「腐心の草 2」 関羽×劉備 |
「これがもう一人の義弟で、張飛だ。翼徳は酒癖が悪いから、酒を飲んでいるときは関わらないほうがよい」 「兄者、それどんな紹介だよ」 不貞腐れた表情で文句をつけたのは、先ほどから帳簿らしきものと睨めっこをしている張飛だった。紹介された孫乾は、はあ、と気のない返事をしている。 「事実だから仕方がない。酒を飲んでいるお前に知らずに近寄って騒動になっては困る。何せ大事な従事殿だからな」 「お、何だ! もしかして、こういう七面倒くさいことを喜んでやるような奴を見つけてきてくれたのかっ?」 喜色に満ち満ちた顔で、張飛は声を張り上げた。 張飛の過剰な反応も無理からぬことだ。何せいま張飛が睨んでいた帳簿は、兵糧の入出量に対しての数値を出す作業なのだ。読み書きなどここ最近、劉備と関羽に教わってようやく出来るようになった張飛にとっては非常に相性の悪い仕事といえよう。 それを肩代わりしてくれる男がいる、というのだ。たとえ気のない返事に、陰気な雰囲気を纏っていたところで、張飛がそんなことにこだわるはずがない。 「そういうことだ。孫公祐という。よろしくしてやってくれ」 劉備の隣で拱手する孫乾へ、張飛ははいはい、もちろんだぜ、と気軽な調子で挨拶をして、嬉々として自分が座っていた場所へ孫乾を勧めた。 「じゃあさ、さっそくこれを頼んでもいいか?」 どうやら、自分がやっていた帳簿を押し付けるつもりらしい。 「こら、翼徳。孫乾は他の者への挨拶もまだこれからなのだぞ。ひとまずそれはお前が片付けておけ」 「ちぇっ」 派手に膨れる義弟の横で、関羽が首を傾げた。 「しかしこの帳簿、簡雍がつけるはずではなかったか?」 「ああ、そうなんだよ。だけどあいつ、俺の手が空いているのを知って、これを押し付けてどこかへ逃げ出しやがった」 またか、と関羽は嘆いた。端からあまり期待をしていない劉備は、苦笑して孫乾へ向き直った。 「いま名前が出たのが、これから紹介したかった、うちの従事……」 というのはあまりにもおこがましかったので、劉備は言い直す。 「主にこういう机上でやる仕事を役割としている男なのだが、まあご覧の通りあまり向いているとは言い難い」 さりとて、戦上手であるかといえばそうでもなく、だから自然と裏方の仕事をこなすようになったのだが、その簡雍、決してそちらの方も得意とはいえなかった。 もっとも、劉備軍のどこを見回しても得手とするものなどいなかったので、仕方なく簡雍がやっている、という有様だ。 ここは陶謙から本拠地として使うよう譲られた、下ヒに程近い小沛である。劉備たちは孫乾を伴い、さっそく帰城していた。 「それでこの有様なのですか?」 孫乾が尋ねるのも無理はない部屋の汚さに、劉備はもう、はっはっ、まあな、と乾いた笑い声を上げて誤魔化すしかなかった。 男所帯で片付けるものがいない、というのは言い訳にならないぐらいに、執務室は嵐でも通り抜けた後のようになっている。 そもそも、兵糧の管理や兵士の数など大雑把にしか把握していない。それを、仮にも豫州刺史となった上、小沛という小さいながらも城を与えられたのだ。少しはまともに管理してみよう、と思ったのが間違いだったのだ。 今まで、其の日暮しが当たり前だった劉備軍を、少しでもそれらしく見せようとしたがための不幸というべきか、身の程を知れ、というか。 肉屋が突然八百屋をやるようなもので(むしろ物々交換で過ごしてきた農民が、金融機関を運営し始めた、というほうが近い)、慣れないことはするものではない、という良い見本だった。 そういうところは、やはり劉備が少々見栄っ張りであるからだろうか。 とにかく、せっかく集めたはずの資料は具体的な数値に直されずに床に散らばり、書き留めたはずの支出記録は棚からはみ出し、兵卒の情報は秩序なく机に積み上げられていた。 そんな部屋の実状に、覇気のない男の心にさえ何かをもたらしたのか、孫乾が言った。 「簡雍殿、でしたか? その方がおられないのでしたら、ここを片付けながら待っています」 思わぬ孫乾の申し出に、もちろん真っ先に喜んだのは張飛だ。 「助かった! じゃあ俺は馬の世話に行ってくらあ!」 脱兎のごとく、というよりは張飛の様相ならば猪突猛進のごとく、あっという間に部屋から飛び出していってしまった。 「……仕方のない奴だ」 「所詮、翼徳には無理難題な仕事だったから、まあ大目に見よう」 呆れている関羽を劉備は宥める。 「それでは孫乾、任せても良いのか?」 「どの道、ここを使わせてもらうことになるので」 使いやすいようにしよう、ということらしい。 「私も付き合う。何がどういうものか、説明するものが必要であろう」 助かります、と孫乾は答えながら、もう棚へと手を伸ばしている。 (覇気がないのは、働くことが嫌いだとか、そういうことではないようだ。もっと、深いところか、それとも……) 床にばら撒かれている竹簡を集めながら、劉備はあれこれと考えるが、拾う床の先に関羽の沓を見つけて、顔を上げた。 「もう、行っても大丈夫だぞ、雲長」 孫乾とは小沛へ来る前に挨拶を済まし、ここまで劉備を送り届けた関羽には、用事は残っていないはずだった。立ち去りにくいのか、と促したのだが、どうも違うようだ。 巨躯を重さの感じない動作で屈ませた。そして劉備の拾っていた竹簡を共に拾い上げるまま近寄り、 「今宵、部屋へお伺いしてよろしいか」 低い声が、劉備にだけ聞こえる小声で囁かれる。 僅かに鼻を衝く、腐った匂い。 思わず孫乾を窺うが、棚に無造作に詰め込まれた木簡を引っ張り出すのに難儀しているようで、こちらを気にしている様子はない。 「今では駄目なのか」 「はい」 腐臭が濃くなる。外れたことのない勘が、『予感』が警鐘を鳴らす。 『このままでは、いけないな』 あのときから時折頭で響く、言葉がまた蘇った。 間近で交差した瞳の奥に、関羽の澱みを見つけてしまう。その暗さがこちらにも乗り移りそうで、劉備は視線を逸らす。 問い質したいことはあったが、それはこの状況では無理だ。劉備は黙って頷いた。 「孫乾殿、では申し訳ないが拙者は兵卒の様子を見ねばならぬので、失礼する。兄者を頼む」 立ち上がった関羽は、何事もなかったかのように孫乾へ断り、部屋を出て行った。 残されたのは、黙々と整頓をする孫乾と、予感に震え出す体を鎮めるのに必死の劉備だけだった。 ***** 劉備たちが細かいことを苦手としているのは、すぐに分かった。 部屋に無秩序に置かれた資料や書簡はもちろん、数字の記載や計算式に間違いが多いし、誤字脱字など当たり前だ。 それを補正や注釈を書き加えながら黙々と文卓の隅へ積み上げていく。 しかし二度手間のかかる書簡の中にも、時々はっとするほど優れた資料が紛れ込んでいることがある。 人心の声を拾い上げた資料で、それを元に税率や流通、治安の按配を図るのだが、普通はここまで克明に民の声というのは上がってこないものだ。 事実、それは孫乾が身に沁みて知っていることで、それゆえに……と心のうちに意識を落としそうになったときだ。 「……縛れない」 ふと、劉備が何かを呟いた気がして、筆を滑らせていた手を止めて、向かいに座している仮初めの主へと視線を走らせた。 主はぼんやりとあらぬところを眺めており、孫乾が投げかけた視線に気づいた様子もない。 先ほどまでは孫乾の片付ける書簡に目を通しては仕切りに感心をしていた。 『さすがは、鄭玄殿が推挙されるだけはある』 『そんなやり方をすればよかったのか』 など、孫乾としては大したことをしているつもりはないのだが、そう素直に、また大げさなほどに感嘆の声を上げられると、嬉しくならないはずがない。 劉備以外に言われれば、何をこのぐらいで、馬鹿にしているのか、とむしろ反発心を抱いているのだが、なぜか不思議とそんな気分にならない。 心地よい空間だ、と感じていた。 今まで、孫乾が従ってきた者たちからは決して得られなかった感覚だ。 「お疲れですか」 だからだろうか。 最近ではすっかり重くなった口が、そんなことを言い出した。 「……ん? ああ、すまない。何か言ったか」 やはり心ここにあらずであったらしく、気遣う言葉も劉備に届かなかったようだ。それでも孫乾を不愉快な気分にはさせず、むしろ逆に気遣う心を強くさせた。 「もう夕刻ですし、今日はこの辺にしませんか」 「そうか? 私は手伝っているだけだし、お前が良いなら構わないが」 「では、今日は帰らせていただき、また明日登城させていただきます」 無法地帯であった執務室も、今は何とか形になりつつある。後は明日、簡雍とかいう男から細かいところを聞き出せばいい。 「いや、その必要はない。今夜はここへ泊まっていけ。宴の準備と部屋も用意させてある」 いつの間に、と驚くが、そういえば劉備は部屋を出たり入ったりと忙しかった。てっきり、自分でも言っているとおり、机に向かっていることが苦手だから落ち着かないだけかと思っていた。 「そのような気遣い……」 「まあまあ、遠慮はいらん。私が好きだからやるだけだ。それに、憲和(けんわ)――簡憲和というのだ。あいつはこういう宴にはどこからかともなく顔を出す奴だから、おびき出す餌になる」 にやっと楽しげな笑みを浮かべる劉備は、本当にガキ大将がそのまま大人になってしまったような無邪気さや無法さがある。それがひどく好ましく映るのは、どういうわけだろう。 (不思議な人だ) 孫乾は頷き返しながら思った。 宴といっても、内輪だけの質素なものであったが、それゆえに自分がいかに歓迎されているか良く伝わってくる。 張飛の機嫌はずっと良いままだし、関羽も片付いた執務室を見たらしく、長い髯を感嘆の唸りを上げながら撫でており、劉備は始終笑っている。 「ほんとさ、助かるな〜。それにこういう奴が一人いるだけで、何だかちょっと偉くなったって気がしねえか?」 陽気な声を張り上げて、孫乾の持つ杯に酌をした簡雍が、なあ、と顔を覗き込んでくる。 簡雍の息が酒臭いのは、この宴の前からだ。 劉備の言うとおり、宴が始まっていくらか経ったころ、ふらり、と現れていつの間にか輪の中に入り込んでいた。どうやらすでにどこかで一杯引っ掛けていたらしく、上機嫌である。 「おお〜、お前が孫乾か? 俺は簡雍だ、簡憲和。よろしく!」 隣に座って、そう名乗られるまで、孫乾は男が来たことさえ、あまり気にかからなかった。なのに、話しかけられた途端、この賑やかさと存在感に圧倒される。 「あー、簡雍、てめえどこに行ってやがったんだよ! お前に押し付けられた仕事、大変だったんだからな!」 途端、張飛の銅鑼声が響く。 「なに言ってんだ、張飛の大将。あんただって、孫乾に押し付けてとんずらこいたんだろ? 俺に言えるか」 すかさず怒鳴り返す簡雍に、張飛の顔が赤くなる。 「だからってな!」 「お前たち、喧嘩は勝手にすればいいが、その前にすることがあるだろう」 喧嘩腰の二人へ割って入ったのは関羽だ。 「与えられた仕事を放り投げたのは、二人とも同じだ。まずは兄者に謝り、そして片付けてくれた孫乾殿へ礼を言うのが筋ではないか」 切れ長の双眸が二人を交互に睨めば、その迫力と正論に、しゅん、と二人の肩が落ちる。 「すまねえ、兄者」 「悪い、玄徳」 「ははっ、良い良い。気にしていない」 「兄者、二人にそう甘い顔をされますと」 「しかし、私もああいった仕事は苦手だから、気持ちは分かる。お前だって似たようなものだろう、雲長」 「そうは言いますが」 「それよりは、むしろ孫乾へ礼をしっかり言え。これからも世話になるのだから」 「そうだな、ありがとな、孫乾」 「助かったぜ、孫乾」 はあ、とやや気の無い返事をしながら、孫乾は宴に集まっている個性豊かな面々を見回す。 どうにも癖の強そうな面子であるが、劉備を中心に良くまとまっている。うまくやっていけそうな気がする。 久しぶりに晴れ間を見たような心地で、孫乾は手元の杯を飲み干した。 そんな調子で宴も半ばを過ぎ、徐々に無礼講へと移り始めていたころだ(元より、無作法ものの集まりなので、関係はなかったが)。 張飛に勧められるまま、ひたすら酒を呷っていた孫乾だが、昔から、ザルだ、と言われているので、まだまだ余裕があった。そんな孫乾を、酒が飲める奴、と張飛はすっかり気に入ったらしい。 そんな中で、 「だっけどさ、お前好い男だな」 簡雍が言い出した言葉に、意識せずに顔がしかめられた。 「もてるだろ?」 にやにやとあからさまに揶揄(からか)う笑みが、酒で赤らんだ簡雍の顔に浮かんでいる。 「別に……」 「あれ、違うのか? やっぱりその陰気さがいけねえんじゃねえの? 損してるぜ」 「放っておいてくれますか」 顔の話題は苦手だった。というよりは、好いた惚れたの類に嫌気がさしているのだ。 この見た目のせいか、言い寄ってくる者は(男女問わず)多かったが、自分の外見にしか興味がない者ばかりだった。初めのうちは構わなかったが、孫乾の内面には決して見向きもしないことに気付いたのだ。 こうして倦み、覇気のなさが外にも現れて自分でも情けない顔だと分かるのに、構わず人は寄って来た。そして認められるのは常に外見だけだった。それでいて、好きだ、惚れた、と口にする。 うんざりだった。 「何? 何で? それとも、かみさんに義理立てしてるとか?」 「妻は関係ありません」 しつこい、と眉間に皺が寄る。 「だってさあ、もったいなくねえ? 身持ち固くしてねえんだったら、今度俺と街へ行こうぜ。お前とならイイ女が向こうから寄ってきそうだ」 「興味ありません」 「何だよ、つれねえな。これから一緒に働く仲間じゃねえか。交友を深めようぜ……あ、それとも、まさかお前、こっちか?」 簡雍は男色を示す仕草をして見せた。 「……」 相手にするのも馬鹿らしくなり、無言で拒絶を主張したものの、簡雍相手には通じなかったらしい。 「なるほどな〜。まあ人の好みなんてそれぞれだからよ、俺は構わんけど……っと、俺はそっちの趣味はないから、対象外にしておいてくれよ」 すっかり勘違いしたまま話を続けてしまう。 「あ、それと……」 不意に簡雍は声を低め、孫乾の肩を抱き寄せて、酒臭い息を吹きかけながら囁いた。 「玄徳もやめておけよ? あいつ、結構面食いだから、接しているうちにどうもそれっぽく思えて来ちまうかも知れねえけど、絶対に誘いに乗るんじゃねえぞ」 「誰の誘いだって?」 脇からかけられた声は、まさに話題の主の劉備で、こちらも相当に飲んでいるのが窺える赤い顔をしている。 「聞こえてたのか?」 驚く簡雍だったが、それもそうだろう。所詮酔っ払いが気遣って声を潜めたところで、普通にしゃべっているのと大差ない。 「誘いに乗ってもらわんと、困る!」 会話の半分は聞こえていたらしく、何を勘違いしたのか、劉備は力説を始めた。 「孫乾の能力は私たちに必要だ! 放浪ばかりしていたが、ようやく地に足をつけられそうなところを見つけたのだ! 何としてもこの衰退した漢王朝を興起させる力を付ける!」 拳を振り上げての大演説だ。それを、簡雍や張飛が無責任な合いの手で持ち上げるから、止まらなくなる。 「それにはお前の力が絶対に欲しい。私たちに必要だったのは、お前のような者だ。がむしゃらに戦をしているだけでは、曹操には勝てん。それを私はこの間の戦いで思い知った。これからも私が歩んでいくには、前を切り開いてくれる雲長や翼徳だけでなく、通った後を整える人間も大切なのだ! だから孫乾、頼む、どうか私の下で働いてくれ!」 酔った勢いであるのは分かるが、そこまで求められることは嬉しかった。 しかし劉備が近寄って、抱きしめんばかりにぐいっと、孫乾の両肩を掴むと、 「酒臭いです」 と、比較的まだ冷静な孫乾は容赦なく切り捨てた。 間近で見た劉備の様相は、まさに酔っ払いそのものだ。 必ず目を引いてしまう大きな耳は真っ赤に染まり、うなじまで同じ有様だ。良く動く眼差しも今はすっかり据わっている。半開きの唇は酒で光っていて、生え揃い始めているらしい口髭もうな垂れていた。 「公祐!」 力加減を知らない酔っ払いは、両肩を掴んだ勢いで孫乾を押し倒す。 「何をなさるのです、劉備殿!」 抗議の声を上げる。いつの間にか呼び方も字に変わっているが、そんなことはこの状況下では些細なことだ。 体格差はあまりないが、相手は仮にも戦を駆け抜けてきた武人だ。何より体勢が悪い。 「公祐! どうなのだ!」 どうもなにも、まずはどいてくれ。劉備の体重を受けて苦しいし、どうも雰囲気がおかしいので何としても抜け出したい。 (私だって、好んで男と肌は重ねない) まだ恐ろしいほどに冷静であるが、実は、要するに孫乾も酔っているからだった。 「兄者、いい加減になされよ。孫乾殿が困っておいでだ」 助け舟は関羽からだった。 軽々と劉備の体を抱きかかえ、孫乾から引き剥がす。ほっとして、関羽へ礼を言おうと起き上がるが、見上げる先の視線の冷たさに酔いが一気に醒めた。 普段から切れ長の鋭い目付きは迫力を帯びて周囲を威圧させるが、今の関羽の目の奥に宿るのは、それ以上であった。 見えない刃で突き殺されたような気さえした。 それほど、関羽の双眼に燃え盛っていたのは紛れもない殺意であった。 劉備もなぜか関羽に抱かれた途端に大人しくなった。 「兄者はもう部屋で休まれたほうが良いでしょう。拙者が連れて行きますゆえ。孫乾殿はどうぞまだ宴を楽しまれよ」 一方的に告げると、関羽は劉備を抱きかかえたまま広間を出て行った。 どっと、背中を伝う冷や汗を感じ、今度は自ら床に横臥した。 (さすが、理があると言われる関羽殿。逆鱗に触れたか) 「すまん、ちょっと気分悪い目に合わせちまったか」 倒れ込んでいる孫乾を案じてか、簡雍が(こちらも酔いが少々醒めたらしい)謝った。 「いえ……」 男の殊勝さが意外に思えて、孫乾は思わずそう答えた。 「だけどさ、これで俺たちの……いや玄徳のこと嫌わないで、真剣に身の振り方考えてくれよ。少なくとも、俺たちはお前のこと大歓迎だからよ」 そうとも、と張飛が調子良く相槌を打つ。こちらはしかし酔いが醒めた様子はないから、怪しいものだったが。 「貴方、見た目ほど軽い男ではないみたいですね」 真摯な眼差しに、簡雍の心根を覗いたような気がした。 「軽い男って、俺はいつでも実直、真面目、真剣だ!」 「仕事をさぼることにだろ」 張飛が茶々を入れる。やはり酔っているようだ。 「好きですよ、いつでも真剣に、全力を尽くせる人は」 またしても言い争いを始めてしまう二人を他所に、孫乾は呟く。 「少なくとも、私よりはマシだ」 憂いを含んだ色が濃く孫乾の瞳を支配するが、それをそっと瞼が覆い隠した。 |
目次 戻る 次へ |