「木の葉の色 2」
 曹操×劉備


「どういうおつもりですか!」
 さすがにこの仕打ちはやり過ぎだ、と思い、劉備は声を荒げた。しかし、曹操は歪んだ笑みを浮かべて、指先で劉備の胸を摘み上げた。
 咽の奥で跳ねた声を辛うじて潰し、劉備は抗議を続ける。
「たった一言いちげんの言の葉でここまでなさるとは。それが貴方のやり方ですか」
 珍しくも痛烈に非難をしたが、曹操は眉を小さく持ち上げただけで、不機嫌そうに言い返した。
「お主のやり方のほうが、余程残酷であると思うが?」
「意味が分かりかねます。私が何を致しました。ここまでされる謂れはありません」
「自覚がないことが一番厄介だな」
 さらに曹操の指は強く刺激を送り込んできた。
「く……」
 潰せなかった声が咽から上がる。眉根が寄り、そのまま曹操を睨んだ。
「そのような声と顔をして儂を見るのが、どうして酷でないと言える」
 親指が唇をなぞる。それを顔を背けて払うが、また顎を捉えられて無理矢理顔を付き合わされた。
「何がですか」
 なぜか、劉備はひどい怒りに包まれていた。このような手段を取ってまで人の心を暴こうとする曹操が憎かった。
 そんな理由で人を抱こうとする曹操が許せなかった。
「まあ、それを分からせてやるのも一興か」
 曹操の歪んだ唇が胸へ寄り、色付いてるそれへ舌が絡む。曹操を嫌悪する心を裏切るような、熱い快さが、ぞくんっと劉備の背筋を脅かした。
「止めてください、曹操殿!」
 それを誤魔化すように、劉備は声を振り絞った。
「止めぬ。容赦はせぬ、と言ったであろう」
 音を立てて胸へ吸い付いた後、曹操はそう答えた。空気を震わして肌を侵す音に、劉備は身を竦めた。
 舌が胸を尖らすように這わされる。空いている片方の胸もも指先が巧みに弄る。
 押し付けられた固い幹と、引きつる手首と腕が痛いのに、劉備の四肢は次第に悦楽へと染まっていく。
 声を漏らすまいと噛み締めている唇も、肌を脅かす寒さと、送り込まれる快楽に震えてしまう。気を抜けば、あらぬ声が漏れそうだった。
「お主は、なぜ儂を卑怯と思ったのだ。お主の目に儂はそう映るのか?」
 愛撫の間に、胸襟を開かせようとする曹操の問いが、さらに劉備を苦しめる。
「知りません」
 快感に煽られて語尾は震えるが、劉備も意地だった。噛み締めていた唇を解いてでも反論したかった。
 だが、それを狙い澄ましたように、曹操の手が下肢へと滑り落ちた。
「っ……ぅん」
 布地の上からとは言え、直接の刺激と口を開いた瞬間だったため、堪え切れなかった。
 鼻から抜けるような甘い声が溢れた。その己の声に恥じ、劉備は頬を上気させる。
「なるほど、体に聞くのが早いようだな」
 そんな劉備を見て、曹操は口角を上げた。しゅるっと下穿きが奪われて、劉備は肩に衣を引っ掛けただけの、あられもない姿にさせられる。
 曹操の体を撫でる掌だけが、唯一の暖となる。その掌は劉備の肌を楽しむように全身を撫でた後、露わになった劉備の下肢へ伸びた。
 頭上で括られた手首の帯が軋んだ音を立てた。
 中心を包んだ手は、まだ緩い熱しか含んでいなかったそこへ、確実な悦を送ろうと蠢いた。
「いっ、ぁ、んんっ」
 嫌だ、と叫ぼうとした言葉は、熱を含んだ吐息へと移ろった。腰骨を熱くさせた悦楽が、背筋を鋭く駆け抜ける。
 曹操の指先は鋭敏なところを中心に、強弱を付けながら熱を昂ぶらせていく。
 直接の刺激はどうしても耐えることが出来ない。劉備の息が荒くなる。指が掠めるように先端を引っ掻くと、背がしなった。
「いやっだっ……曹、操殿っ」
 哀願するように目の前の男を呼ぶが、唇の端がさらに上がっただけで、手が止まることはなかった。
 ふるっと、限界を示す震えが劉備の身を襲う。だが、限界が限界を超える前に、あれほど止める気配の見えなかった曹操の愛撫が止まった。
 途切れた快楽に劉備の瞳が揺れるが、曹操の指が強く根元を締め付けたので、きつく瞑った。
 しかしそれもすぐに見開かれた。
「あ、ぁっ、やっ……」
 吐精を阻まれたそこへ、熱い柔らかなものが覆い被さったからだ。体が反り、被っていたぼうしが体を滑り落ちた。
 歪む視界を下へ向ければ、曹操が自分のものを咥えているところを見つけてしまう。
「離し……ぃあっ」
 舌がねっとりと舐め上げて、劉備の言葉を途切れさす。溢れていた雫さえも躊躇い無く口内へ流している曹操に、劉備は頭の芯が痺れそうだった。
 すでに限界を迎えていた。それなのに、曹操のきつく巻き付く指がそれを妨げている。
 自由な足で暴れようとするも、熱に侵された体に力は入らない。その上、片腕と肩を使って曹操は器用に劉備の足を押さえ込んだ。
「もうっ……うぁ……」
 肢体を巡る血が沸騰しそうだった。口腔で犯されるそれは張り詰め、痛いぐらいなのに、それでも悦を送り込んでくる。
「こんな、のは、卑怯、ですっ」
 焦げ付く思考が弾く言葉を、曹操へ振り落とした。それを聞いて、ようやく曹操の口淫が止まった。しかし、やはり解放するつもりはないらしい。
 煮立っている血を宥めながら、劉備は気力を振り絞って曹操を睨んだ。曹操は目を眇めて見上げてくる。
 視線を逸らさないまま曹操は立ち上がり、聞いた。
「卑怯とは何だ。お主は儂ばかりを責めるが、お主はどうなのだ」
 劉備の雫で濡れている指が、後孔へ這わされた。その感触に肌を粟立てながら、劉備は曹操の言葉を反芻する。
「私……?」
「卑怯とは、卑劣な行いをすることも言うが、自分に向き合えぬ心の弱い者のことも指す。お主はそれではないのか」
 曹操の双眸に灯されている怒りとも悲しみともつかない煌きに、劉備は息を呑んだ。
「それは……くぅ、っ」
 不意に後孔へ潜り込んだ指先に呻くも、曹操の言葉の意味が劉備を弛緩させていた。
 思わぬことだった。
 自分に向き合っていない、とはどういった意味だ。
「意味が分からぬか? お主の目や、顔や体。この指を受け入れている熱いここも、全て儂を求めているのに、お主はそれに気付こうともしない」
 強引に押し進められる指へ劉備は顔を歪めるが、それ以上に、曹操の語る内容が衝撃的だった。
「求めてなど……」
 いない。
 と、どうして言い切れるのだろうか。
 いつでも自分は曹操を追いかけている。初めて会ったあの時からずっと追いかけていた。
 それは羨望から起こる追走だと思っていた。事実、間違いなく初めはそうだったはずだ。
「それを向けられている儂が、どれだけお主を気にしたか、知らぬだろう。その強い想いを含む眼を向けられて平静でいられる人間などいると思うか。だから気に掛けた。だのに、お主は」
 指先が最奥へ到達し、そこを掻き乱した。
「曹操、殿っ」
 その感触に声が弾む。
「まるで儂が気まぐれでそうしているのだから、自分には何の価値もないのだから。そういう悲哀に満ちた眼差しを時折見せられる儂の辛さなど、知りもしないだろう」
「んんっ、ぁ……」
 奥に息づいていた悦の源へ曹操の指先が触れた。ぐらっと、景色が揺れた気がした。
「劉備……」
 歪んだ景色から聞こえて来たのは、痛みを伴うような自分を呼ぶ声だった。
 指が内でうねっている。その度に劉備の体が弾むが、解放を許されない心身は理性を奪い尽くしていった。
「うぁ、あっ……や、めっ」
 抗う気力も、増やされる指に失われていく。
 感極まり、劉備の目尻に雫が溜まる。それは肉体的な責め苦のせいもある。
 だが、それ以上に、曹操へ追いつけぬ自分への怒り。
 憎む相手に翻弄される口惜しさ。
 そして、それさえも凌駕するどうしようも出来ない愛しさ。
 全ての感情が混じり合って、涙となり頬を伝い落ちた。
 それは堰を切ったように溢れ、止まらなくなる。
 分かったのだ。
 理性で覆い隠されていた心(本性)が、曝け出された。
 まるで曹操と言う水を注がれ、城壁と言う理性を破られ、陥落寸前となっている眼下の城のように。
 その姿を晒された。
 涙で歪んだ視界で、曹操が怒ったような困ったような顔で眉を寄せていた。
「曹操殿」
 劉備は泣きながら笑った。
「腕を外してください。そうでないと、貴方と抱き合えない」
「劉備」
 眉が広がった。曹操に腕の拘束を解かれ、劉備は自由になった腕で曹操を抱き締めた。
「卑怯者は私でした。貴方を恐れる余り、自分の気持ちに気付かないようにしていた。決して向き合おうとしなかった」
 そして、分かり難かったのだ。
 曹操へ抱く感情が多すぎた。羨望、嫉妬、憎悪、そして恋情。それが渦を巻いて劉備の中に存在していた。
 だから、気付けなかった。
「曹操殿、このような私でも良いのですか?」
「劉備、お主は自分を過小しすぎだ。どうでもよい奴を儂が相手にすると思うか。ましてやこんな手間の掛かることまでして」
 そう言って笑った曹操は、いつもの曹操だった。その笑みが劉備の唇に振り落ちた。柔らかな口付けが、さらに劉備の熱を上げる。
「曹操殿、もう……?」
 その口付けで、劉備は放って置かれた体の熱を思い出し、訴える。中心や後孔からは曹操の指は離れていたが、それが喪失感を与え、劉備を焦らす。
「欲しいか?」
 楽しそうに目を細める曹操へ、劉備は頬を熱くさせながらも頷いた。
「腕を儂の首へ回しておけ」
 言われるままに劉備は曹操へ身を預ける。曹操の猛りが後孔を割る。その質量に体が強張るが、中心を軽く扱かれて弛緩した。
「あ、んっ」
 潜り込んだ曹操の感触に、劉備は鋭い悦楽を漏らす。そのまま背中を幹へ預けさせられ、両足を持ち上げられた。
「曹そ、う殿っ?」
 深く曹操を受け止める体勢と、その不安定さに劉備は怯えるが、曹操は構わずに劉備の体を揺らした。
「ぅあっ、あぁっ、やっ」
 木のしなる音と劉備の嬌声が交差する。残った葉がはらはらと二人の間を舞い落ちる。
「曹操殿っ」
 内で暴れる曹操に、堪らず劉備は名前を呼ぶ。まるでわざと内の悦の源へ当たらないようにしているかの猛りに、劉備はおかしくなりそうだった。
「儂を散々に焦らしてくれた礼だ。もうしばらく我慢しろ」
 息を弾ませながらも、曹操はにっと深く笑った。
「やはり、貴方は、卑怯、ですっ……んんっ」
「そうだな、儂はお主のためなら、どんな手段でも使うぞ、玄徳」
 甘く囁かれた字に劉備が気を取られた瞬間、深く楔が打ち込まれる。
「ぁ、うんっ……ああっ、や、んっ」
 一際、劉備の声が高くなる。また、はらり、と葉が落ちていった。



 落ちていたこうを拾い上げ、劉備は何とか身繕いを整えた。散々に乱された衣は少々汚れてしまっているが、何とか形になった。
 曹操が近くに繋いであった馬を連れてきた。
「仕度は済んだか?」
「ええ」
 気恥ずかしく、劉備は曹操をまともに視界へ映せない。
 俯いて、そして吹く風の冷たさに震えた。
「せいぜい風邪をひかぬようにしろよ」
 そんな劉備をからかうように、曹操はあっけらかんと笑う。
「曹操殿! そもそも貴方が」
 こんな寒空で抱き始めたのは曹操のほうなのに、まるで他人事のような言い草に、劉備は文句を言おうとする。
「分かっておる。今夜は暖かいところでじっくりと抱いている。我慢しろ」
「そういう意味ではありません!」
 まるで見当違いのことを言い出す曹操へ、劉備は抗議しようとする。
「何だ、何が不満だ。お主も自分の気持ちが分かり、儂も想いを遂げられた。充分ではないか」
 真剣な顔で言われると、劉備も反論する気が失せてしまう。
 と、そこへ、
「兄者〜!」
「孟徳〜!」
 劉備たちを呼ぶ怒声が聞こえてきた。
 声から察するに、関羽と夏侯惇だろう。
「何だ、ばれてしまったか。早いな」
 肩を竦める曹操は、ちっと舌打ちした。
「仕方ない、劉備。お主も夏侯惇の説教に付き合え」
「曹操殿!?」
「抜け出したのは連帯責任だろう。当然の義務だ」
「私は反対しました!」
「まあそう言うな。夏侯惇の説教は怖いんだぞ。それに長い。一人で耐えるのは辛いのだ」
「それ言うなら雲長の説教もうるさいし、長いし、大変なのです!」
 妙な押し問答をしているうちに、それぞれの片腕たちが怒りの形相で馬を寄せてきた。
「兄者!!」
「孟徳!!」
 頭上から雷が落ちる。
「お立場を考えてくだされ!」
「立場を考えろ!」
 異口同音に降り注ぐ迫力ある声音に、二人は首を竦めた。
「季節外れの雷とは、少々風流とも取れないか?」
 劉備だけに聞こえる声で曹操が言うものだから、劉備は思わず吹き出した。それを二人に見咎められる。
「反省の色が窺えませぬな」
「そうだな。今夜は寝かせずに説教だな」
 妙に息の合う二人の重鎮の言葉に、曹操が嫌そうな顔になる。
「それは困る。今夜は劉備を寝かせずに……」
「曹操殿!」
 大慌てで劉備は曹操の言葉を遮った。
 関羽と夏侯惇の訝しむ視線が痛かったが、劉備は笑って誤魔化した。
 曹操の隣に立つとなると、どうやら色々と気苦労しそうな予感がした。選んだこととはいえ、劉備は思ってしまうのだ。

 これならば、追いかけていた時のほうが気が楽だったかもしれない。
 などと。

 カサカサと風に揺れて笑う木の葉を見つめ、劉備は苦笑した。
 それでも、と、また思う。
 季節が巡り、葉が色付き、また褪せようとも、きっと私の中のかの名前は、一生色褪せることはないのだろう、と。



 了





 あとがき

 みなさま、そして楊さま、いかがだったでしょうか。
 テーマ「焦らし気味」をクリアできていたかどうか、非常に不安です(汗)。

 上記の通り、キリ番リクエスト「曹操×劉備」なのですが、ポイントは、肉体的に焦らされているのが劉備。精神的に焦らされていたのは曹操。というところです。それが上手く伝わっていれば大成功ですが……。
 う〜む、取り合えず操劉の場合は曹操様はいつも鬼畜、というイメージがありますね。とにかく天然な劉備のせいで、翻弄されてしまう曹操様だけども、代わりに攻めたときに翻弄しまくる、という感じで。

 楽しんでいただけたなら幸いです。何かありましたら、メルフォまでお気軽にどうぞ。



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