「帰ってきた　荀彧文若の苦労日誌　２」
劉備×曹操

　■□■

　荀彧は内心、激しく苛立っていた。使いに出した従者からは、首尾よく誰にも見つからずに屋敷の前へ布を結び付けてきた、と言っていた。あとは常に男を監視している密偵から、男が青い顔をして鬱々としている、と報告が入ればいいだけなのだが、それが中々やってこない。
　もっとも、たとえ苛立っていようとも、日々の業務の手が休まることはないのは、荀怜君の荀怜君のゆえんである。常に高速で動く筆は常に人の三倍だ。その彼の第六感とでも言えるニュータイプ的なものが働いた。
「主公！」
　彼は主公――すなわち曹操が近付いてくるのが、およそ百メートル前より認知できる、という特技を持っていた。
　どうしたのだろうか、ひどく焦っておいでだ。
　しかも、大まかな主君の心境まで分かってしまうのだから、気味が悪……素晴らしい特技であった。もちろん、すこぶる耳が良く、曹操の足取りに動揺が滲んでいた、ということであるのだが、文若ー、と呼ぶ声は頼りない。
　今の今まで見た目通常運転で職務をまっとうしていた怜君は、その声を聞いた途端に焦った。
　何が起こったのだ、許チョ殿は何をしていたー、と叫びかけた荀彧の前に、部屋へ飛び込んで来た曹操が現れた。
「ぶ、文若ー、今朝わしの屋敷の前にこのような物が結ばれていたのだ、どうしたらよい」
　汚らしい布を振り回して、荀彧の敬愛する主君は、八の字に眉を下げて訴えてきた。
　嫌な予感だ。
　ニュータイプ的な第六感も必要がないほどで、曹操の手から布を取り上げて、目を走らせた。

『この手紙は不幸の手紙です。三日以内に十人の人間に同じ内容の手紙を出さないと、貴方は死ぬことになるでしょう』

　通称、先の世では不幸の手紙、と呼ばれるもので、発案者は根暗な案を出させると天下一、と呼ばれる荀攸の策である。
　まだ出来たてほやほやで、軍師仲間である荀彧や郭嘉の間でしか広まっていない。そもそも、荀攸はあまり人に自分の策や考えを話すタイプではないので、基本内輪で終わる場合が多い。
　つまり――
　あの大耳野郎、まさか主公に宛てて出してくるとは！！
　しかし、と荀彧は麗しい眉をきれいにひそめる。
　結構大きめな布であるのに、書かれている字の大きいこと大きいこと。しかも筆先を寝かして書いたのか、と思うほど太々とした字体である。そして何より、
「きったない字ですね、良く読めましたね、主公」
「うむ、奉孝の字で慣れておる」
　悪筆というか、ひどく癖のある字で、書いた人間の個性が丸分かりだ。同じような癖のある字を書くのが郭嘉で、荀彧や曹操は普段から癖字に慣れていた。
　まったくの余談であるが、大きく力強い字を書く人間は、良く言えばおおらか。悪く言えば大雑把、だという。あくまで統計としてであるので、すべての人が当てはまるとは限らない、あしからず。
　閑話休題。
「これは、いわゆる呪いであろう？　大丈夫であろうか」
　リアリストと言われる曹操でも、生きている時代はあくまで古代中国である。呪い、占いから発する吉兆に、ある程度は敏感だ。ましてや今、曹操をとりまく状況は実に厳しい。誰が命を狙ってくるかも分からない。
　不安に思って荀彧を訪ねてくるのも無理からぬことだった。
「ご心配には及びません。ここに書いてあるではありませんか。三日以内に十人の人間に文(ふみ)を書けばよろしいのですよ」
　しかしさすがは曹操の右腕と称される男だけあり、荀彧は主君の不安を取り除くような柔らかな笑みを浮かべたまま、あっさりと恐ろしいことを提案した。
「しかし、それは」
「もちろん、主公が発端である、と悟らせませんから、ご安心ください」
「だがなあ、もしもわしからである、と判明してしまえば、ますます悪評が立つ」
　八の字眉がますます深くなる。乱世の奸雄と呼ばれて喜んだ、などという噂を持つ曹操であるが、詩人として豊かな感性を持っている。実はこっそり傷付いていた、というのは荀彧も後から知った。
『もっとこう、言い方というものがあるとは思わんか？　ピンチに強い、とかそういう』
　そのときの曹操ときたらだいぶ酒を飲んで酔っていたので、胸に仕舞っていたナイーブな一面をぽろり、と吐き出したらしい。後日、それとなく訊けば、覚えていなかったようで、首を傾げていた。
　そういう部分を持つ曹操であるから、悪評が高まることに不安を抱くのは当然だ。天子を奉戴したとはいえ、都とした許都がある豫州は四方に敵を抱えている。兵力も乏しく、青州で得た黄巾賊の残党だった兵たちを入れてようやく体裁が整ったばかりだ。名家であり力もある袁紹や、他の諸侯から見れば、曹操など天子を奉戴している以外に何のとりえもない、と軽く見られているのが事実だ。
　ましてや、出る釘打たれる、といわんばかりに、曹操に対しての風当たりは強い。
　天子を抱え、目下の強敵、呂布を倒したばかりだというのに、曹操の安息は当分訪れそうになかった。
　そこへきての、劉備であった。
　劉備とて、曹操よりも兵力はない、土地もない。資金もなければ後ろ盾もない。ないない尽くしの男のくせに、人気だけはどういうわけか溢れんばかりにある。
　黄巾賊の討伐で義勇軍の長で参戦して以来、少しずつ名声を上げていった。
　県長では賄賂を要求した役人をぶん殴って役職を返上した、と講談師を喜ばせる逸話を生み。
　董卓討伐連合には、兄弟子、公孫サンに取り入って末席に身を置いた、と思えば、義弟の関羽を使って華雄を討ち取り諸侯に印象付け。
　父親が殺され、元凶となった陶謙が治める徐州へ曹操が猛攻を仕掛け、誰もが静観を決め込んでいたときには、唯一援軍として駆けつけた。
　徐州の民は劉備を英雄として祭り上げているようだ。
　さらにここ、許都へ来てからは天子に拝謁した途端、どこを気に入られたのか皇叔の名までもらって天子の気に入りになってしまった。許都に住んでいる民は今まで曹操の造り上げた都を誇りに思い、慕っていたというのに、すっかり皇叔様、皇叔様、と毎日の話題にするほどだ。
　曹操の天下を治めるに相応しい才覚に惚れ込んで、ひたすら支えてきた荀彧にとって、これ以上ない腹立たしい存在だ。
　お前らが慕っている大耳なんぞ、主公がいなけりゃ当の昔におっ死んで、犬の餌になっていたのだ！
　と声に出して叫びたい衝動を毎日抑えている。
「しかし、この文をこのままにしておくことは出来ませんし、しかるべき手段をとりませんと」
　荀彧とて、曹操の評判を下げたくなどない。かといって、この世にも恐ろしい手紙を放置しておくこともできない。
「しかるべき手段も何も、捨て置けばよろしいかと、私は思いますけども」
　女人がうっとりしそうな甘やかで温和な声が、部屋の入り口から聞こえた。二人は睨んでいた不幸の手紙から揃って顔を上げて、声の主に視線を当てる。
　立っていたのは、癖のない柔らかそうな金色の髪を、色白の肌に乗せて佇む、痩身で涼やかな美男(イケメン)だった。整った顔立ちと先ほどの声の印象を違えることのない温和な笑みが男を彩っている。
『誰！』
「……いや、誰って、私ですよ、私」
　息の合った主従に誰何の声を上げられてしまった男は、苦笑して自分の鼻を指で示した。
「新手の振り込め詐欺でしたら、引っかかりませんよ」
「うむ、そうじゃぞ、今は取り込み中だ。罪に問うことはせぬから、はよう去れ」
「いや、だから、二人揃って寂しいこと言わないでくださいよ。それとも新手のダブルボケというやつですか？」
　金髪細身の男は、トリオ漫才って難しいんですよ、と言う。
「……それで主公、この文ですが」
「うむ、いったいどうすれば良いかの」
「先ほど提案した通り、十人に出してしまえばよろしいかと思うのです。筆跡は上手く誤魔化して、届けさせる先や運ぶ人間も無作為に選び……」
「無視しないでくださいよ」
「なんですか、まだ居たのですか。邪魔をしないでいただけますか」
「わしたちはいま、大事な話をしているところなのだ。おーい、許チョ、こやつをつまみ出してくれー」
　部屋の外へ曹操が声をかければ、いつも付かず離れず護衛をしている許チョが姿を現した。
「んだー、郭嘉ー、曹操様の機嫌損ねただかぁ？　それはいけないなあ」
「違うよ、許チョ。なぜか急に二人が余所余所しくなったんだ」
　肩を竦める男は、許チョに背中を押されて踵を返そうとしたが、荀彧と曹操が愕然とした顔で絶叫した。
『今誰だって言ったー？』
「んーあー？　だから郭嘉が曹操様の機嫌を」
「誰が誰で誰ですって？」
「ですから、先ほどから言ってるじゃないですか、私が郭嘉ですよ、荀彧殿」
「じゅ、荀彧殿ーっ？」
　怜君の声が裏返る。曹操にいたっては寒気でもしたのかがくがくと震えている。
「あー、ほら私ですよ、曹操殿。知っていますよね？　先日もお気に入りの遊郭へ一緒に遊びに行きましたでしょう？」
「あわわわ」
　曹操殿、と呼ばれた曹操は半ば恐慌状態だ。
『誰だ、貴様ーー』
　すこぶる息の合う主従は、再びハモる。
「郭奉孝です」
　にこり、と笑う顔は爽やかイケメンそのものだ。
「人呼んで、享楽の才子。曹操に仕えた軍師。優れた洞察力による献策で幾度も勝利をもたらし、曹操に高く評価された。柔和な物腰で笑みを絶やさない」
　です、と郭嘉と名乗る不審人物はどこかの公式サイトに載っている紹介文を淀みなく告げた。
「どうしようー、文若。わしの、わしの奉孝がグレてしまったのだー」
　今にも泣きそうな顔で荀彧に縋る曹操の背を撫でながら、気丈にも怜君に相応しい態度を崩さす、荀彧は郭嘉だと言い張る男を冷ややかに睨んだ。
「郭奉孝と名乗るとは、刺客にしては中々の度胸。なおかつこのように堂々と姿を現して主公に精神的痛手を与えるとは。袁紹の手の者でしょうか。許チョ殿、即刻この男を捕縛し、地下牢へ。私が直々に尋問し、正体を吐かせます」
「あー、でもなあ、郭嘉は郭嘉だしなぁ」
　困った許チョは、荀彧と郭嘉を交互に見つめて眉をひそめてしまう。
「何を言うのです、この男が郭嘉のはずがありません。私の知る郭奉孝という男は、いつもだらだら歩いて、にへらぁ、と締りのない笑みを浮かべ、甘い物には目がない、およそ軍師らしからぬ素行。女と酒にだらしなく、ましてやこのような早朝に動いているところなどついぞ見たことがない！」
　言い切って、びしり、と体は子ども、頭脳は大人、じっちゃんの名にかけての探偵たちも真っ青な指差し加減で、荀彧は男を差した。
「したがって、貴方が郭奉孝であるはずがない。もしも本当にそうであるというのなら、私は主公の大好物である絶影型饅頭の生クリーム掛けを十個平らげて見せましょう！」
「えーっと、色々つっこみたいことは多数あるのですが、ひとつだけ反論させてもらいますと、私がこの時間にここに居るのは、朝帰りの途中だからです。今度曹操殿と一緒に行く遊郭の下調べを兼ねていました。曹操殿、あそこの遊郭は大当たりでした。酒は美味しいし、綺麗な女人ばかりでした。どうです、今夜にでも？」
「奉孝じゃーー！」
「えー、ちょ、主公！！」
　喜色満面で飛びついた曹操に、荀彧が叫んだのは、当然の結果だった。


　すでに二個目の半分で気持ち悪くなった荀彧だったが、辛うじて当面の問題を追及することは忘れていなかった。
「それで、根拠を聞かせていただきましょうか、郭嘉と名乗る方」
「貴方も大概頑固ですよね。見てくださいよ、殿なんてもうすっかり私に馴染んで懐いてくれています」
　よぶんに頼んだ絶影型饅頭を二人で仲良く分けあいっこした郭嘉と曹操は、生クリームを口の端につける位置まで同じくして、ねえー？　と微笑みあった。
　なんの茶番だこれは、と荀彧は見えないほうを睨み付ける。
　――ナレーション、視線逸らす。
「たった一晩の間で郭嘉の身に何が起こったのか、そういう点はこの際本筋から外れるので訊きませんが、先ほどの根拠についてはお聞かせいただきます」
　さり気無く後ろ手で残った饅頭を許チョへ渡しながら、荀彧は話を進めた。
　えー、訊いてくれないんですかー、と不満そうな声を漏らしながらも、郭嘉は言った。
「ですから、不幸の手紙なんてただの都市伝説ですって。呪いとか馬鹿馬鹿しいですよ」
「そういう現実主義的な発言は郭嘉らしいです」
「こういう、呪いの手紙の類を信じてしまう荀彧殿も、怜君というわりに浪漫が好きで可愛いですよね。前から思っていました」
「黙れ」
　殺気の籠もった言葉を投げ付けるが、にこにこ笑顔の郭嘉は怯まない。
「あ、でも曹操殿のほうがもっと可愛らしいですよ」
　大丈夫です、と言われて、曹操は苦い思いだったろうに、甘い饅頭を食べているせいで頬が緩んでいて、実に珍妙な顔付きになっていた。
「これではご納得いただけないようですので、三点ほど説明します。ひとつは、この手紙の発案者が呪術師の人間ではなかった――荀攸殿であること。この時点で本当に呪いの効力があるのかどうか疑問です。二つ目に、本当に呪いだとしても、このように相手の名も記されていない、無差別に狙ったものに効果はほとんどありません」
　そうなのか？　と曹操は目を丸くする。
「そうです。殿は私と似ていて現実主義者のわりに下手に呪いなどを気になされる。本当に気になられるのでしたら、きちんと調べてから恐がらないといけませんよ」
「うむ、そうであったな」
「呪いは相手の体の一部や、普段愛用している物が必要です。そして名を記し、呪法を施します。これがあり初めて発揮されるものです。このような曖昧この上ない方法で殿にだけ呪いがかかるなどとありえません」
「優秀すぎてやはり郭嘉とは思えん」
　荀彧の呟きに、
「ありがとうございます。荀彧殿に褒めてもらえて光栄です」
　と郭嘉は軽く頭を下げた。
「しかも絡みづらい」
　嘆く荀彧の肩を、許チョが優しく叩いて慰めた――と思いきや、饅頭の催促だった。
「そして最後ですが。これ、出した相手、劉備殿ですよね？」
「なに、あやつが！」
「はい、なにせこの呪いの手紙を初めて出した相手は、劉備ですから。荀攸殿が最近考案した呪いの上に、初めて実行した相手があの男。そしてその日のうちに殿のところへ同じ物が届いた。これ以上ない状況証拠ではありませんか？　つまり、ますますこの文に呪いの効果など見込まれない、ということです」
「……文若」
　ようやく許チョに最後の饅頭を渡し終えた荀彧が一息ついたところで、曹操の低い声に呼ばれた。
「奉孝がこう言っておるが、お主から何かあるか」
「郭嘉の申す通りかと思います」
「では、公達が考案した呪いもどきを知っており、実行に移そうと考えそうな人間の心当たりも重々存じておろう」
「そのように遠まわしにおっしゃらずとも、私だ、とおっしゃってくださって結構です」
　ち、この裏切り者め、と郭嘉を睨むが、目が恐いです、女人に嫌われてしまいますよ、と言わんばかりの微笑に、うああぁー、絡みづらい、と内心嘆息する。
「何のためにわしがあやつをここへ招いたのか、理解しておらんかったのか」
「理解しております。だからこそ、です」
　曹操が劉備を招いたわけ。
　悪評も高い曹操が、徳の将軍とも名高い劉備を迎えた。すなわち、人心掌握に他ならない。虎の威を借る狐である。もう平たく言っちゃえば人気取りである。ぶっちゃけ人気タレントを起用して勢力拡大を狙う政党みたいな
「黙れ」
　――ナレーション沈黙。
「ウザいんですよ、あいつ」
　ありえない方向へのつっこみを華麗に成し遂げた荀彧は、あっさりと言い切った。
「身も蓋もない言い方しないでくださいよ、荀彧殿」
　郭嘉は苦笑している。
「それ以外にどのような言い方がある、郭嘉」
「確かにあの人、自分で人気があることをよーく知っていて、見事に猫かぶっているとは思いますけども。それも大事な処世術だと思いますよ？」
「お前はどちらの味方なのだ！」
「私は曹操殿一筋です」
　イケメンスマイルが眩しい。曹操が嬉しそうに頬を染めているのがまた腹立たしい。それもうすでに八つ当たり、とつっこむ人間は皆無であったが、荀彧は言う。
「主公の為さっておられることに異を唱える者は確かに多数おります。それは変革期には致し方ないこと。それは主公も重々承知しておられるはず。そこへ今さらあのような、仁徳だけが取柄の男を懐へ招いたところで、主公の人気が上がるわけでもありませんでしょう。むしろあれはいつか主公の、獅子身中の虫となりかねない。貴方に取って代わる危険性を孕んでいるのです。お分かりですか」
　さすが荀彧殿は、言いますねえ、と郭嘉は楽しそうだ。主君の危険性を認め、主君が相手に劣る、と言い放つことができる臣下など、そうはいない。曹操も荀彧のそういう面を好んでいるわけで、直言を神妙な顔で受け止めていた。
　だが、この臣下にしてこの主君ありである。
「わしに取って代わるほどの力を持っている――言うなれば人心の大切さを良く知る男だからこそ、わしは近くに置いておきたいのだ。いつか害をなす、と案ずるお主の考えもよく理解している。だが、殺そうとするのはやりすぎだ」
「むしろ、殿のもとで劉備が殺されるようなことになったら、ますます殿の評判落ちますからね」
「ですから呪術という手段を」
「文若」
　遮った声音は有無を言わせなかった。とてもではないが、得たいの知れない呪術に恐れて駆け込んできた人間とは思えない。やはりこの人はこうして胸を張って前だけ見ている姿が似合っている。
「もう少しだけ、わしに時間をくれ」
　しかし、覇道を歩む者に相応しい貫禄を見せた曹操の一声にも、荀彧は首を縦に振ることなく言い切る。
「やです」
「やです言うな。今の流れでは、ため息をついて『仕方ありませんねえ、主公には敵いません』と苦笑する、という具合で丸く収まるところではないのか！」
「甘いですね、主公は大甘です」
「むう、確かにわしは甘い物に目がないぞ！」
「主公の甘い物好きには本当に困ります。糖尿病で死ぬのは、不良軍師だけで十分です」
「この郭嘉になっても、甘い物好き変わらんかったしな」
「まったく、動くの嫌いで昼夜逆転して酒飲んで女と遊んで。これで長生きしたら、健康志向の人間が馬鹿みたいではないですか」
「その通りだ」
「話、ずれてますよ」
　郭嘉のつっこみに、はっ、と二人は顔を見合わせた。
「基本的に二人はボケ体質ですね」
　呆れる郭嘉に気まずそうな表情を浮かべたものの、怜君の立ち直りはさすが早かった。
「とにかく、今回の相手は隻眼将軍でも私でも、ましてや郭嘉でもありません、あの大耳です。誰が頷くものですか！」
「何という頑固者だ。我が子房ながら呆れるわ」
「郭嘉、お前も黙って見ていないで主公をお諌めしろ」
「ですけども、殿と荀彧殿のやり取り見ているのも楽しいですし」
「この享楽の申し子め！」
「最高の褒め言葉です」
「あー、絡みづらい！！」
　荀彧が相方を取り替えようか、と真剣に悩んだ隙に、曹操は素早く部屋を出て行ってしまう。後を追いかけようとした荀彧の前に、許チョが立ち塞がる。
「許チョ殿、どいてください」
「出来ないだよー。今、曹操様に頼まれただあ。荀彧を曹操様と劉備様に近づけんな、てなあ」
「そのような命令、無効です！」
「おいらにとって、曹操様が命令したことは絶対だあ」
「頑固者ですね！」
　自分のことは棚に上げて、荀彧は許チョの巨躯の影で歯噛みしたのだった。
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