「優しさか弱さか【TENDER】〜禁止〜 後編」
曖昧な5つの言葉 より
諸葛亮×劉備


 伺いも立てずに諸葛亮の執務室に入る。深夜、すでに城内は寝静まっているというのに、この男の部屋だけは相も変わらず煌々と明かりが灯っている。
 無断で入室してきた主に、諸葛亮はちらり、と視線を上げて言う。
「いくら殿と言えども、礼を失するような行いはいたしませんようにしてください」
 顔を合わせた途端にこれだ。しかも諸葛亮はそれで気が済んだのか、すぐに読みかけだった書簡へ目を落として、何事もなかったかのように政務の続きを始めてしまう。
 お前の大事な主が、しかも情まで交わす相手が夜更けに訪ねて来たのにどういう態度だ。
 膨れるが、わだかまりを解く、という劉禅との約束を思い出して態度に出さないで、諸葛亮の前に座る。
「そろそろ、良いのではないか」
 あれこれと回りくどく説くことも、ぼかすことも得意ではないし、したくもない。劉備は率直に二人の問題を訴えるが、諸葛亮の顔は書簡の字面を追ったまま上がらない。
「何のお話ですか」
「だから、お前との同衾(どうかん)だ」
 普通は、互いの親睦を深めるために一つの寝台で寝るだけのことを指すが、もちろん劉備と諸葛亮の場合は違う。
「ただの同衾でしたら、構いません。ただ、まだ片付かない事案がありますので、しばらくは無理ですけども、それが片付けば……」
「お前、本当にもう私と寝ないつもりか」
 言い出すと頑固な男の性格は掴んでいるつもりだが、我慢できるようなものでもないだろう。少なくとも劉備は自身を省みればそうだ。
 頑固で生真面目で、清廉潔白を絵に描いたような男だが、諸葛亮とて一人の人間だ。人の欲と無縁でいられるとは到底思えないし、何より本当にそんな男だとしたら、どうして主従という関係を踏み越えてまで劉備を抱こうとする。
 好き合っているのは当に認めていることで、今さら否定もしないだろうに。
 孔明、と強く呼べば、ようやく男の顔が上がって劉備を捉えた。
「申し上げた通り、私が殿を抱く度に、あれほど辛い目に遭われる、というのでしたら、それも視野に入れます」
「気にするな、と毎回言っているだろう。それに、ああなってしまうのは……」
「殿が私よりもお歳を召しているからでしょう」
「っな……!」
 言いかけた言葉を遮られて告げられた言葉は、劉備の自尊を大いに傷付けるもので、絶句する。
「もう、お歳を考えてください。今日とて、若様と二人だけで城下へ出かけて。領主としても、親としても、いかがなものかと思います。もう少し落ち着かれて、歳相応の行動を示されてはいかがです。若様まで貴方に似られてしまえば、先が見えるというものです」
「〜〜っっ」
 つらつらと述べられる、説教にしては悪辣で嫌味も毒気も強すぎる言葉の羅列に怒りが込み上げる。僅かに残っている理性が、諸葛亮の挑発だ、と宥めているのだが、黙って聞いていることなど出来なかった。
 じゃら――っと机の上に広げられていた書簡や筆を腕で思い切り払い除ける。がらん、がしゃん、と派手な音が静かな城内へと響き渡る。
 あらかじめ人払いをさせておかなければ、衛兵が何事か、と駆け込んできただろう。
 何をなさるのです、とばかりに男の眉がひそめられる。硯も共に落ちてしまったので、墨が床に広がって、書簡を汚していた。
 拾い上げようと手を伸ばした諸葛亮の腕を掴み、床へ引き摺り倒す。卓上をあっさりと飛び越えて、男の上へと馬乗りになった。
「っー、何をなさ……」
 思い切り背中と頭を床に打ち付けて痛かったのだろう。さすがに声を荒げて文句を付けようとした諸葛亮へ、敵意の籠もった目付きで睨み付ける。荒っぽいことに免疫の無い男は、びくり、とそれだけで体を震わせて口を噤んでしまった。
 体力勝負にしても、武技にしても、当たり前だが地力では劉備が強い。年がら年中机に噛り付いているような男と、いつまでも城内、城外を走り回っては鍛錬や演習に首を突っ込んでいる男とでは、年齢の不利などあっさりとひっくり返るのだ。
 それをいつもお前の良いようにさせている、その意味が分かっているのか。
 慣れない、殺気に近い敵意に晒されて身を竦めている男の手首を掴み、一括りにして床へと押さえつける。
 諸葛亮を射竦めたまま、劉備は顔と顔を寄せる。
「お前は、私が欲しくないのか」
 お互いに、息が吹きかかるほど近くに顔がある。
「……」
 沈黙が返ってくるが萎縮して答えられない、というわけではないようだ。もう男の目には突然の出来事から立ち直って、普段と同じ涼やかな光が灯っている。
「質問に答えろ」
「このようなことをして、何をなさるおつもりですか」
「いいから、答えろ」
「……」
 雄弁な男が珍しくも先ほどから言葉に詰まっていることが多い。それだけ答えづらいということなのか。答えなど決まっているのに、どうしてだ。
 劉備は口を僅かに開く。言おうか言うまいか、自身の自尊や矜持が邪魔をするが、搾り出すように口にした。
「……私は、お前が欲しい」
「……」
「目を、逸らすな!」
 視線を逃がそうとした諸葛亮を怒鳴って止める。睨み付ける目元が熱くなってきてしまい、唇を噛み締めて、息を整える。
「分かるか、私が今、この言葉をどんな思いで口にしたか。私は、自分で自分のことを見っとも無い、と思っているぞ。何せ遥か年下の、しかも臣下に向かって願っているのだ。私を抱いて欲しい、と強請っているのだぞ」
 言いながら、抑え込んでいた惨めな思いが込み上げてくる。咽が震えて、嗚咽がこぼれそうになった。
「それでも……! どれだけ見っとも無かろうとも、お前が好きだから、言う」
 体を繋げることだけがすべてではないだろう、と綺麗ごとなど言いたくないし、言わせない。
 目の前の男より歳を食い、お世辞にも美しいと言えないだろう自分のことは良く分かっている。そんな劉備を男はいつも求めてくれる。それが嬉しくて、男の想いを再確認するための、大事な行為の一つなのだ。
「孔明は、何が大切なのか、分かっておらぬ」
「殿……」
 諸葛亮の顔が持ち上がり、唇が頬に触れた。それでようやく、堪えていたはずの涙がこぼれていたことに気付いた。慌てて諸葛亮の手首を捕らえていない手で目を擦った。
 ゆっくりと諸葛亮が長いため息を吐いた。
「私の一番大切なものは、目の前の貴方だといつも決まっております。だのに貴方はいつもいつもそうやって、大切なものを私の手で傷付けさせようとする」
「傷付かぬ!」
「私が嫌なのです」
「私が構わぬ、と言っているのに、その想いを酌んでくれないのは、ただお前が弱いからだ。そんなものは優しさとはいわん!」
 傷付けたくないのは劉備とて同じだ。本当はこんな強引な真似などしたくない。
「お前が分からず屋なのが悪いのだ! 大体、私の体のことを(おもんばか)るつもりがあるならな、ちゃんと小まめに抱きにくればいいのに、いっつもいっつもギリギリまで我慢するから、ああいうがっついた状況になって、私の体に負担が掛かっているってことが、分かっているのか!」
 皆の前では、軍師という立場も兼ね備えている男だ。そう簡単に素の表情を表すことはせず、劉備と二人きりのとき、ようやく思い出したように笑ったり怒ったりするのだが、それにしても、こんな表情は初めて見た。
 劉備の勢いで発した乱暴な物言いに、諸葛亮の顔は見る見る赤く染まったのだ。
「す、すみません……」
 それどころか、蚊の鳴くような声で謝ってきた。
「しかし、ですよ! 実情、政務が急がしくて、そうそうに殿を抱く暇を捻出することは出来なくて、ですね。たまにゆっくり出来るときも、殿が散々に煽るから歯止めが利かなくて……」
 言い訳がましい口調もこれまた珍しく、恥ずかしさのあまりか声を荒げて話していたが、最後には尻切れトンボのようにもごもごと口篭る。
「そ、それに! 政務が忙しいのは殿がさぼるからで、それさえなければ、私とてこれほど忙しくはないですし、ということは、もっと殿と長く傍に居られるわけですから!」
 また思い出したように言い募ってくるが、劉備はひくひくと口元を引き攣らせて、しまいには諸葛亮の上から転げ落ちて、腹を抱えて笑い出した。
「あは、あはははっ……な、なんだ、自覚あったのか、お前、あっはっはっ、そうか、そういうことか!」
 可笑しくて笑いが止まらない。
「何がおかしいのですか! だから私はもうこれ以上求めまいと、必死で自制していたというのに、殿は私の気も知らずに勝手なことばかり! 少しは真面目に政務をしてくだされば、私とてもう少し、お歳である殿の体を大切に扱えるのです!」
『お歳』を強調されて言われると、またむかっとするものの、今は安堵感のほうが強い。すまんすまん、と笑いを収めて頭を下げる。
「それならば、そう言ってくれれば私も真面目に政務に取り組むというのに、お前ときたら、二言目には領主としての自覚を持て、だの。皆の手本としての行動をしろ、だの。堅っ苦しいことばかり言うから、私もつい反発してしまうのだ」
「反抗期の子供ではないのですから、私に叱られて意固地になるのはお止めください。大体にですね、どこの国に主君と睦事をする時間が欲しいから政務をしてください、と言う臣下がいるのですか」
「そうか? それも仕事を片付ける立派な理由になるではないか」
 ああ、もうこの人は、と諸葛亮が頭を抱える。
「ならば話は簡単だな。協力しよう」
「……本来、逆なのですけどねえ。殿の政務に私たちが協力する、という構図が正しいと思うのです」
「人間、適材適所、という言葉が似合うのだ」
 はあーー、と特大のため息を諸葛亮は吐いた。
「では、まずはここを片付けることから始めましょうか。これでは仕事に差支えが……って、痛いです、殿。なぜ腕を抓るのですか」
「空気読め、阿呆! 今は、目下の問題を解決するほうが先だろうが」
「問題?」
「ひとまず、私もお前も一月、我慢したのだろう。これ以上長引かせれば、お前、実際に事を為したときどうなる」
「しかし、こちらも早急に片付けておかないと、墨がこびり付いたら落ちなくな……」
 まだぐだぐだと言う男の腕を引き、隣の仮眠室へ連れ込んで、寝台へと転がす。
「そういう、下手に本能を無視して理屈や論理を通そうとするから、いざ箍が外れたときに自分でも御せなくなるのだろう。いい加減学習しろ」
 再び諸葛亮の上に馬乗りになり、着ていた衣を脱がせにかかると、ちょっと、殿、と衣を取り返そうとする。
「お止めください、はしたない」
「これまで散々はしたないことをしてきたではないか。これからもはしたないことをするつもりだし、孔明はいちいちごちゃごちゃうるさい」
「貴方には情緒を愛する心がないのですか」
「あることはあるが、今は余裕がない」
 礼節や手順を大事にする男は、何とかこの乱暴な始まり方を変えたかったらしく、往生際も悪くあれこれと言ってくるが、劉備に端から一蹴されてしまう。
「では、どうして私を脱がすのです。どうせならご自分がお脱ぎになればよろしいではありませんか」
 引っ張られそうになった帯を取り返しながら、諸葛亮は言う。
 ぴたり、と劉備は動きを止めた。
「私は後でいい。大体、いつもお前がどんどん脱がせるじゃないか」
「殿が中々お脱ぎにならないから……」
 言いかけて、何かに気付いた諸葛亮は、劉備を見上げて意地悪げな笑みを口元へ浮かべた。
「もしかして、私に裸を見られるのが恥ずかしいなどとおっしゃいませんよね?」
「――っ」
 余計なところは鋭い、というか。嫌な男だ、と心の中で罵ってみるが、図星を指されて言葉に詰まる。その()を見逃す男ではなく、そうですか、と楽しそうに笑う。
「やはり『お歳』であることを気にされているとか?」
「いちいち、歳だ歳だと強調するな!」
 怒りと、見抜かれたせいでの恥ずかしさで頬が熱い。
「私は、好きですよ」
 あれほど求めても言わなかった言葉を、諸葛亮はふっと漏らす。
「貴方の心はもちろん、貴方の姿も、すべて、愛しく思っております」
「〜〜〜っ」
 急に告げられても反応に困る。ただ、胸の奥からじわじわと滲み出る喜びと、それと同じぐらいの羞恥で居た堪れなくなる。
 欲しい欲しい、と望んでいる言葉なのに、いざ目の前にぽん、と置かれてしまうとどうしたらいいのか分からない。
「お顔が赤いですね」
 手が伸びて、頬を撫でられる。耳まで、熱い、と人より大きな耳たぶを、男のしなやかな指が摘む。
「あ……っ」
 たったそれだけで、劉備の身体は熱を孕む。欲しい、と胸の底と身体の底が訴えてくるのだ。
「孔明……」
 囁くような声が男の字を勝手に漏らした。
「……耳を触っただけでそのような声を漏らして私を見つめてこられる。だから、私は自分に歯止めをかけられないのです」
 背に、諸葛亮の腕が回された。引き寄せられるように身体を折り、細身の肢体の上へと身を横たえる。お互いの体温が普段より高いことを意識しながら、唇を合わせる。
 舌がすぐに挿し込まれて、口腔を少し乱暴にまさぐり始める。交わる唾液や舌がひどく甘く覚えて、劉備は目を閉じて甘露に酔う。
 太腿に諸葛亮の雄身が当たった。口付けだけでもう硬くしているらしく、あれだけ平静を装っていても、やはり耐えていたのだ、と分かると、劉備の胸に愛しさと嬉しさがふつふつと湧いた。
 中途半端に脱がせていたため、すでに緩くなっていた男の下穿きの中に手を差し込んで、兆している雄身を握った。
 身体の下で諸葛亮が驚いたように震えた。
「ふ……ぁ、ん……先に、達しておけ……ぅ、ん」
 舌を絡めながら言う。ちらり、と目を開いて見やれば、不承不承納得した顔がある。
 恐らく、このままだとまたこの間の二の舞だ、と自分でも分かっているのだろう。実際、劉備が手で数回扱いただけで、あっさりと質量を劉備の中へ入り込むときまで増やしたのだ。
 諸葛亮も、自分だけが、という思いがあるのだろう。劉備の下肢へと腕を伸ばしてきたが、いい、とばかりに押しやった。
 しかし、と唇を離してまで抗議しようとした男へ、私はお前と違って堪えられる、と澄まして言う。ここぞとばかりに、年上であることを主張しておいて、男の鼻を明かす。
 悔しそうな表情を浮かべるが、劉備の指が男の好いところを掠めると、突き上がった情欲に顔をしかめた。短い声が漏れて、息が軽く弾み始める。
 また口付けを再開して、諸葛亮の雄身にひたすら手淫を施す。手のひらを濡らす感触がしてしばらく、唇を離して諸葛亮は呻いた。
「殿……っ」
「ああ、いいぞ」
 促して、手の動きを早めると、諸葛亮は息を詰めて劉備の手へ欲を吐き出した。眉間に深く刻まれた皺と、強く引き結ばれた唇が、欲を吐き出すとふぅ、と柔らかいものへと変化していった。
 可愛い顔をする。
 諸葛亮の達するところを冷静に見られることなどほぼ無く、貴重なものが見られた、と満足する。
 手に放たれた残滓をちらり、と見やって、その濃さに苦笑する。どうやら、自分でもあまり処理していなかったらしい。
 衣の裾で拭い、少し乱れている諸葛亮の髪を梳く。
「少しはこれで自制が利くか」
「あまり殿が私を煽らないのでしたら」
 息を整えた諸葛亮は身を起こし、上に乗っていた劉備の身体を反転させて、自分の下へと閉じ込める。
「では、もう一回ぐらい抜いておくか」
「でしたら、今度は殿もご一緒に」
 一回果てたせいで余裕が生まれているらしく、諸葛亮の手は衣の上から下肢を捉えて撫で上げた。ずくん、とその直接的な感触にさっそく下肢は硬さを増した。
 劉備とて、諸葛亮との久方ぶりの睦事で、口付けや手淫で熱を持て余しているのだ。耐えられる、などと言ったが、半分ぐらいは虚栄心だ。
 しかしここであっさりと身を任せては悔しい。負けじと、再び男の雄身を手にする。
 互いの手の中で欲の印を育てていく。若さゆえか、諸葛亮の雄身はあっという間に再び隆々としてきた。ただ今回は劉備も同じで、水音が聞こえ始めたのはほぼ同時だ。
「う、ふぅ……ぅん」
 息は乱れて、昂ぶる熱を持て余している身体は、寝台の上で身悶える。不意に衣の上から胸の突起を掠められて、背を反らした。
「ん……こら、違うところをいじったら、私が……くっ……先にイってしま……うっ、だろう……んんっ」
 抗議するが、男の指先は胸から離れない。それどころか、顔は首筋に埋まり、舌を這わせ、耳朶を掬い、劉備の熱を高めてくる。
 ずるいぞ、と諸葛亮の雄身を掴んでいない手で肩口の布を掴んで引っ張り、はがそうとするが、すでに力の入らない手では意味がなかった。
 まったく、とほつれている諸葛亮の後ろ髪を容赦なく掴み、引いた。あいたた、とさすがに顔を上げた諸葛亮の唇を奪った。
 舌を絡げて、貪る。劉備の手の中で、ひくり、と雄身が震えた。ほくそ笑むが、もっとも、劉備とて同じ状況だ。
 限界は近く、お互いの舌を求めながら放つ具合を計る。先に果てたのはまた諸葛亮からだったが、今度は余裕があり、劉備の下肢から手を離さず、刺激を送り続けた結果、一拍遅れて劉備も諸葛亮の手へと欲を放った。
「は、はぁ、はぁ……はーっ」
 全身から力を抜き、寝台へ身を沈ませる劉備へ、諸葛亮も覆い被さるように倒れ込む。さすがにこちらも間を置かずに二回も遂情されて、疲れたらしい。
 日々の政務をこなすために男の体力は注がれているのだから、予定外の疲労が加わわれば、当然と言えば当然だ。
「少し、休め」
 背中を撫でながら、言う。しかし男の首は左右へ振られて、むくり、と身を起こす。
「まだ、殿が乱れたお姿を見ていませんから、休めません」
「阿呆っ、真剣な顔で言うことか」
「では、殿がよがって縋り付いてくるところを見ておりませんから、休めません」
「満面の笑みでも言うな!」
「わがままな方ですねえ」
「私をからかって楽しんでおるだろう」
「まさか」
 じ……っと見つめるが、こういうときは上手く表情を取り繕って、読めない顔になってしまうのだから厄介だ。
「殿の献身的なご協力のおかげで、普段よりも落ち着いて事を運べそうですし、たっぷりと愉しんでもらいます」
「……そうか」
 目を逸らしたのは、気恥ずかしさと、期待してしまった自分を悟られないようにだ。
 劉備が了承したと判断した諸葛亮は、するすると衣を脱がしにかかる。諸葛亮が言ったとおり、この男の前で肌を晒すのは少し覚悟がいる。
 どうしても、自分の歳と相手の歳を比べてしまうのだ。
 しかしいつも諸葛亮は愛しそうに、嬉しそうに肌を撫で、口付けを落としてくれる。そうして、ようやく安心する。
 どっちがどれほど相手を求めているのか、などと考えたくないのだが、こうして肌に触れてくる諸葛亮の皮膚を捉える度に、きっと自分のほうなのだろう、と思ってしまう。
 今回とて、交わることを禁止だ、とはっきり告げることの出来た諸葛亮と違い、自分は嫌だ、と言って男の言葉を覆してしまった。
 胸を吸われて、背を反らすと、音を立てて舐めしゃぶられる。脇腹をなぞられて腿を撫でられると、下肢は緩く熱を集め始める。
 全身が男からの愛撫に喜んでいる。歳若い男に抱かれて喜ぶ自分を卑下したくは無いが、どうしようもないな、と飽きれてしまう気持ちは湧き起こる。
 それだけ、お前が好きなのか。
 初めて、と言っていいほど自分が強く求めた人間だった。初めは名前すら知らなかった。諸葛亮孔明、という名を知り、家を知り、暮らしぶりを知り、姿を知り、声を知り、言葉を知り、考えを知った。
 それから、私を求めてくれるお前を知った。もうその頃には、私はお前に夢中だったのだ。
「ぅんん……っ」
 香油を掬った諸葛亮の指が後孔を捉えて割った。細く長い指が内側の法悦を撫で上げると、あられもない声が咽から溢れていく。
 すると、男が困った声音で言ってくる。
「私の指をこのように食い締めて、そのように私を煽られると、やはり自身を御する自信が無くなってしまいます」
「あお……っている、つもり……ひ、ぅ……は」
 無い、と言いたいが、身内を駆け巡っている悦楽に声は揺れて、言葉をまともに紡げない。
「分かっております。私が勝手に煽られているだけです。しかし、殿はご存じないのでしょう。私がどれだけ貴方の言葉ひとつ、行動ひとつに惑わされて、心を揺らしているのか」
「孔明……?」
 快感に歪む視界で諸葛亮の顔を捉えると、突き上がってくる欲情を抑え込む辛そうな面容と、困惑している色が混じり合った表情をしていた。
「禁止、と口にして、本当に守れる自信など無かった、と申せばお笑いになられるでしょうね。まったく、自分の意志の弱さに自分でも笑えますから」
 肌の上に吸い付かれ、痕を残された。
 顔を上げたときには、諸葛亮は泣き笑いのような顔付きになっていた。
「しかしお前は……」
 私が欲しい、とは言い出さなかったし、普段から口にしたことなどない。
 劉備を気持ち良くさせる、劉備に従う、劉備の言うままに、とそればかりだ。常に受身である男から、求める言葉が欲しい、と願ったことは何回もある。
「私は一言も、欲しくない、と申したことはありませんよ」
 泣き笑いのような顔で言う。
 言葉遊びだ、と苦笑する。
 困った奴だ。
 殿、と指を抜いて雄身を当ててくる諸葛亮へ、苦笑を微笑みに変えて頷く。
 親からの見返りの無い愛情を求める童子のようだ。
 我がままで、大人になり切れていない男に、しかし劉備は好いてしまっている。
 まったくなあ、禅よ。こんな男に本当にお前はなりたいのか。
 ちらり、と息子の顔を思い浮かべて将来を心配する。
 まあそれもやはり、仕方がないか。
 何せ、そんなところも含めて好いているのが自分なのだから、親子共々、困った奴を好いてしまったものだ。
「く、ん……んっ」
 中を割る感触に声を漏らしながら、諸葛亮の背中にしがみ付く。
「好きだ、孔明……」
 耳元で囁く。中で一際大きくなった男のものを感じて、小さく唸り、そして笑う。今はそれを言葉の代わりにして許しておくことにして、劉備は諸葛亮の律動に合わせて目を瞑った――。


 * * * * *


 若様―、殿―、と今日も城内には侍女と諸葛亮の声が響き渡る。
 現在成都を治める領主と、将来成都を治める領主は机の前に居ることを本当に嫌うらしく、今日も今日とて城内からの脱出を計っている。
 再び抜け穴の前でばったり顔を合わせた親子は、お互いに言う。
「父上、執務をなされば、孔明ともっと長く一緒に居られますよ」
「お前こそ、もっと勉学をしておけば、孔明に近づけるぞ」
『でも』
 それとこれとは別だな、別です、と声を揃えて言い合って、手を握る。
 若様!
 殿ー!
 成都は今日も平和なようだ。



 おしまい





 あとがき

 いつもの水魚、という感じでした(笑)。
 素直じゃない孔明と、それを感情論で説き伏せて納得させてしまう劉備と。
 実は、言絡繰りシリーズの将来の姿ではないか、と思いながら書いた記憶もありますが、実際にあのシリーズの二人がこうなるかどうかは、はてさてお楽しみ、という具合です。

 2010年12月発行 より



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