴方を州牧に就かせるまで諦めません」
 誠実であり、押しの強そうなところなどないように見えた糜竺の強い口調に驚きつつも、劉備は首を横に振り続けた。
 湯気の立っていたお茶がすっかり冷めても糜竺の熱い口調は収まらず、しかし劉備の首も決して縦には振られず、孫乾が今日のところはひとまず、と切り上げなければいつまで続いていたことか。
 どうやら糜竺は劉備が認めてくれるまで居座るつもりらしく、客室の一つを借りたい、とまで言い出した。
「どうして受けないのですか。どう考えても貴方の願う世に少し近付ける、好機ではありませんか」
 糜竺を客室へ案内して戻ってきた孫乾が、まるで非難するかのように詰め寄った。
「自信がない」
 正直に答えた。
 糜竺の前だったから言えなかったが、劉備は自信がなかった。
 今の小沛を維持するだけでも精一杯だというのに、州という大きな土地を任せられて、上手く出来るだろうか。
 不安なのだ。
 今まで劉備が転べば、痛いのは自分と、せいぜい義弟たちぐらいだった。それが徐々に県令、相、刺史、と位を上げるたびに従うものが増えた。従う者の多さは確かに劉備に活力を与えもしたが、同時に転べなくなる、失敗できなくなる、という極度の緊張感も与えたのだ。
「貴方は本当におかしな方だ。酷く自信に満ち溢れているかと思えば、妙なところで臆病で。……関羽殿とはあれから少しは話をしたのですか」
 突然、思わぬ方向からの攻撃に、劉備は動揺する。
「なっ……無理を言うな。雲長はあれからすぐに賊退治に行ってしまって」
「困りましたね。今の貴方にはあの方が一番必要であるのに。自分を信じられず、一番身近な人も信じられない今の貴方にとって、民などという、貴方からすれば遠い人たちのことなど、どうでもよいのでしょうから」
「どうでもよくなど!」
「では、貴方はもう一度省みる必要があります。貴方の自信を奪っているもの、腐らせているのが何なのか。腐臭を放つそれから目を逸らしたら、本当に腐ってしまう。そう私に教えたのは貴方です。そしてその中から伸びようとしている草を見つけてください。それでもまだ今日と同じことをおっしゃいましたら、私は貴方を見限って、今度こそ隠遁生活をしようと思います」
 淡々とした口調が真実を語っていて、劉備はそら恐ろしくなる。
「公祐、本気か?」
「さて、それは貴方次第ですが」
 にこり、ともしないで拱手して辞していった臣を、劉備は呆然と見送った。

 それからというもの、ふっつりと孫乾は姿を消し、代わりに糜竺が毎日のように説得に現れ、しまいには劉備を推挙した、という鄭玄や孔融、陳登まで訪ねてくる始末だ。
 劉備がどう理屈を捏ねて断ろうとしても、舌戦では一枚も二枚も上手な者ばかりだ。ことごとく敗戦を味わい、頭を抱える有様だった。
 しかし劉備のこれまでの生き方と同じで(負けるものの生き延びる)、未だに州牧の任を受けてはいなかった。
 ただし、違う点が一つある。
 これまで劉備の旗揚げ時から味方であった、簡雍や張飛までも、この話には大賛成のようで、断っている劉備を非難すらしてきた。
(孤立無援か)
 いつもは賑やかな夕餉の時間も、ここ最近は一人で食べることが多い。避けられているのだろう。
 一人で食べる夕食は、砂を噛むように味がなかった。
「兄者お一人か」
 そこへ不意に声がかけられた。
「雲長……」
 劉備を抱かない、と告げた次の日から、関羽は予定通り山賊退治に一小隊を連れて出かけていた。それが、戻ってきた、ということだろうが。
 久しぶりに、といっても十日ばかり会わなかっただけなのに、その姿はひどく懐かしくて、あんなことがあった後だというのに嬉しくて、劉備は夕餉に誘った。
「ご一緒させていただきます。――賊は歯ごたえがなくあっさりと鎮圧しましたが、むしろ往来の道々の悲惨さが目に付きまして」
 関羽もまるで何事もなかったかのように、山賊退治の話や、道中の出来事を話し始める。
「やはり西の、特に下ヒから離れれば離れるほど、陶謙殿の目が届かないのでしょうな。村々は明日にでも死滅しそうな状態でした」
 見かねた関羽は、持参した兵糧や賊が蓄えていた食糧を配りながら帰ってきた。
「おかげで、土産は小汚い賊の首だけになってしまいましたが」
 笑う関羽へ、劉備も久方ぶりに笑みを取り戻して、屈託なく笑った。
「ところで翼徳に聞きましたが、兄者、徐州牧の話を断っているそうですな」
 首を竦めた。
 今はその話は聞きたくなかったし、関羽の耳に入れるのも遅くしたかったが仕方がない。
「お前も、受けろ、というのだろうな」
「ええ。断る理由などありませんでしょう」
「そうか。まさに四面楚歌だな」
 自分で選んでいるとはいえ、関羽までとなれば寂しさもひとしおだ。
「四面楚歌。……なるほど、そう捉えているのですか、兄者は」
「違うか? かの項羽は、高祖(劉邦)の軍に囲まれ、そして周りの人間が楚の歌を歌っているので、それは楚の人々が全て降伏したからか、と絶望した。まさに今の私の状況に当てはまる。項羽であるところがまた、皮肉が効いていていいのではないか?」
 やけくそ気味に言う。
「……そうでしょうか」
「どういう意味だ」
「四面楚歌、その実は、高祖が漢の兵たちに楚歌を歌わせていただけです。確かに項羽の周りには敵しかいませんでしたが、決して味方が裏切ったわけではないのです」
 ことり、と関羽は飯の盛られた器を置いた。
「それにきっと、楚歌を歌う兵の中には、項羽の身を思っていた兵もいたのではないでしょうか。これ以上の争いは止めようと。そういう意味で歌う兵もいたかもしれません。兄者は、聞こえませぬか。漢でありながら、楚歌を愛して歌っている兵の声が」
「……」
 理で諭してくる鄭玄たちより、関羽の言葉が胸に迫る。それでも、劉備はうな垂れるだけで是とは言えなかった。
「自信がないのだ」
「何をそこまで兄者を意固地にさせているのですか。自信がないなど、兄者らしくもない。案ずるより生むが易し、と申します。これまでも何とかやってこられたではありませぬか」
 そうだ。けれども、どうしても今はそう思えない。
「何という顔をなさっておられる。まるでそれでは、拙者が巡ってきた村人と変わりませぬ」
 俯く劉備の耳に衣擦れの音がして、関羽が傍に屈み込んだのが視界の隅に映った。
「……拙者のせいですか」
 思わぬ言葉を聞いて、顔を上げた。視界にはまた、眉間に深い皺を刻んだ不機嫌そうな関羽の顔が……いや、違う。
 あのときは暗がりと動揺で見間違えたのだ。そもそも、あまり見ることのない顔だ。
 それは、深く傷付き、後悔している面容だった。
「拙者が兄者を抱いて、傷付けてしまったから、辛い思いをさせてしまったから、真っ直ぐな貴方を歪ませてしまったのか。その志を腐らせてしまったのか」
 突然、あえて互いに避けていたであろう話を持ち出されてうろたえる。
「申し上げたとおり、もう兄者を抱くような真似はいたしませんから、どうか貴方の目指す世を見失わないでいただきたい」
 何かがおかしい、と思った。
「何を言っているのだ、雲長?」
 聞き返すが、関羽は首を左右に振るばかりだ。
「己の欲に負け、兄者の酔いの戯言を利用した拙者が悪いのです」
「雲長、だから何を言いたい。分からぬ、お前の言いたいことが分からぬ!」
 逞しい両肩を掴んで揺さぶる。
 激しい動悸が劉備を襲っていた。
 何か、もしかして互いにとんでもない思い違いをしていたのではないか。
「ですから、拙者は兄者の冗談を良いことに、抱く口実が出来て、幸いとばかりに抱いた。貴方が段々と嫌気がさしてきているのを知っていてもなお、抱き続けた。それが貴方を歪ませてしまった、と思い……」
「誰が嫌気がさしたと言った!」
 遮って叫んだ。
 そうだ、何という勘違いだ。いや、違う。互いの真の心を隠したまま抱き合っていたからいけないのだ。
「私のほうこそ、お前を自分に縛り付けていると、好きでもない、義兄とする男を抱かせることでその健やかな精神を蝕ませているのでは、と案じて……、だから!」
 顎を落として、目を見開いた関羽の顔を両手で挟んだ。
 互いに腐臭だと思っていたそれは、己の弱い心が臭わせた自身の匂いだ。
「すまない、私が臆病であったからだ。初めからこうすれば良かった。好きだ、雲長。他の誰とも違う。お前に、関雲長に恋慕している」
「兄者……」
 呆然自失している関羽は、何とか自分を取り戻したらしい。
「それは、真か?」
「嘘を言ってどうする。お前を冗談で絡め取り、束縛しているのでは、と。そして、互いに想いが通じていないのに肌を重ねることが辛かった。それがお前に誤解を与えていたらしい」
「では?」
 疑問を確信に変えるために関羽が問いかけたが、劉備は答えずに、唇を寄せた。
 これが答えだ、と。
 ゆっくりと、味わうように重ねる。背中に、関羽の腕が回った。
 そっと目を閉じて、熱い、今度こそ偽りはないと信じられるその腕に身を任せた。

 途中だった食事を放り投げ、二人は人払いを済ませた寝所へと籠もった。
「ぁ……ぁん、んっ……は」
 背筋を這い登る悦のさざ波が劉備の声を濡らす。
 ただ全身を撫でられて、柔らかな口付けが時折肌へ落ちてくるそれだけに、身体が熱を上げて理性を溶かそうとする。
 仰向けに寝かされた劉備に、関羽が覆い被さっていた。
「今宵の兄者は随分と感じやすい」
 揶揄う関羽の声にも、ぞくり、と肌が粟立った。
「久しぶりだからでしょうか? それとも、兄者の素質でしょうか」
 音を立てて耳朶に口付けられると、びくっと身体が跳ねた。
「馬鹿、違う……っ。久しぶりだから、と……きっとお前と想いが同じだ、と知ったからだ」
 顔が熱いのは何のせいだろう。夕餉に出された酒か、羞恥のせいか、それとも関羽の身体の熱が飛び火しているのか。
「久しぶり、というのは本当のようですね。もう兆している」
「っ……ぅん」
 下穿きの上から局部を撫でられて、堪らず声を上げる。
「拙者に抱かれぬ間に、一度も抜かなかったのですか?」
 緩やかに熱を集めていたそこは、関羽の手によって一気に熱を持ち始めた。
「ぃぁ、ぁ……そんなこと……っ」
 切れることなく襲う悦に、早くも劉備の息は上がった。
「拙者は兄者を汚しましたよ。それは幾度も。兄者の極める顔や悦に悶える肢体を思い描いては。特にもう二度と抱かない、と告げてしまった日からはなお」
「……っ雲、長……ぅぅん」
 耳朶の傍で囁かれる告白に、関羽の想いが覗けて堪らなく劉備を昂ぶらせる。
 薄い布の上から指戯(しぎ)が施され、下肢を立ち上げさせる。
 胸の朱点にも指が滑り落ちてきて、びくり、と身体が震える。指先が潰すようにそこを捏ねるだけで、早くも下肢から雫がこぼれて布地を濡らす。
 唇を塞がれて、口腔を弄(まさぐ)られた。
「ふぅ、ぅっ……んんっ」
 関羽の愛撫に意識が飛びそうになる。太い首に腕を回してしがみ付く。
 確かに今夜の自分は感じすぎるぐらい感じている。おかしくなりそうだ、とさえ思える。
 下肢を握り込まれてゆっくりと扱かれる。直接的だが緩慢な動きで、もう達してしまいそうになる。
「ん、ふ……ふぅ、ふっ」
 関羽に舌を掬われて、きつく吸われる。唇が離れた拍子に舌と舌を繋ぐ銀糸が伸び、切れる。口髭を濡らした糸を、関羽の舌がぞろり、と舐めた。
 まだまだ綺麗に揃っていない髭は、関羽の舌がくすぐったく感じられる。
 くちり、と手が下穿きの中へ滑り込み、濡れた音を立てて限界を訴えている欲をこすり上げた。
「っひ、ぁあっ……」
 堪えるには身体が正直すぎた。
 関羽の掌に欲を吐き出しながら、劉備は吐精感に酔い痴れる。しかし余韻が過ぎ去れば、あまりの早さに恥ずかしくなった。
 ぐったりとする劉備から下穿きを取り去った関羽は、掌に受けた欲を見て笑う。
「抜かれていなかったようですね」
「そんな気になれなかった」
 羞恥に耐えながら、やけくそ気味に答えた。
 関羽とのことを深く考えるのが怖くて、孫乾と共に執務を片付けるのに没頭し、夜は早々と寝た。一段落ついたところで、今度は糜竺からの徐州牧への話だ。朝から晩まで続く説得と訪問に疲れ、それどころではなかった。
「では、充分にその気にさせて差し上げます」
「そんなこと……ぁ」
 しなくとも充分「その気」で、感じすぎるほど感じているのに、関羽は劉備を喘がすことが楽しくて仕方がないらしい。
 胸の朱点に寄せられた唇が、吐精の勢いで固くなっていた頂を含んだ。柔らかい唇に挟まれて揺さぶられれば、痺れるような甘さが湧く。
 欲を吐き出して高揚している肌は、関羽の手が触れるだけでひくひくと反応してしまう。
 固い胸の突起を指先が転がせば、吐く息は濡れていく。
 また、緩やかに下腹へと熱が下りていく。その熱を追うように、関羽の唇が劉備の脇腹をなぞり、下腹を食み、まだうな垂れている劉備の下肢へ到達する。
 期待に咽が鳴る。
 舌が屹立を促すように裏側から掬うように舐めた。口腔へ含まれた下肢は、先ほど放ったとは思えない勢いで固さを帯びた。
 きつく胸の両粒を摘み上げられる。
「ひ、ぁっ」
 悲鳴じみた声を漏らした。
 根元から先端へ向かって吸われ、一端口腔から出された下肢は、しかし関羽の助けがいらぬほどに、緩くだが屹立した。
 先端や括れ、裏からと丹念に関羽の舌が這う。そのたびに、関羽の長い髯も劉備の鋭敏な箇所を撫で上げるので、二重三重にと快感は高まった。
「あ、ぁ、っ……ぁ」
 敷き布を握り締めて、劉備は悶えた。勝手に踊ろうとする腰を関羽に押さえ付けられ、強すぎる悦楽を甘んじて受ける。
 劉備のじわり、と溢れてきた欲と関羽の唾液とが混じり合い、淫靡な水音が湧く。
 関羽の両手が内股にかかり、大きく広げた。
「あっ」
 その羞恥を生む格好に、強い悦に耐えるために瞑っていた目を開いて、関羽を見やった。
 待っていたかのように、関羽と視線が絡み合う。
 劉備を苦しめていた暗い澱みは双眸のどこにもなく、代わりに浮かんでいるのは、劉備を激しく求める荒々しい雄の色だ。
 そしてたぶん、自分も同じ色を関羽へ見せているのだろう。
 大きく開かれた足の付け根で、ひくり、と喘いだ秘奥を感じた。
 欲しい。
 欲と唾液が混じり合った雫が、下肢を伝い根元の膨らみを濡らし、息づく秘奥へと辿り着くころになれば、そう願う本能は耐えようがないほど強くなる。
「雲長っ」
 促す声を上げる。関羽は少し顔を上げて、下肢から口を離した。やんだ快感に少し息をつくが、関羽の指先が先端を撫でたので、息が詰まった。
「これを借りますぞ」
 律儀に断るのはどう考えても劉備に羞恥を生ませるため、と思えたが、大人しく、関羽が劉備の欲を使って指先を濡らすのを待った。
 濡れそぼった指先が秘奥へと押し当てられた。
 様子を窺うように、幾度か縁を撫でた後、小さな音を立てて指は劉備の中へと侵入した。
「はっ……あ……っ」
 力が入りそうになるのを堪えながら、劉備は指の感覚を追いかけた。
 指先が中のしこりの傍を掠め、びくんっと反射的に関羽の指を締め上げた。
「もう少し、辛抱なさってください」
 そのまま指は劉備の中を拓き、最奥まで辿り着く。
 奥の、関羽に言わせると柔らかいらしい壁を、指先が押し広げようと蠢く。
 拡げられる感覚にはいつも少し辟易するのだが、今日はあまり気にならない。それよりもその先に待つ感覚に期待ばかりが募る。
「雲長……」
 早くしてくれ、とさらに促すが、関羽はじわじわと劉備を慣らすばかりで、一向に先へ進む気配はない。
 焦れてきた劉備は、自由な片足で関羽の肩を蹴る。
「行儀の悪い。これから徐州牧になられるお方でしょう」
「なる、とは返、事をして、いない」
 蠢く指に息を乱しながらも、劉備は意固地になって答えた。
「返事をしていない、ということは、なる、という返事をこれからする、ということでよろしいか」
「揚げ足を取るな!」
「ならば、やはり州牧に相応しく少々大人しくしていただきませんと」
 言うなり、秘奥へ指を入れたまま、関羽はまた劉備の下肢を咥え込んだ。
「やめっ……そんな、ことした、ら……ぁあっ」
 また極めてしまう、と訴える劉備の言葉は喘ぎに意味を失くす。
 拡げていただけの指が、中の鋭敏な箇所をこすった。口腔に含まれた下肢は強く吸われ、先端を舌で抉られる。
「いぁ、ぁあっ……あ、ぁ、んんっ」
 前と後ろからの鋭い快感に、劉備は高く啼いた。
 まだ関羽に掴まれたままの片足は宙を蹴り、自由なほうも敷き布を蹴っては強い快感に悶えた。
 指を増やされて勢いよく出し入れされて、中を突かれれば、それはもう擬似結合であり、吐精を促すには充分だった。
「やめっ……ぃやだ……う、んちょっ……」
 激しすぎるそれらに、劉備の眦からは涙がこぼれる。
「あ、あ……ふ、くぅ……」
 拳を握って口に押し当てる。高く濡れた声が自分でないようで、恥ずかしかった。
「ふぅ、ぅ……うぅっ」
 二度目の極みもすぐだった。
「っは、っは……はぁ」
 さすがに短い間に二回も追情(ついじょう)されれば、息も上がる。ぐったりとする劉備の耳に、関羽が囁いた。
「まだ濃かったですぞ。まだまだいけますな」
「雲長!」
 羞恥の勢いで頭を殴ったが、力の入らない拳では効果は望めなかっただろう。
(公祐はまるで雲長を禁欲的なところがある、という風に言っていたが、大きな勘違いだ)
 義や情に篤い男がどれだけ深く相手を求めるかなど、知らないのだろう。
 いや、篤いからこそなのかもしれないが、一度抱き始めると関羽は中々離してはくれなかった。
 もっとも、それに付き合える劉備も相当に体力がある、ということなのだが。
 しかし関羽はそんなことを言いつつも、弛緩した劉備の身体を労わるように抱き締めて、息が整うまで待っていた。それからおもむろに硬い欲を腿へと押し付けて主張してみせた。
「拙者はさすがに限界です」
「当たり前だ。私にだけ何度もさせて」
 主張する大きさに鼓動を早める心臓を宥めながら、劉備は余裕を見せる。
 そっと関羽の髯を撫でて引き寄せながら、唇を吸った。
「雲長、そういえばお前からは何も聞いていないぞ。お前は私のことをどう想っている」
 隆々とした関羽の身体を覆っている衣を取り去りながら、劉備は訊く。
「こうして兄者を求めて辛抱ならない、と訴えるこれが証にはなりませぬか?」
「ならん。お前のそれはあまり当てにならないからな」
 男のそれなど、どうして信じられる。同じ男として、劉備は良く知っているので、あっさりと言い切った。
「酷いおっしゃりようだ」
 肌を露わにした関羽が、同じように分かってはいるのだろう。覆い被さりながら笑う。関羽の身体が笑いに揺さぶられて、鍛えられた筋が綺麗に踊る。
「お前の想いは、私を抱けるほどか」
 その筋を指先でなぞりながら、劉備は関羽を見上げる。
「いいえ」
 振られる首に、劉備は動きを止める。その劉備の身体を開き、関羽の雄が秘奥へと押し当てられる。
「力を、抜いていてくだされ」
「待て、雲長、質問に答えてから……んんっ」
 指とは違う圧倒的な質量に息が止まる。
 痛みから身体を守ることを覚えている本能が力を抜く。それでも関羽の雄は狭い劉備の中は窮屈なようだ。
「ぅ、く……ぅうっ」
 呻きながらも、先端が潜り込んだところでほっと一息つく。
 どくどくと中で脈打つ雄に、劉備の四肢隅々まで同じ速さで脈を打ち始める。
 ず、ずっ、と関羽がゆっくりと内を拡げながら劉備を満たしていく。
 根元まで関羽の雄を受け入れた劉備は、はぁ、と長い息を吐いた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、何とかな」
 気遣う関羽のほうこそ、狭い劉備の中で達しそうなのか、険しい顔は悦を耐えている。
「雲長、さっきの答えを」
 動き出されたらもうそれどころではなくなる。関羽の大きさに劉備が慣れるまで動かないでいてくれる今が機だった。
 関羽は険しい顔を僅かに緩めて笑みを作った。
「拙者は、拙者の想いは兄者を抱けぬほどです。想いが強すぎて、この強さのまま兄者を抱いてしまったら、壊してしまいそうで。怖いぐらいだと、もしも具体的に言えというなら、そういうことです」
 その答えに身体だけでなく、心までもが満たされる。
 しかしまるで劉備を引っかけるための言い回しが癪に障ったので、劉備も意地悪く聞き返した。
「なら、どうして物分りの良いふりをして、答えが出た、といって抱かない、などと言った」
「それは兄者が、拙者が意を決して求めたというのに、孫乾との執務をする、といって断るので」
 言葉に詰まる。間が悪いとしか言いようがない。
「しかもその前にも兄者は孫乾を求めて熱弁を振るわれて、挙句にあのように抱き合いましたし。勘違いするというものです」
 誰でも良いのか、と。
 そういえば、昔から簡雍に言われていた。
『お前自身にその気がなくても、他の奴からは誘われているようにしか見えないってことを、自覚しろ』と。
 さらにいえば、孫乾もあの夜の去り際に苦笑まじりに言っていた。
『私がそういう方面に疎かったら、関羽殿が案じていたようなことになったかもしれませんが』と。
「じゃあ、お前……」
「ええ。兄者のここに拙者以外が入ったのでは、と嫉妬しました」
 関羽の切っ先が中を掻き混ぜた。
「うぁ……ぁっ……」
 異物感と快感が混じり合い、甘く痺れる。
「この柔らかさを拙者以外に味わった者がいるなど、考えたくもないですが」
「うんちょ……ひ、ぁ」
 内壁をこすり上げられる感触に、途切れがちに嬌声が溢れる。
 二回の吐精で勢いを失っていた劉備の下肢も、ほんのりとまた欲を灯らせている。
 両足を折り畳まれ、圧し掛かるように関羽の腰が押し付けられた。入り口際まで戻っていた雄が深々と劉備を貫く。
「っんぁ……ぁ」
 まだ少し滑りが足りないのか、引きつれるような感覚がする秘奥も、今夜の劉備には関羽を一層感じられるものとなる。
「初めの頃より、好くなられるまでが早いですな」
「馬鹿、何だ、急に」
 蘇った、関羽との初めての交わりに、劉備の頬は熱くなる。
 自分から誘っておきながら、あまりの痛みに喚いたことは、一生の恥だ、と思っている。
「お前のがでかすぎるのが悪いのだ!」
「それはもちろん、褒め言葉として受け取っていいのでしょうか?」
「お、まえっ……ぁああっ」
 硬い切っ先が中のしこりを抉った。
 悪態の言葉は喘ぎに取って代わり、劉備は咽を晒す。そこへ関羽が身体を折り曲げて吸い付く。
 体勢が僅かに変わったせいで、関羽の雄が中をこする角度も変化する。
「は、ぁ、ぁ……っ」
 広い背中へ、今度は躊躇いなく腕を回す。
「拙者も、褒めているのですよ。拙者のせいで苦しむ兄者を少しでも早く好くさせたいのですから」
「雲長っ……うん、ちょ……」
 涙が溢れるのは、快楽のせいか、関羽の言葉のせいか。
 まだ柔らかさの残っていた下肢を、関羽に握り込まれてこすられる。
「……っっ」
 声にならない喘ぎが上がる。
 関羽は劉備の下肢を掌の中で育てながら、合わせるように中を責める雄も激しくさせる。
 しこりを突き上げられ、柔壁を熱い切っ先でこすられれば、劉備のどろどろに溶けかけた理性などすっかりその意味をなくし。
「兄者っ」
 と快感に掠れた声で呼ぶ関羽の低い声音に一際情炎が炙られて。
 三回目の追情は、関羽の欲が放たれるのとほぼ同時だった。



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