「白羽扇の下 4」 諸葛亮×劉備 |
「孔明、朝だぞ。そろそろ起きないか?」 自分を呼ぶ穏やかな声に、諸葛亮は瞼を持ち上げる。 朝の清々しい空気と、眩しい光が部屋に漂っていた。 「おはようございます」 その中で、いつもと変わらない笑顔で自分を見つめている劉備を見つけ、諸葛亮は律儀に挨拶をした。 「おはよう、孔明。よく眠れたようだな。顔色が良い」 劉備は諸葛亮の隣で裸のまま寝そべっていた。 朝の光で見る劉備の裸体は、夜の闇で見るときよりもいっそ輝き、眩しかった。 目を細めつつもやはり逸らすことなど出来なかった。それから、諸葛亮は自分の体が嘘のように軽いのを感じた。 「ええ、とてもよく眠れました」 「そうか、それはよかった」 ニコニコと笑う劉備からは、昨夜の淫らな振る舞いなど微塵も感じさせないほど、爽やかだった。 「昨夜は、無理を申し上げて申し訳ございませんでした」 休息をとった頭は冴え渡り、諸葛亮は昨夜の自分の行為や気付いてしまった本心を振り返り、内心冷や汗を流した。 居住まいを正して謝る諸葛亮に、劉備は相変わらず微笑んでいる。 「何を言う。私は好きでやったのだ。気にすることはない」 「はい、そのお言葉だけでも大変嬉しく思って……」 おや、と思い、諸葛亮は首を傾げた。 「殿、好きでやったとは、どういった意味ですか?」 「ん? まあ、その通りだが」 「お待ちください。殿は私に頼まれたから、仕方なくお相手をしてくださったのではないのですか?」 「そなた、本気で私が、仕方がない、という理由で男に抱かれると思っていたのか?」 「いえ、それはそうは思えませんが……」 はっとして、口を噤む。 「では、殿は初めから私と寝るつもりがあった、とおっしゃるのですか?」 無邪気に笑う劉備に、諸葛亮は自分の考えが正しいことを確信する。 やられましたね。 諸葛亮は天を仰いだ。 「策士、策に溺れる、ですか」 「そなたは意外とこういうことに関しては疎いのだな。私は当に自分の気持ちに気付き、誘っていたのに一向に気付いてくれんのだから。昨日はそなたから言い出してくれて、好機だ、と思ったのだ。……もちろん、私を追い返す虚言だったのだろうが」 「全てお見通しですか」 種明かしをする劉備に、諸葛亮は苦笑する。 「そなたは、いつもあの羽扇で顔を隠してしまうからな。何を思っているか分からぬときがある。だが、怪我をしたせいでいつもより羽扇を使い辛かったのだろう。そなたの考えていることが良く伝わってきた」 楽しそうにする劉備とは裏腹に、諸葛亮はいささか打撃を受けていた。 そんなに分かりやすい顔をしていたとは、軍師失格ではないのでしょうか。 少々落ち込み気味になる諸葛亮には、劉備は気付かないようで、寝台に正座をしている諸葛亮を見上げながら、続ける。 「昨日の夜も、どうやらそなたも自分の気持ちに気が付いたようだったし、まさに怪我の功名、というやつではないか?」 「そこまでお気付きになられましたか?」 諸葛亮は穴があったら入りたい心境だった。 「ああ」 がっくりとうな垂れる。 だが、臥龍の名に相応しく、落ち込んでいたのはそこまでだった。一つの策が失敗に終わったのなら、新しい策を練ればいい。 類まれなる才を持つ軍師は、浮かれる主君に言い放った。 「では、無理矢理休みを頂いてしまった時間を取り戻すのに、殿のご尽力は不可欠ですので、協力をお願いいたします。何せ、こうなることを予想ずみで行ったのですから、連帯責任です。殿に回す仕事を増やさせていただきます」 ニコニコと笑っていた劉備の顔が、引きつった。 「孔明ー?」 非難がましい声を出す主には構わず、優秀な策士は身支度を整える。 休んでしまった時間を取り戻すには、それしか方法はない。 「殿もお急ぎください。これからしばらくは寝る間も惜しんでいただくことになりますから」 泣きそうな劉備を見ながら、諸葛亮は卓上に置いた白羽扇を取り上げた。 いつものように口元を隠しながら、諸葛亮は冷たく言い放つ。 「もちろん、執務の切りがつくまではこのようなことは禁じさせていただきます。よろしいですね」 「横暴だぞ、孔明!」 文句を言う劉備に、諸葛亮は目を細めて笑んだ。 「何とでもおっしゃってください。私の使命は殿に天下を治めていただくこと。これはその大事な一歩なのですから」 まだ何かを言いたそうにしている劉備を置いて、諸葛亮は執務室に向かおうとするが、くるり、と振り返り、言った。 「それに、この腕の怪我が治りませんと、殿を満足させられませんからね」 それを聞いた劉備が耳まで赤くなる様を眺めて、諸葛亮は部屋を出た。 白羽扇で、緩む口元を隠しながら。 おわり あとがき さて、いかがだったでしょうか。同人誌より再録になります。初めて書いた水魚だったりします。 当然のように、見直しの過程は大変な苦痛でした(笑)。 書き直したいところは山ほどあるし、しかしそうすると根本的にストーリー組みなおしが必要になってくるわ、で。 泣く泣く、最低限のところだけ加筆修正を行いました。 それでもかなりお読み苦しいところはあると思いますが、これも若気の至り、と思って笑ってくれれば幸いです。 あ、あと益州に馬良がいるのは仕様です(笑)。いや、まだまだ勉強不足だった自分を反省するためにも、あえてそのままにしておきました。確信犯です。ほら、どのみち無双だし!(便利な言葉) 無双ベースのせいか、劉備の性格がだいぶ違うのに、笑いました。今、こんなに可愛く書けないと思います。そして、諸葛さんは……うん、今とあまり変わらないようです(笑)。常に殿に翻弄されている、青臭い人って感じです。彼がもっと大人になって、殿ともう少し渡り合えるようになるまで、まだまだ時は必要そうです。 ではでは、このように拙い作品を手に取ってくださった方々へ改めてお礼と、そしてこのサイトでの再録で初めて読んだ、という方が少しでも楽しんでいただけることを願って。 06年2月26日 発行 ↓ 08年11月13日 改稿 |
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