「【en】−宴ー 後編」
【en】シリーズ 2010年版 劉備編
諸葛亮×劉備(合作水魚)


「孔明……」
 私がためらっていることを察して、口に含んだ指を離してくれる。しかし手首に口付けて指先は握られっぱなしだ。
「お嫌でしたか?」
「明日から、お前の考えてくれた催しで、私も忙しくなる」
 律儀にちゃんと伺いを立てる男に対し、私はどう言ったら恥ずかしくないだろう、と考えたものの、やはり上手い言い回しなど出てくるはずもなく、ぼそり、とそのまま伝えた。
「……手加減、してくれよ?」
 何せ相手は私の息子、と言っても差し支えないほどの歳若さだ。本気で迫られれば次の日に起き上がれなくなることは、ありありと目に浮かぶ光景だ。釘は刺しておく必要があった。
「はい。善処いたしましょう」
 答えた孔明は私の横へ寄り添い、掴んだままだった手を自分の肩へと回させた。唇に軽く唇を合わせてきた、と思えば、背中と膝裏に腕が差し込まれて抱き上げられる。どうやら奥の牀(しょう)台(だい)へと運ぶつもりらしい。
「明日の為にも、負担は少ない方がよろしいでしょう?」
 確かに、硬い床の上で抱かれるよりは、遥かにマシだ。気遣いは嬉しいが、抱き上げられた格好や言葉に、矜持が刺激されてしまい、口だけは抵抗をしてみせる。
「どうやっても、私には負担だがな……。それにこの抱き方はやめろ、というのに。自分で歩ける!」
 暴れてしまえば危ないことは理解しているので、口だけだ。それでも生真面目な男は申し訳無さそうにした。
「すいません。もう少しですから…、着きましたよ」
 まるで女でも扱うかのような手付きで私は優しく牀台に寝かされた。孔明は縁に腰をかけて顔を覗き込んできて、何かを堪えるような眉根の寄った顔をした。
「もし、本当にお嫌なのでしたら、このままお休み下さい…」
 何を言い出すかと思えば、額に唇を寄せて、信じられないことを口にした。
 ここまで来て、今さらそれはないだろう。私に言葉が足りないことも、この男が余計なほどに気を回しすぎることも知っているが、察して欲しいものだ。大体、そんなもの欲しそうな顔をして言っても、説得力無いぞ! だからお前はもっと自分に正直になれ、と言うのだ。
「阿呆……!」
 口付けて離れようとした孔明の頬を両手で掴んで叱り付けるものの、本気で怒っているわけではない。笑いながら、
「私が本気で嫌なら、お前なんぞ当に当て身でも食らわせて床に転がしてる」
 顔を引き寄せて、今度は私から孔明へ口吻を軽く寄せた。頬を挟んでいる手に濡れた感触が伝わり、見上げれば孔明の目から涙がこぼれている。
「…我が君……っ」
 湿り気を帯びた、極まった声で呼ばれれば、私の心臓がきゅっと切なく締め上げられる。他の誰も知らないだろう、孔明の泣き顔、この男は本当に良く泣く。困ったことにその顔が妙に可愛くて仕方が無いことは、恐らく私しか知らない。
 孔明の指先が髪や耳殻、頬と私の存在を慈しむように撫でていくと、今までとは比べ物にならないほど深く唇が覆い被さった。
「……んっぅ」
 男の涙に過ぎった自分の独占欲にほのかな苦笑を浮かべつつ、唇を受け止めて軽く息が詰まる。覆い被さってきた孔明の首にもうやめるなよ、という意味も込めて腕を絡めた。
 孔明の舌は私の舌を激しく求めて、絡まったり吸ったりと熱心に働く。唇もまるで柔らかさを貪るように角度を変えて重なってくる。頬をなぞっていた手とは反対の手が脇腹を撫で下ろし、帯を解きにかかった。
「ふ、ん……は……ぅ」
 熱烈な口付けに、口付けに弱い私は酩酊するかのように心地良い気分になり、そっと瞼を閉じ、孔明の首に絡めた腕に力を込めた。
 帯が解けて孔明の手が裾から潜り込んできた。寒さのせいか少しひんやりとした指先が、酒に火照った体には気持ちが良い。まるで私の肌を楽しむかのように脇腹を撫で、つつっと上半身へと上ってくる。
 孔明の指先の行方を意識しつつも、口付けを引き続き楽しむ。私からも舌を伸ばして孔明に応えつつ、上ってくる指先にくすぐったさと気持ち良さで眉間に皺を作る。その指先が胸の頂を捕らえた。
「……っん、ふぅ」
 鼻から抜けるような、濡れた息がこぼれた。私の感じた声がお気に召したのか、ちゅっと音を立ててから孔明は離れて、にっこりと笑った。耳元へ顔を再び落として言う。
「…酒と殿の香が相まった芳しい香りに、酔ってしまいそうですよ…」
 唇が離れてしまったことが惜しくて、勝手に口から小さなため息が漏れた。胸は引き続き弄られていて、耳元の唇から舌が伸びて耳殻を舐めたり私の人より大きい耳朶へ柔らかく歯を立ててみたりと忙しい。
 昔は……いや、今もだが、他人に耳を触られることは苦手だった。恐らく、感じやすいせい、というのもあるのだろう。だが、不思議と孔明に触れられるときは違った。囁かれた睦言に、今度は方寸がくすぐったさを覚えて肩がすぼまる。そして耳への愛撫に自然と声が漏れた。
「ん……っ。私も、今夜の酒は格別に……っ美味で、だいぶ酔ったようだ、んぅ」
 今宵は久しぶりに雲長たちと盃を交わしていた。そこでの酒に始まり、ふと思い付いた事が実行に移せそうだという高揚感が私の声を弾ませる。
 孔明は引き続き耳孔を舐め、息を吹きかけたりしていた。
「…そんなにも美味でしたか?」
 なぜか声に僅かな険を覚えたが、私は上機嫌だったため聞き流した。うん、そのおかげで大変な目に合うのだが、取りあえず今は続ける。
 耳の後ろに強く吸い付かれた。胸の頂を強く押し込まれて愛撫されている間に、孔明の手は巧みに働いて(主に似て実にマメに働くのだ、この手は)、すでに乱れて肌蹴ていた衿を開かれて、素肌が孔明の前に晒された。肌を撫で回しながら、手は腰帯へと伸びていく。
「久しぶりに、義兄弟(きょうだい)水入らずだったのだ……ぁ、っ」
 這い回る孔明の手に乱されながらも、高揚感を孔明にも伝えたく、私は口を動かし続ける。
 帯が緩まって出来た隙間から孔明の手が挿し込まれた。腰の線を通り尻たぶを撫でられて揉まれる。尻を触られるのはいつもくすぐったい。
「んんっ……それにそこで、話しているとき……っあ」
 しかし耳の後ろにあった唇が首筋、鎖骨と滑り、指でしきりに弄られている胸とは反対側の頂へと下りて来れば、すっかり孔明によって感じる箇所へと作り変えられている乳首だ。声は勝手に跳ねてしまう。
「それは、それは、よろしゅうございましたね」
 徐々に高まってくる快感に思考を乱されながらも、孔明の声音に宿った気の無い、むしろ投げやりな返事にむっとする。
「何だ、それは。ちゃんとひゃ……」
 文句を付けようとしたが、胸を愛撫してた唇が臍へ寄せられて、妙な声を出してしまう。孔明は私の言葉に耳を傾けた様子もなく、素早く私の下穿きを脱がせにかかった。その先に待ち受ける、当然の展開に私は不味い、と思ったが、足を抱え上げられた。
「では、私も御相伴に与らせていただきます」
 私の動揺に気付いただろうに、にやり、とイヤラシイ笑みを浮かべて孔明の奴め、私の雄身を咥え込みおった。
「――っ、阿呆、それはいつも良いと……やっ、ぁんん」
 私が常々、口淫は苦手だから、もしどうしてもやりたければ最後の抵抗感が薄れたときにやれ、と言い聞かせているにも関わらず、こうして孔明は時々わざと私の意識がはっきりしているときを狙って事に及ぶのだ。
 男が男の一物を咥えるなんぞ、信じられんだろうが。いや、確かに私たちはこうして男同士で抱き合っているわけだが、しかしなぁ。嫌、というわけじゃない。実際に気持ち良くなるし、女にやってもらう分には私も好きだ。ただどうしても抵抗感というか、苦手意識がある、ということだ。
 と言いつつもやはり孔明の舌戯(ぜつぎ)は絶品で(そういえば、こやつはどこで房術を仕込んだんだ?)、私は思わず、という具合で艶のある声を上げてしまう。しかしそのままされるわけにいかず、急いで半身を起こして、孔明の頭を掴んだ。孔明はすぐに顔を上げてくれた。
 諦めたか、と安堵するには早かった。顔を上げた孔明の双眸はすでに劣情で強く光っており、普段の穏やかな軍師然とした雰囲気は消え失せていた。口から離れた雄身を手で扱きながら言う。
「…我が君の美酒、私には飲ませていただけないのですか?」
 私を求めて変貌している男の眼差しにひどく羞恥を覚えて、知らずに目が潤む。持ち上がった頭は私の手など意に介した様子もなく、再び雄身を口に含んで、弱い箇所に歯を当ててきたり、裏筋に舌を這わしたりと高ぶらせてくる。
「そんな……ひぁ、くっ……ものの、どこ、が、美味い……!」
 睦言、言葉遊びの一種だと分かっていても、まるで羞恥を煽るかのような孔明の言葉に私は反論し、口だけでなく、髪を引っ張ってみたり、自由な足で牀台を蹴ったりと抗うのだが、効果は薄い。何せ散々に酔った体と、その上での急速に高ぶらされた悦楽に、力が思うように入らないのだ。
「ふ、ぁ……っん、孔明っ……」
「よいお顔です我が君。…どこが美味しいのかと問われれば、貴方の精だからでしょうか?」
 口を開けば、今のような言葉をかけ手で扱き、決して快感の波が途切れないようにする。私は孔明の言葉を否定するように首を左右に振り、そういうことを言うな、というつもりで睨むが、果たしてどれほどの効果があったか。抗議を込めて声を殺そうと唇を引き結んだ。
「く……ぅ……ん、んっ……」
 私の抵抗が僅かなことを良いことに、孔明は暴れている私の足を掴んで開き、両肩に担いで腰を持ち上げた。自然、体勢を崩すように私の上半身は牀台に倒れ、あられもない格好で孔明の目の前に秘所を晒す羽目になる。孔明から背けるようにして敷き布へと顔を埋めるが、秘所に息を吹きかけられて、私の意志とは関係なくひくり、と収縮したのが伝わった。
 内股を強く吸われて、思わず背けた顔を戻して見やれば、すでに立ち上がっている己の分身を目にしてしまい、あまりの正直さぶりに恥を知れ、と眉間に皺を作り叱咤したくなった。いや、無理な相談だがな。
 孔明は私の葛藤など知る由もなく、立ち上がった雄身を深く咥え込んで、激しく抜き上げてきおった。これを、やられると、駄目、なの……だ。頭の芯がぼおっとなり、全身が燃えるように熱くなる。
 あぁっ、阿呆、やめ、ろ……ぉ。
「ん、あ……ぁは、あ……」
 我慢していたはずの声が勝手に上がる。濡れた甘い声だ。こいつの、これが巧すぎるのが良くない……。下手な娼婦よりも巧いのだぞ? まったく本当にどこで習ったのか。
 私の反応に目を細めた孔明は、舌先を裏筋へ引っ掛けるようにして刺激を増やし、きつく唇を窄めたかと思えば、さらに激しく扱き始めた。私から足の抵抗を奪って手が空いたのだろう。如才なく脇腹や内股など弱いところを弄(まさぐ)ってくる。
「ぁあ、いや……だっ……こ、めぃ……」
 まだ残っている理性が、屈するものかと抵抗の言葉を口にさせて、身を捩らせるのだが、どうにも高まる快感に息は乱れていく一方で、私は咥えられている雄身を視界から追い出すためにも目を瞑った。
 もちろん視覚を封じたがために孔明の口淫をより一層感じることになり、極みが急に押し寄せてきてしまい、逆効果だ。それでも、孔明の惚れ惚れするような弁舌を紡ぐ唇が私の雄身を含んでいる光景など、見ていられない。
 するとまるで私の競り上がった極みを見越したかのように、孔明の口淫が止まり、雄身への刺激が手淫へと変わってしまった。
「……あ、ぁ」
 確実に見えていた極みが消え失せて、思わず落胆の声が漏れる。強すぎる快感に力み過ぎていた全身はぐったりと牀台に沈んだ。
 ゆるゆると手で扱かれる刺激はさっきまでの口淫ほどではないにせよ、私から理性を削り取っていくには充分だった。吐く息はとても聞かせられないほど濡れそぼっている。
「…よいお声ですね…我が君。…もっとよくして差し上げますから…」
 雄身の根元の膨らみを軽く舐られて、孔明の舌は秘所に到達した。
「は、ぁ……ん、ふぁ……ひゃ、う」
 阿呆、そこを舐めるなどと、やめろ! 慌てふためいて力が入らない体で必死に身じろぎし、自由な手で舌から逃げようとする。
「…いけませんねぇ…。ちゃんと濡らさないとあとで辛い思いをされるのは、我が君なのですから」
 孔明の手から逃れられそうだったが、再び抱え直されてしまう。諫めるような口調だが、私のこの状況のせいか、どうにも意地の悪い口調にしか聞こえない。
 お前の言うことなど聞くものか、と頭を振ってみる。もちろん気休めにしかならん。私は風前の灯となった理性を消さないためにも両腕で顔を覆った。手が添えられて孔明の舌は秘所を舐めほぐす。ぴちゃぴちゃと立つ音が卑猥だった。
「んんっ……く……っだめ、だ……ぁ、んっっ」
 秘所も耳も孔明の舌戯に侵食されていくようで、腕で覆っても私の声は漏れてしまう。舌が行き来するたびに体は震えて、孔明に感じていることを伝えていた。秘所を拓げる指は増えて、二本の指が私の中に潜り込んできた。
「…おかしいですねぇ。…こちらはもっと欲しいと…ほら、このように絡み付いてくるのですが…」
 舌での愛撫は止まったものの、孔明はそんなことを言いながら、今度は指で秘所を拡げにかかった。内側に潜む法悦を掠められ、中で指が曲がったり伸ばされたりと具合を確かめるかのようだ。指は大胆に抜き差しをされ、孔明の唇は内股や雄身の根元などに降って来る。
 もう私の雄身は先端から透明な欲を滲ませていたが、孔明の言葉を肯定するかのように滲んでいた欲は溢れて、雄身を汚していった。
「言、ぅな……ぁ……ひっあ、ぅんん……嫌、だ……孔明ぃ」
 孔明の詳細を語る言葉に限界まで来ていた羞恥心は、恥辱に近い思いを抱かせて、耳まで熱くさせた。もうほぼうわ言のように繰り返していた抵抗の言葉も本当に嫌なのか、もう好すぎて、感じすぎて嫌なのか分からなくなるほど、甘やかだった。
「…嫌じゃありませんよねぇ?我が君の甘露…、溢れてきましたよ…」
 それが孔明にも分かるのだろう。内側に埋められた指が具合を図るように円を描き、雄身から溢れ出している欲を舌先で丁寧に掬われた。
「…やはり、美味ですねぇ…。このままいただいてもよろしいですか?」
 中の指に体は正直に跳ね上がり、顔を覆っていた腕は外れて、しかし縋り付くものが欲しくて敷き布を掴んで引き絞る。
 妖しく舐めしゃぶる孔明の舌に、すでに私の理性など吹き飛んでいた。いただいても、という孔明に対して、もう好きにして欲しい、思う様にして欲しい、と受け入れる。
 欲しい、お前のもので私を満たしてくれ。
 体も心も孔明へ委ね切った。
 そっと目を閉じる。
 …………。
 ところがだ、なぜか孔明は中に埋められた指を抜き去り、担がれていた両足も下ろしてしまった。
「…そんなに嫌ですか?私に口でされるのは…」
 何を勘違いしたのか、気弱なことを言いながら、知らぬ間に濡らしていた私の目尻をそっと唇で吸ってきた。常に焦がすような悦楽を与えていた刺激が失われ、ぶるっと私の体は震えた。目尻に触れた唇に瞼を持ち上げて、顔の両脇に手を付いて覗き込んでいる孔明を見上げた。
 あの時と、同じ顔をして私を見つめ返している。いつもは凛として筆頭執政官、軍師然とした佇まいのくせに、一歩内側へ入り込めば、傷付きやすく脆い方寸を隠している。私に告白をし、抱きたいと言い、そして構わない、と答えたにも関わらず、どこか不安そうで。
 あの時と同じ顔だった。
 ああ、まったくお前という奴は。
「あほ、ぅ……私が初めに言ったこと、覚えておらんのか」
 私が本気で嫌だったらな、お前なんぞ床に這いつくばっているのだからな。第一、こんなところで止める阿呆がいるか。
 すっかり力の入らなくなった腕を孔明の背に回して、耳元で告げてやる。ただし、相当恥ずかしかったので、小声になってしまった。
「もう、焦らすな……お前をくれ、孔明」
 あの時とは違うぞ。私はお前のことを好きだから欲しいんだ。お前の想いに打たれて始まった想いだとしても、今は私のもので、そしてお前に捧げられるものだ。だから、私の中にお前をくれ。
 孔明は唇に軽く触れてきて、
「…はい。…我が君」
 と頷いた。素直でよろしい。
 膝が割り開かれて、足が体の脇に倒される。秘所に孔明の雄身が宛がわれ、ゆっくりと私の中へと入ってくる。散々にほぐされた秘所からすでに痛みは感じられない。ただ孔明の熱と存在を私に伝えてくる。
「んっく……ぅ、ぁ、あん……ぅんん」
 感じ入り、鼻を鳴らすように喘ぎ、孔明の背にしっかりとしがみ付く。ぐっと孔明はより深くに私の中を割り、潜り込み、硬い雄身で揺すり上げてきた。内側を満たす幸福感に酔い痴れて、私は充足感の入り混じった嬌声を上げる。
 体を折った孔明が私の頬を撫でた。
「…好きです…、ん…。今は私だけを…」
「……あ、んっ」
 求められている、と確信できる孔明の言葉と啄ばまれる唇から流れ込む想いに、無意識のうちに内側にある孔明を確かめるようにきつく秘所を締め上げていた。
 嬉しいぞ、孔明。
 快感に歪んでいるが、何とか笑顔を作り、答えた。
「私もだ」
 唇を啄ばみ返した。
 ちなみに、私の理性が残っていたのはここまでで、この先は記憶も曖昧だ。私の言葉に箍が外れたのか、限界です、と孔明は告げてきて、すっかり快感に蕩けている私の体を慮らないような動きを始めおった。
「っひぁ……こ、らっ……急に、ぁ、あっ……はげ、し……あぁ、ん」
 とか言ったような言わないような。
 とにかく身も世もなく乱れに乱れた私は、ただただ必死で孔明にしがみ付き、喘ぎ続けたのだった。




「…すみませんでした…」
 私の体を追い立てるだけ追い立てて、もう勘弁してくれ、という声にも耳を貸さずに極みだけを求め続けたために、ひとまずお互いの欲を吐き出して落ち着いたところで、孔明は我に返ったようだった。
 ぐったりと牀台で横たわる私に向かって、床から土下座をして深く頭(こうべ)を垂れている。
 孔明にかけてもらった上着を引っ張りつつ、私は盛大に文句を付ける。
「ああ、ああまったくだ、少しは私の歳を考えろ」
 大声で孔明の無体を罵ってやるものの、煽ったのは私自身だという自覚はある。土下座している孔明をちらり、と見やって可笑しくなって、顔は笑ってしまった。
「……申し訳…ございませんッ…」
 しかしどうやら孔明の奴は本気で落ち込み、下手をすると自己嫌悪にすら陥っているかもしれないが、さらに深く頭を垂れてしまったではないか。
 やれやれ、後悔するぐらいなら感情に任せて抱かなければ良いのに、この男と来たら私の一挙手一投足を気にしてしまうらしく、今夜は果たして何が原因だろうか、と孔明との会話を思い出してみる。
 …………。
 ああ、あれか。
 孔明が急に機嫌が悪くなった瞬間に思い当たる。
 そういえば、こやつはいつもそうだったなぁ。
「本当に反省しているのか? 大体なあ……お前のことだから私が雲長や翼徳と飲んでいたから、気に入らなかったのかも知れんが、いちいちその度にこんな扱いを受けたら、体が持たん!」
 猛省している孔明に対し、私も自分にも責任の一端があることに苦笑せざるを得なかった。
 私は肝心なことは口にしないくせに、余計なことばかり言う癖があるからな。と自分に呆れつつも、すっかり黙り込んで私の言葉に耳を傾けている歳若い想い人を眺める。
「まったく、聡明で糞真面目なお前はどこへ行ったのだ。こんな親爺にがっついて、そんなに私のことが好きか」
 よいこらしょ、と声に出したいぐらいだが締りがないので堪えつつ、それでも孔明が無体した体は悲鳴を上げている。そんな体に鞭を打ちつつ孔明へ体が向くように横になり、肘で頭を支えた。
 責任の一端がある、といえども、この体の痛みは辛い。もう少し苛めてやる、と思い直して、にやり、と笑う。
「……好きです……。だから…、こそ…、労わらねばならぬと…わかっているのです…。ですが……、殿、貴方を、前にすると…、おさえがきかなくなって……、だめだ、いけない。…とわかっていても…、殿が、あまりにも楽しそうに…、されるから…、その場にいないことが…、自分じゃない事が…、悔しいと…思うことは、不遜だと…、いけないことだと…わかって…、関将軍、張将軍にはかなわないと…、立場が違うと…、わかっているんです…、わかっていても…、押さえられず…、すいません…、殿にご不自由な思いを…、すいません…」
 私の問いかけにも素直に答えて、大方予想通りの答えに内心、うむ、やはり、とまた苦笑が浮かんだ。しかも孔明は雲長たちに嫉妬した、しかも嫉妬したことさえも許されない、とばかりに自分を責めている。悔し涙さえ流しているようで、顔は上げないものの、鼻声で声は詰まっているしで。
 これが皆の前で悠然と弁を振るっている男と同じなのだから、実に笑える……いや、違うな。私はこういうところも、愛しい、と思っている。
 仕方がない奴だ、と思い、自分の横へ来い、とばかりに牀台を叩く。有無は言わせないぞ。
「起き上がりたいから、手を貸せ」
 命じてしまえば、素直な孔明は逆らうことはせずに、涙に濡れているらしい目元を袖口でぐいっと拭いてから顔を上げた。ああ、ほらもう目も鼻も真っ赤ではないか。乱暴にこすったら跡が残る。良い男なのにもったいない。
 孔明は自分の有様はさっさと見切りをつけて、私を起こすために肩口へと手を差し込んだ。くぅ、と息が詰まるような痛みが走り、いたた、と顔が勝手にしかめっ面になったものの、孔明と牀台の上で向き合うことには成功する。
 肩から落ちそうになった上着を直して、孔明の顔を覗き込んだ。
「あのなぁ、孔明。お前がそこまで雲長たちを意識する気持ちは分からないでもない。ただな、今夜は最後、私は誰のところへ来て、誰と酒を飲み交わした。お前が気にしている雲長たちを放って置いて、私はどこに居る」
 真っ赤になってしまった孔明の目元を指でそっと拭った。
 そうだ、私は雲長と翼徳と飲んでいて、皆が喜ぶ催しがしたい、と思い立った。そうなると、真っ先に相談したかったのは、目の前の義弟たちではない。若くあるが聡明で、私にいつも道を示してくれる、そして愛しい人でもある、男の顔だった。
 居ても立っても居られずに雲長たちにろくな説明もしないで酒家を飛び出した。もちろん、それぐらいでは雲長や翼徳との絆が揺らぐことはないせいもあるが、何よりも私は孔明に話を聞いて欲しかったのだ。
「…私…です…。殿…、申しわけ…っ…」
 そんな私の想いが通じてくれたらしく、今度は嬉し涙だろう。嗚咽混じりに孔明は謝りつつも嬉しそうだった。
「えぇい、泣くな泣くな。この泣き虫め。私はお前との酒も、格別に旨い、と思っている。雲長や翼徳と飲む酒とは一味違う。……最初からこう言っていれば良かったんだな。私はいつも言葉が足りぬから、悪かった」
 しかし良く泣く奴だ、と思いながらも想いが上手く伝わったことが嬉しくて笑みがこぼれ、それでも一抹の殊勝さは残っていたので、泣いている孔明の顔を抱き寄せて、もう泣くな、と肩口へ押し付けた。
「…違います…、殿は、なにも…悪く…ありません…ッ…、私が…、私の思慮が足りぬから…ッ…、殿はすべて、態度で…、表してくださっているのに…、私が、欲深いから…、殿…ッ。すいません…ッ」
 孔明も私に顔を押し付けてきて、抱き付いてきた。そんな孔明の背を抱き返して、そっと細身の背中を撫でる。
 まったく、本当にまったく。
 耳元で囁く。
「欲深いのは私も同じだ。お前のこんな姿、誰にも見せたくない、私を想って泣いてくれるお前など、私だけが知っていればいい」
 このような孔明、誰も知らぬのであろう。私しか知らないのであろう。
 誰にも、見せたくない。
 心の底からそう思う。自然、囁いた言葉にも想いが滲んだだろう。そっと孔明が顔を上げて、嬉しそうな、それでいて申し訳なさそうな顔をした、複雑な笑顔で私を見つめた。
「…我が君…、玄徳様…」
 孔明の笑顔に自然、私も笑顔になる。
 それでも、そうだな、私はお前の笑顔が一等好きだ。
 強い独占欲は私にも存在する。同時に頼れる男へ対しての甘えも生まれてしまうのも、仕方のないことだ。
「ようやく泣き止んだか。これ以上泣かれてしまったら、明日は目が腫れて大変なことになるところだ。何せ私はこの体だ。明日からお前に頑張ってもらわなくてはならないからな。頼むぞ?」
 堂々たる、サボる理由が出来たことに、喜悦を覚える。自然、笑いは穏やかだった先ほどとは違う、唇の端を持ち上げるような笑みになっていることだろう。
 これは甘えではなくて、ただの怠け心だろう、だと? うむ、否定はせん!
 私の巧みな誘導に、ところがさすがは頼れる男だ。
「…かしこまりました…。そうですね。私が無体を働いたばかりに、殿は身動きがお辛いでしょうから、明日は私の室で、ちゃんと私が働いているか見張っていていただきましょうか?そうしていただければ、細々とした案件も、裁可をいただきやすいですし」
 簡単に私を野放しにするつもりはないらしく、屈託のない良い笑顔になり、告げてきた。わざとらしい! まあわざとなのだろうが。
「くっ、いま泣いた烏がもう笑いおって、可愛くない……」
 ぶつぶつと本人に聞こえないように文句を垂れる。
「…なにかおっしゃいましたか?」
 目もまだ赤いくせに、楽しそうに私を見つめながら小首を傾げて、孔明は笑みを深くした(どうやら独り言のつもりだったが、聞こえていたようだ)。
 こやつの笑顔を好きだ、と言ったことは否定しない。しないが、悔しい。何とかして政務から逃れる方法はないものか。そうだ、大体私には孔明が立案してくれた計画のための、人員確保、という立派な勤めがあるではないか、よしこれを盾に何とか。
 さらに無い知恵を絞って(自覚はあるのだ)策を巡らしていたためか、孔明が居住まいを正して頭を下げたことに気づくのが遅れた。
「殿、私を選んで迎えに来てくださり、ありがとうございました」
 言われた内容も唐突なもので、私はきょとん、とした。
「なんだ、突然」
 聞き返すと孔明は言った。
「貴方という主を持てたこと、それだけでなく、想人として在ることも許されている事。私は幸せ者だと、改めて思い至りました。ただそれをお伝えしたく」
 拱手して、頭を下げた。
 ああ、何だ。また急にお前は人を喜ばせるようなことを口にするな。それはどういう策だ? 私を褒めたところで政務はやらんぞ、やらんが……。
 やはり嬉しいな。
「……そう改められると照れ臭いが」
 顎鬚を撫で付けながら、言葉通り照れてしまう。
 私も姿勢を正して告げた。
「こちらこそ、お前が私を選んで、志を汲み、共に歩んでくれることを決めてくれたこと、いつも感謝している。今年も世話になった。来年も……その先も、お前には迷惑をかけるだろうが、付いてきてくれるだろうか」
 もう一年が終ろうとする。区切りとなるときぐらいは、いつもいつも思っていることだが、改めて口に出すことも必要だろう。
 孔明の顔が持ち上がり、私を真っ直ぐに見つめてきた。
 何もかもを、私のこれからの道筋を明るく照らしてくれるであろう、臥龍の瞳はどきり、とするほど澄んだ瞳をしている。この瞳に私は数多の辛い出来事を映させてしまうのだろうが、しかし、もうお前以外、私の隣に立ってくれる男は欲しくない。
 孔明が頷いた。
「はい。私の持てる力の全てで貴方にお仕えいたします。共に行くことをお許しください」
 心が目に見えない暖かさに満たされていく。
「ありがとう、孔明」
 私は心から笑顔を浮かべた。
「今年も色々とあったな〜。少しは今回の催しで皆が楽しい気分になってくれれば良いが」
 普段中々口に出来ないことを口にしたせいだろうか。急に一つの年が終ろうとしていることを切に感じて、腕を組んだ。
「なにしろ、私が計画を立案し実際に運営するのですから。臥龍に不可能はありません」
 茶化すような口調で孔明が胸を張る。
「殿のお心は必ず、皆に伝わります」
 にこり、と笑った顔は穏やかで優しい。
「はは、さすが私が見込んだ男だ。……何せこのところ、私でさえ雲長たちと酒を飲むのも久しぶりで、ゆっくり出来なかった。他の皆もきっと同じだろう。皆、殺伐とした顔をしていた。お前のおかげでここ最近は少しは落ち着いてきたし、年初めぐらいは、戦も忘れて楽しく過ごしたいものなぁ」
 そもそもの私の思い付きは、そこから来ていた。
 酒家で雲長や翼徳と飲んでいたら、ふと雲長がそんなことを言い出したのだ。どこか殺気立ったような、ささくれ立った内面が顔に出ている、と。私もそれは感じていたが、雲長までも感じていたことに、民たちの窮している様子が深刻だと悟った。
 翼徳は、戦、戦だったもんな、と言って仕方がねえよ、と私が心を痛めたのを察してか、慰めてくれたが、私の申し訳なさは収まらなかった。
 何とか、僅かの間だけでも良いから、皆を楽しい気分にさせたい。
 そう強く思ったのだ。
 具体的に何かを思い付いたわけでもなかった私は、急いで孔明の下へとやってきた、というわけだった。
 孔明も私の言葉にこの一年、引いては慌ただしかった日々を思い出しているのだろうか。そっとため息を吐いて、何かを追い出すように軽く頭を振った。それから感慨深そうに頷いて同意を示す。
「…本当に、そうですね…」
 と、しばらく二人で暮れようとする年の瀬にしんみりしたのだが、私はもぞり、と体を動かした。
 色々と懸念していたことも片付き、明日の見通しも立ったところで、ふっと体の芯に燻っている熱に気付いてしまったのだ。
 幸いなことに、痛みはあるものの体はまだ大丈夫そうだ。だがどうやって切り出そうとしばし考えたが、やはり私には気の利いた言葉など出てこない。
 ごほんごほん、とわざとらしい咳払いをして、しんみりした空気を追い払う。
「では、明日からの『皆で初日の出を見ようの会』の準備はお前の部屋で頑張るとして、つまり私はあまり動く必要がない、ということだ……ということは……もう少し、続きをしても大丈夫だぞ! さっきは、その好かったことは好かったのだが、良く覚えていなくて、だな、うん!」
 言っていて恥ずかしくなり、後半部分は大声で早口で捲くし立ててしまった。挙句に照れ臭くて「ははっ」と最後は笑って誤魔化してしまう始末だ。
 格好がつかんなぁ。
 しかし孔明はにっこりと笑ってくれて、
「かしこまりました。おおせのままに…」
 恙無く、優雅に答えてみせた。
 顎をそっと上向かされて、口付けられた。
 あとは二人で揃って牀台に再びもつれ込む。

 長く、しかし振り返ればあっという間だった一年が、もうすぐ去ろうとしている。新しい年も、その先も、少しでも長くこの男と歩み続けられれば良い、と胸を満たす幸福感と孔明の重みに、私はそっと目を瞑った。



 おしまい





 あとがき

 ここまでありがとうございました!
 「らら式」のさわらさんとのんびり続けている合作水魚、私が劉備を担当した、初めての話でした。この人、どこ行っても変わらないなあ、という感想をいだきながら、さわら孔明を困らせてばかりいたような気がします。

 実はまだ、冊子で販売中です(通販のみ)。さわらさんの諸葛亮視点と合わせて読めて、かつ、おまけ話も付いているので、よろしかったら冊子版もよろしくお願いします。
 2014年版として、さわらさん=諸葛亮 あまの=劉備 で再びシリーズ続けています。
 このお話で興味持たれましたら、そちらもどうぞよろしくお願いします。

 2010年1月 発行より


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