「優しさか弱さか【TENDER】〜禁止〜 前編」 曖昧な5つの言葉 より 諸葛亮×劉備 |
殿……っ、と普段は穏やかな声音で呼ばう男の声が、上ずっている。劉備を求めているせいだ、と分かっているからこそ、さらに劉備も昂ぶる。 劣情に駆られた切羽詰ったような声と、激しく打ち付けられる雄身に、中は焼け爛れたように熱い。 「あ……っぁ、こぅめ……ぇ」 自分も背中の男へと呼びかける。背後から深々と劉備を突き、掻き乱している動きは、その声に煽られたようにさらに激しさを増す。 「や……あぁ、はっ、あ」 奥を突かれるたびに喘ぎは勝手に口から飛び出していく。激しい……、と目も眩むような快感の中で思うのだが、それだけ男の思いを感じ取れて、充足感が身を包む。 腰を掴まれて細かに揺すられると、いやぁ、と 耳の後ろに強く吸い付かれて、反射的に男の雄身を締め上げた。それをこじ開けるように雄身はさらに奥深くを突いてくる。 「ひっ……ぅ」 四つん這いだった格好が、激しく身を貫いていく悦に耐えられず、崩れるように肘を落とす。腰だけを突き上げているあられもない姿だが、すでに残ってはいない理性が羞恥を生むことなく、男の荒い息遣いを耳にして、肌を粟立てただけだ。 「孔明……っ」 しかし、男はそうでもなかったらしく、申し訳ありません、と謝る声が微かに届いた。恐らく始める前に、なるべくお体に負担の無いようにしたいのです、という申し訳無さそうな物言いをしていたせいだろう。 劉備を貪るように求めている最中でも、どこかでその遠慮があるようだ。そのときに、構わん、と許しているはずなのだが、まだ男の理性を消すには至らなかったらしい。 「こうめ……っ、良いから、もっと、お前が欲しい」 喘ぐ隙間から男の遠慮を取り去ろうと声をかける。 「お前で、満たされたい、のだ……ぅんん」 言った途端、耳殻を噛まれた。男の手が前に回り、胸の尖りをきつく摘んだ。声を上げ、あちこちから劉備を襲ってくる悦楽に身を震わせた。 「それ……で、いい……あぁ」 ようやく男の理性は失せたらしく、ひたすらに劉備と自分の快感を引き出すような動きへと変化した。 敷き布を掻き毟り、背中の重みに胸を熱くして、劉備もひたすら男の熱を追い求めた。 劉備と男が果てて、揃って寝入ったのは、明け方も近いころだった。 * * * * * 足を運ぶたびに、腰の辺りに鈍痛が走る。ぐう、と呻きが漏れそうになるのを意地で抑え込んで、劉備は一歩、また一歩、と回廊を歩いていた。痛い、というよりはだるい、に近いのだが、とにかく気を抜くと膝から崩れ落ちそうになる。 部屋で寝ていれば楽なのだが、それも何だか自分が歳だということを認めてしまうようで悔しい。だからこうして無理をして起きてきたものの、執務室への道のりが果てしなく遠く思えた。 それでも、部屋まであと少し、と迫ったときだ。後ろから軽快に駆けてくる足音がして、「若様、若様!」と侍女の声が聞こえた。 「ちちうえー」 幼い子の声と共に、劉備の足裏に小さい体がぶつかり、きゅっとしがみ付いてきた。 「ちょ……馬鹿者!」 慌てるが、突然の背後からの衝撃にふんばりの利かない劉備の体が言うことを聞くはずもなく、叫び声とともに回廊へとうつ伏せに倒れ込んだ。 劉備様、と慌てた侍女の声がして、倒れた劉備に構わず、がむしゃらに体に圧し掛かり、背中へと這い上がってくる気配がある。 「腰、腰はやばい、やめろ、禅!」 青褪めて凶行を止めようとするが遅く、幼いながらも体重を思い切り乗せられて腰を踏み付けられ、背中まで登ってきた重みに、鈍痛が激痛となって劉備を襲った。ふぎゃー、と世にも悲痛な声を上げる。 「父上〜?」 事情を察せない劉禅のきょとん、とした声が背中から聞こえる。若様、劉備様の上からお下りになってくださいませ、と侍女の声が引き続き上がる。ひょいっと、急に背中から劉禅の重みが消え、劉備の涙目となった視界に見慣れた衣が目に入る。 「若様、急にお父上へ体当たりしてはなりませんよ。驚いて転んでしまわれたではありませんか」 叱る声は優しく、しかし毅然とした響きがある。はーい、と父親へ思い切りぶつかってきた劉禅は素直に謝った。 「殿、お怪我は」 差し伸べられた手を掴み、ゆっくりと身を起こす。ずきんずきん、と突き上げるような痛みを訴えている腰は少しずつだが和らいできた。何とか、大丈夫だ、と答えて、手を差し伸べてきた男を座ったまま見上げた。 秀麗な顔が曇っている。 やれやれ、本当はお前にそんな顔をさせたくなくて起きてきたのだが、間の悪い。 「禅、お前、この時間は勉学の時間じゃないのか」 座った劉備と視線が同じぐらいの息子へ尋ねると、勉強嫌い、と口を尖らせた。申し訳ありません、少し目を離した隙にお部屋から出て行かれまして、とようやく追いついた侍女が頭を下げた。 「座学を嫌うところは血筋でしょうねえ」 悟ったようなことを口にした男を軽く睨んでから、息子の頭を軽く叩いて促す。 「お前、誰に憧れているんだっけ?」 「こーめー」 傍に立つ男の 「孔明だとさ。私じゃなくて良かった」 「そうでしょうか」 弱り果てた口調がおかしくて、小さく笑う。 「何だ、親子共々好かれて困っているのか」 「……っ滅相もございません」 急いで 「申し訳ありません、やはりお体に負担を……」 「だから、良いと言うのに、お前は気を遣い過ぎるのだ。私も……了承しただろう」 昨晩の我が身の痴態を思い出して少し恥ずかしくなりためらいつつも、はっきりと告げてやったというのに、男の眉は晴れやかにはならない。それどころか、眉間の皺ははっきりと溝を深めて、片手に持っていた羽扇で口元を覆ってしまう。 あ、不味い、この雰囲気。 察して止めようとするが、それより早く諸葛亮の声が届いた。 「しばらく、遠慮させていただきます」 「孔明、またお前はそのような」 「しかし、こうして殿を苦しめておりますし、公務にも支障が出ておられるようでは、禁じざるを得ません」 「だからって、金輪際、これきりというわけじゃないだろう。だからそうではなくて……」 「あまりにご負担であるなら、それも視野に入れます」 「孔明……」 あのなあ、と諭そうとするが、羽扇から覗ける双眸に浮かんでいる決意は揺るぎそうにない。これはしばらく放っておくしかない、とすっかり男の性格を掴んでいる劉備は悟る。 劉備としても確かにこの状態ではすぐに動けるものでもない。渋々、諸葛亮の提案を受け入れた。 それからあっという間に一月だ。 どういうことだ、と不貞腐れて執務室の床で転寝しながら劉備は悪態を吐く。 「あの根性無しが」 諸葛亮より遥かに年上である自分が、すでに辛抱堪らなくなっているというのに、若い男が簡単に我慢できるものでもないだろう。まったく顔を合わせられない距離にいる、というのならともかく、毎日のように顔も合わせているというのに、そんな素振りすら見せない。 大体、いつもそうなのだ。諸葛亮と肌を合わせる関係になってからというもの、誘うのは圧倒的に劉備が多い。主君に対して嫌味や皮肉を口にするものの、根はクソが付くほど真面目な男だから、向こうから誘ってこられないことを察して、こちらから誘っている、という言い訳を含めるにしても、いつも劉備が先だ。 普通、若い方が盛んなのではないのか。あいつ、枯れてんのか。 劉備から誘う段階になるといつも思うことを今日も思う。それでも、普段だったらお互いにそわそわして、口実は劉備からにしても向こうも誘って欲しい素振りを見せるからこそで。ただ、今回に関してはそれらがまったくない。皆無である。 「頑固者め」 こんな状態で執務などする気も起きず(そもそも、元から大してやる気など無いのだ)、町にでも繰り出すか、といつもの窓からの脱出を図り、劉備しか知らない城下への抜け道へ向かう。 「……なんだ、先客か」 がさがさと、茂みが揺れている。あの茂みの奥に抜け道があるのだ。誰も知らない、と思っていたが、同じように見つけた奴が居るらしい。ただ、こんなところを通って城下へ行こうとするぐらいだ。間違いなくやましい思いがあってのことだ。 賊か、はたまた。 少しむしゃくしゃしていた気持ちをぶつける相手が出来た、とばかりに、劉備は手近に落ちていた棒切れを手にして声を掛ける。 「おい、そこの。何奴だ」 きゃあ、と何とも可愛らしい悲鳴が聞こえて、茂みの中から小さな影が飛び出してきた。相当慌てたらしく、真っ直ぐに声を掛けた劉備へ向かってきて、ぼすんっ、とぶつかった。 「――って、禅か……」 「父上でしたかー」 曲者、と思った気配は、何てこともなく息子であり、向こうも劉備を見止めて小さなため息をついた。 「お前、こんなところで何を……って、またさぼりか」 「父上こそ」 第三者が見ていたら吹き出すぐらいにそっくりな表情で、バツの悪そうな顔になった二人は、結局揃って城を抜け出して、町へと出かけることにした。 馴染みの饅頭屋で一つだけ饅頭を買い、劉禅と半分にしてかぶり付く。 「しかしなあ、私だからこそあえて言うが、勉強はしておいた方がいいぞ、禅。特に孔明のような男になりたいなら、なおさらだ」 「そうなんですけど、でも時々嫌になるんです」 小さい頃より大人に囲まれている劉禅は、やはり同年代の童よりは口調が大人びているものの、膨れる頬は歳相応だ。ずっと机の前にいると、厭きるんです、という言葉に、思わず強く同意してしまう。 「時には遊ぶことも大事だ。孔明は遊び心が足らんからな。そこは憧れんで良かったぞ、まったく」 鬱憤をぶつけるようにして、残りの饅頭を口の中へと押し込むと、劉禅は不思議そうに見上げてきた。 「父上と孔明は仲が悪いのですか」 ぐふ、と押し込んだ饅頭を飲み損ねて、咽に詰まらせる。慌てて劉禅が近くの店から水を貰って差し出してきた。それを飲み干してから、饅頭の皮をほっぺに付けている息子をちらり、と見やった。 「なぜだ」 「父上は、いつも孔明のことを『頭が固い』『口煩い』とおっしゃっています。孔明も、父上には『もっと真面目に政務をしてください』『一人で町へ出かけないで下さい』と怒ってばかりです」 「……」 子は親のことを良く見ている、と聞くが、我が身で実感すると痛いものがある。 「でも、禅から見て、そんなに仲が悪そうに見えないんです。むしろとっても仲良しに見えます」 「そ、そうか」 それもまた微妙な心境になる指摘だ。特に純粋な眼差しで言われると面映い、というよりは申し訳ない、というか。色々すまん、と無意味に謝りたくなる。 「孔明と喧嘩しているんですか?」 「……喧嘩、とは少し違うな」 「じゃあ何ですか?」 「あいつが弱虫だから、私が勝手に怒っている」 「弱虫……、孔明がですか」 「相手はこうして欲しい、と望んで待っているのに、あいつは弱虫だから向かって来んのだ。相手の気持ちを推し量りすぎて身動きが取れなくなっている。もっと勇気を出して向かってきても、全然平気なのに、まったく」 溜まっていた思いを口にすると止まらなくなる。 「……」 当然、難しい、というかあまりにも抽象的過ぎて劉禅は理解出来なかったらしく、黙って、残っていた饅頭の最後の一欠けらを口に含んだ。 「いつもなあ、そうなのだ。私が構わない、とあれほど言っているのに、あやつと来たら尻が重いし、割と優柔不断でなあ」 「孔明は、優しいですよ」 ところが、饅頭を飲み込み終えた劉禅は、劉備が驚くぐらいきっぱりと言い切った。優しいんです、とはっきり言った。見下ろすと、劉禅は真っ直ぐ前を向いていた。その横顔はどこか怒っているようで、劉備はそうか、と気付く。 「……そうだな、優しいな。あやつは優し過ぎるのだな」 自分が慕っている男の悪口を父親が口にすることを、よく思うはずがない。そうです、と言い切って、劉禅は唇を引き結んで黙り込んだ。何だか泣いてしまいそうに見えて、すまん、と謝りながら頬に付きっぱなしの皮を取り、手を差し出した。 「仲直り、するぞ」 言うと、こくり、と小さな頭が縦に振られて、劉備の手を小さい手でぎゅっと握った。 |
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