「調教してやるよ〜水鏡 1〜」
鬼畜台詞10のお題 6より
 曹操×劉備


「優しくしてやろうか」
 苦鳴くめいを上げながら曹操を受け入れている劉備の耳へ、そう囁いた。
 固い床に這いつくばらせて、大してほぐしてもいない中へと強引に侵入した。痛みは相当にあるはずだ。幸い、受け入れることに慣れてきた劉備の窪みは、血を滴らせることもなく、曹操を受け止めている。
「必要、ありません」
 苦しそうな息の下から、劉備の答えが聞こえる。
 後ろから貫いている曹操からは、その表情を見取ることはできないが、いつもと変わらない笑みを浮かべているような気がして、曹操は苛立つ。
「なぜだ。このように手荒に扱われて、それでお主は構わぬのか」
「それが、私の望んだことですから」
 今度こそ、笑いの滲んだ声だった。
 かっとなった。力任せに、もとどりを鷲掴み、振り向かせた。そこには案の定、あの柔らかな微笑が浮かんでおり、なぜかますます曹操の怒りに火をつける。
 繋がったまま、無理矢理に体をうつ伏せから仰向けに変えさせる。狭い劉備の中を凶悪にこすり上げながら、曹操は劉備と向かい合う。
「ひぃっ、ああっ……」
 さすがに堪え切れない悲鳴が上がった。
 ようやく劉備の下から笑みが消え、歪んだ表情が浮かぶ。それを見て、曹操の怒りが僅かに治まる。
「そ、曹操殿っ」
 それでも、またしばらくすると微笑に彩られる。
「やめろ。どうしてそのように笑う。儂はお主を犯しているのだぞ。笑うな!」
「ですから、私が望んだことですから」
「違う、違う! 儂がお主をこうしたかった。こうしたかっただけだ!!」
 激しくかぶりを振り、劉備の言葉を否定する。
「泣かないでください」
 劉備の指が伸びて、曹操の頬を拭った。それで初めて、曹操は自分が泣いていることに気付いた。
「ほら、貴方はこんなにもお優しい。こんな私のために涙まで流されて」
 だから充分なのです。そう言っているかのように、劉備は微笑む。
「それはお主が、お主が本当の顔を見せてくれぬからだ」
(だから儂はお主を抱く)

 ようやく、曹操は自分が何に憤っていたのか理解した。
 いつも微笑んでいる男。常に自分の出来ることを精一杯に成し遂げようとする男。自分の体が、心が傷付こうとも怒ることがない。ただ、微笑むばかりの男。
 いったいお主の中に何が潜んでいる。
 お主を支えているものはなんだ。
 それを見たい、見せて欲しい。
 なのに、どれだけ言葉を掛けようとも、どれだけ共に行動しようとも、どれだけ語り合おうとも、微笑みが消えることはなく。
「どうすればお主の考えていることが分かるのだろうな」
 客将として許昌に招いての折、ついに言葉にして聞いてみた。
「では、肌を合わせてみる、というのはどうでしょう。男女は肌を合わせることで分かることがある、と言います。私たちは同性ではありますが、分かることがあるかもしれません」
 そういって、誘ったのは劉備だったのだ。
 そしてこうも言った。
「ただ、私と曹操殿は想い慕う間柄ではありません。男女のように優しく慈しみ合うような行為はいたさぬようにしましょう」

 だから、幾度か交わっても、曹操は決して劉備を優しくは抱かなかった。それは約束事でもあったからだ。ただ同時に曹操も、自分の体がいいように、そして乱雑に扱われれば、劉備の本性が覗けるのではないか。
 そう思った。だからこそ、寝所にも行くことなく、犯すように抱くことを繰り返した。
 なのに、いつまで経っても、劉備が曹操へ見せる顔、態度は変わらず、苛立つばかりだった。それで優しくしてやろう、と耐え切れずに反故を持ち出せば、断られる。
 それはつまり、劉備は決して曹操へ気を許すことがない、ということだろう。
 結局は、この行為も劉備なりの壁なのだ。これ以上、踏み込むことを許さない。拒絶の壁なのだ。
 それが壊せなくて悔しくて、悲しくて、曹操の胸を掻きむしるのだ。
「どうしてだ!」
 激甚に問うが、曹操を見上げて劉備は黙って微笑むばかりで、答えが差し出されることはなかった。
 後は曹操に出来ることと言えば、この胸でどう、と鳴る嵐を劉備の体へぶつけることだけで、止めていた送抽そうちゅうを再開させた。
 まださほど潤ってもいないのに、無理に突き入れ、引き戻せば、中で痛みが生じるのは当たり前で、その時だけだ。劉備の顔が苦悶に彩られるのは。
 ほんの僅か、曹操の嵐が鳴りをひそめる。
「曹操殿っ」
(どうして、なのにどうしてだ。お主はどうして嬉しそうに儂を呼ぶ……!)
 また、どう、と唸りを上げる嵐。
 引きつれるそこを強引に穿ち、劉備を組み伏せる。
「い、ぁっ――」
 首を打ち振るい、劉備はもがくように爪を床に立てる。激痛が襲っているのは、一向に勃ち上がらない劉備の中心を見れば分かる。それでもなお、曹操は自分の快楽だけを求めるために、腰を打ち付けた。
「曹操殿、曹操、殿……っ」
 痛みで涙をこぼしながら、それでも劉備は求めるように曹操を呼ぶ。自分を犯している相手を、愛しそうに呼ぶ。
 抱き合えば抱き合うほど分からなくなる。
 繋がれば繋がるほどに分からなくなる。
 男が遠くなるような気がする。
「嘘つきだ、お主は嘘つきだ、劉備……っ」
 劉備の頬が濡れていた。それは劉備が流している涙のせいなのか、それとも自分が落とした涙のせいなのか、それすらも分からなかった。
 ついに、曹操が欲を放ち、劉備の体を突き放すまで、劉備に解放は与えなかった。それでも、劉備は丁重に今日の会食の礼を述べ、拱手して去った。
 最後に浮かべた笑みもいつも通りで、一人になった曹操は力任せに、手近にあった杯を床に叩き付けた。


          ※


 昼間の暑さが夕方になっても和らがず、汗でじっとりと肌に張り付く衣の感触が不快だった。今日必要な政務を終わらせた曹操は、一人で廊下を歩いていた。もちろん、後ろの方に許チョが控えてはいるものの、いつもの通り、近すぎず、遠すぎずの距離を保っていた。
 廊下の端に立ち、空を見上げる。夕立の一つでも起きれば涼しくもなろうに、などと思い見上げるが、その気配もないようだった。夕焼けに染まりつつある赤い空を眺めつつ、今夜はどうしようかと考えた。
 先日、苦い別れ方をした劉備との会食がまた、今夜これから入っていたのだ。
 まだ、あんな別れ方になるとは思わないときに約束したことだったので、これほど気まずい思いになるとは考えていなかった。
 反故にしてしまおうか、とも考える。曹操は忙しい身の上だ。別に不自然さはないはずだろうが。しかしまるで逃げ出すかのようで、それも躊躇われる。
 中庭の池が涼しそうで、誘われるように庭へ下りる。後ろから許チョが付いてきた。このまま私室へ戻るはずの曹操が突然に寄り道をしたところで、許チョは驚かないし、何も言わない。
 何かを思い付けばすぐに行動に移す曹操は、目的地が変わることなど良くあることだ。それを常に護衛する許チョにとっては珍しいことではない。
 だが……。
「曹操様、どうかしただかぁ?」
 不意にその許チョから声をかけられて、池の畔でぼんやりしていた曹操は驚いた。
「何だ、急に」
 曹操から話しかけない限りは、自分からは声をかけてこない許チョが、どうしたことか、と思った。気付けば、いつもより距離も狭まっていた。そのことに声をかけられてから気付いた自分は、相当ぼうっとしていたらしい。
「何だかここ最近の曹操様は元気がないだよぉ。おいら心配になって……」
 自分でも声をかけたことを気まずく思っているのか、歯切れは悪いものの、許チョはそう言った。
「そう見えるか?」
 自覚はあったものの、誰も気が付いた様子はないので、表には出ていないものと思っていたが……。こっくりと頷く許チョへ、小さな笑みを浮かべた。
「虎痴には分かってしまうか」
 下手をすれば、もっとも信頼し片腕としている夏侯惇よりも、曹操の傍にいることの多い許チョだ。何よりその曇りのない瞳には何もかもが透けて見えるのかもしれない。
 足元の小石を拾い上げ、池に放り込む。小さな水音と共に波紋が水面に広がり、覗き込む曹操の顔を揺らす。それは泣いているようでもあり、笑っているようでもあり、怒っているようにも見える、奇妙に歪んだ表情だった。
「劉備殿と何かあっただか?」
 反射的に体が強張り、そして許チョを見やった。許チョは困ったように頬を掻いている。
「何か、曹操様は劉備殿と会った日はいつも辛そうな顔をしているだ。だからおいら、その……余計な、ことだったかぁ?」
 小首を傾げ、不安そうな顔をした麾下をじっと見つめる。
「いや……。お前にはそう見えるのか。儂が劉備と会うと辛そうだと、そう見えるのか?」
 また、許チョがこっくりと頷く。
「そう、だな。辛いのかもしれん。辛いと分かっていても、会うのをやめられん。おかしいな」
「どうしてだぁ?」
 真っ直ぐな問い掛け。邪念もない、純粋な問い掛けに、曹操も素直に答えた。
「好きだからだろうな。会えないとさらに辛くなることが分かっている」
「好きなのに辛いのか?」
「好きだからこそ辛いのだ」
「よく分からないだぁ」
 眉根を寄せてしまう許チョへ、曹操はそうか、と呟いた。また、小石を拾って池に放り込もうとする曹操へ、許チョが難しい顔のまま続けた。
「劉備殿も曹操様のことを好きなのに、どうしてだ? 喧嘩でもしたから辛いのかぁ?」
 小石は曹操の手から落ちて、かつん、と足元の石とぶつかりあった。
「なぜそう思う」
「見ていれば分かるだよ? 劉備殿は曹操様といつも楽しそうに話してる。それは曹操様が好きだからだろぉ?」
「あれはあやつの処世術なだけだ。誰にでも笑んでいる」
 だからこそ、自分だけは劉備の本当の顔を知りたいと、あんな真似までしたのだ。決して望んでいない抱き方までして、劉備を貶めたのだ。
「そうかぁ? でも、曹操様といる時の劉備殿は、本当に楽しそうだぞぉ?」
「なら、ならばどうしてあやつは……!」
 思わず声が尖った。

『ただ、私と曹操殿は想い慕う間柄ではありません。男女のように優しく慈しみ合うような行為はいたさぬようにしましょう』

 あんなことを言って、
「笑顔しか見せないのも、拒絶の証だ」
 唇を噛み締める。
「おいらは難しいことは分からないだ。だけども、好きな人には笑顔を見せていたい、そう思う。悲しい顔をすると、相手まで悲しくなるから、おいらは嫌だぁ」
 そう言って、許チョはにっこり笑った。その、誰もが親しみを持つ無垢な笑顔は、確かに周囲を明るくさせるものを持っている。
「劉備も同じだと思うのか?」
 半ば、縋るような思いで許チョへ聞いた。
「おいらはそう思っているだ」
 また、池に小さな波紋が出来た。
「……曹操様!? どこか痛いだか?」
 慌てて許チョが近寄るのを、頬を拭いながら制止する。
「違う、汗だ。気にするな」
 本当に? という顔をする許チョへ、曹操は笑いかける。
「お前は、本当に可愛い奴だ」
 そう言うと、許チョはびっくりしたように目を丸くして、それから照れ臭そうに頬を掻いた。
「曹操様は突然褒めるんだものなぁ。ずるいだぁ」
 そんな許チョを見て、曹操は久しぶりに声を立てて笑った。



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