「決戦の日に5つのお題」
  曹操と劉備
曹操編


 果たし状をしたためて

 1 もしかして踊らされてる?



 どうしたことだろう。
 初めは、よほど後ろに控えている二人の武人に惹かれていたほどなのに、気付けば自分の目は、その武人を連れている男ばかりに向けられていた。
 取り立てて、どうと言うこともない。
 寡黙であるし、将であるには気性も荒くない。
 だが、無視しきれない何かを感じる。

 どうしたことだろう。
 少ない言葉から、男の底を覗こうとしても覗き切れず、むしろその深さに恐れるほどで。
 さらに自分の目は男から離れなくなる。

 手元に置きたい。
 いつしかそう願い、誘いを掛けようとする。
 しかし、それを察したように、男は笑うのだ。
 底の見えない、不可思議な笑みで。

「曹操殿、私はお目に掛けていただくような男ではありません」

 そういう男の目は、しかし天を見上げて輝いている。
 その輝きに、自分は思う。

 もしかしたら、この男は全て分かっているのではないだろうか。
 自分の下へ来たら、もう自分は離さないでいるつもりであることを。

 だから踊るように、伸ばした指先から逃げ出すのだ。
 そして、残された自分は、一人で踊るだけ。

「そうでしょう?」
 量れない笑みが、その口元を彩った。



 2 蜜色期待



 男が手元へと落ちた。
 思わぬ収穫だ。頼るあてが自分しかいなくとも、それでも問題は結果だ。
 望んでいたものが手に入った喜びで、自分は常に男をそばに置いた。
 臣下がどれだけ声高に騒ごうとも、気にもならなかった。

 時折見せる、あの不可思議な笑みは、自分の胸をひどく甘くさせる。
 甘い蜜のごとく、濃い期待を乗せて、その笑みは自分に向けられる。

 それでも、分かっていた。
 あの男の、天を見上げる輝きは一片も曇っていないこと。
 そして、恐らくは長く手元にいることを望んでいないだろう、ということも。

 それでも、自分は離すつもりはない。
 離したくないのだ。
 人に執着するのは何も初めてではない。

 だが、あの男だけは何かが違った。
 ねっとりとして、甘く、しかし与えられすぎればその甘さゆえ、
なおも離したくなくなってしまう。
 蜜の味。

「曹操殿」

 自分を呼ぶ、あの声が、ずっと続くことを期待して。



 3 まるで餌付けのようなもの



「私を行かせてください」

 言い出した男を、どうして自分は引き止めなかったのだろうか。
 戻ってくると、信じていたのだろうか。
 この、疑り深い自分が?

 離れるはずがない、と思っていたのだろうか。
 あの曇らない瞳を何度も見ていたというのに。

 餌付けは十分だと思ったのだろうか。
 野を駆ける獣は、餌を獲ることを忘れた、と思い込んだのだろうか。
 鋭かった爪を削り落とし、光っていた牙を引き抜いたと?

 どこかで全て理解していた。
 野を愛し、民の中で生きることを望んでいる者を飼い馴らすことなど、出来ないことに。

 なのに、あの底の見えない笑みで促され、自分は野へ放ったのだ。

 思った。
 餌付けされたのは、自分。

 あの笑顔はまるで餌付け。
 人を食ってしまう、疑似餌ぎじえだったのかもしれない、と。




 4 コントローラーの所有権



 案の定、野に放たれた獣は戻らなかった。
 しかし、繋いだ鎖が完全にほどけたわけではない。
 必ず、またあの男は自分の前に現れる。
 あの輝く目がある限り、鎖は断ち切れることはない。
 そして、自分が天下を望む限り、二人のえにしも切れることはない。

 それまで、せいぜいに鎖を離さぬように。
 ましてや、他の誰にも握らせてはならない。
 天下を望み、そしてあの男と対峙するのは自分だ。

 鎖を引っ張るのはどちらか分からない。
 だが、その鎖、操るのは自分だ。
 引き寄せて見せよう。

 諦めさせてはならない。
 必ず、自分を追い駆けてこい。

 それまで、鎖は操らずに、握っておこう。
 ただ、強く。



 5 決戦



 ついに来たのだ。
 幾度も追い詰めた。
 いっそこのまま潰してしまおうか。
 鎖でがんじがらめにしてしまおうか。

 何度もそんな気になった。
 それでも、巧みに逃れ、そしてその度に大きくなった男は、ついに自分の前に、同じ大きさとなって現れた。

「待っていた」

 口に出して、その思いを確かめる。
 自分ではどうに出来ないほどに昂ぶる。

「待っていた、劉備」

「ええ、私もです、曹操殿」

 そう答える声が聞こえた気がした。

 あの、輝く瞳は曇っていないのだろうか。
 あの、底の知れない笑みは変わっていないのだろうか。

 会いたい。まみえたい。
 この焦燥は何だ。
 惹かれて止まないこの衝動はなんだ。

「お前がいたから」
「貴方がいたから」

『ここまで来られた』



 決戦の日は、すぐそこ。








 あとがき

 お題が短いので、曹操視点と劉備視点で分けてみました。
 語り口は無双に近いですが、関係的には蒼天とか、読んだばかりの「曹操 魏の曹一家」(陳 瞬臣氏 著)に近いです。すぐ影響されやすい体質なので(笑)。

 必要以上にベタベタせず、しかしして意識してしまう存在。
 三国志を語る上で絶対に必要な二人の関係は、こんな解釈でどうでしょう?




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