「調教してやるよ〜水鏡 2〜」
鬼畜台詞10のお題 6より
 曹操×劉備


「曹操殿、今宵もまたお招きありがとうございます」
 いつもの通りの堅苦しい挨拶を劉備がして、普段通りの笑みで拱手した。変わらないいつもと同じ会食の席だった。
 初めの頃は、贅を尽くした料理や次から次へと出てくる美酒に緊張していた劉備も、今は自然に称賛が出てくるようで、今日も味付けをいつもと変えた根野菜の煮物をしきりに褒めていた。
 そんな些細な変化を喜べる劉備を不思議に思いつつも、それがこの男の魅力なのだろうか、とも考える。夕方、許チョと交わした会話が幾度も頭の中に蘇る。
(なあ、許チョ。お前の目、信じてみようと思うぞ)
 今は傍にいない部下を思い出しながら、曹操は料理や酒に舌鼓を打つ。
「劉備、今夜は儂の寝所へ来ないか?」
 そう切り出したのは、料理も食べ終わり、酒をちびりちびりと飲み交わしていたときだった。いつも、この辺りで曹操は強引に劉備を抱きにかかる。それが分かっている劉備が、戸惑ったように首を傾げた。
「いつも硬い床の上では辛くないか?」
「そのようなお気遣いは無用です、と申し上げましたが」
「たまには構わぬではないか」
「ですが……」
「何を遠慮しておる。それとも、寝所では何か不味いことでもあるのか?」
「そういうわけではありませんが」
 戸惑いが濃くなる劉備の腕を、強引に掴んだ。そうまでされては劉備も逆らえないのか、杯から手を離して立ち上がった。


 人払いをさせて寝所へ入った途端、曹操は劉備のおとがいを掴んで口付けた。
「っんん……」
 驚いたように劉備が呻いたが、啄ばむような口付けを繰り返し与えると、徐々に四肢から力が抜けていったらしく、堪えるように曹操の襟元を掴んできた。それが分かると、曹操は劉備の腰に腕を回して、ぐいっと自分に引き寄せた。
「ふっ、ぅん」
 啄ばむように軽く口吻こうふんを寄せていたが、劉備の身体を引くのと同時に深いものへと変えた。柔らかな劉備の唇を舌先で割り、口腔へとそれを忍ばせる。怯えたように舌を逃がそうとする劉備を巧みに追い駆けて、絡ませた。
 執拗に絡ませれば、諦めたのかほだされたのか、曹操に合わせるように舌を伸ばし始める。舌先に残る酒の苦味と旨味が混じり合い、どちらのものとも分からなくなる。上顎を舐め、強く舌へ吸い付くと、鼻から抜けるような甘い息が劉備の下から立ち昇る。
 幾度も舌を絡ませ、こすり合わせ、噛み付くうちに、痺れたように感覚がなくなっていく。そうしてからようやく、唇を離した。
「っぁ……は、はぁっ……」
 つぅっと唇からはみ出たままの舌から糸が走り、劉備が震える息をこぼした拍子に切れて、その顎を濡らした。それにも気付かない様子で、劉備は瞑っていた目を開き、曹操を見つめ返した。
 穏やかな光を湛えている双眸は、今は戸惑いに揺れ、そして黒光りしているかのように、濡れて光っていた。それを目を伏せて睫毛の影に隠しつつ、口を開いた。
「どうしてこのような……」
 その声も、激しかった口付けに戸惑い、震えていた。
「お主が、肌を合わせてみようと申したのではないか」
「だからと言って、このように……まるで思い者を相手にするかのような。私たちには必要ないと。そういうお約束だったでしょう」
「優しく抱かれるのは不服か」
「約束事です」
 腰に巻きつけた腕に力を込めると、嫌がるように劉備はそこから抜け出そうとする。
「では、それはなかったことにしよう。儂はお主にあんな真似はしたくない。苦痛しか生み出さない房事はしたくない」
「ならば、肌を合わせることも反故にしてください」
「なぜ拒む。初めに誘ったのはお主だぞ。体を重ねれば分かりあえると、そう申して誘ったのはお主だ。なのに、抱けば抱くほどにお主が分からなくなる。お主は嘘つきだ。だから、お主の言う通りになど抱かぬ」
 強引に寝台まで引きずり、劉備を薄布の上へ押し付けた。仰向けに倒された劉備は、それでもまだ抵抗しようとするので、圧し掛かって動きを封じた。
「肌を合わせるなら、どんな方法でも良いではないか。お主も気持ち良くなることの、何が悪い」
 暴れる劉備を苦労して押さえ込みながら、帯をほどいていく。
「嫌です! 約束が違う!」
 唯一自由になる首を横に振りながら、劉備は必死に叫ぶ。
「劉備……!」
 なぜそこまで抵抗するのか、理由が分からない。いつもの笑みを消してまで暴れる意味が分からない。なぜ、そんなにも泣きそうなのだ。
(分からぬ、お主が分からぬ)
 だから曹操は、唯一信じられるものへ縋ることにする。ただ、自分の体の下にある、劉備の肢体へ縋りつく。
 拒絶の言葉を吐く憎い唇を唇で塞ぎ、抵抗を繰り返す身体を組み敷いて、ただ確かに自分に応えてくれる裸身へと手を這わした。
「ん、んっ……ふぅ……ぅっ」
 音のこもった呻きが溢れても、曹操は唇を離さなかった。むさぼるように唇を合わせ、唾液が口元や顎を濡らしても構わずに口付けた。角度を変えるたびに互いの荒い息づかいだけが、二人が同じものを共有している証のようで、ただひたすら求めた。
 衣が肌蹴て、前の肌が露わになる。そこへ手を這わして、胸の突起へと指を伸ばす。親指で潰すようにぐりっと転がせば、ぴくり、とそこが反応を示す。そこが芯を持つまで、丹念に指技しぎを施す。
 劉備から吐かれる息が濡れ始める。抵抗が弱くなり、力が失われていく。
「いや、です……そ、そう殿……っ」
 唇を離してみれば、ゆるゆるとかぶりを振るだけで抵抗らしい抵抗がなくなる。それでようやく曹操は愛撫に専念する。指で弄っていた突起へ、唇を寄せて吸い上げる。それだけで、劉備の身体はびくっと震えた。
 唇に挟み込んで扱けば、濡れた吐息は艶めいていく。空いた手で、半端だった衣を脱がす。下帯まで取り去って、さらに曹操は劉備の肢体へ淫行を為していく。
「ぁ……ぁっ……嫌っ」
 曹操の指技や口淫に乱れているのに、劉備は両腕で己の顔を隠して否む言葉ばかりを紡ぐ。それに対してまた、曹操の体の奥で、嵐が吹き荒ぶ。その、どう、と唸る嵐を身内に閉じ込めながら、劉備の肌へ朱点を散らす。
 鎖骨を舌でなぞり、突起の脇や横腹の柔らかな場所へ口付け、そして臍をんでから下腹へ口吻をつける。
 敏感な場所に近いせいか、びくっと劉備の身体が跳ねた。張りのある下腹の肌を甘く噛んで味わうと、顎の下で劉備の欲望が大きく育ったのが感じられた。先ほどから緩くち上がっていたことは感じていたが、その反応の良さに、口ほどの拒絶を覚えていないのだ、と分かった。
 そのまま顔を下ろして、欲望の塊へ舌を伸ばした。
「やっ、いや、ぁ……だ、駄目です、やめ、ぇ……っ」
 背を弓なりに反らして、泣き叫ぶように劉備は声を張り、大人しかったはずの四肢をも暴れさせようとした。それをまた大人しくさせるつもりも込めて、一気に咽奥まで欲望を咥え込んだ。
「あっ……んぁ、ぁ」
 快感がその身を襲っているのだろう。劉備の腰が浮き上がり、さらに深く曹操の口腔へ飲み込まれた。頬をすぼめ、舌と唇を使ってきつく根元から先端まで吸い上げると、鋭い嬌声を上げて身悶えた。
 顔から外れた腕が薄布を掴みシワを作る。再び奥まで咥え込み、きつく吸って音を立てて口外へ弾ませた。
「ひぁっ……や、んっ」
 びくびくっと劉備の身体が戦慄き、屹立した先からは透明な蜜が湧き、一筋の跡を付けながら張り詰めた欲望を伝い落ちていった。それを舌で掬い上げて、今度は蜜が溢れる先端へ軽く口付ける。
「駄目っ、駄目、です……曹操、殿っ」
 つま先が薄布を掴んでは快楽に跳ね上がって滑り、また起き上がっては滑る行為を繰り返している。その足を掴み、羞恥を煽るように左右へ大きく割り開く。色を変えて、曹操の唾液と劉備自身のもので濡れ光っているそれを、口淫で昂ぶらせる。
「いやだっ……ぁ……ひぃ、ぁぁん」
 両腕で顔を抱えて、乱れた自分の前髪をくしゃりと掴む劉備は、咽を仰け反らせながら曹操の口内へ欲を放った。その熱い飛沫を受け止めて、嚥下する。一滴も残さぬように吸い付き、劉備の身体が強張り、そして力を失うまでそこから口を離さなかった。
「あ……はっ……ぁ……っく」
 腕で顔を隠したまま、劉備は吐精の余韻で胸を上下させていた。しかし腕の隙間から嗚咽がこぼれ、曹操はその腕を力任せに外した。
「……なぜ、泣く。それほどに儂に抱かれるのが嫌だったのか」
 固く目を瞑ったその端から、幾筋も幾筋も涙がこぼれてこめかみを濡らしていた。嗚咽を堪えているせいか、咽がひくひくと痙攣している。噛み締められた唇は赤く、腫れぼったい。
「ならば、なぜあのようなことを言い出した」
 そんな顔を見せられれば、曹操はそれ以上手が出せなくなる。笑顔以外を見たいと望んだのは自分でも、このような顔は望んでいない。
 見せて欲しいのは、知りたいのは劉備の本心だ。
「優しく、しないでくだ、さい……っ……」
 嗚咽混じりに劉備が答える。
「劉備?」
 どうしてこうまでに優しく抱かれることを拒むのだろうか。
 分からない。
「そんなことを……っされては、困、ります……」
 両腕を押さえ込んでいるから顔を隠せない劉備は、曹操の視線から逃れるように顔を背ける。
「お主はいったい何を望んでいる。どうしてそのようなことを言う」
 詰問しても、ただ左右に首を振るばかりで要領を得ない。
 怒りと悲しみと。小石を投げ込まれた池のようにそれらは混じり、曹操の心に波紋を広げる。その波紋が乱すままに、曹操は続きを行うことにする。
 香油を取り出し、指に絡げる。たっぷりと馴染ませるために、多めに掬い取り、そして広げたままの劉備の脚の付け根へと指を滑り込ませる。逃げようとする劉備の身体を押さえ付け、ぬるぬるとした指を後蕾こうらいの縁へこすり付け、その感触に収縮をしたところへ刺し入れた。
 くちゅっという音と共に、受け入れることに慣れてきていた後蕾は曹操の指を迎える。
「ひぁ、ぁ……ぁ」
 劉備の手が薄布の上を彷徨い、縋るようにそのまま布地を掴む。決して曹操へしがみ付こうとしないその態度が、なおも波紋を広げる。
 香油を馴染ませるために、奥まで塗り込んでは新しく指に絡げて注ぎ足し、幾度も指を出し入れさせる。指を掻き混ぜるとぐちゅぐちゅと音が立つほどに潤してから、指を一本増やして刺し入れた。
「ぁんっ……ん……はぁ、このようなこと……っ」
 嫌だ、という言葉は、曹操が劉備の熱源を指でこすり上げた瞬間、喘ぎへと取って代わった。すでに半勃ちだった劉備の欲望は、一気に熱を集め始める。
 何回も内側の熱源を指で撫で上げ、押し込み、こすった。
「やだ……っ嫌です……もっ、曹操ど、のっ……ぁあ、ぁ……」
 拒絶の言葉とは裏腹に、劉備の欲望は張り詰めていく。またしても先端から蜜を溢れさせながら、指で突かれるたびに後蕾を締め上げる。脚を閉じようとしているらしいが、間にある曹操の体でそれも叶わない。
 指から逃れようと身体がずり上がっていくのも、曹操は阻む。ひたすらに熱源をまさぐりながら、音を立てて後蕾をほぐす。
「曹操殿っ……もう、もうこれ以上は……っ」
 ついに、劉備からの拒絶の語調に、先を促すような色が混じり始めた。辛そうに、泣き顔のままで、まなじりからは涙が落ちるままであったが、間違いなく何度も聞いたそれに違いなかった。
 指を引き抜き、随分前から窮屈だった自身の楔を外気へ晒す。劉備の膝裏を掴んで、香油の滴る後蕾を楔で撫でて滑りを良くさせるのと同時に、期待感を煽る。劉備は震えるような息をこぼして、その感触に身震いした。
 貫くには十分な硬さと、そして受け入れるには十分にほぐされた後蕾は、香油の滑りも手伝い、僅かな抵抗ののち、ゆっくりと飲み込まれた。
「ぁ、ぁ、あっ……んぅんっ」
 身体を割られる感覚に、圧迫感と心地良さが入り混じった、上ずった声を劉備が漏らす。
「狭いな、お主の中は。何度入っても慣れぬ」
 根元までを埋め込み、劉備が慣れるのを待ってからゆっくりと掻き混ぜた。
「ぁんっ……曹操殿、もうこのような抱き方はお止めください」
 反射的、という具合で甘い声を上げた劉備だったが、歪んだ奇妙な顔をして訴えた。
 それは池に映った曹操の奇妙な表情とよく似ていて、不思議だった。
 泣いているようでもあり、笑っているようでもあり、怒っているようにも見える、あの顔だ。
 あれはきっと、曹操の心裏を映した鏡だ。胸中を晒さない劉備に憤り、悲しみ、それでいて愛しいと思う心を捨てられない、そんな自分を嘲笑う心を映した水鏡だ。
(ならばこの劉備の顔は)
「どうして、お主をこのように抱きたいか、お主は分かっているのか? 儂がどんな思いでお主を抱いているのか?」
「分かりません」
 目を逸らした、それは否定であることの何よりの証拠だ。
「知っていて、このような真似をしたのか。儂をからかって笑っておったのか」
「違います! それは、それだけは違います! そんなつもりはありません!」
 強く否定する劉備へ、少しだけ安堵を覚えた。
「ならば、どうして応えてくれない。お主も同じ思いであるのだろう」
「それは……」
 否定も肯定もしない。ただ、泣きそうな顔になり、そしていつもの笑顔を作ろうとしたのか、歪んだ顔になり、そして作れずに唇を噛み締めた。
「どうして優しく抱いてはならん。男女のように優しく慈しみ合うような行為をしてもおかしくはないだろう」
「駄目です。それは出来ません」
 目を伏せた劉備の瞳が、また睫毛の影に隠れてしまう。
「顔を上げろ、劉備。儂の目を見ろ。お主が望んでいる言葉を言う。そしてお主を抱く」
 告げると、伏せられていた瞼が上がり、曹操の目を捉えた。しかしその現れた双眸は絶望に彩られ、聞きたくない、と言わんばかりに両手で耳を塞いでしまう。その両手を無理矢理に剥がして、顔を覗き込む。
「好きだ。お主が好きだ。だから抱きたい。お主を傷つけるような抱き方はしたくない。だから、慈しんで抱く」
 瞬間に、劉備の双眸に絶望だけでなく悲哀さえも浮かび、涙がこぼれ落ちた。その表情に、心臓を握りつぶされるような痛みを覚える。
「ど、して、そんなことをおっしゃるのです……っ……私は、そのような言葉、望んでいないのに」
 ボロボロと涙をこぼしながら、しゃくり上げるように劉備は言った。それはまるでとても恐ろしいものを見て震えている幼子のようで、怯えているようにも見えた。
「何がそんなにお主を追い詰めるのだ。お主は儂のことを好きではないのか。ただの儂の勘違いならそう言えばいい」
「……違います、違います。勘違いならどれだけ良いか」
「ならば」
「だから、嫌なのです。優しく抱かれたのなら、そのような言葉をかけられたなら、辛いだけです。忘れられなくなるだけです。貴方を愛してしまったと気付いたときから、決してそうはならないようにしていたのに……」
 また、雫が瞳からこぼれ落ちて、薄布に染み込んだ。
 愛している、と言われたのに、曹操の嵐はなぜか鳴り止まない。
「あのようなこと、言い出さなければ良かった。一時でも、どんな形でもいいから貴方に抱かれたい、などと思わなければ、貴方も自分の気持ちに気が付かなかったでしょうに」
「お主は、いったい何を恐れている。何をそんなに頑なに拒もうとしている。儂はお主を愛している。それだけでは駄目なのか」
 不安だけが膨らみ、嵐を大きくさせる。
「いいえ、いいえ。ですが、辛いのです。曹操殿の心から離れるのが」
「お主は、そのようなことを不安に思っていたのか? 儂は離れぬ。お主を決して離しはしない。あるかないかのことに怯えるのはやめろ。今、こうして抱き合っている幸福をどうして感じないのだ」
 何かを言いたそうに劉備の唇が戦慄いたが、
「今のこの幸福を、大事にいたします」
 と言い、目を伏せた。絶望と悲哀に満ちた色を消すことなく。
(嘘つきだ)
 ようやく、曹操の気持ちに応えたはずのその劉備の言葉を、なぜかそう感じた。
 ちらりと、本当に劉備が言いたかったことは違うことではないか、と思った。しかし、その過ぎった脈絡もない不安を口にすることは、曹操には出来なかった。やはり、どこかで曹操自身も怯えていたに違いない。劉備と、同じ思いを感じていたのかもしれない。
『何か』に怯える二人は、それを振り払うように、互いの身体から生み出される快楽へと心を溶け込ませた。不安も怯えも、見えぬ先のことなど来ないかのように、ただひたすらに互いを求めることに専念した。
 腰を引き寄せて、浅く楔を打ち込み、悶えるように劉備の中がくねれば、不意をつくように奥深くまで突き刺した。
「ああぁっ……はっ、ん……やっ、ぁ曹操、ど、の……」
 甘く響く劉備の声は、またあの笑顔と愛しさに彩られて艶めく。
 繋がる奥から、今度は劉備の何もかもが伝わってくるようで、満足なはずなのに、やはり不安が消えなくて、さらにも曹操は劉備を求めた。そして、劉備もいつもと変わらずに微笑んでいるはずなのに、どこか悲しそうで。
 互いの瞳に映る己の姿はまるで水鏡のように、同じ表情を映していた。


          ※


 小石を池に放り込んだ。
 あのときと同じ顔が、波紋と共に生まれる。
「曹操様?」
 心配そうに、後ろから許チョが声をかけてきた。振り返って微笑んだ。
「大丈夫だ」
 劉備が曹操と袂を分って幾日が過ぎていた。
 袁術への討伐を任せたことを後悔してはいない。それに乗じて劉備が自分の下を去るだろう、ということも何となく察していた。それでも、後悔はしていない。
(儂と劉備はこういう星の下に生まれているのだろう。だからこそ、あやつはいつか来る別れに怯え、儂の優しさに恐れた)
 この、絶対の別れが辛くなることを知っていたからこそ。
「少しだけ、先へ行っていてくれないか、虎痴」
 こっくり、と許チョは頷き、曹操から離れていく。
 もう一度だけ池を覗き込む。不意に、小石を投げ込んでいないのに池に波紋が出来た。
 それが自分の頬を伝わったものだと気付くのに、少し時間がかかった。
「劉備、お主も同じ顔をしているのだろうか」
 だとしたら、それは悲しい。
 池に手を差し入れて、水面を掻き乱す。歪んだ顔が笑顔に見えた。
 次に自分の前に現れるときは、このようであれ。
 それが例え自分に仇なす存在であっても、お主には笑顔が似合う。
 それを、儂は待っている。時折、水鏡を覗き込みながら待っておるから……。

 どうか笑顔であれ――



 了





 あとがき

 実はこのお題が一番最後に出来上がったものです。いつもと違う操劉にしてみよう、と試みたものの、難産でした。
 本当はもう少し違う話になるはずだったのですが、どうしてもその話にするためのキーパーソンが思いつかず(適任者がいなかった、というか)、いつかそれが思い付いたら今度こそ! 今回のキーパーソンはもちろん許チョv
 私は許チョが大好きですv

 珍しく、ハッピーエンドではない、切ない系となりました。
 最後の結末はもう一つあったのですが、こちらを選んでしまいました。やっぱりこの二人はあまり甘々には出来ないようです。

 と、言いつつも、でも両想いは両想いなんですよね、この話。よほど前回(お題の2)よりもらぶ度は高かったりして。
 ただし、どうにも乙女×乙女くさいですね。受け×受けみたいな。
 これと真逆なのが次の諸司馬(お題の7)ですかね。あっちは攻め×攻めな勢いです。

 最後にこの話を持ってくると切なく終わるので、こんな途中にUPです。では、他のお題もお楽しみに!




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