「意志か意地か【WILL】〜我慢の限界〜 後編」
曖昧な5つの言葉 より
趙雲×劉備


 もう、いい……!
 と今度こそ力任せに男を突き飛ばそうと手に力を込めようとするが、
「申し訳ないですが、我慢してください」
 と言ったことで力が抜ける。
「しりゅ……ぅむ、ん」
 深く唇を貪られる。
 舌を逃がす暇もなく絡め取られた。触れ合った舌が熱くて甘くて、劉備の思考は停止する。呆けるように、趙雲の舌と絡ませて、熱を分け合った。
 腕を首筋へ回して、劉備からも身を預ける。背中と腰に回った手に力が籠もり、二人の隙間を埋めていく。趙雲と違い、平素な格好に身を包んでいる劉備は、男の手が身体の線をなぞり始めるとはっきりと感じ取れてしまい、身を捩る。
 衣越しに這い回る趙雲の手は熱く、舌の甘さと合わさって劉備の背筋は痺れる。頭の芯は熱に侵されて思考が定まらない。
 唾液を(すす)られ、舌先に歯を立てられて、鼻からため息混じりの喘ぎがこぼれた。口付けに酔うように閉じていた目を薄っすらと開けて、趙雲の目を捉える。
 足りない……、と欲情に濡れている眼差しで訴えると、さらに体を密着させてきた。すでに兆している男の中心が硬く当たった。
 くらり、と眩暈を覚えた。
 唇の隙間から唾液が溢れて顎を汚す。身体の線をなぞっていた手が衣越しに胸の尖りを転がした。知らずに劉備のそこも硬くなっていたらしく、指と擦れた衣の感触に咽奥で声を上げた。
 帯を緩められて生まれた隙間から趙雲の手が差し込まれた。手だけは辛うじて露出しているが、あとは鎧に包まれたままだ。手のひらの熱さと鎧の冷たさに身を竦めた。
 それでも、得物を握り続けて厚くなっている趙雲のいつもの手のひらは、散々劉備が待ち望んでいたもので、素肌を撫でられると、ぞくぞくと駆け上がる甘い痺れに身を委ねてしまう。
 唇が離れ、荒い息を付くものの、もう劉備に抵抗の言葉を紡ぐ気はなかった。
「子龍……」
 呼びかける声は劣情に染まっていて、耳にした男の目の輝きを強めただけだ。合わせを乱雑に開かれて、男の前に素肌を晒すと、全身の血が沸騰する。
 羞恥、というよりは期待だろう。
 私は本当にお前の前だとおかしくなる。
 止められない欲情に視界は揺れっぱなしだ。
 現れた素肌に吸い寄せられるように、趙雲の頭が下り、胸の中心を口腔へ含む。あ、と鋭い声が上がり、趙雲の頭を掴んだ。
「木に……」
 立っているのが辛そうな劉備を察してか、傍にある木の幹に身を預けるように促してきた。言われるままに背を預け、趙雲の唇は改めて劉備の胸を吸った。
「ふ……っぁ、あ」
 外で、近くでは大勢の人間がいる、ということを僅かなりとも劉備の頭を過ぎり、声を押し殺そうとするのだが、久しぶりのせいもあり、言うことを聞きそうにもない。
 舌先で転がされて身体が跳ねる。もう片方の胸も指で潰されて肌に押し付けられて、きゅぅ、と芯を通わせる。音を立てて吸われると、木立の間にその音が響いて羞恥を覚えた。
「しりゅ……ぅ、おと……が……ぁ」
 (かぶり)を振って訴えるが、趙雲の愛撫に容赦はない。それどころかますます音を立てて胸を吸い、そこから離れても、肌のあちこちに口付けを施してきた。
 その一つ一つがまた派手に音を立てて、劉備の声を濡らしていく。
「あ……ぁ」
 羞恥と快感で頭の中が掻き混ぜられるようで、劉備の目の端に涙が浮かぶ。
 下帯が緩められて、すっかり硬くなっている下肢を抜き出される。趙雲は跪き、そそり立っている劉備の下肢を口腔へと招き入れた。
「あ、あぁ……っ」
 泣きそうな声が咽から溢れた。熱い口腔は含まれただけで達しそうで、奥歯を噛み締めたものの舌が這わされて口が開く。
 咄嗟に趙雲の頭を掴んで押しやろうとしたものの、駆け上る悦楽に抗えるはずもなく、髪を掻き混ぜるだけに留まってしまう。
 先ほどまで軍馬や人に塗(まみ)れていたせいか、男の髪は埃っぽく、砂混じりで、鎧姿と相まって戦帰りを思わせた。
 ぞくり、と身体の奥底が焦げる。
 男に激しく求められている気が強くして、堪らない。趙雲の口内でさらに育ってしまった自分を覚えてしまうが、それは男の熱心な奉仕を招いたらしく、快感は強まった。
 先端の鋭敏な箇所を舌先がつつき、掻き乱すと、仰け反り、喘ぐ。強すぎる快感に視界が歪み、膝から崩れそうになる。
 不意に、その歪んだ視界に的盧の姿が映る。
「あ……っ」
 帰る、と言っていたのに、どうして中々乗らないのだろう、という、不思議そうな顔をしてこちらをじっと見つめているではないか。
「あ……ぃや……」
 身を焦がすような羞恥が襲い掛かってきた。外であることよりも、少し先に大勢の人間が居ることよりも、愛馬に睦事(むつみこと)を見られていることのほうが何より恥ずかしい。
「子龍……ちょ……と、待て」
 せめて、的盧の視線から逃れられるところへ、と趙雲に一旦止めるように声をかけるが、ちらり、と上目で劉備を見つめた趙雲は、黙ったまま止める気配を見せない。
「だか、ら……ちょっと待て、と……っひ」
 強く吸われる。
「てき、ろが……」
 劉備の言葉と視線を追いかけるように、趙雲は口を離して自分の後ろを見やったが、何事もなかったかのように愛撫を再開した。
「子龍……っ」
 再三訴えると、ようやく趙雲は口腔での奉仕を止めて、劉備を見上げた。だが、珍しくその顔は苛立っているようで、無理矢理やめさせたことに腹を立てたのだろうか、と劉備を不安にさせる。
「馬など……的盧など放っておけばよろしい」
 吐き捨てるように言った趙雲の語調はやはり苛立っているようで、日頃淡々としている男らしくない反応に、やはり途中で遮ったことに腹を立てたのか、と推し量る。
「むしろ見せ付ければ良いのです」
「……」
 しかし続いた言葉に違和感を覚える。
 趙雲は、というか戦場で戦う武人は誰しも己の馬を大事にする。馬と心を通わせなければ存分な働きはもちろん、生死を共にすることなど出来ない。
 だから、自分の馬は誠心誠意世話をするし、そのせいか他人の馬とて邪険にしたりすることはない。それは趙雲も同じで、ましてや劉備の馬に対して敵意に近い言葉を吐くなど考えにくい。
「子龍……、お前」
 訝しくなり問いかけようとするが、はっとしたように趙雲は身を強張らせてしまう。続きを、と劉備の下肢へと指を伸ばすが、微かに目元が赤い。
「……的盧に嫉妬したか」
「……」
 男は無反応だ。だが、無反応こそが肯定の証でもある。それに無反応に見せかけて、目元の赤さは頬にまで下りてしまっている。
 だから、だから急に私を欲したのか。
 的盧とじゃれていた時に、趙雲は劉備を抱き寄せたのだ。あの急な行動には意味があったということだ。
 まったく分かりにくい。
 長い間離れていて、久しぶりに会っても何も言動に滲ませないくせに、思わぬ横槍で辛抱堪らなくなって襲うような真似をするなど。
 お前の基準が、時々分からんぞ。
 だが……。
 誤魔化すように口淫を与えてくる趙雲を見下ろし、悦の波に攫われながら、劉備は思う。
 そういうお前が好きなんだから、仕方がない。
 趙雲への愛しさを再確認した途端、競り上がってきた吐精感に、ふるり、と身体を震わせた。
「んん……ぁ、はあ……」
 声を上げて、趙雲の口腔へ熱い飛沫を吹きこぼす。吐精の余韻で幾度か全身が震えて、趙雲が支えていなければそのまましゃがみ込んでしまいそうだった。
 力の入らない身体を趙雲に回される。幹にしがみ付くようにさせられて、耳元で乞われる。
「殿、足を……」
 趙雲が背後から事を進めようとすることは珍しく、どうやら決まりが悪くて顔を見られたくないせいだ、と察するが、劉備に追及する気はなかったので、言葉に従い足を開いた。
 ぬるり、としたものが双丘の隙間に運び込まれてきた。背中に当たる趙雲の鎧が互いの肌を阻んでいるが、理性を先んじる男がこのようなところで劉備を求めてきた、という事実が、鎧という堅い壁(へだたり)も越えて二人を繋いでいる。
 指が体内を割る。久方ぶりの異物の侵入に勝手に身体が強張ってしまうが、趙雲の唇が耳裏や首筋を撫で、誤魔化してくれる。
 ゆっくりと中へと押し進んでくる指の感触に肌が粟立つ。あ、あ……と短い声が上がると、興奮を押し殺すように趙雲が首筋へと甘く噛み付く。男に焦らす気はないようで、すぐに悦の源を押し上げた。
「ん、あっ……あ」
 声が弾ける。木に縋り付いた指先に力が籠もり、白く変色する。勝手に揺れる腰を男に押さえつけられ、ぐりぐりと中のしこりを撫でられると、喘ぎは止まらなくなった。
 二本の指によって中を拡げられつつ愛撫を与えられると、下肢は勢いを取り戻して硬さを含む。
「しりゅ……ぅ」
 男が欲しくて首を捻って訴えると、唇を塞がれて舌が絡み取られる。頭の中は真っ白になり、中の奥底は指以上の熱と硬さ、想いを求めてうねっている。
「入れます」
 短く断ってきた趙雲に、こくり、と首を縦に振る。密着していた身体から、十分に男が雄身を持て余していたことは察していたが、直に秘所へ宛がわれると、大きさと熱とで息が震えた。
「ぅう……ふ、くっぅ」
 体内を割る圧倒的な質量のせいで、声に苦痛が滲む。しかしお互いにその先にこそ快感が待っている、と知っているからこそ、制止の声もためらいの動きも見せない。
「ぁん……〜っ」
 張り出した部位が潜り込み、堪らず劉備は背を反らす。男は心得たように中を擦り上げて劉備の深奥(しんおう)を目指してくる。短い声を上げながら中を割られる感触に背筋を震わせ、男を一杯に受け止めた。
「子龍」
 最奥に辿り着いたところで、趙雲を呼ぶと、殿、と劣情に駆られた声で返された。劉備が貫かれている感覚に慣れるのを待って、趙雲の両手が腰を掴んだ。
 ゆっくりと中を掻き混ぜられて、奥を突かれる。
「ああっ……んっ」
 目の前が明滅する。男の熱さと硬さが劉備を占めていき、思考を奪っていく。揺さぶられるままに悦は昂ぶり、声が高くなる。
 だが、不意に趙雲の動きが止まり、鋭い音が口から漏れた。馬を呼ぶときの口笛だ、と後から気付く。
「な、に……?」
 趙雲の白馬と、釣られるように的盧も趙雲と劉備の傍へ寄ってくる。途端に、遠くからぱき、がさり、と下草を踏み分けて近付いてくる人の気配がした。
 心臓が縮み上がる。
 誰か来るのか。
 思わず趙雲を振り返り、目で訴える。
(離せ)
「静かに」
 しかし趙雲に焦りはなく、劉備に黙っているように伝えると、人が近付くままに任せる。
「将軍、趙将軍、いずこですか!」
 趙雲の副官の声だ。
「こっちだ、どうした!」
 それに対して平然と返した趙雲に息を呑む。この状態を見られれば、言い訳のしようもなく、二人の関係は明るみになる。
 劉備とて、(やま)しい気持ちがあるわけではないが、やはり主君と従者がこのような関係であるのは、外聞的に良くないことだ。ましてや趙雲は劉備軍の中でも清廉で通っている。その定評に傷を付けたくない。
 緊張のあまり、趙雲の雄身を締め付けたらしく、小さく男が唸る。殿、と叱るように言われて慌てて力を抜くが、緊張は解けない。
「一人、負傷者が出まして。それといつもの調練種目が終わりましたら、どうしますか」
 がさり、と茂みが掻き分けられ、副官がすぐ近くで立ち止まったのが声の具合で知れた。ただ、的盧と白馬のおかげで向こうからもこちらからも、お互いの姿が見えない。
 趙雲が馬を呼んだのはこのためだったようだ。やはり、常にどこかに理性を残している男だ。
「怪我の具合は」
「軽いです。ただ、演習には参加できないかと」
「では、付き添いを付けて帰させろ。後で様子を見に行く。残りはいつもより多めに早駆けをさせて戻させろ」
「はい。……将軍はどうなされますか」
「私はここに残る。少し、殿の具合が悪くなられてな。落ち着いたら戻る」
「……っ大丈夫なのですか?」
「ああ、大したことはない」
 二人の会話を察して、劉備も話を合わせた。
「すまんな、昨日少し飲み過ぎてな、心配かけた。他の者にも迷惑をかけてしまい、謝っておいてくれ」
「は、いえ。殿もお大事になさってください」
 何とかまともに声が出て、ほっとする。副官が離れる気配がして、全身から力が抜けそうになり、趙雲に抱きかかえられた。
「飲み過ぎましたか」
「ああ、まったく、誰かさんのせいでな」
 危機的状況を回避したにも関わらず、男は冷や汗ひとつ掻いた様子がない。思わず皮肉ってしまうと、平然と返された。
「私は、あのままバレても良かったのですけども」
「……子龍!」
「そうすれば、殿に無闇に近付こうとする輩が減る」
「……」
 珍しくも男からはっきりとした独占欲が聞けて嬉しくなるが、先ほど冷えた肝の分は意趣返しがしたくなり、呟く。
「馬だけはどうにも出来んがな」
「……」
 無言で、趙雲は腰を突き上げてきた。
「あんっ……こ、ら、誤魔化しおって……や、ん」
 揺さぶられて、悦と合わせて声が跳ねる。
「殿が散々に私のものを食い締められるから、少々我慢の限界を越えました」
「う、そを、つけ……ひぅ」
 しこりを思い切り突き上げられて、下肢から雫が溢れていった。
「私と長い間会えなかった、くせに……一向に手を出してこないし、お前はただの、意地っぱりだろうがっ」
 細かく擦られて、ついに目からも雫がこぼれていく。
「……」
 男からの返事はなく、しかし劉備もそれ以上の追及も出来ず、男の熱い塊を受け止めて喘ぐ。前も握り込まれて、水音が立つ。
 背後からの劉備を追い詰める音と、前を追い上げる指の動きに、思考は散り散りとなる。
 劉備の中に男の欲が注がれて、押し出されるように劉備も吐き出したのは、しばらく経ってからだった。



 近くの小川で簡単に身を清めて身支度を整えたものの、劉備は一人で馬に乗れる状態ではなく、だるい全身を趙雲に横抱きにされて支えられながら、馬に揺られていた。後ろから、主を鞍に乗せていなくとも付いてきている的盧が居る。
 相変わらず、男は無言で、何か言い訳のひとつでもないのだろうか、と体を清められている間も、身支度をと調えてくれている間も待っていた劉備は、結局自分から水を向けてしまった。
「それで、どうして私をすぐ抱こうとしなかった。久々に会えたのに、一向に私を求めず、挙句にこのようなところで事に及びおって」
「……」
 腕の中から見上げるが、趙雲は黙ったまま前方を見つめている。
「子龍」
 呼んでも、やはり無言だ。
 困った男だ、と肩を竦める。
「謝らんのか」
「謝りません」
 少し責めてやると、きっぱり答えた。
「私は嫌だ、と言ったぞ」
「途中からは合意でした」
 そりゃあ、そうかもしれないが、
「もっと、他に機会はあったのに」
「私にはそう言った機会を窺う機微が苦手です」
「……そうだったな」
 一武人としても、軍を率いる軍長としても、安定感はすこぶる高く器用なくせに、妙なところで不器用なのは、この男の特徴だった。
「申し訳ありません」
「そっちは謝るのか」
 困った男だ、と再び思いながらも劉備は笑う。
「許そう」
「ありがとうございます」
 律儀に礼を言う男が愛しくて、思わず腕を伸ばして頭を撫でる。やはり埃と砂に塗れていてざらざらしたが、それが何だか嬉しかった。
「お止めください」
 童のような扱いが気に入らなかったのか、趙雲の視線がようやく劉備にちらり、と向けられる。不服そうな眼差しがそれこそ拗ねている童子のようで、くすくすと笑う。
「好きだぞ、子龍」
 いつもは照れ臭くて、言葉すくなの男の悪影響かあまり口にしない言葉がするり、と出てきた。すると、不服そうな眼差しはなぜか慌てたように前方へ戻されてしまい、無表情へと変化してしまう。
 照れ隠しか、と察してみて、促してみる。
「お前は、どうだ?」
「……」
 また無言か、と落胆しそうなった劉備の耳に、はっきりと届いた。
「今夜は、加減出来そうにありません」
「――っ阿呆」
 言って、熱くなった顔を隠すようにして趙雲の胸に頬を寄せて、小さく呟いた。
 許す。
 馬蹄に紛れて届かなかっただろうか、と心配したが、寄せた胸の奥で鼓動が小さく跳ねたので、届いたのだろう、と笑った。



 おしまい





 あとがき

 演義仕様の趙雲×劉備でした。
 一度、趙雲という男をしっかり描いてからは、私の中で固まったらしく、劉備以外が相手(腐的な意味を除いても)だとしても、こういう真っ直ぐでいて不器用な感じの人になるのかなあ、と確信した話でもありました。
 しかし、本文でも言ってますが、劉備は趙雲相手だと乙女だなあ、と(笑)。
 劉備とて男が男に惚れる(これまた腐的なものを除く)要素があるのに、趙雲はまた別の意味で男に惚れられる要素があるんだろうなあ、などと自己考察してみたりして。

 それでは、初めての方が少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

 2010年12月発行 より再録



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