「en――えん――2011年版 1」
諸葛亮×劉備
合作水魚


 やはり南方の屯田開拓がやや遅れている。こちらがこの速度で進むとして、雨季の季節までに治水工事を行うための資金は……と、私は相変わらず次から次へと持ち上がる、より良い統治を行うための問題を解いていると、背後に暖かい重みが加わり、
「なぁ、孔明」
 と耳元で声がした。
「――っ!!」
 その時の私と来たら、後で思い出すにも恥ずかしくなるほど、慌てふためいて、読みかけだった書簡を放り投げるようにして、机の上に積み上げてあった書簡まで盛大に崩してしまった。
 仕方がない。
 何せここは私の執務室で、声も掛けずに誰か入ってくるなどとありえず、なおかつかなり集中して書簡を読んでいたのだ。突然の襲来に対応できるほど、趙雲殿や、関羽殿、張飛殿のように武芸に造詣が深いわけではない。
 特に相手が、そう、このように、
「…くくっ…、ふ、…、あははは」
 私の背中から離れて、脇で床に蹲って、大笑いしている男のように、こっそり背後に忍び寄るようなことが得意の相手では、なおのことだ。
 というか、幾らなんでも笑い過ぎではなかろうか。
 蹲るだけでなく、床を叩き、ちらり、と見える横顔の眦には涙さえ滲んでいる。
「すまん…、すまん…っくふふふっ…」
 驚かしてしまったことを謝ってもいるが、笑いを含んだ声では誠意の欠片も見つけられない。
 執務の邪魔をされただけでなく、大いに笑われて恥を掻いた形になった私の機嫌が良いはずもなく、床や机に散らかってしまった書簡を手早くかき集めながら、言った。
「このような粗相をしでかしてしまう不出来な臣亮めに、何か御用でしょうか、我が君」
 声音は、繕う必要などあるものか、と不機嫌そのものにしたまま、嫌味と、馬鹿丁寧な口調を織り交ぜて返事をした。
 ――我ながら、仕えている主に対して少々大人気ない、とも思ったが。
「すまん、すまん、悪かった。しかしお前のあんなに驚いた顔、始めてだ。いいものを見せてもらった」
 ようやく顔を上げたと思えば、我が主、劉玄徳は楽しそうな笑顔でそのようなことを言った。
「それにな。すまして見えて、実は人間臭いところをたくさん持っているお前が私は好きなのだ」
 何だ、どうしたということだ、これは。
 いきなり人の執務室を訪ねてきた(と、これは良くあることだが)と思えば、私の横へ座り、肩にそっと頭を預け、今の台詞だ。驚きから冷めれば、殿の体からはほんのりと酒の香りが漂っていることに気付く。
 酔っ払いオヤジの戯れに巻き込まれたのか、と勘繰る。しかしそれにしては、随分と甘い誘惑めいた言葉を口にした。
「……何か企んでいらっしゃいます?」
 この諸葛孔明、仕える主といえども、そう簡単に甘言に踊らされることなどない。
 疑っているぞ、と不審を思い切り声音に滲ませて返すが、取りあえず預けた頭はそのままにしておき、視線だけを殿へ向けた。
「なぁ、休みとれないか?」
 すると殿はもたれていた頭を持ち上げて、私の顔を見やった。
 なるほど、そういうことか、と薄々と殿の企みが見えてきて、私は先ほど驚かされた意趣返しも込めて、不機嫌そのままに言う。
「どこをどうご覧になれば、休める状況にみえるのでしょうか。私が明日は嵐か大雪か、と驚くほどこれから熱心に我が君が公務をこなしてくださっても、果たして休めるほどの時間が生まれるかどうか……」
「そうか…。そんなに…」
 途端、残念そうな声を漏らして、殿の体が傾いた。一瞬ばかりまたどきり、と驚くが、何てこともなく、着地地点は私の膝の上だった。肩にあった頭が、今度は膝へと移動して、また殿は呟く。
「…お前と温泉に行きたい…孔明…」
 大体、予想通りの答えが返ってきて、内心ため息を吐いた。
「そういうことでございますか。いきなり人の執務室へこっそり入り込んで、貴方の代わりにせっせと執務をこなしている私の邪魔をした挙句に、言いたいことは休みと……私と温泉へ行きたい、と。先ほども申した通り、そのような暇などありません。諦めてください」
 まったくこれだから能天気でお気楽な主君は困る。
 私が今の今とて、それこそ殿の治世を確固たるものにするために執務をこなしているところだというのに、よりにもよって温泉とは。行くなら一人で行ってくればいい。私にそのような暇はない。
 さらに説諭せんと、私は舌を動かそうとしたが、殿の腕が腰に回ってきた。酔っているせい、というよりは、きっと私から休暇をもらおうと強請っているせいだろう。
 まったくこの人は、とさすがに腕を外そうと手を伸ばしたが、
「では、私が…、私が…、お前も驚くほど真面目に執務をこなせば…、お前だけでも温泉に行くことは可能か?」
 私の腹に顔を埋めるようにして視線も上げず、ぼそぼそと言い訳じみたことを言ってきた。
 いや、待て。
「……私だけ、ですか?」
 殿が公務をさぼりたいがための提案だとばかり思っていたが、これはまさか。
 私の戸惑いが滲んだ声音に何を感じたのか、腰に回っている腕に力が籠もる。
「…難しいか?お前のようにはいかないだろうが、真面目に執務をこなす…逃げたりしない…」
「……」
 これは、あれだろうか。殿特有の、私への気遣いだったのだろうか。もしもさぼりたいだけならば、このようにご自分が犠牲になるから、などと間違っても言い出さない。だが、もしその通りだとしても、殿が真面目に執務をこなしてくれたとしても、私が城を離れてしまえば、戻ってきたときの山積みになっている案件を思い描いてしまうと、とても頷けたものではない。
 しかし温泉、とは魅惑的な響きではないか。
 殿や簡雍殿には、仕事の虫、などとからかわれることのある私だが、のんびりしたい、という願望がないわけではない。だから、温泉などと言われると、僅かだが、その誘惑に浸りたくなる。
 まるでその私の逡巡を見透かしたように、
「私の元に来てから、一度も休んだことないだろう?」
 と、殿は甘い言葉を囁いてくる。
 しかしそれは同時に、弱い自分を見透かされてしまったような気を起こさせ、またこの人に童扱いされてしまっているのか、と悔しい思いが湧き起こる。
 それは小さなため息となって私の口から漏れ、
「……休みなど結構です。私が休めばそれだけ殿の目指される天下が遅れてしまいます。必要ございません」
 などと内心の揺らぎなど微塵も見せない、強い口調となって表へ現れた。そしていい加減、ずっと腰に回されている殿の腕を外そうと手をかけた。
 殿は私の動きに逆らわず、半身を起こしたが、じっと瞳を覗き込むように見つめてきた。
 途端、どきり、と胸が鼓動を打った。
 私はこの目が苦手だった。普段はあれほどちゃらんぽらんで、のほほん、としている人なのに、人を気遣うとき、寄り添おうとするとき、驚くほど痛ましそうに、柔らかく、暖かく見つめてくる、この瞳が苦手だった。
「また痩せたんじゃないか?ちゃんと食べているのか?」
 掛けられた言葉は慈愛に満ち、私の体を慮っていることが伝わる。元々隠し事は苦手なお人だ。乱世の中で培われた相手を煙に巻くような強かさは、懐に入れた相手に対して滅多に出ては来ない。開けっ広げで思っていることが手に取るように分かる、そういう一面が強調されているだけに、殿の気遣いは私の自尊や矜持を時に擽り、時に意固地にさせてしまう。
「食べておりますし、痩せてもおりませんよ。いたって健康で、ご心配されるようなことなど何一つありません」
 どうやら今回は後者だったらしく、覗き込んでいる視線を外して、殿の気遣いを無下にするような、つっけんどんな声で答えた。
 仕方あるまい。殿の案じ方は、まるで私を童子扱いしているようで、少し癪になってしまったのだ。
「では何故目を反らすのだ?孔明」
 そんな私の不敬とも取れる態度に腹を立てた様子も飽きれた様子もなく、優しげに問いかけてくる殿の瞳が逸らした横顔に注がれているのが分かる。
 別に殿の問い掛けに嘘をついているから、心に疚しいことがあるから逸らしたわけではない。ただ、苦手なだけで、真っ直ぐ見つめ返せないだけだ。心中の潔白を晴らそうと言い訳がましい、と思いつつも言う。
「疚しいことがあるわけではありません。ただ……」
 思わず、ただ、と続ける言葉を口にしてしまい、不味い、と思ったが後の祭りだ。口篭ったが誤魔化せるはずもない。
「ん?」
 殿の視線は相変わらず柔らかく、私の口走ってしまった先を聞きたがっているようで、促してくる。
「苦手、なのです。殿のその目が」
 こうして言わなくとも良いことまで口にしてしまうほどに、苦手だった。
「…へ?」
 驚いたように気の抜けた声を漏らした殿は、眉根を寄せて先ほどまでの私に向けられていた眼差しが俯いた。
「私の…目か…」
 所在無さそうに襟足を掻く手が目に映る。
 困らせた、いや、むしろ傷付けたのだろう。だから、言いたくなかった。こうなってしまえば、私はため息と共に言葉をこう続けるしかなくなる。
「苦手と嫌いは、別ですからね、殿。こうして私に余計なことばかり言わせるから苦手なのです。軍師である心を易々と開かせてしまう、貴方のその目が困るのです」
 この意味が、貴方に分かるだろうか。
「…すまん」
 責めているわけではなかったが、謝ってしまった殿に、こちらも申し訳ない気持ちが湧いてくる。
「…だが、…心配なのだ。いつも遅くまで執務室に籠もっているし、見る度に目の下の隈は濃くなっていく。いくら若くとも、無理を続ければ、身体を壊す…。きっとそれでもお前はそれを隠して仕事をするだろう。お前は有能で、その上嘘をつくのが上手いから、私が気をつけていなければ、倒れるまで誰も気づかないかもしれない。だが、そんなのは嫌なのだ。お前が倒れれば、天下だって…、いや、なによりそんなことになったら私は…、頼むから休養もとってくれ…」
 先ほどから見え隠れしていた殿の心遣いを、こうしてはっきり耳にしてしまうと、つまらない意地を張った、と後悔してしまう。ましてや、切々と説いているうちに感情が高ぶってしまったのか、私を見つめる瞳に涙が浮かんできた。
 ああ、もうどうしてこの人は私の前でそういう姿を見せるのだろうか。苦手だと、言ったではないか。
「その目が、苦手だと申し上げたつもりでしたが」
 不貞腐れたような声は許して欲しいものだ。実質の、敗北宣言だ。
 涙の膜が薄っすらと張り、遥か年下である私に庇護欲を起こさせる双眸を掌で隠し、もうそれ以上口になさらず、とばかりに殿の唇を軽く吸う。
「殿のお心遣いは伝わっております。自分が休み下手なのも分かっているつもりでしたが、また貴方に心痛を抱かせてしまった。申し訳ありません」
 苦手な瞳が隠れたせいで、最後に残っていた意固地さも溶け出したようだ。
 一度味わった唇の味が恋しくて、再び私は唇を寄せていた。一度目の口寄せでは少し驚いていた殿も、二度目の口寄せには応え、私の首筋に腕を伸ばして薄く唇を開いた。
「…ん、…孔明…、よいのだ…」
 殿の方へと体を向けて、腰に腕を伸ばして抱き寄せる。私の行為を許す、という言葉で、さらに唇を味わいたくなり、私は殿が迎え入れてくれることを良いことに、深く唇を求めて、舌を挿し入れる。
 そうしつつも、軍師然としたどこか冷静な部分が、殿のあの要求にどう答えようかと計算を始めていた。
 殿は私の口寄せに積極的に応えてくれていて、力を込めて引き寄せた身体も素直に密着し、酒を飲んでいるせいか少し高めの体温が間近なものになる。苦手だと言って、手で目を塞いだまま、応えてくれる殿に気分が良くなり、敏感である上顎を擽ってみたり、歯列をなぞってみたりと試みる。
 徐々に殿の息が上がってくるのが分かる。
「…んはッ…、はぁ…、はぁ…」
 腰に回していた手を滑らせて弱い脇腹を撫でれば、身体を震わせて愛撫に反応してくれる。
「ん…、孔明…。まだ…、見せては…、もらえないのか?」
 息苦しくなった殿が私の唇から離れ、喘ぎながら言うことで、殿の熱に煽られて計算が止まっていたことに気付けた。
 目を塞がれていることが不満らしい殿は、私の掌を外そうと首から上をしきりにうごめかして、視界を取り戻させて欲しい、と促してくる。
 それは少し困った。ただでさえ、殿の体温を身近に覚えて欲の抑えが利きそうにないのに、あの目で見られてしまえば、計算どころか理性さえも忘れそうだ。
 だが、それも計略の一つか、と思い直す。
 それならば、と脇腹と同じほどに弱い耳元へ、わざと低めの声で真剣な声音を作り、警告した。
「外しても良いのですが、今、殿に見つめられてしまいますと、少々困ったことになるかも知れません。それでもよろしいですか?」
「ん…ッ、それでも…かまわんッ…」
 案の定、というか、この方らしい、というか。情欲を煽って歯止めの利かなくなるようなことをしがみ付きながら告げてくれた。
 本当に、貴方は困った方だ。
 内心で、苦笑とほくそんだ少しだけ人の悪い笑みを浮かべた。
「では、もうしばらくだけ耐えていただいてよろしいですか?」
 殿の返事を待たずに、丁度良い具合にしがみ付いてくれていたので、そのまま腰と両脇に腕を通して、せいの、と持ち上げる。ここ最近、机に噛り付いていることが多かったので、殿を抱えるのも一苦労だが、そのようなところは億尾にも出さない。
 殿は殿で、まさか横抱きにされて運ばれる、とは思っていなかったのか、律儀に掌が外れた、というのに目を瞑っていたが、驚いたように目を見開いて状況を確認した途端、頬に赤味がさした。
「…こ、…孔明ッ…、お、降ろしてくれ…、自分で歩けるから…ッ…」
 足をばたつかせて私の腕から逃れようとする殿へ、叱るように言う。
「危ないですよ、殿。このまま貴方を落として怪我でもさせたら、他の者にどう説明すればよろしいのですか。私がこのような理由で殿に怪我を負わせた、と張(飛)将軍にでも知られたら、確実に殴られます。それはなんとしても避けたいところです」
「…だ、誰がそんなことッ…抱えられて落ちて怪我したなんて…、は、恥ずかしくて…言えるか…あほぅ…」
 まるで殿が悪いのですよ、というただの屁理屈な責任転嫁にも、必死で反論してくれている間に、素早く隣の仮眠室の牀台へと運ぶ。
 どうやら、よほど横抱きにされて運ばれたことが恥ずかしかったらしい。頬の赤味は首筋まで降りてきて、顔を隠すように殿はそっぽを向く。牀台の上に寝かせた姿は、まさにまな板の鯉である。
「おや、ですからこちらがこのように赤くなられているのですか」
 美味しくいただくしかないような状況ではあるし、策を為すにも必要だ、と我ながら言い訳じみている、と自覚はある。からかいながら、真っ赤に染まっている殿の耳を食んだ。
「…ん、あッ…、待て…ッ…、耳は…やめッ…んんッ…」
 弱い耳への責めに、殿は濡れた声で反応してくれる。寝かせた身体は小刻みに、それこそ陸に上げられた活きの良い魚のようだ。生まれる快感に耐えるよう、指先が敷き布を握り、もう片方の手が耳を守ろうとしてか、塞ごうとしている。
 耳に気を取られているせいか、私が帯を解こうとしていることには気付いていないようだ。せっかくの弱点をまだ責め切れていないうちに門を閉ざされてはいけない、と殿の手を取り上げて、いじり甲斐のある耳朶を含み、耳殻を噛み、耳の穴へ舌を差し込んだりと、ありったけの責めを加えた。
「…ひぁッ…こ…め…ッ、そんな…ッ、せぃ急すぎ…るッ…うっ…んあぁッ…」
 耳だけで早くも溺れかけていたらしい殿へ、覆い被さるように牀台へ乗り上げて、帯を解いて緩まった胸元へ手を滑り込ませ、尖りへと指を絡げた。
 一際、殿の声が甘くなり、急すぎたらしい悦楽に抗議するかのように、首を振り、背を揺すったり、足を蹴り上げたりと忙しい。胸への悦が増えれば、敷き布に縋っていた手を私の肩へ伸ばして、押し退けようとさえしてくる。
「申し訳ございません。どなたのせいか、私はいつも時間に追われているようでして。すぐに急いて事を為そうとするのは、癖のようなものですから」
 あまり力の入っていない手のため、物ともせず、殿の抗議に詫びれも無く答える。何せ事実なのだから、仕方がない。
 暴れたせいで乱れて意味を無くしている上袍を、思い切り開いて肌蹴させると、露わになった上肢をまさぐり、殿の快感を高めていく。
 耳を塞ごうとした手を掴んでいたので、そのまま指を絡ませて牀台へと縫い付ける。恐らく殿は私との情交を望んで訪ねて来られたのだろうが、おかしなもので、いざこうなると羞恥からか抵抗を始めてしまう。
 そういう、妙に初心のような一面は私を楽しませるだけだと、知っているのだろうか。知っていてやっているのだとしたら、私は本当にこの人には敵わない、と諸手を上げるところだ。そうだとしても、それは悔しさではなく、楽しさであり、おかげで謝る声音に愉悦が混ざり込んでしまう始末だ。
「あッ…もう…待てッ…孔めッ…」
 息を乱しながらも、先ほどから私の肩を押しやろうとしていた手が首筋に回り、腕に力が籠もり、引き寄せられる。唇に柔らかい物が押し当てられ、軽い口付けをされた。
「…ッ…久し…ぶりなのだ…ん…、もっと…ゆっくり…ッ、お前を…感じさせてくれッ」
 そうかと思えば、そんなことを言いながら、絡げた指を強く握り返されて、私の心臓をきつく締め上げてくる。もちろん、それは同時に下腹をも疼かせる。
 今夜は、殿が根を上げるほどに抱き、疲れさせ、そのお詫びに殿もご一緒に温泉へ行くための時間を割きましょう、などと言い出すつもりでいるが、どうやらわざわざ謀らずとも、私の情欲は十分その気になってしまったらしい。
「……我が君は、本当に私を困らせるのが得意ですね」
 呟き、離れてしまった柔らかい唇を求めて、覆う。さらけ出された肌は掌の下で熱を高め、しっとりと吸い付くような感触を返してくれる。胸や脇腹をなぞれば、唇から苦しそうな声が漏れ聞こえた。
「…ん、…ふぅ…ッ…」
 それでも、殿は積極的に私に応え、舌を伸ばして来てくれる。私も甘やかな舌を味わうべく、吸い付き、噛み付く。体を少しずらせば、殿の雄身が兆しているのか腿に当たる。
 苦しそうな殿の呼吸を助けるため、僅かに唇へ隙間を作る。やはり苦しかったらしく、殿の目元には涙が滲んでいた。ぞくぞくと、官能が背筋を貫く。
「殿がこのように積極的に、さらにはあのような私を煽るようなことばかりおっしゃるものですから、今日はあまり加減が出来そうにございません」
 初めからそのつもりであったのに、さも殿がいけないのだ、とまたしても屁理屈の責任転嫁だ。我ながら、素直ではない、と呆れてしまうものの、低く劣情を引き出すような声音は、本当の部分でもある。
「…言わせておるのは…、孔明…。お前があまりにも、私を放っておくから…。今宵だって…」
 涙を滲ませたまま、赤く染まった目元で、私を詰ってくる殿の姿は、堪らなく下半身を熱くさせる。何より、今の言葉で確信を得ることができた。
 やはり私だけ温泉へ行かせるのではなく、殿は私『と』温泉へ行きたかったのだ。もちろん、私の体を案じて、叶わないなら一人でも、という言葉に偽りはないだろうが、心の底では、私と温泉でのんびりしたい、という願いがあるはずだ。
 もっと、普段から自分に構ってくれ、と殿の言葉や表情はそう語っているが、それは殿の身勝手さから出たものではなく、殿の私への愛情からなのは、正直、そちらの方面には疎い、と自覚はある私にも伝わった。
 本当に、私は貴方に気遣われてばかりのようだ。
 もっとも、普段はそれだけのことを貴方は私に仕出かしているわけだが、まあ今日は置いておこう。何せその殿の想いを、今はただ嬉しい、と思える。
「私が休み下手であるのは、貴方が一番ご存知なのかと思っておりましたが? それなのに、私だけ温泉へ行かせようとするのは、浅薄かと。きっと私は温泉へ行った先でも、執務を始めてしまうに違いありません」
 朱の乗った目元へ唇を落とし、
「ですから、我が君、私と温泉へ行ってくださいませんか?」
 にこり、と知らずに照れ臭さもあり、微笑んでしまう。


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