「真荀彧文若の苦労日誌 6」
荀彧×曹操


「説教の時間が無くなるが、良いのか」
 通じ合った想いのままに、床に曹操を押し倒してみたものの、曹操は人の悪そうな笑みを浮かべてからかってくるので、荀彧も負けじと言い返す。
「では主公、このまま起き上がり、平然と服を調えて説教を始めてみましょうか」
「そのようなことをしてみろ。三日は口を利かん」
「ではこのまま。もちろん、懸案である説諭の時間も後で別に取りますから、ご安心ください」
「……誠に、お主という男は頑固者じゃ」
「主公のお墨付きです」
 にこり、と微笑む。計算し尽くした、傾国の美女すら恥じて逃げ出すような完璧な笑みを浮かべると、曹操の頬にさっと朱が引かれた。あまり身内には見せたことのない、厄介な相手を黙らせるときにだけ見せる、取って置きの微笑に、すっかり曹操は魅了されている。ぼおっとした眼差しで荀彧を見上げる曹操の顎の線を指先でなぞり、形の良い唇へ自分の唇を落とした。
 小さく息を詰めた曹操の呼気を拾うようにして、すぐに唇を離す。名残惜しむように唇を薄く開いたところで、もう一度重ねて、今度こそ深く貪るように奪った。舌を挿し入れれば、梅や蜜柑の香りが伝わり滲んでくる。
 甘い……。
 普段なら顔をしかめるところだが、今はただその甘さに酔う。口腔を丹念に舌で掻き乱し、首筋に回された曹操の腕に力が籠もったところで、小ぶりの舌へと絡み付く。曹操も積極的に舌を求めてくると、鼻にかかる吐息が艶を帯びてきた。
 角度を変えながら何度も求め、柔らかさと甘さに深く酩酊していく。添えるように頬に置いていた指を滑らせると、温かな感触が指先を痺れさせる。
 頬骨や目尻の赤さ、こめかみや耳殻、耳朶、と指でその感触を確かめ、体の下にある曹操の存在を全身で感じ取る。角度を変え、唇を僅かに離す合間にこぼれる息は徐々に弾み、苦しそうであるにも関わらず、曹操から止める気配はない。
 見兼ねて、荀彧から口吻を離し、息を整える間を与える。
 濡れた小さな声は名残惜しげで、深く長い口付けに酔った、潤んで色香を含んだ眼差しで見つめられる。半開きの唇はどちらとも分からない唾液に濡れて光り、隙間からは赤い舌が覗けている。
 文若、と掠れた声で名を呼ばれて、荀彧の背筋をぞわり、と官能が撫で上げていった。返事をし損ねたことに気付き声を出そうとしたが、今度は曹操から唇を重ねてきた。
 じん、と胸を痺れさすような甘さと幸福感に突き動かされ、荀彧の手はするすると曹操の身体をなぞり始める。細身で、しかし鍛え抜かれた身体は常に精力的に動き回り、政務が激化しても耐えうる強さを秘めている。
 だのにこの中に宿っている(こころ)と来たら、果断かと思えば繊細で。大胆かと思えば慎重で。子供っぽいかと思えば誰よりも大人で。怒ったかと思えば笑い。いつもこの人に付いて行くのは大変で、苦労と遣り甲斐が同居していた。
 手を胸元へと差し込んで、素肌を撫でる。滑らかな肌が迎え、小さく跳ねた身体が歓迎してくれている証でいいのだろうか。程よく張っている胸をさすり、真ん中で指先に引っかかったものを捏ねる。
「……っ……ぅ」
 唇の下から淡い淫靡な音(ね)が溢れる。どうやら荀彧の下にある身体はひどく感じやすく出来ているらしい。胸をまさぐる手とは反対の手で、腰や尻、内腿など、敏感そうなところに触れると、音色は濃く染まっていく。
 全身への愛撫も加わると、さすがに息苦しくなってきたのか唇が離された。途端にはっきりと聞こえる喘ぎに、堪らなく煽られる。帯に手をかけて上袍を緩めて、明るい日の下に主君の素肌を晒す。
 冬の間、日から隠されていた上肢の肌はすっかり白く、胸の中央で息づいている小さな飾りを際立たせている。負け戦のたびに増えていったであろう傷跡があちこちに見受けられるものの、均整の取れた身体は見栄えがいい。
「主君の裸身を無遠慮に見回すな」
 叱責されて顔を見やれば、口付けの名残、というよりは見られて羞恥を覚えているらしい上気した頬がある。
「美しいものを眺めて愛しむことを咎められるとは思いませんでした」
「美しいとか、お主が言うと嫌味に聞こえるのだ」
「蝶でも舞わせてみましょうか」
「お主、声真似だけでなく、張郃の真似まで出来るのか!」
「冗談です」
 やっぱり、お主という男がわしは分からんぞ、とどこか遠くを見つめる曹操に忍び笑い、
「ではこれから存分に知っていただきます」
 と耳元で囁く。
 くすぐったそうに肩を竦め、ん、と小さく頷いた曹操の肌へ唇を落とす。舌や唇で味わう曹操の肌は、これもまた甘くて、食べた物が表面へと浮き出ているのではないか、と疑いたくなってしまう。
「糖尿病で主公が早死にしたら、私は悔やんでも悔やみきれません」
 言うと、何だそれは、と返される。荀彧に触れられたせいか、悦楽に起こされたか、曹操の胸の小さな飾りは屹立している。指で撫で上げ、唇で軽く吸い上げると、声を弾ませて肩を揺らした。
「お主……こそ、あまり塩辛いものばかり食べて高血圧で死んでもしらんぞ」
「やさしお使ってます」
「やさしおとか、この時代無いし」
「今さらそのつっこみ無効です」
「まったく、お主ときたら、明らかにつっこみ属性のくせして、最大級のぼけ属性じゃ。大体、シリアスに徹し切れん男だし」
「恐れ入ります」
「この場合、これっぽっちも褒めてないんじゃがの」
「仕方ないではありませんか。しゃべって気を紛らせていないと、一人で早々と極めてしまいそうなのですから」
「~~っっ、そしてそういうことをその顔で、唐突に言い出すのもやめろ!」
 密着した身体を通して、荀彧の兆している雄身に気付いたらしく、曹操の目許は赤くなる。もっとも、曹操とて反応していることは、しっかり荀彧も知っている。
「そうやって、いちいち反応してくださる主公がいらっしゃるので、さらに口が動いてしまうのですけども」
 手を伸ばして、緩めておいた帯から下穿きの中へと(もぐ)り込ませる。熱くなっている曹操の下肢を指に絡げると、曹操は息を詰めて身を固めた。そっと手を上下に動かせば、簡単に血を集めて反応を示してくれる。
「……っぶ、んじゃく……ぅ」
 泣きそうな声で呼ばないで欲しい。本当に先に達してしまいそうだ。ぐっと眉間に力を込めて腰で渦巻いている欲を制するが、手の中でずくり、と大きくなった曹操の下肢に情動を突き動かされそうになる。
「正直すぎる身体も考えものですよ」
「仕方がないだろう。お主、その顔でそういう顔してみろ。見せられている方が堪らんのだ!」
 どうやら荀彧の欲を堪えている表情にさえ感じてしまうらしく、感受性豊かなのも本当に困る。
「主従としての一線も当に越えておりますけども、さらに人道まで踏み外しそうです」
 身も世も無く乱れさせて、啼かせてみたくなってしまうではないか。
 ぐちり、と溢れてきた雫が指先に絡み、音を立てた。二人の息遣いの合間を縫って、やけにはっきりと耳に届く。曹操は言い返す余裕が無くなってきたらしく、競り上がる快感に時折身を震わせて、荒い息を吐きながら荀彧にしがみ付く。
 もう、と耳の傍で曹操が目を瞑って根を上げた。
「出してください」
 促すと、それを合図にしたかのように短い声を上げて、曹操は荀彧の掌に欲を吐き出す。掠れて上ずった声は耳が爛れそうになるほど熱く、荀彧の体の芯に火を灯す。ぐったりとしている曹操から下穿きを抜き取ると、掌で受け止めた欲を双丘の合間に塗り付ける。
 は、と小さく息を吐き出した曹操は、瞑っていた目を開いて荀彧の顔を捉えた。
「い、まさら何じゃが、わしが女役か。普通、主従で房事となれば、逆だと思うのだが……」
「『知と勇で突破するのです!』」
「いや、そんな敵の士気が低いときのモブ軍師(若)の物真似を突然せんでも……ってか、それお主そのもの」
「『ここは速攻するのが得策!』」
「『疾風』使うし」
 お主、都合が悪くなると物真似に走る癖があるじゃろ、と曹操の冷静な分析を華麗に無視して、荀彧は慎ましく閉じている後孔を丁寧に開き、指を挿し入れた。曹操もとりあえず言ってみただけらしく、それ以上は口を開かず、荀彧に身を委ねる。
 曹操の後孔(なか)は熱く、指を食い締めるほどに狭い。思わず訊いていた。
「指だけで達せたらどうします?」
「いきなり出来るはずがなかろう!」
 顔を真っ赤にして言い返した曹操に、荀彧は首を横へ振る。
「いえ、主公ではなくて私が……」
「辛抱しろ、早すぎる!」
「どうも、自分でも気付いていなかったのですが、結構一杯一杯みたいです」
「冷静に言われても説得力に欠けるぞ」
「表情を取り繕うのが上手いのも、考えものですね」
 傍から聞いていると馬鹿馬鹿しいやり取りも、当事者たちは真剣だ。指が何とかすべて収まったところまでは持っていけたが、曹操の苦痛に堪える顔がさらに荀彧を煽る。
「あの、もう良いですか」
「無理じゃ!」
 悲鳴じみた声で曹操は否定する。
「お主、夏侯惇に『良い大人のせっくすえちけっと講座』を開いたのだろう。エチケットに反しておるぞ、我慢せい!」
「なぜそれを」
「惇は声に出して物事を覚える癖があるのじゃ。それをたまたまわしが聞いていた」
「あの盲夏侯……」
 一瞬ばかりどす黒いものが荀彧の身の内から吹き上がり、曹操を怯えさせたものの、おかげで切迫感は収まった。
「申し訳ございません。荀文若、誠心誠意、主公を心地良くさせていただきます」
「う、うむ……それも改めて言われると恥ずかしいが、頼む」
 頷き返し、埋めていた指をそろりそろり、と動かして、曹操に潜むであろう悦の源を探る。講座を開くほどの知識はあるものの、それはあくまで知識であり、実践経験は皆無である。しかし皆無であろうとも即実践出来てしまうのが、怜君の怜君たるゆえんである。
 つ……、と指先がしこりを捉えると、曹操が声を上げて仰け反った。
「主公の()いところはこちらですか」
 続けざまに撫で押してみると、あ、あ……と聞いたこともないような濡れた声で曹操が啼く。ぐり、と強く引っ掻けば、いや……ぁ、と悩ましげな()が荀彧の耳に届いた。
「お嫌ですか?」
 少し意地悪く訊いてみると、ふるっと首が左右に振られる。そうですか、と微笑んで、さらにしこりを撫で回す。声を弾ませて、甘い悩ましげな啼き音を上げて、曹操は荀彧の袖を掴んで悶えた。
 日の下で、荀彧の指を咥え込みながら跳ねる肢体の艶かしさに、一度は退いた切迫感が競り上がってくる。
 衝動をやり過ごそうと、飢えて乾いている体に少しでも潤いを求めるように、喘いでいる曹操の唇を覆った。苦しそうな息を鼻から吐き出したが、挿し入れた舌に曹操も応える。濡れた音が上と下から聞こえ、荀彧の耳をじりじりと焦がした。
 増やした指でさらにそれははっきりと淫靡さを伴って耳に届き、体の芯まで疼かせて焦がす。唇を離して許しを請う。
「もう、よろしいでしょうか」
 苦しそうに胸を喘がせていた曹操は、それでも荀彧に頷いて見せた。
 隅に畳まれていた布団を引っ張り、曹操の身体に負担の掛からないように仰向けに寝かせると、両脚を掴んで脇へと折り畳んだ。力を抜いていてください、と欲の印を曹操の後孔へ押し付けて念を押す。
 強張りかけている身体を宥めるようになぞって、曹操の欲と自身の欲とで摩擦が少なくなっているはずの後孔へ腰を押し進めた。しかしやはりそれだけでは本来受け入れる器官ではないそこはきつく、曹操が辛そうに眉をしかめるのを見て、荀彧は激しく後悔する。
「常に潤滑油の類を携帯しておくべきでした」
「ば、かもの……そんなものを平然と取り出してくるような奴だったら、わしもこのようなこと許しておらん」
 苦しそうにしながらも、曹操は苦笑している。
「天下の荀怜君の懐から間違ってもそのようなものが転がり落ちたら、世の中の人間が腰を抜かすぞ」
 わしが少しの間耐えれば良いだけだ、いいから来い、と曹操に促されて、荀彧はご辛抱を、と言ってじわじわと腰を進める。ようやく繋がることが出来たときには、曹操の額だけでなく、荀彧すら薄っすらと汗を浮かべていた。
「はは、お主でもそういう顔をするのだな」
 安心した、とまだ体内を割られる違和感があるだろうに、曹操は笑いながら荀彧の頬を撫でた。私も人の子です、と頬を撫でる手に指を絡げて握り込む。汗の滲んでいる額を唇で拭い、張り付いている髪をそっと梳くと、曹操は気持ち良さそうに目を細めた。
 抱き寄せるように曹操へ覆い被さり、埋めた欲で中を擦り上げる。細められた目がきつく閉じ、身を委ねるように握った手に力が籠もった。
「主公……」
 信頼し切った態度に胸が切なくなる。
 この誰も見たことがないであろう曹操の姿を堪能したかった。才ある者の名が限りなく溢れて、荀彧以外の名を呼ぶ唇も、切り開かれる先を見つめる(まなこ)も、その道を(なら)していく足や手も、今はただ、荀彧一人に向けられている幸福を噛み締める。
 想いのままに奥を突くと、曹操の声は高く響いた。痛みに縁取られていた声音は艶やかに濡れ、荀彧の動きに翻弄されるように部屋に散っていく。
「文若っ……」
 甘い、甘さのあまり蕩けそうな声で名を呼ばれて、荀彧はますます曹操を求めた。受け止めきれない快感が曹操の眦を涙となって溢れていく。唇で吸い、そのまま柔らかい唇を貪り、曹操の狭く熱い中を責め立てる。
 曹操の喘ぎは荀彧をさらに煽り、夢中にさせた――



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