「花より団子よりも 2」
 関羽×劉備


 関羽は成都へ、劉備の居所を知らせる早馬の手配をしてから、劉備が寛いでいる部屋へ向かった。
(全く兄者と来たら、昔とちっとも変わらず。すでに州牧と成りえた身の上で、以前と同じように振舞われて。気安くお一人で出歩かれるなど、何かあったらどうするおつもりか)
 ぶつぶつ、と心のうちで呟きつつ、関羽は廊下を荒い足取りで歩く。
 厨房からは、突然現れた君主に驚きつつも、ありったけの食材を掻き集めてご馳走を作っている、良い匂いが漂ってきていた。
 関羽が劉備の相手をしている間に、周倉が手配を整えたらしく、劉備の抜き打ちの視察(と、言うことにしないと、事情を知らない者たちへ示しが付かなかった)を歓迎する宴の準備が着々と進められていた。
 断りを入れて部屋に入ると、ようやく君主らしい格好に着替えた劉備がいた。何せ、身分を偽るためなのか、生来の貧乏性のせいなのか、どう見ても庶民の格好をした(こう言っては身も蓋もないが)薄汚い格好だったのだ。
「いや、すまないな。何やら宴の用意をしてもらっているようで」
 ――謝るところがズレている気がするのは、たぶん気のせいではないはずだ。
 劉備はニコニコと笑っているが、関羽は懸命に厳しい顔を繕って諭さねばならなかった。
「兄者、こういう軽はずみな行動は慎んでいただきませぬと困ります。今ごろ、成都ではどんな騒ぎが起きておられるとお思いか」
 君主が、どこへ行くかも記さない短い書置きで居なくなったのだ。割ける人員全てを割いてでも探し、上を下への大騒ぎだろう。
 だのに、この君主と来たら、きょとん、と首を傾げて不思議そうにする。
「そうか? そんなことはないと思うがの。いつも、皆は冷静に対処してくれるぞ」
「いつも……?」
 その、経験のある口ぶりに、関羽はまた頬を引きつらす。
「では、もしや過去にも何度か同じようなことをした、とおっしゃるか?」
「何を今さら。新野のときもしょっちゅうやっていたではないか」
 はっはっはっ、などと笑う劉備へ、関羽はもう、諭す気力を失いそうだった。しかし、関羽を支える鋼の理性がそれを阻んだ。
「新野と今とではお立場が違うでありましょう。軍師殿の苦労が忍ばれまする」
「お前も諸葛亮と同じことを言うの。構わんではないか、ちょっとぐらい息抜きをしたって」
「兄者! ちょっとの息抜きでここまでお一人で来られるなど、御身の立場を理解していない証拠です!」
 声を荒げて一喝してしまう。
 関羽なりに劉備の身を案じてのことだった。すでに自分の傍らで身を守ることは出来ないのだ。だからこそ、自重して欲しかった。関羽の声が荒くなったのも致し方ない、と言えるだろう。
 だが、劉備は関羽の声にびっくりしたようで、目が大きく見開かれた。それからすぐに両目に涙が溜まり始めた。
「――っ」
 胸の内側から鋭い刃で抉られたような、そんな痛みが関羽の体を責めた。
「雲長は、私に会えて嬉しくなかったのか? 私は雲長に会うために来たのだぞ。立場など分かっている。やっと天下への足掛かりを得られたのだ。それをどれだけ望んでいたかなど、共に歩んできた雲長なら知らぬはずはないだろう? だから雲長を荊州へ駐留させることにも反対はしなかった。だけども、時に会いに来ることぐらい、許されても良いではないか」
 震える声で、劉備は訴えかけた。その間にも、目の縁に溜まった雫は、溢れそうになるほどその粒を大きくしていた。
「兄者……。拙者とて、会いたくなかったわけではありませぬ。嬉しくなかったわけではありませぬ」
 それどころか、何度その姿を夢に見たことか。何度あの笑顔を思い描いたことか。何度あの文を読み返したことか。
 そして、思慕は降り積もり、自分の気持ちすら陰鬱にしてしまうほどの山となったことか。それを息子や部下に気付かれるほど、険しい山脈へと成り果てたか。
 遠く益州を望むさいに見える山は、自分の兄を想う形かもしれない。そして同時に、会いに行きたい衝動を抑える理性の形でもある、と。
 だからこそこの場に留まり続け、兄のために兵を鍛え己を鍛えているのだ。全ては兄のためである、と言い聞かせ、説き伏せて、留まっているのだ。
「ならば良いではないか。そのうち翼徳辺りが迎えにくるぞ。それとも、誰が迎えに来るか賭けるか?」
 不意に、劉備の顔から嘘のように雫が消え、嬉しそうに笑顔が湛えられる。それから、実に活き活きと語り始めたではないか。
「兄者……?」
 豹変ぶりに愕然となる。
 そうだった、兄はこういう人だった。久しく離れているうちに、自分は少々兄を美化しすぎていたようだ。
 もう、立っていられないほど脱力感を覚えて、関羽はがっくり、とその場に跪いてしまった。
「どうした、雲長? 嬉しさの余り力が抜けたか?」
 平然と聞き返してくる劉備へ、関羽は返す言葉も見つからない。跪いたせいで見上げる形になった劉備へ、非難を込めて睨むだけだった。
「ああ、なるほど、そういうことか。分かったぞ」
 何がです? と聞き返す暇も無く、劉備の顔が覆い被さってきた。『何が?』の『な』の形で止まっていた唇へ、劉備の唇が触れた。
 今度は、関羽の目が大きく見開かれる番だった。
 兄者、と続く言葉もやはり劉備の唇に封じられ、深く唇か合わさった。両頬に劉備の手が添えられて、柔らかな唇が隙間すら惜しい、と言わんばかりに重なる。
 分かった、とはこのことか? しかし全然違うのだが。
 関羽が跪いたのは、劉備からの口付けを受けたかったからだ、と解釈したらしいが、もちろん違う。だが、瞼が閉じられる間際の、劉備の瞳は茶目っ気を含んでいたので、わざとだったのだろう。
 それに、そんなことは唇が触れた瞬間、どうでも良くなったのだから。
 久々に感じる劉備の唇の感触に、関羽の唇が小さく震えた。その震えを感じてか、合わさった唇が緩い弧を描いたような気がして、関羽はいささか恥ずかしくなる。
 誤魔化すために、自らも唇を求めていった。待っていたかのように、劉備の唇が緩み、関羽の舌を待ち構える。劉備の誘いに関羽は素直に応じる。
 するすると劉備の歯列を舌でなぞり、感触を楽しむ。それから奥に鎮座する、魅惑的な赤い果実へ柔らかに歯を立てる。味はどうかと吸い付けば、主の下から鼻に掛かった熟れた声がする。頬に添えられていた両手は、いつしか頭を抱え込むように回されていた。
 離さない、離すものか、という気概が伝わるような、劉備の強い手の力が愛しかった。応えるべく、関羽も膝立ちのまま、片腕で劉備の腰を引き寄せる。もう片方の腕は劉備の後頭部へ回し、同じように抱きかかえた。
 熟れた果実は、舌で掬えば押し返すように実を返し、絡めればもっと味わえ、とばかりに絡み返してくる。
「……っ、ん、ふ……」
 鼻から漏れる息は熟れすぎた果実のごとく、甘く柔らかい。果実のこぼす汁は互いの顎を濡らし、鬚を伝う。汁を追うように一旦唇を離して舐め取り、また口内へ導き、深く貪り吸い尽くす。
 腹の辺りで、布越しに熱いものが形作っていくのが感じられる。当たるは劉備の下肢の部分だった。
「雲長……っ」
 離れた隙を狙って、劉備の、縋るような熱が籠もった呼び声が脳髄を揺さぶられ、関羽の下肢も確実に重くなる。
 口付けだけでここまで昂ぶったのも久しぶりだった。それだけ、離れていた時間、距離を互いにもどかしく思っていたのだろう。
「もうすぐ、夕餉の仕度が整います……」
 残った理性が告げるものの、それが何の役にも立たないことは、自分の上ずった声が教えていた。
 薄っすらと開いた劉備の目も、ここで止めることを許してはいなかった。そして、その目を見つめ返す自分の目も、恐らくは。
 劉備がすとん、と膝を付いた。二人の身長差がいつもと同じになる。ただ、熱く熟れた場所だけが、少し近い。確かめるように、劉備の手が下肢に触れてきた。同じように、関羽も劉備のものへ手を這わす。
 衣を緩める指先が、先走る興奮に震えている。まるで初めて女を抱く少年のようだと、まだ残っている理性が自嘲した。
「……っあ、ぁっん……ん」
 指先がようやく直に熱源へ到達してくれた。途端に、熱源と同じ熱さで放たれる劉備の声に、関羽の平衡感覚が狂っていく。
 グラグラと揺れる景色の中で、鮮明に捉えられるのは劉備の泣きそうな顔だ。先ほどのように演技でもなく、かといって悲しいわけでもなく。ただ感じすぎている自分を持て余している、吐き出せない悦楽が形作る、蠱惑的な劉備の顔だった。
 自分しか知らない、そんな顔がある。
 だけど今日は、自分もそんな顔をしているような気がした。劉備の指先もしっかりと関羽を捉えているのだ。湧き上がる悦楽は、関羽の噛み締めた歯の隙間からも落ちていく。
「兄、者っ」
 さらにも、劉備を呼べば熱は際限なく上がるようで、それでも止められずに、何度も呼ぶ。それに答えるべく、劉備も、雲長、と繰り返す。
 互いの指はひたすらに頂へと導かせるため、淫靡な音を立てながら動いている。
「あ、ぅんっ、ふぁ……ぁ。雲長、もっ……」
 頂が見えた劉備から、濡れた喘ぎが溢れる。それへ頷いて、関羽も限界が近いことを告げる。劉備の中心を、より一層高みへ持ち上げれば、熟れた果実は弾けて、甘い汁を声に乗せて関羽の下へ落ちてきた。その果実の甘みに、関羽も劉備の手へと熱い果実を落としていった――。

 部屋に荒い息が漂い、緩やかに渦を巻いて床に下りきったとき、二人は静かに身を離した。つっ……と互いの手から果実の名残が伸びた。それをほぼ同時に自分の口へ持っていった二人は、思わず笑い合った。
「続きは、宴の後でしよう」
 甘美な誘いは劉備から行われた。赤い舌が掌から名残を掬い取る。その仕種でまた、関羽の熱が上がりそうになるが、
「御意」
 と、短く答えることで、抑え込んだ。関羽もゆっくりと、名残を舐め取った。


 急を要した歓迎の宴だったわりに、食事は豪華だった。関平と周倉が市場を走り回ったおかげのようだ。そんな二人の気遣いを、劉備は素直に喜んだ。
「いえ、殿のためです。このぐらいは当然です。お礼を言われるほどのことはありません」
 堅苦しく答える関平は、それでも劉備からの謝意に嬉しそうだった。
 周倉も宴の手配が済み、参加している。その周倉へも劉備は礼を言う。しかし周倉は強面の顔を綻ばして、いえ、と首を横へ振った。
「殿のためだけではございませぬから」
「慎め、周倉!」
 またしても、劉備を大事に思わぬような発言をした男を、関羽は叱る。しかしやはり劉備は気を悪くした様子もなく、
「ほう、では他は何のためか?」
 と、聞き返した。
「はい。実はこのところ、関羽殿に元気がなく、心配しておりました。ですが、どうやらお元気になられたようなので。この宴は関羽殿の快気を祝う席でもあるのです」
「周倉、黙らぬか!」
 関羽は自分の頬が熱くなるのを感じた。怒りと、大半は気恥ずかしさと。だからそれ以上、話題には触れて欲しくなかったのだが、そんなことを聞いて黙っているはずのない男がいた。
「雲長の元気が? 本当か?」
 案の定、心配、というより面白いことを聞いた、という面持ちで、劉備が身を乗り出してきた。関羽は周倉へ、余計なことはしゃべるなよ、と睨むが、
「殿の疑問にお答えするのが、臣下としての役目です。喜んでお答えしましょう」
 などと周倉は言い出す。
 こんなときだけ劉備への忠義心を見せる周倉へ、関羽は凄んだ。
(周倉、お主は明日から調練、鍛錬共に三倍にするから、覚悟せよ)
 その無言の脅迫も、今の周倉には何の効果もないようで、嬉々として語り始める。
 いかに関羽が気落ちしていたか、など過剰な表現を加えて面白おかしく話すのだ。普段はあまり口の軽いほうではないのに、よくしゃべる。
 それだけ関羽を案じていたのだろう。気持ちが分かるだけに、強くは止められなかった。誤魔化すように杯を空ける関羽へ、関平がくすくす、と笑いながらも酌をしてくれた。
「周倉殿を叱らないでください、父上。本当に案じておったのですから」
「分かっている。お前にも気遣わせていたこともな。全く、未だ精進が足らぬようだ」
「そのようなことはございません。ですが、伯父上が来てくださり、本当に良かった。こればかりは拙者たちでもどうにもなりませんでしたから」
 何気なく言う関平の言葉に、ふと首を捻る。
「兄者が来られることを望んでいたのか?」
「そうすれば、父上も元気になられる、と考えておりましたから」
 気まずくなる。気落ちの理由さえも見破られていたとは、全くもって、本当に精進が足らない。
 ただ、息子の表情からは、その深い意味合いまで汲み取っているようには思えなかったので、単純に義兄弟と離れた寂しさ、と思っていたようだった。
(それだけが幸いか)
 苦笑する口元を杯で隠し、笑い声を立てて、周倉の話に耳を傾けている、兄弟以上の思慕を持つ人の姿を眺めるのだった。


 月が細いおもてを地上へ晒し、窓辺に席を並べた二人を見下ろしていた。
「花見酒、とはいかなくなったが、まあ、月見酒、といこうではないか」
 酒が注がれた器を覗けば、ゆらり、と揺れる弓形の月が一つ。そして相手の器にも一つ。それをゆっくりと飲み干していった。
「成都の銘酒だ。これを雲長と飲みたくて、馬を駆けてしまった」
 すでに宴でもそれなりの酒量をこなした劉備は、耳が赤く染まっている。それが灯りのない関羽の部屋の中で、薄月だけに照らされている。
 まるでそれは泡沫ほうまつの夢の光景のようで、ふいに襲われる焦燥感に、関羽は知らずに手を伸ばす。
 本当は、劉備はここにはいなくて、これは自分の募りすぎた思慕が見せている幻ではないのか。
 そんな思いに駆られたのだ。
 腕を引かれて、劉備は一瞬だけ驚いた顔をしたが、手に引かれるままに関羽へ身を寄せた。
 胡床に座る関羽の膝の上へ、劉備が腰掛ける。背を関羽に預ける形で、二人は揃って同じ方向を見ることとなる。
 密着する劉備の体に安心して、関羽はようやくまた、杯に口をつけることができた。
「どうした?」
 笑いが滲んだ口調で、劉備が首を捻って見上げてくる。
「いえ、何となく。兄者と同じ方向を見てみたくなったので……」
 自分の覚えた不安を見抜かれたくなくて、関羽はそんなことを口にする。
「何を言う。お前はいつでも私と同じ方向を、同じ目標を見つめてくれているではないか。こうして、私の背中を守りながら」
 劉備も杯を傾ける。
 成都の酒は深い澄んだ味のする酒だった。舌に乗せて味わえば、さらにその深さと澄み切った味が際立つようで、じっくりと酒を楽しみたいときに適した酒だった。
 城は寝静まり、窓辺で身を寄せている二人以外、誰もいないかのようだった。
「会いたかった……」
 顔を窓の外へ向きなおして、劉備が呟く。声は震えていた。
「向こうには翼徳もいる。趙雲もいる。諸葛亮もいる。他にも私を導き、守ってくれる者はたくさんいる。それでも、こうして背中を預けられる者は……、預けたい、と思う者は、雲長しかいない」
 劉備の手にある杯が、雫を受けて表面を揺らした。
「花見酒も月見酒も、本当はどうでもよい。この背中を暖める温もりが欲しかった。それだけだ」
 座る劉備の腰を支える腕にも、暖かい雫が落ちてきた。
「兄者、拙者とて同じことです。同じ方角を見ていることを疑ったことはありませぬ。ですが、隣で同じ方角を見て微笑む兄者がいないことが、どれだけ……」
 それ以上の言葉はいらない、と劉備の首が捻られて、関羽の言葉を奪っていく。夕方の口付けより塩辛い、そして熱っぽい唇に、関羽は腰に巻いていた腕に力を込めた。
 唇を互いに奪い合いながら、関羽は自分の杯と劉備の杯を窓辺に置いた。そのまま軽々と劉備の体を持ち上げて、寝台の上に運ぶ。
 久しぶりに二人分の体重を受け止めた寝台が、きしっと驚きの声を上げた。劉備へ覆い被さり、その体を寝台へと沈ませる。
 熱を含んだ劉備の耳を指先でこすりながら、関羽は音を立てて舌を絡みつかせる。その音に煽られるように、劉備の吐息は甘い熱を放ち始めた。
「っ雲長……」
 未だに涙の滲んだ声で自分を呼ぶ劉備を、慰めるように唇を吸う。
「泣かずとも……」
 指先でこめかみを伝う劉備の雫を拾い上げ、関羽は困って笑う。今度の涙は本物であることを、関羽は感じ取っていた。
「……っ私の、涙はいつでも勝手に出てくるのだ……っ、文句を言うな……」
「ですが、泣かれると困ります。どうしていいか分からない」
「嬉し泣きだ。良いではないか。それに、どうしたらよいかなど簡単だ。泣くのを忘れるぐらい、お前で満たしてくれ」
「分かり申した」
 しゅるっと帯を解き、劉備の肌を露わにする。闇に慣れた目で捉えた劉備の肢体は、変わらず関羽を熱くする。伸ばした手で撫でる肌の感触は、酒の火照りで熱っぽい。
「は、ぁ……」
 ただ撫でているだけなのに、劉備は感じているようで、濡れた唇からこぼれた吐息は艶やかだった。促されて関羽は舌を伸ばし、濃い色をつけている胸の頂を舐める。
 強く吸い付き、それから優しく吸う。そして柔らかく舐めしゃぶる。
「ぅん……んん、ぁっ……」
 関羽の頭を抱きかかえ、劉備は愛撫に身悶える。ねだるように胸を反らして、関羽の舌先へ身を差し出す。育ち始めた果実をなお育たせようと、関羽の舌は縁をなぞり、屹立を促す。
 柔らかく根元を噛んでみれば、震えるような声が絞り出される。唾液を丹念に絡みつかせた後、派手な音を立てて吸い取る。
 目の端に、触れてもいないのに実を大きくさせた、もう一つの果実が映る。それをも指先で摘み上げれば、詰まったような喘ぎが劉備から上がった。
 口と指先で奉仕しながら、空いている手を下方へ滑らせる。いつもより少し早かったが、すぐにでも劉備の高ぶりを感じたかった。
 まるで性を覚えたての若い男のように、見苦しいほど激しく劉備を求めている自分がいた。だがそれは劉備も同じだったようで、下穿き越しに触れると、形を成している熱い猛りがあった。
「ぁ、ぁんん」
 触れた途端に劉備の中心は反応し、熱さと固さを増す。下帯も取り去り、直接熱を掌に味わう。胸を愛撫する手と口を休ませないようにしながら、掌の中で震えるそれを握りこむ。
「やめっ……」
 下肢へ伸ばしている関羽の腕を、劉備の腿が挟み、愛撫を阻もうとする。
 拒絶に驚いた関羽は胸から顔を離し、劉備の顔を覗き込む。初めのころや、関羽が劉備の機嫌を損ねたときに、照れのせいや嫌がる素振りで拒絶はした。だが今、どうして抗うのか分からなかった。
「兄者?」
 それでも、関羽は劉備の意思を無視してまで行為には及べるはずもなく、心配になる。
「違う、のだ……その、久しぶりだからだろうか……。何だか感じすぎて怖くて……それで、つい」
 僅かに目を伏せて、照れたように言う劉備に、関羽は安堵して微笑みかけた。
「それは拙者も同じです。兄者を求めすぎている心根を制御できそうになく、恐ろしいです」
「ああ、そうだな、雲長。私もだ。お前が欲しくて仕方がなかった。離れているときも望んではいたが、お前を近くに感じて、強くなってしまった」
 腕を挟んでいた腿が外れる。
「もう、雲長のこと以外に何も考えられない私は、おかしいのかもしれない。どうかしているだろうか」
 私の心は、と続く劉備の言葉は、緩やかに扱いた関羽の手で乱れ、掠れた。
 それは自分も同じで、どうかしている。劉備を求めるあまり狂ってしまいそうで、しかし心地良かった。たぶんそれは、劉玄徳という人間と出逢った瞬間に関羽の道筋が狂い、狂ったことが心地良い、と思ったときと同じだった。
「ぅあっ……あ、んっ」
 根元から先端へ幾度も扱く。くびれた箇所は特に念入りに行う。そうすれば、劉備はあられもなく眼下で肢体を踊らせる。その様を捉えれば、すでに冷静でなくなっている自分は、その体へ己の体ごと、魂ごと埋もれていくのだ。
「ひっ、あっ――っんちょう、雲長っ」
 背中に回された劉備の指先が、布越しに関羽の背中に食い込んでくる。その痛みすら愛しく思いながら、関羽は限界が近いのか、眉をきつくひそめている劉備を見下ろす。
 喘ぎをこぼす唇は半開きで、隙間から白い歯と赤い舌が見え隠れする。劉備の色彩に幻惑されそうで、吸い寄せられるように唇を吸った。
「ふぅっ……んんっっ」
 途端に、びくんっと劉備の体が震えて、熱い飛沫が関羽の掌を濡らす。吐精の衝撃で体が強張った劉備は、次に長い息を吐きながら寝台へ沈んだ。



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