「危険か冒険か【RISK】~ムチャぶり~ 後編」
曖昧な5つの言葉 より
曹操×劉備


「そ、うですかね」
 答えた声は口付けに酔っているように掠れた。
「……まあ、初めてではないです」
「そうだろうな。何せわしを誘ってくるぐらいだ。かと言って、好き好んで男に抱かれている、というわけでもない」
「どちらかと言えば、女のほうが好きです。安心する」
「ならば、どうしてわしを誘ったりした。雷のせいではないだろう?」
 当然、つっこまれてしかるべきことだ。しかし劉備は慌てず微笑んだ。
「では、なぜ曹操殿は私の誘いに乗ってくださったのです」
「質問を質問で返すのは、お主の嫌なところだの」
 鼻を摘まれる。
「そんなお主に興味があったからだ」
 そのまま答えて、唇を吸ってきた。鼻が摘まれたままだったので、息が出来なくなったが、息苦しくなる前に唇は離れて、鼻も解放された。
「では、私も同じです」
 ほっとして息を整えて、答えた。
「真似するな」
「それならば、私を許都へ招いてくれた礼、ということでどうでしょうか。それに貴方は私を随分と買い被ってくれている。貴方に認められて、これでも私は喜んでいるのですよ?」
「……どうだかなあ。お主の言葉は本当にあてにならん」
 指が内腿を這う。敏感なところなだけに、ふっと息が詰まった。
「身体に訊くのも一興かと思うが、生憎とわしは房事での嗜虐性は持ち合わせておらんしな」
 言いながら、内腿の指をつ、つ……と身体の中心へと滑らせて、下肢の形を衣の上からなぞっていった。くすぐったさと仄かな悦に、笑いながら身を捩る。
「私も残念ながら被虐の趣味はありません。情交は気持ちが良いもの、と思っています」
「そこはわしも同感だ。ならば面倒くさいな。終わってから訊くとしよう」
「そうしてください」
 普段は慎重な男だが、時に大胆で大雑把なところがある。不安定なのかといえば、そうでもなく。男の度量なのかもしれないが、今回に限り、助けられた。
 流されやすい自分の性格を知っている劉備は、自分を戒めるつもりで、心の中で確認する。
 私の目的は、陛下の勅命を実行すること。
 この男を殺すこと。
 それには、十分に男を油断させなくてはならない。
 (もとどり)に刺していた簪を抜き取って、髪を解く。簪を枕元に置いて、にこり、と笑う。今度はきっと、普段通りだろう。徳の将軍と呼ばれ、民に慕われている顔だ。あまり、こういう場には相応しくない。
 だからなのか、女を相手にしたときは安心感を、男を相手にしたときは背徳感を煽るらしく、中々効果的なのだが、
「このような場面で見せる笑顔ではないな」
 あっさりと曹操は切って捨ててしまった。
 常套手段が通じにくい相手である。
 困ったなあ、と思うものの、言葉ほど劉備は困っていない。どちらかというと、この状況を楽しんでさえいた。一歩間違えれば危険極まりない、綱渡りのような状態だが、劉備にとっては見知らぬ道を当て所なく歩いているような、どこへ行くのだろう、というあの無性にわくわくする、冒険心をそそられる状況だった。
「では、どういった顔がお好みですか?」
「お主そのままの顔で好い」
「そうですか」
「それに、そういったものはわしが引き出してみせる」
「自信家でいらっしゃる」
「どうかな」
 ほどいた髪を掬われて、指が絡み、梳く。男の指にしてはすんなりとしていて、指先は整えられている。その指が帯を解き、肌を求めて隙間から忍び込む。
「ここは、感じるのか?」
 胸の突起を捉えて、曹操は訊く。
「結構、弱いみたいです」
 正直に答える。実際、指が触れただけで、じわり、と熱が生まれた。強めに転がされて押し込まれると、息が詰まる。眉根を寄せると、ああ、確かにな、と笑われた。
「なら、これはどうじゃ」
 衣の上から舌が這い、突起を衣ごと噛まれた。小さいながらも声が跳ね、背が反れる。痛みと快さに熱は高まる。
「なるほど、お主の身体は、その口よりもかなり正直に出来ている。やはり身体に訊くのも悪く無さそうだ」
 胸元から顔を上げて、にやり、と人の悪そうな笑みを浮かべた男に、ぞくり、と悦が走る。期待してしまっている自分に内心苦笑する。
 流されやすいにもほどがあるんじゃないか。
 しかし、やはり指や唇で愛撫が始めると、身体の芯はじくじくと熱を孕み、目元が潤んで視界を霞ませる。
「ん、んんっ……ぁ」
 首筋や肩口、脇腹など、劉備の敏感なところを暴こうと、曹操の舌は這い回る。下穿きを引き下ろされ、内腿に吸い付かれると、身体は強張った。
 くくっ、と笑い声が聞こえる。反対側の内腿を触れるか触れないかの微妙な感触で指が上に下にと通り、もう反対側は舌が這う。
 身体はひくひくと震えて、指と舌から逃れようとずり上がるが、足を抱えられて阻まれる。ちうっと音を立てて内腿を吸う音がした。
 腿より近い身体の中心へ熱が集まる感覚に息を呑んだ。際どいところへ口付けられれば、首を捻って抗いたくなるほどだ。
 咄嗟に頭の下にある枕を掴み、傍に落としていた簪の感触を指で辿る。簪の鋭い切っ先がちくり、と指先に痛みを走らせて、流されかけている理性を呼び戻した。
「まだ触ってもいないが、お主のここは元気だの」
 全身と、何より腿を愛撫されて、劉備の下肢は曹操の眼下で育った姿を晒していた。
「正直でしょう?」
 笑って見せる。曹操の手管に、身体はすっかりその気になっている。
「なら訊くが、どうして欲しい」
 意地悪げな表情を浮かべて言う男へ、劉備は言い返す。
「どうしたいですか」
「またお主はそれか」
「ははっ、すみません」
「しかしまあ、答えてやっても良い」
「どうぞ」
「お主の正直なそこを咥えて、散々に啼かせ、それから下の口がどれほど慣れているか存分に確かめつつ、泣くまでわしのもので中を突いてやりたい」
「……へえ。嗜虐癖はない、とおっしゃったわりに、そうでも無いではありませんか」
「お主こそ、わしの言葉を訊いて、ここがまた育ったぞ。被虐癖はなかったのではないか?」
「……」
 答えるまでの僅かの間と、男の些細な変化を見逃さない目で、劉備の胸に過ぎった期待から生まれた悦を言葉にされた。
「男が男に抱かれてもいい、と思うのです。多少なりともそういう一面は持っているのでしょうね」
 反論してみるが、曹操は笑うだけで取り合わない。
「期待に、答えてみせるとするか」
 大きく両足を開かれて、曹操の頭が中心へと覆い被さる。これから劉備を襲うであろう悦楽を想像して、逃げ出したくなりさえしたが、結局出来るはずもなく、曹操の口吻を受け止めた。
 先端への口付け、申し訳程度の舌先での刺激、と初めは軽い口淫から施されたが、すでに十分劉備の身体は熱を昂ぶらせている後だ。ひくひくと、曹操の目の前で下肢をさらに育たせた。
「っふ……ぅん」
 枕に顔をねじ伏せて、溢れようとする声を殺そうとする。普段は喘ぎなど気にしないのだが、曹操を相手にすべてを晒してしまうのは悔しい気がした。何より、己の声で理性が完全に流れてしまいそうだった。
 舌が下肢の中でも特に鋭敏な部分に這わされると、広げられている足を閉じたくなる。足を掴んでいる曹操の手に力が籠もり、顔を上げた。
「気持ち良くないか」
「……いいです」
 好過ぎるから逃げたくなるのだ。
 分かって訊いているに決まっている。相変わらず人の悪そうな笑みを滲ませている曹操の口元をちらり、と見やって、劉備は決め付ける。
 その口元は深々と下肢を咥え込み、さらに劉備を悦楽の深みへと導いていった。
「あ、んっ……ん」
 枕を掴む手に力が入る。ちゃり、と小さく簪の飾りが揺れる音がした。無機質な感覚が唯一、理性を繋ぎとめてくれていた。
 丸められた舌先が先端を抉ると、駆けた悦に背が弓なりにしなる。やはり曹操の技巧は今までの相手で一番で、むしろこれほど情交というのは気持ちの良いものだったのか、と驚くほどだ。
「ぃ、あ……あっ、はっ」
 押し殺し切れない声が口から溢れて止まらない。曹操の口が(すぼ)められて上下に抜かれれば、腰が勝手に浮き上がる。目の前が白と黒に明滅して、限界を訴えていた。
「そぅ、そう……殿っ」
 上ずった声で呼ぶと、口淫が止まる。急速に遠のいた極みに、全身から力が抜けた。わだかまった熱が腰の辺りで渦巻いて、身悶えるように腰が揺れる。
「物足りなさそうだの」
 顔を上げた曹操が上体を伸ばして頬を撫でてくる。全身が敏感になっている劉備は、頬に触れてきた手にすら感じて、身を震わせた。
 途中で止められた苛立ちに睨み付けるが、曹操は平然としたものだ。
「十分に、加虐精神をお持ちのようですね」
 悪態をつくと、まあな、と言う。
「お主は丈夫そうだし、少しぐらい苛めても平気だろう。そういう相手には少々遊びたくなる。第一、これぐらいならただ焦らしているだけだ」
 指が胸の突起を弾く。く、ぅと息を詰める。舌が肌を舐めて、中心から外れたところばかりを愛撫してくれば、熱がますます滞る。
「は、っあ……やめっ」
 気持ちは良いが、吐き出されない熱は劉備の思考を奪うには十分の効果だ。再び簪で指を突き、痛みで理性を保とうとするが、曹操に気付かれる。
「何をしている」
 取り上げられて、枕元の小卓に置かれる。
「あ……」
「自分を苛めても楽しくなかろう」
 刺し過ぎて血が滲んでいた指先を口腔に吸われる。
「返して、ください」
 あれがないと。
「大事な物か?」
「私の持ち物で一番高価なのです」
「大丈夫だ、失くさないようにそこへ置いただけだ」
「しかし……」
「男が簪ひとつで文句を付けるな。何なら新しい物を買ってやる」
 口付けられる。口内を弄られ、掌が皮膚の上を滑り始めると、ああ、もう良いか、という思いが劉備を包む。
 すっかり流されていると、ちらり、と頭を過ぎったが、もう身体は曹操との情交に蕩けている。身体の表面だけでこの有様だ。内側まで許したら、どれほどの法悦が待っているのか。唇が離され、ぞくり、と背筋を走った期待に唇から熱い吐息がこぼれる。
「その顔、恐ろしいな」
 劉備の嘆息を聞きとがめて、曹操は言う。覗き込んできた瞳は欲情で光っている。
「曹操殿、もっと気持ち良くしてくださいよ」
 誘う。屹立して雫をこぼしている下肢を、未だ衣に隠されている曹操の雄身へこすり付ければ、しっかりと曹操のものも兆している。
 劉備、と囁かれて嫣然と微笑む。
「ああ、良かった。私だけが気持ち良くなっていたわけではないのですね」
 腕を伸ばして、今度は劉備から唇を合わせる。
「もう、焦らすのはやめてください」
 早く貴方が欲しい、と囁き返す。仕方がない、とばかりに曹操は笑い、もう一度小卓へと手を伸ばす。小瓶を手にした曹操は、その中身を劉備の秘奥へと垂らした。
「んんっ」
 冷たい、とろり、とした感触に繋がるための潤滑油か、と知れる。たっぷりと塗りつけられ、指が窄みを揉み解し、つぷり、と侵入を果たす。
「男相手は久しぶりか」
 痛みと違和感で息を止めていた劉備は、曹操に言われて息を吐き出して頷いた。
「そんなにしょっちゅう抱かれませんよ。言ったでしょう、女の方がいい、と」
「では、丹念にほぐさねばならぬな」
「また、そうやって焦らそうと」
「分かるか」
「分かります」
 指が奥まで潜り込み、中を掻き回して具合を計る。息を詰めると余計に辛い、と分かってはいても、こればかりは仕方がない。
 呼吸を促すように、時折曹操の唇が劉備の唇を掠めていく。しかし、中を拡げる指は内側に潜(ひそ)んでいる法悦に触れてこないまま、ひたすら拡げる行為に没頭しているのだから、優しいのか焦らしているのか分からない。
 ただ中を乱される気持ち悪さと、止まってしまった快感に劉備は嫌がって首を左右へと振る。ほどけている髪が額や頬に纏わりつく。
 それらを払い除けて、曹操は耳朶へと噛み付いた。あ、と身体は仰け反り、拍子に指を食い締める。瞬間に指が法悦を掻いた。
「んぁ、あっ……」
 自分でも驚くほど媚びるような喘ぎが上がった。我に返ると顔が熱くなり、耳まで熱を帯びた。奥歯を噛み締めてこれ以上の声は、と耐えようとするが、続けざまに法悦を撫でられて、待ち望んでいた身体は正直だった。
「ぅう……ふ、う……くっ、ん」
 声を堪えている反動だろう。目頭が熱くなって涙が溢れていく。顔を背けて良いように踊らされている姿を隠そうとするのだが、曹操の視線は追いかけてくる。
 視界を閉ざして視線から逃れようとするが、鼻筋を通り落ちていった涙を吸われて、また顔の熱が上昇する。
 後孔はすっかりほぐれたらしく、二本の指が掻き回す淫靡な音が聞こえる。
 もう、色々耐えられそうにない。
 一向に吐き出すことの出来ない欲や、曹操の思うままにされている身体も、まだ微かに残っている目的を達しなくては、という自制も、それによって生まれる羞恥も、劉備を追い詰めていた。
 曹操殿……っ、と劣情にまみれた声で男を呼ぶ。枕や敷き布を掴んでばかりいた手や腕を男の肢体に伸ばしてしがみ付く。
 ください、と懇願する。
 ああ、と短い返答が聞こえる。
 足を大きく割られて、曹操の身体が潜り込む。指が引き抜かれて物足りなさそうに喘いでいる秘奥へと、雄身が当てられる。
 力を抜いた。ぐ、く……と沈んでくる男の熱さに呻きと濡れた吐息を上げる。先端が入り込んだ途端に、勢い良く中を擦り上げて曹操は奥まで到達した。
「やーっ……あぁー」
 悲鳴のような声が上がり、知らずに劉備は一人で極みを迎えていた。あ、あ……、と突然すぎた絶頂に声を漏らしながら震えたが、曹操は構わずに奥を突いてきた。
「ぃっ、や、やめ……まだっ……曹操殿っ~っ」
 達したばかりの身体に容赦なく強い快感が牙を剥き、劉備を翻弄する。曹操の体を押しやって激しい快感から逃げようとするのだが、曹操は強引に腰を打ち付けてきた。
 嫌だ、おかしくなる、と泣き叫ぶように暴れるのだが、曹操の容赦のない悦楽への波は押し寄せてくる。攫われ、溺れた劉備は、意識を手放すように曹操へ身を委ねた。


 小さく呻いて、体を起こす。全身がだるく、力が入らないが、何とか動ける。
 確かに私は丈夫だけども、加減はしてもらいたいな、まったく。
 隣で寝ている男を見やって、額を弾く。寝ていても痛かったらしく、眉がしかめられて額を撫でたが、曹操に起きる様子はなかった。
 途中から訳が分からなくなったけども、割とすぐに解放してくれたみたいだな。
 体に残る疲労感からして、そう劉備は判断して安堵する。
 無理はするけど無茶はしないって感じか。
 清められている体を省みても、曹操が程度を超えなかったことは察せた。
 困るよねえ、そういうところ、憎めないっていうか。イイ漢じゃないか。
 しばらく、静かに寝ている男の顔を眺めていたが、何とか走れるほどには回復したか、と判断して起き上がる。
 枕元に曹操が置いた簪は、きちんと鎮座していて、ほっとして手に取った。鋭い先は皮膚を突き破るのに十分で、劉備の技巧で狙えば、一刺しで息の根を止められる。
「曹操殿、気持ち良かったですよ」
 小さく笑ってから、劉備は簪を曹操の首筋目掛けて振り下ろすため、腕を持ち上げた――。





 朝方に戻ってきた劉備を、まんじりともしていない顔の関羽が出迎えた。ちなみに、頬髯は髯嚢(ひげぶくろ)で隠している。また綺麗に揃うまでこの状態でいるつもりなのだろうか。
 あと半刻ほど待って帰ってこなければ、曹操殿の所へ乗り込むつもりでした、と安堵した様子ながら関羽は心配そうに言う。
「遅くなられる、という話でもありませんでしたし、そうなるのでしたら、言伝でも人でも寄越しておいてくださらないと……」
「なあ、雲長」
 いつもの義弟の小言を遮って、劉備は尋ねる。
「私は男を誘う魅力がありすぎると思わないか?」
「まだ兄者はその話題を引っ張るのですか」
「そうじゃない。曹操のところで、抱かれてきたのだがな」
「……兄者」
 ため息混じりに関羽は口元を歪める。劉備の物事の道理に拘らない、あっけらかんとした性分にはすっかり慣れている関羽であったが、劉備が男に抱かれるのだけは良い顔をしない。
「ちょっとした冒険のつもりだったのだ」
「冒険」
 関羽がオウム返しに呟く。
 天子からの勅命の話はもちろん、関羽や張飛には話してある。ただし、実行に移す移さないは、まだ煮詰めていなかった。面倒くさいなあ、とは言っていたが。
「実は、曹操のところで……」
 抱かれて油断させて殺そうかと思って行ってたわけ、とあっさりと告げると、あんぐりと、関羽の口が開いて閉じない。

   * * * * *

 振り上げた簪は、ことり、と傍の小卓へと戻された。寝台から降りて、簡単に髪をまとめると、簪を本来あるべき姿の場所へと刺し直して、身支度を整えた。
「曹操殿」
 声をかけて体を揺らすと、ようやく曹操は身じろいで寝返った。
「……なんだ、帰るのか。送らせるぞ」
 目を擦りながら起き上がろうとする曹操を押し留めて、劉備は断る。
「一人で帰れますから、曹操殿はゆっくり寝ていてくださいよ」
 分かった、と言うなりまたすぐに規則正しく寝息を立て始めた無防備な姿に、劉備は苦笑する。多忙な曹操のことだ。疲労が溜まっているせいだとしても、なんとも無用心ではないか。
 対等、と認めた相手に対して、それはないんじゃないですか。
 しかも、今の今まで殺そうとしていた、というのに。
 肩を竦めて、曹操へ身を折る。
 頬に口付けた。
 そんな貴方だから、やめておきたくなったんですけどねえ。やっぱり、こんな手段で貴方と関係を終わりにしたくない。
 今は、もしかしたらこの先も当分は、貴方と渡り合えるほど強くなれないかもしれないけども、いつかきっと、正面から、貴方を倒してみせる。
 だって、そうじゃなかったら、つまらない。
 冒険は、いつもワクワクしていなくちゃあねえ。
 笑って踵を返して、入り口に人影を見つけて凍り付く。
「許褚殿、居たんですか」
「……ん」
 いつも曹操の傍に仕えている、大柄な護衛は、ぼーっとした顔付きとは趣を変えて立っていた。
「もしかして、今の見てました?」
「んだ」
 頷く。
「……曹操殿の命令?」
「違う。曹操様は必要ない、と言っただ。きっとおめえは自分のことを殺そうとはしないから、大丈夫だって。でもおいらはそれでも心配だったから、見てた」
「…………あー、そうですか」
 はは、と引きつった笑いがこぼれる。ちらり、と後ろの男を見やっても、やはり健やかに寝入っているだけだ。
「帰るだか」
「帰りますよ。曹操殿のおっしゃるとおり、私はこの人を殺しませんから」
「でも、おいらは、次、おめえのこと見逃さないど」
「……そうですね、次……は、ね」
 入り口から脇へ避け、劉備を通した許褚は、じいっと睨み付けてくる。その脇をさあっと風のように走り抜け、劉備は戻ってきたのだった。

   * * * * *

「結局、やめたんだけど」
 言うと、関羽の全身から力が抜けていくのが分かった。
 やっぱりねえ、と許褚の鋭い視線から逃れることが出来て、ようやく心の底から安堵して、劉備は頬杖を突く。
「冒険って、危険と背中合わせなんだなあって思ったよ」
「当たり前です!」
 ようやく関羽は言葉を思い出したらしく、劉備を叱り付ける。
 どこまで、あの人分かってたのかなあ。
 暗殺が失敗したのなら、そろそろ許都(ここ)を離れる言い訳を考えなくてはならない。
 曹操の傍を離れることが寂しいような、嬉しいような。
 そんな思いを抱いている自分に少し驚きながら劉備は、まったく兄者は、とくどくど続く関羽の小言を聞いていた。



 おしまい





 あとがき

 ここ最近ではすっかり書かなくなってしまった、曹操×劉備でした!
 でも、二徳は書いていて楽しいので、やっぱりこのときも楽しかったですね。

 小悪魔風な劉備と、そんな劉備も面白いと思って受け止めている曹操と。
 そんな二人の駆け引きめいたお話でした!


 2010年12月 発行より



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