「帰ってきた 荀彧文若の苦労日誌 １」 劉備×曹操 |
【前口上】 ああ、こんな本を手に取っちまったんだな。まあ仕方ないよな。これも何かの縁だ。 というわけで、俺はいつもの郭嘉だ。そう、いわゆるプレイアブル化する前の郭嘉奉孝だ。え？ おめでとうって？ ありがとう、へへっ。まあおかげでこの俺の出番は少なくなっちまうだろうけども、それでも時々出てくるかもしれないから、忘れるなよ？ そう、で今回の文若の苦労話は、劉備×曹操ってことらしい。うわぁ、最悪だね。なにって、文若のイライラ引き受けんの俺じゃん！ やだやだ。途中でプレイアブル化した俺と代わろうかな。 ま、そんなわけで、この文若の苦労日誌シリーズを読んでくれているみんなは御馴染みだろうけども、こういう感じで現代用語はもちろん、ゲームネタまで平気で出てくるから、そういうのやだなー、とか思ったら本をそっと閉じてくれて構わないぜ。 もしも俺と一緒に文若の愚痴を聞いてくれるってーんなら、よろしくな。あとで酒の一杯でもおごってやるよ。一緒に耐えような？ じゃあ、覚悟を決めて本編へ進んでくれ！ 【前口上担当 創作郭嘉より】 荀家は元々潁川でも名のある名族である。すなわち彼はいいとこの坊ちゃんであるのだが、何せ世の中、明日の米もどうなるか分からない世情である。名族だと持て囃されようとも落ちぶれるのは簡単だ。 おかげさまで荀彧文若は買ってもいないのに苦労が出血大サービス大安売りをしているものだからいつの間にか大量に押し付けられて背負わされる羽目になった。 「って、そこはもう以前やったので結構です、それよりも、もっと肝心なところがあるでしょう、肝心なところが！！」 「文若、どこに向かって突っ込んでんの？ 俺、ちょっと怖いんだけど」 荀彧の相方である郭嘉――え、俺いつ文若の相方になったの、と郭嘉奉孝、不満顔であるが、無視である――は、同僚である男の見えないところ（ナレーション）へのつっこみを耳にして、恐怖している。 失礼――では以下中略―― 「文若は、わしの張子房だ……っ」 曹操に泣きながら言われた日には、この可愛いらしい生き物が生まれた時代に良くぞ我が身を同じくさせてくれた、神よ（荀彧は無神論者である）、と思わず呟いたとか、呟かないとか。 とにかくこの瞬間から荀彧は曹操の臣下になり、曹操と共にさらに苦労を背負い込む人生を歩むことになるのだが、彼はいたって幸せだったので、もしかしたら彼はマゾヒスト……いやいや相当なポジティブシンキングであったに違いない。 そして何よりも「この人には一等幸せになって貰いたい」と強く強く願ったという。 だからこそ、この状態にもどかしさを覚えずにはいられずに……。 「もどかしさではありません！ アレに対しては殺意です、さ・つ・い！」 「いやー、俺もその気持ちはよ～く分かるけどもさ、あからさまに殺意だだもれさせるのもどうか、と俺思うよ」 さすが相方、荀彧の『アレ』という世の母親が子供に向かって出す、ノーヒントクイズをさも当然のように答える。むしろ、長年連れ添った夫婦のようである。「母さん、アレはどこだったか」「お父さん、アレはあそこですよ」「おお、あそこか、すまんすまん」のようなものである。 「俺、文若の奥さん？ これってそういう話？ 荀彧×郭嘉？ 俺、劉備×お主公って聞いてんだけど」 「奉孝、なにを一人でぶつぶつと言っている。ボケるには早い。私はお前の介護などしたくない。死ぬなら私より後にしなさい」 「なにその妻に頼りきって家事が出来ない夫が言う台詞」 「誰が誰の夫か。大体、一人で先にプレイアブル化しておいて、すでに私に対する裏切りと思うのだな、奉孝」 「ははー、うらやましいでしょう？ ねね、プレイアブル化した俺、凄くない、凄くない？」 「はしゃぐな！」 すかぱーん、と持っていた書簡の角で脳天を打たれて、郭嘉悶絶である。お、俺の無双乱舞１よりひどい、などと呟いている。 「大体、プレイアブル化したお前は、一人称が俺ではないはず、お前は偽者の郭嘉奉孝だ」 「に、偽者とか言わないでよ。だって仕方ないじゃん、このシリーズの中の俺はこういう設定なんだからさあ。急にノリが変わっても気味悪いでしょうが。しかも、それ言ったら、どう考えてもあの大耳、無双のやつと性格違いすぎだと思うんですけど」 「ああ、ああそうだった。あの大耳をどう穏便に殺すか、という相談の最中だったな」 途端、麗しい美貌に相応しい鋭利な殺意が醸し出され、郭嘉は顔を引き攣らす。 「殺す、とかいう方法とる時点で、すでに穏便じゃないからね、文若？」 分かってる？ と訊くが、すでに荀彧の耳には届かない。 「この間、 「程昱のじいちゃんの一服はきっついからねえ。とりあえず、腹を下すだけですんだら御の字じゃない？ 唯一平気だったの許チョぐらいだったし。あの夏侯惇の旦那ですら数日寝込んだよね」 とりあえず話を合わせてみる郭嘉は、俺って人が良いよなあ、と内心呆れている。 「うむ、それだな」 「それって……一服盛るのはどうかなあ、全然穏便じゃない気がするけど」 「そうか？」 「だって絶対に犯人探しをしちゃうじゃん。特に主公が」 「それは面倒くさい」 「そうでしょう」 「では、 「あれって……ああ、アレ？」 再びノーヒントクイズにあっさりと解答する郭嘉は、やはり荀彧の相方に相応しいようで、うっかり荀彧×郭嘉である。これが本当のモブ攻め×である。 「うるさいよ、そこ！」 「誰につっこんでいるのだ、奉孝」 「……え？ そういえば誰だろう」 自分で自分の発言に恐れ戦きつつ、荀攸の「アレ」だったらいいんじゃない、と頷いた。 「よし、ではさっそく準備をする。帰るぞ」 ちゃりん、ときっちり自分の飲み物代だけ卓上に置いた荀彧は、素早く立ち上がる。 「奢りじゃないんだ」 相談に乗ってあげたのに、と不満を口にしかけたがやめておいた。今の荀彧を必要以上に怒らせれば、とばっちりがこちらにも及ぶことは明らかだ。 「ごちそーさま」 馴染みの茶屋だったので、郭嘉がひらり、と手を振れば、看板娘の可愛い子がまんざらでもなく商売笑顔以上のものを送ってくれる。もっとも、その視線は郭嘉と荀彧の両方だ。 「文若がプレイアブル化しなくて、良かったかも。ライバル増えちゃうよ」 「なんだ、何か言ったか」 「別にー」 「どうでも良いが、奉孝、お前は甘いもの食べすぎだ」 「そう？」 「糖分を取りすぎると糖尿病で死ぬぞ」 「俺の死因が実は糖尿病とか、けっこう笑える？」 途端、なぜか荀彧の書簡が頭を打つ。 「だから痛いってば」 郭嘉の文句に荀彧は無言ですたすたと先を歩く。 「なに、もしかして今の俺の心配？ ねえ、そうなの？」 物騒な話をするためのカモフラージュか、荀彧が誘ったのは真っ昼間の茶屋だった。当然通りに人は溢れているが、急ぎの書簡を小脇に抱え、長身の男の後ろ姿は目立つ。呼びかけても振り返ってはくれないが、郭嘉は伸び上がって呼ぶ。 「待ってよ、文若ー」 飼い犬が餌をくれる人間に懐くがごとく、郭嘉はとたとたとその背中を追った。 ■□■ 劉備の朝は早い。 貧乏だったころは腹が空きすぎて眠れず、すぐに目が覚めて腹の足しにと水を飲む毎日を送っていたときの名残だ。今は曹操に招かれて許都に居候しているせいで、食べ物に困ることはない。それでも、長年身に染み付いた習慣は抜けることがなく、こうして朝もや漂う中、伸びをした。 「おはようございます、将軍！」 そこへ、新聞配達――もとい許都で配布されている地元紙、鳳凰(ほうおう)書簡を配達している少年がやってくる。もちろん、劉備が居候している屋敷にも届けられる手筈になっていて、劉備はご苦労様、と笑顔で受け取った。 「将軍はいつもお早いのですね、ボク尊敬します」 少年の目は靄に透けている朝焼けを受けてキラキラと輝き、劉備を見つめている。 「そなたこそ、毎朝早くに大変であろう。そうだ、少し待っていてくれ」 言い残し、昨日収穫したばかりのジャガイモを布に詰めて渡すと、勤勉なる書簡配達少年は大喜びだ。 「これは将軍が？」 「はは、私の趣味のようなものだ。まだたくさんあるので遠慮することはないぞ」 「ありがとうございます！」 まるで宝玉でも拝受したかのようにジャガイモの詰まった袋を押し抱いて、勢い良く頭を下げて走り去っていく少年を見送って、劉備は屋敷内に戻った。 安価で済む麻布に近日都内で起こった出来事が書かれているが、劉備が見るのは四コマ漫画と、書簡の下に掲載されている安売りの広告ぐらいだ。実にもったいない。 「お、今日は卵が安売りか。お一人様ひとパックなら、雲長と翼徳つれていけば三パックいけるな」 さっそく今日の予定がひとつ埋まる。 「兄者、食料なら曹操殿より支給されているではございませぬか。なにゆえそう毎日どこかの安売りへ足を運んで買おうとなされるのです」 こちらは、自己の鍛錬のために早起きをしている義弟関羽が、劉備の独り言を聞きつけて尋ねた。 「天子様に劉皇叔、と呼ばれて慕われている左将軍様は、庶民のみなさまと一緒にスーパーの安売りに並ぶ庶民派って、ウケ良くないか？」 「……はあ」 「勤労な書簡配達の少年は、行く先々で将軍様が育てたジャガイモを貰ったんだ、と嬉しそうに吹聴してくれるし。今日も幸先いいぞ、雲長」 「我が兄ながら、しっかりしておいでだ」 関羽は呆れ顔だが、楽しそうな劉備の脇に鳳凰書簡ではない、見慣れない 「それは？」 「ああ、家の門の前に結ばれていた。まだ中は見てないけど。雲長見ておいて」 まだ安売りはないか、と書簡を眺めている劉備に失礼、と断ってばさり、と布を広げ、目を走らせる。 関羽の赤ら顔、といえば長髯と同じぐらいのトレードマークで、おかげでどの媒体の三国志を見ても、関羽だけはどれも同じに見える、という少年漫画顔負けの特徴を持った男であるが、文面を読んだ瞬間、青褪めた。 「どしたの、お前の特徴が一個少なくなっちゃうよ。耳がふくよかで手足がすらりと長いっていう私のほうが特徴多くて勝ちだな」 「兄者！」 軽口を叩く劉備の眼前に、布を広げて見せる。 「えー、なに、お前の秘密でも書かれてた？ 実は髯に寝癖が出来るとその日は一日中部屋に籠もっているとか、赤い顔を気にして美白効果のあるクリーム塗っているとか」 「いいから読んで下され！」 「えっとー、綺麗な字だね、これなら私にも読める」 文面は以下の通りだ。 『この手紙は不幸の手紙です。三日以内に十人の人間に同じ内容の手紙を出さないと、貴方は死ぬことになるでしょう』 「……だって、なにこれ、ちょ、笑えるんですけど」 劉備は腹を抱えて笑い出す。 「――い、いまどき不幸の手紙とかないでしょ、これ、あははははっ」 「兄者！ これは立派な呪いです、何とかしませんと、兄者のお命が危のうございますぞ！」 「えー、なに雲長、こういうの信じる性質なわけ？ いまどき子どもでもこんなの信じたりしないって」 「いつの話をしておられるのです！ 今は西暦も１９９年、呪いの類は十分に信じられている、相手を殺すのに有効な手段ですぞ」 「いや、だってそれで実際人死んだわけ？ 雲長、そんな人知ってる？」 「……」 「ほらー、だから迷信だって、呪いなんて無い無い」 「いえ、しかしこれを気にし、落ち込んだりした挙句に病に伏しでもすれば、十分にその効果は」 「雲長、私がそんな繊細に見える？」 「……見えません」 「じゃあ心配するだけ無駄無駄。雲長のほうが呪いにかけられたみたいだよ」 手にしていた不幸の手紙をぽいっと放った劉備は、それより翼徳を起こして、スーパーの前で待機するのだ、と凛々しい声を発する。 「こういうときだけ張り切られるとは」 嘆かわしい、と首を振りつつも、関羽は深酒で意地汚く寝こけている末弟を起こしに部屋を出る。それを見送った劉備は、頓着無く捨てたはずの不幸の手紙を摘み上げて、ふ～ん、と口角を釣り上げる。 「面白そうなことするねえ、怜君殿は。これは期待に応えないといけないな」 与えられたものの、今まで一度も足を運んだことの無い書室へ入り、埃を被っている硯を覗きふっと一吹きして、墨を擦り始める。ジャガイモを入れるズタ袋を解体して文代わりにして、墨を含ませた筆を下ろした。 墨が乾くまでの間は朝餉を食べて、それから 「いやー、どんな反応するかなあ、卵手に入れたら、帰りに寄ってみないとね」 くつくつと笑う劉備は、憧れの眼差しで少年に見つめられていた、どこか気品すら覚える皇叔の面影はなく、悪戯小僧のような顔付きだった。 |
| 目次 次へ |