「梅の雨が降りしきる 3」
劉備×曹操


     *****

 ほんの偶然だ。
 偶然が重ならなければ、恐らく関羽は一生気付くことはなかっただろう。

 あれはまだ義兄弟たちと許都へ身を置いていたころだ。丁度一年前ぐらいになる。
 その日関羽は張遼に呼ばれて酒に付き合い、館に泊まる予定になっていた。
 まだ呂布の討伐がすみ、張遼も降将になったばかりで、打ち解けて話す相手もいなかった。また関羽も、曹操に無理に呼ばれて来た許都で知り合いもいなく、兄と弟以外に心許せる相手がいなかった。
 二つ返事で誘いに乗って、今夜は帰らない、と兄弟たちに告げた。
 すると張飛も、雲長の兄者が飲みに行くなら、俺もどっかで一杯やってくる、と言い出して、ふらっと出かけてしまい。それを苦笑しながら見送った劉備は、関羽を快く送り出したのだ。
 酒と話題は尽きることなく、関羽と張遼は徐々に会話と体に熱を籠もらせていった。
 次第に、酔った勢いなのか夜中であるにも関わらず、庭に出て手合わせをしよう、という流れになった。二人は暗闇であるにも関わらず、篝火さえ焚き始めて、狭い庭で偃月刀を振り回し始めた。
 それがそもそもの間違いなのだが、当然二人の腕では狭い庭だけでは足らず、結局郊外、城門をもう出ることは出来ないので、そのギリギリの広い空間で打ち合いを始めた。
 するとどうだ。
 いつの間にか夜中だというのに見物人が集まり始め、二人を囲み始めたではないか。
 さすがに気まずくなり、なおかつ動いたおかげか酔いが抜け始めて正気に返った二人は、そろそろ終わりにしようか、と互いの目を見て思ったころ。
 曇り空であった夜空から、大粒の雨が降り始めた。
「これは、お開きにせよ、と天からのお叱りか」
「そのようですな」
 二人は苦笑して、そのまま互いの館へ帰ることにした。
 郊外まで来たせいで、張遼の館へ戻るより、自分たちの館が近くなっていたからだ。
(もう夜も遅い。兄者は寝ているだろう。静かに入らねば)
 館の近くへ来たところで、関羽は気配を殺した。そうすれば、本降りとなってしまった雨も手伝って、獣のように音を潜めて館へ入り込むことなど、容易かった。
 全身濡れ鼠となっていた関羽は、拭く布を探すために、すぐに自室へ行かずに居間へ向かった。
 くしゃくしゃに置かれている布を暗闇の中から苦労して探し当て、頭と髯を軽く拭いたところでようやく一息ついた。
「……っぅ」
 と、雨音に紛れて人の声のようなものが聞こえた気がして、関羽は衣を脱ぎかけていた手を止めた。
(……? 何であろう)
 この館には、夜は関羽たち三人しかいないはずだ。だとすれば、出かけている張飛ではないのだから、劉備だろうが、それにしては少し違う声のような気がした。
 居間の先には、劉備の部屋しかない。声はそこから聞こえるようで、耳を澄ましてみた。
「っび……ぁ」
 聞き取りづらいのは、戸を挟んでいるからだろうが、それを除いてもどうやら明瞭な言葉ではないようだ。近いものを挙げるなら、喘ぎだ。
 一瞬、劉備が今夜は一人だから、と女を連れ込んだか、とも思ったが、それにしては声は男のようで、しかも聞き覚えのあるものだった。
 そろり、と関羽は足を進ませた。衣擦れや水を吸って重くなった衣の水音は、幸いにも外の雨が掻き消してくれる。
「もうこのようになさって。随分とはしたないのですね」
「やっ……め……っ」
 戸を一枚隔てたところまで近付いたせいか、声がはっきりと聞き取れるようになった。
 からかうような声は紛れもなく劉備のもので、それに恥じたように、しかし艶かしい声で答えたのは、やはり男のものだった。
(兄者が男を抱かれるとは、存じ上げなんだが、しかしこの相手は)
 別段、劉備が同性を抱くことに違和感を覚えはしなかった。劉備の口からは聞いたことはないが、求められれば拒まない人だ。男との経験があってもおかしくはない。そういう、妙な寛容さが劉備にはある。
 それよりも関羽が気になったのは、その相手だ。
 聞き覚えがあるはずなのだが、どうしても顔が思い浮かばない。
「んんっ……ぁ、ぁ」
 男の喘ぎなど、とも思ったが、その声はひどくそそる。好奇心は関羽の手を戸にかけさせた。
 そっと、隙間を作り、細くできたそこから、中を覗く。
 燭芯(しょくしん)に火が灯っているせいで、劉備ともう一人の姿はすぐに目に入った。
「――っ」
 息を呑んだ。辛うじて気配は殺せたが、関羽の衝撃は大きかった。
 あまり広くはない部屋だ(広いと落ち着かない、と言って劉備は曹操に言って館を小さなものへ変えてもらった)。寝台は戸から数歩の距離にあり、その上に裸身の男が二人、予想通り交わっていた。
 しかし、その相手は……。
(曹操っ?)
 劉備は戸に体を向けて座っている。その劉備に背中を預ける形で、同じく戸に向かった形で座っている男の顔は、紛れもない、この許都の主である曹操であった。
 呆然とする関羽の前で、二人は情事に勤しんでいた。
「こんなに寝台を汚して。明日の洗濯当番が私で良かったですね。もしも雲長あたりだったら、不審に思って問い質しにくるでしょう」
「ぁ、あ……ふ、くぅ」
 劉備の手は、大きく開かれた曹操の足の根元にある、そそり立つ欲をするすると撫でている。
 手が上下する度にびくん、と曹操の体が震えた。
「私は弟には嘘がつけませんし、聞かれたら正直に答えてしまうでしょう」
 そんな曹操へ、劉備は楽しげに話しかけている。
「それは曹公が汚したものだから、丁寧に洗ってあげてくれ、と」
 くすくす、と笑う劉備に対し、曹操の頬に朱がさして、ゆるゆると頭が振られた。
「やめろ……どう、して……っぅ、ん……」
 快感をやり過ごすためか、曹操はきつく目を閉じている。目尻から涙がこぼれて頬を濡らした。
「恥ずかしいのですか? でもそのわりには、ここは一向に萎える様子はありません。むしろ先ほどより勢いがあるように思えます」
 まるで、見えない誰かに見せ付けるように、劉備は曹操の足をさらに大きく広げて、中心で濡れそぼっている欲を淫らな手付きで撫で回した。
「いやっだ……劉備……っ」
 拒む言葉とは裏腹に、曹操の腕は劉備にすがり付いて離れない。
「ほら、このような曹公の姿を、誰かに見られでもしたらどうしましょう。例えば、そこの戸が突然開いて」
 ふっと劉備の目が戸へ向けられて、大きく見開かれた。
 どきっとする。見つかった、と思った。隙間からではあったが、明らかに目が合った。しかし、関羽の体は動かない。いや、動けなかった。
 次の瞬間、劉備が驚きから覚めて、笑みを浮かべた。
 曹操をあえて辱めるような言葉を紡いでいたような、意地の悪い笑みではなく、無邪気な、それこそ子供が悪戯を思い付いたかのような笑いだった。
 硬直している関羽を他所に、劉備は傍に落ちていたらしい腰帯を、曹操の顔に巻き付けた。
「劉備?」
 丁度目隠しのようになり、視界を塞がれた曹操が不安そうな声を上げた。
「今宵の雨は、貴方だけでない。さらに面白いものを運んできてくれましたよ」
 ちょいちょい、と劉備が関羽へ向けて手招きした。
(拙者を呼んでいるのか?)
 そう理解すると、先ほどまで全く動こうとしなかった体が、ぎくしゃくながらも動き始めた。
「貴方をもっと快楽に溺れさせて差し上げますから」
 耳元で囁く劉備に、むしろさらに曹操は不安を煽られたらしく、手を伸ばして目隠しを取ろうとした。それを劉備の手が止める。
「取らない方がよろしいかと。貴方のためにも、この男のためにも」
 含むような言い方が引っ掛かったのだろう。曹操がさらに身じろぎした。
「触れて差し上げろ。触れたかったのだろう。だから見ていた」
 その言葉にぎくり、とした。
 劉備はいつも関羽の考えを読み取った。それは劉備が人心の機微に敏感であるからだろうが、何よりそれだけ劉備と関羽は隠し事のない関係だった。
 だからこうして、時折関羽自身も気付かなかったことを気付かされる。
「誰か、居るのかっ?」
 劉備の言葉が自分に向けられたものではない、と分かったようで、曹操が焦った声を出した。劉備は答えず、関羽にいたずらっぽい目付きで促してくる。
「さあ。お前の好きなところへ」
 さらにぐいっと、劉備は曹操の体を生贄のように関羽へ突き出した。
 鍛えられた男盛りの肌は息を呑むほど白い。常に衣や鎧に身を包んで、日が当たらない証であろうが、元々が白いのだ。その白さを際立たせるように、劉備が付けたであろう、赤い点が散っている。
 散々嬲られた後なのだろうが、白い胸でぷくり、と膨らんだ両側の尖りが桃色に染まっていた。
 腹筋が薄っすらと浮かんだ腹を、汚しそうな勢いで勃(た)ち上がっている曹操の下肢が、つっと雫を垂らす。
 それぞれが白を強調するかのように色鮮やかであったが、何よりも関羽の目を引いたのが、きつく色を含んでいる欲の下で息づいている、真っ赤な窪みであった。
 曹操自身の欲でぬらぬらと光り、もしかしたらすでに劉備に弄られた後なのか、小さく喘いでいる。
 雨に打たれた体は冷え切っているはずだが、芯の部分がかっと熱を持つ。
「見るな!」
 見えなくとも、誰かに視姦されているのは感じるのだろう。曹操が鋭い声を発した。
「貴方ほどの立場なら、誰かが傍に居ようとも関係ありませんでしょう。恥ずかしいはずがないと思いますが」
 確かに、曹操ほどになれば、房事の際に相手と二人きりにさせるなど、周りが許さない。もっとも無防備なときだ。もしかすれば、寝台の横に近衛兵を置くぐらいのこともあったかもしれない。
 そのような状態で房事を行っていれば、他人がどれだけそこに居ようとも羞恥などもうないだろう。
「それとも、他人に見られていると興奮する、という体質にでもなってしまっていらっしゃるとか?」
 曹操を辱める言葉を次々と吐く劉備は、関羽の知らない顔をしていた。どこか嬉々とした、しかし少しだけ憎しみの籠もった不可思議なものだ。
 そんな二人を見つめながら、関羽は黙っていることしか出来なかった。
 いや、声を発すればここにいるのが自分だと、曹操に知れてしまうのが怖かったのだ。
 知られたら最後、どこかから引き返せなくなるような、そんな未知の強迫観念があった。
 関羽にとって曹操とは、兄の道を阻む強敵であり、己の道を歩むのに手段を選ばない、そういう点では兄と良く似ているくせに、どうしてか兄と正反対の印象を受ける、そういう認識だった。
 特に嫌いだとか好きだとか、激しい感情は抱いてはいなかった。
 ただ、兄の道を阻み続けるのなら、いつかは殺さなくてはならないだろう、という淡々とした思いはあった。
「違う。儂はお主と……」
 否定したいのか、曹操は口を開くが、何かに躊躇ったようで口を閉ざした。
「さあ、早く。お前が触らねば曹公が熱を持て余して苦しんでしまう」
 関羽に向けられた劉備の微笑みは、まるで慈愛を含むような優しげなもので、一瞬、これは曹操を救うために仕方のないことなのだ、という気になる。
 こくり、と頷いて、劉備に操られる人形のように、関羽は寝台の前に跪いた。
「ぁ……ぁいやだっ」
 上ずった声が曹操から漏れる。見知らぬ誰かに触れられようとしているのが分かるのだろう。体が退(ひ)こうとするが、劉備の背に当たって阻まれる。
 ためらいはなかった、といえば嘘だろうが、しかし口に一度含んでしまえば、後は夢中だった。
「あぁ、や……っめ……ぇ……離せっ……うんっ」
 悲鳴じみた曹操の啼き声が、さらに関羽の戸惑いまで消していく。
 口腔へ含んだ曹操の下肢は、びくん、と大きく震えた。
 暴れようと体を揺すった曹操だが、腕や足は劉備に押さえ込まれている。僅かに腰が動くが、すでに下肢は関羽の口内だ。逆に動くことで関羽の歯に当たり、刺激が悦になるらしく、曹操の乱れた息は暴れたものか、悦楽のものか判別がつかなくなった。
「……っふくぅ、離せ、離し、て……くれ……っ」
 羞恥に駆られているらしく、頬が紅潮している。何度か喘ぎを殺そうと試みて唇を噛み締めるが、関羽の口淫の前では虚しい動作となっている。
 括れの部分を入念に舌で小刻みに振動を送ると、切れ切れに嬌声がこぼれる。
 高く艶の含まれた声は、男の欲を刺激するには充分すぎる。
 劉備が曹操の胸に指を伸ばすと、さらに強まった。
 口腔で刺激できない部分は、指を使って昂ぶらせる。屹立した下にある双果を指先で揉むように転がせば、曹操の下腹がひくり、と波打った。
「も……っ出る……ぁあっ」
 吐精を示す言葉を放つが、まだ出る気配はない。
「随分と早いですね。どこの誰だかも分からない相手にそのように淫らな振る舞いで。貴方は本当にはしたない」
 言いながらも、劉備の手は曹操の下腹を撫でて、吐精を促した。
 出していいのですよ。
 耳元でそう劉備が囁いた途端、関羽の口内へ熱い飛沫が注がれる。それを全て受け止めて、自分の掌へ吐き出した。独特の臭いが口内に残っているが、さほど不快ではない。
 不思議に思いながらも、吐き出した白濁のものを曹操の、先ほどから物欲しそうに喘いでいる後孔へ塗り付けた。
「ひ、ぁ……入れる、な……っ」
 吐精の余韻で胸を上下させていた曹操は、その感触で暴れ始める。
「曹公っ」
 嗜めるように劉備が曹操を押さえ付けるが、今度は苦労しているようだ。劉備を助けるために関羽は寝台へ片膝を乗せて、曹操の肩を掴んだ。そのまま顔の下となった曹操へ唇を落とした。
「っんん、んっ……ぅ」
 抗議は関羽の口腔へ吸われて意味をなさない。舌を捻じ込むように曹操へ差し入れる。噛まれるかとも思ったが、素直なほどに舌を絡めてきた。
 柔らかく甘い感触を味わいながら、中途半端だった指を押し進めてしまう。
 やはりすでに劉備の指でも受け入れていた後だったのか、抵抗感なく飲み込まれる。それでも狭い内膜は関羽の指一本でも苦しそうだ。
「っはぁ、はっ……ん」
 唇を離すと、息を吐き出しながらも後孔からの刺激に喘いだ。
「劉備っ……もう、こんなこ、と……ぁ、ん……」
 曹操の肌を弄っていた劉備は、胸の飾りを転がしながら小首を傾げる。
「善くありませんか? そうは見えませんけども」
「そう、ではなく……っこのような、趣味のわる、い……ぅぁあ」
 指が内膜の善いところを突いたらしい。一際高い声が上がる。
「趣味が悪いのは、お互い様でしょう。貴方は顔も分からぬ誰かに触られて、間違いなく興奮している。第一、先に誘ってきたのは貴方のほうだ。今さらやめるというのはおかしいでしょう」
 指を咥えたそこからは、すでに肌と愛汁が交じり合う卑猥な音が引っ切り無しに湧いている。
 やや乱暴に関羽が指を抜き差ししても、曹操は苦痛を漏らさない。それどころか、艶声はなおも色濃くなった。
「もう欲しいみたいですね。どうします。見知らぬ男に犯されてみますか?」
 快感にすっかり支配されていると思っていた曹操が、劉備の言葉にびくっと反応した。
「嫌だ! それだけはやめろ!」
 哀願とさえ取れる、悲痛な訴えに関羽のほうが負けた。
『兄者』
 と声に出さずに訴えて、首を横へ振って見せた。
「分かりました。では誰のが欲しいのですか?」
 関羽をちらっと見やった劉備は、小さく笑みを浮かべた後、曹操へ訊いた。
「……ぉぬし、の……、劉備のが欲しい」
 掠れた声で、曹操が言う。
 赤く濡れた唇が劉備を求める言葉を紡いだ瞬間、関羽は目を逸らした。見てはならない、聞いてはならないものを聞いてしまったような気がした。
 劉備は言葉を聞いてすぐに曹操を寝台へうつ伏せにした。自然、前にいた関羽に縋る形になり、正座する関羽の腿へ曹操の掌が触れた。
「あ……」
 怯えたように身を引こうとする曹操を、そっと関羽は引き止めた。結い上げてあった髪は当に乱れていたのでほどいてしまう。ごつごつとした己の指が気持ち良いかどうか分からないが、はらり、と広がった髪を安心させるように撫でた。
 ふっと曹操の肢体から力が抜けた。
 まるで待っていたかのように、劉備は曹操の腰を掴んで己の楔を押し進めたようだ。弾かれたように曹操の背が反れ、小刻みに声が漏れる。
 ぎゅっと関羽の腿を曹操の掌が掴む。
「ぁ、ぁ、っく……ぁ」
 きちきちと、狭い箇所をこじ開ける軋むような音が曹操を通じて聞こえそうだった。しかし決して苦痛に彩られた行為でないことは、曹操の声音で窺える。
 根元まで埋め込まれた曹操は、ぶるっと体を震わせた。劉備は曹操が馴染むのを待つつもりはないらしく、埋め込んだばかりの楔を引いていく。
「ぅぁ……りゅ、ぅび……っま、て」
 腿に食い込んだ曹操の爪が、悦の深さを物語っている。
 目元を覆い隠す布地の隙間から、眉間に集められた皺が見えた。その辺りを掌で撫でると、湿った気配がある。
 汗と、恐らくは涙だ。
 後孔から粘着物の混ざり合う音がする。掻き回されているのはすぐ分かる。曹操の顔が関羽の腿へ伏せられた。
「は、ふっ……ぁ、ん」
 熱い息が雨で湿っている衣をさらに湿らせる。
 緩慢な動きで、劉備は曹操を昂ぶらせていく。それが物足りない、と思うのか、曹操の腰はゆらゆらと揺れる。
 不意を衝いて劉備が深く曹操を突き込んだ。
「あぁっ……」
 がくん、と曹操が前のめりに深く倒れる。
「――っ」
 息を詰めたのは関羽だ。曹操が倒れた先は、丁度関羽の張り詰めた下肢の上だった。
「……っぁ」
 はっとしたように曹操の頬の辺りが硬直したのが分かった。顔を背けようとしたのだろうが、また劉備に突かれてそのまま動けなくなる。
 曹操の柔らかい頬が布越しとはいえ、関羽の欲へ押し付けられているのだ。すでに硬かった欲は、さらに勢いを増して曹操を押し返す。
「熱い……」
 独り言のように、曹操が呟くのが聞こえて、関羽は羞恥と、それ以上の興奮でかっと体の芯を燃え滾らせた。
 また劉備の腰の動きが緩やかになる。微かに曹操が不服そうにため息を吐くのが分かった。ため息に誘われて唇を撫ぜると、思わぬ行動へ曹操が出た。
 布地を押し上げて存在を主張していた関羽の欲を、口に含んだのだ。
 布越しではあったが充分な刺激で、危うく関羽は達しそうになった。反射的に頭を押しやろうとしたが、曹操の腕が腰に回り阻む。
 着替えようと半端に脱いでいた衣だ。寝衣に近い薄物であったため、曹操の口淫は鮮明に伝わった。
 しかし曹操にとって薄い布すら邪魔らしく、脱がそうとしているのか手が腰まわりを這う。
 劉備と繋がっている曹操を力任せに引き剥がすわけにもいかず、ましてや声を出して制止させるわけにもいかず、関羽は弱り果てて思わず劉備を見やった。
 するとふっと劉備が視線を逸らした。
(兄者?)
 不思議に思うが、すぐに逸れた視線は戻り、好きにさせろ、と言ってきた。
 そもそも劉備に命令される形で始まった奇妙な情事だ。今さら逆らう気もないが、先ほどの劉備の態度だけは引っ掛かった。
 しかしそれも曹操が直に関羽のものを咥えるまでだった。
 声がこぼれてしまうのを必死で耐えながら、関羽は己の欲をひたすら舐めている曹操を、ひどく淫らだ、と思った。
 大きく口を開けて、飲み込めるところまで咥え込んだ曹操に、劉備が容赦なく腰を打ち付ける。
 くぐもった声と濡れた息が関羽の欲へ吹きかかる。
 歯を食いしばって悦に耐えた。
 劉備と関羽に挟まれた曹操も、一度吐き出して冷めたはずの下肢に熱を籠もらせている。
 内膜を乱しながら、劉備がそこへ手を伸ばした。
「ふぅ、っ……っ」
 曹操は唇に力が籠もったのか、関羽のものをきつく締め上げてきた。
「曹公……」
 劉備が曹操を呼んだ。
 激しくなった雨足に掻き消されるような、小さな声だった。
 だが関羽はそれが確かに曹操の耳へ届いた、と確信する。
 なぜなら、曹操の眉間に刻まれた皺が浅くなり、安堵するように頬の肉が緩んだからだ。
 ああ、と関羽は心の中で嘆息を漏らし、それが何のためだったか考える前に、欲を放っていた……。



 あの後、すぐに二人も果て、疲れ切ったらしい曹操は安らかな寝顔を見せて寝台に横たわった。
 極力兄のほうを見ないで、言われるままに曹操を別の部屋に運んで、寝台の後片付けを二人でした。
 しかしそう長く黙っていられるものでもなく、関羽は劉備へ訊いていた。
「曹操とは、ずっと?」
 少なくとも、あの二人の様子では初めてではなかった。
「ああ」
 返答は短かった。
「どうして?」
 手は休みなく動いていて、劉備はこちらを見ようとしなかった。
「それはどっちの意味だ? どうしてああいう関係になったのか、なのか。それともどうしてずっと関係が続いているのか、なのか」
 しばらく考えて、関羽は両方です、と答えた。
「一つは簡単だ。向こうが誘った。いや、きっかけは私だが」
 曹操の勧誘があまりにもしつこいので、さすがの劉備も辟易していたのだ。館、財宝、食、女。しかし断る口実も少なくなってきた。そして曹操が、どうしたらお主が気に入るものを与えられる、と訊いてきたので、すかさず無理難題を掲げたのだ。
『貴方を抱かせてくれたら』と。
 もちろん、出来もしないのは分かりきっている。諦めさせるための方便だ。
 実際に、曹操もそのときは絶句して、我に返った後は激怒してしばらく会うこともなくなった。
 しかしある時、抱いても良い、と言い出したのだ。今度は劉備が絶句する番だった。
「そこで私も断れば話は終わりだったのだろうが」
「抱いたのですか」
「曹操のおかげで女には不自由していなかったから、溜まっているわけでもなかったんだが。たぶん好奇心だ。曹操はあの通り女にも劣らぬ外見だし」
 劉備は肩を竦めた。
「だが、もう一つは難しいな。一回でやめるつもりだった。男を、ましてや自分の阻害となる男を抱き続ける気など、なかった」
「ですが、今も続いている。それはなぜなのです」
「正直、分からない。曹操に対する敵愾心が妙な妄執を生んでいるだけなのか、それとも全く別のものなのか」
 初めて劉備の動きが止まった。
 横顔が歪む。
 困り果てたような、苦しそうな顔だった。
「こんなことは初めてだ。私は自分が分からなくなったことなどない。いつでも心が思うままに生きてきたはずだ。苦しい選択をしたときも、思い通りにならないことも多かったが、これほど自分の心が見えなかったことはなかった」
「兄者……」
 弱音を吐く劉備など、これまで見たことがなかった関羽は、驚くのと同時に愛しさが生まれる。
 無邪気に、天下人になる、と言い放つ兄も大器だ、と思うが、こうして一人の人間として悩む姿もまた、慕わしい、という感情を抱く。
「思うままに、すればよろしい」
「雲長」
「それが劉玄徳という道を切り拓いていく、と拙者は信じておりますから」
 貴方は、どうしたい。
 問えば、劉備はようやく関羽へ顔を向けた。
「ここを、出る」
「そうしましょう」
「距離を置かねば、ならない気がする」
「そう兄者がご判断されたなら」
「詳しく決まったら、翼徳にも伝えろ」
「はい」
 迷いの消えた劉備の双眼は、いつものように澄んでいた。
 ふと、降り続いていた雨が上がったのか、静寂が訪れていた。
「明日は曹公と遠駆けだったな。これなら行けるか」
 そう呟いた劉備の口調は、すでに単純に遠駆けを楽しむ子供のようだった。
「そうだ、雲長。お前を妙なことに巻き込んだな、すまん」
「何を今さら」
 苦笑する関羽へ、劉備はいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「だが、癖になりそうだろう。お前もせいぜい気を付けろ。案外曹公にはそういった素質があるのかもしれない。だから私も惑わされているのかもしれん」
 ははっと笑う劉備を眺めながら関羽は、また内心を見透かされたのか、とぎくり、とする。
 距離を置くことは確かに必要そうだ。
 劉備のためにも、己のためにも。



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