「決戦の日に5つのお題」
 劉備と曹操
劉備編


 果たし状をしたためて

 1 もしかして踊らされてる?



 そう感じたのはいつだったか。
 初めてあの男を見たときから、そうだったのかもしれないが。
 少なくとも、自分は認めたくなかったし、認めるつもりもなかった。

 それでも、あの男の名が広がるにつれ、自分の中で良くも悪くも存在は大きくなり、無視できない存在となっていく。
 それは悔しくて、歯痒くて、それでいて焦がれるような。
 相反する思い。

 憎いのか、惹かれているのか。
 そのどちらもなのか。
 もう自分には分からない。

 分かるのは一つだけ。
 自分はあの男と並び、そして越さなくてはならない存在である。
 それだけだ。

 決して惑わされてはならない。
 決して踊らされてはならない。

「劉備」
 自分を呼ぶ、あの男の声が聞こえても。



 2 蜜色期待



 あの男の客将となった。
 自分のどこが気に入ったのか分からないが、あの男は何くれとなく自分を構う。
 優秀な臣下が何人もいて、自分を大事にするのは良くないだとか、
全く逆に良くしておけだの、好き勝手なことをあの男に囁いているらしいが、それとは関係なく、あの男は自分を近寄らせる。

「なぜですか」
 聞いてみた。

「なぜだろうな」
 しばらく考え込む男の横で、自分は黙って杯を傾ける。

「よく分からん。分からんが、強いて言うなら匂いか」

 問うように、自分は男の横顔を見つめる。

「わしと、お前、似ている気がする。同じ天下を望むものとして」

 不意に、口に含んだ強い苦味のある酒が、ひどく甘く思えて驚く。
 蜜の味。とろりと濃い、蜜の味、そして色。

 認めると言うのか、この自分を。
 男の客将として甘んじてるこの自分を。
 男と肩を並べるだけの器だと?

「そのようなこと」

 否定するも、咽を通った甘さは消えず、震えるように消えていく。
 目を上げた先で、いつもと違う、真剣な顔付きの男がいて。
 自分は固まってしまう。

 危険な、蜜色の期待を匂わした、かぐわしい春先のこと。



 3 まるで餌付けのようなもの



 妙に素直に自分を解放したものだ。
 いくら自分がもっともな理由をこしらえて、男の下から離れようとしたとしても、
きっと臣下たちから反発の声も出たろうに。
 信頼している、とでもいうのか、この自分を。
 裏切ろうとしているこの自分を。

 それとも、あれしきのことで餌付けされたとでも?
 野に放っても、自分の下へ戻ってくると確信でもしているのだろうか。
 だとしたら、あの男らしくもない。

 慢心だ。
 餌付けなどされるはずもない。
 されたくもない。

 自分はあの男の下にいることを望んでなどいない。
 あの男と肩を並べることを望んでいるのだ。
 飼い馴らされるはずがない。

 なのに、どうしてだろうか。

 時々、無性にあの男の顔が見たくなる。
 名前を聞けば苦しくなる。

 野を駆ける獣は、餌付けなどされない。
 されてしまったら野では生きてなどいけないのだから。
 こんなにも、求めてしまうのだから。

「行ってこい、劉備」
 送り出した男の声が、背中を押す。

 あれはもしかしたら、あの男の最後の餌付けだったのかもしれない。



 4 コントローラーの所有権



 思うのだ。
 操られているのは、本当はどちらなのか。
 自分は、あの男が中原を平らげている間に、自分の成すべきことをすればいいと。
 それまではあの男の自由にさせればいいと。

 操っているのはこちらだと。
 手綱を握っているのはこちらだと。
 言い聞かせるように、そう思う。

 あの男の造り上げたものを自分は崩す。
 自分とあの男が造り上げるものは並び立たないのだから。

 だから、今は思う存分に暴れるがいい。
 だが、手綱は握る。握っている。離すものか。

 でもそれは、本当はどちら。

 乗せてやっている?
 乗ってやっている?

 操っているのはどちらだ。
 薄ら笑う声が聞こえそうで、自分は手綱を握るのだ。

 離すものか、と。



5 決戦



 ついにここまでやってきた。
 あの男と肩を並べ、そしてまみえるときが来たのだ。

 待っていた。
 怖くもあり、またそれ以上に何かに期待する自分の心。
 逸るばかりの自分の心が、あの男との再会を今か今かと待ちわびる。

 対等になった自分を見て、あの男はどう思うのだろうか。

「ついに来たな、劉備」
 と喜ぶのか。
 それとも怒るのか。

 何にしても、あの男の感情を揺り動かせるのだ。

 そしてふと気付く。
 自分はあの男がいたから、ここまで来られたのではなかろうか。
 常に追う背中があったから、志を捨てずに来られたのではなかろうか。

 心臓が高鳴った。

「答えは、この戦の先にある」

 強く眼差しを上げ、あの男の旗が上がるのを待つ。

 願わくばあの男も、

「お前がいたから、ここまで来てしまったではないか」

 などと思えばいい、と。





 あとがき

 お題が短いので、曹操視点と劉備視点で分けてみました。
 語り口は無双に近いですが、関係的には蒼天とか、読んだばかりの「曹操 魏の曹一家」(陳 瞬臣氏 著)に近いです。すぐ影響されやすい体質なので(笑)。

 必要以上にベタベタせず、しかしして意識してしまう存在。
 三国志を語る上で絶対に必要な二人の関係は、こんな解釈でどうでしょう?




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