「絆か枷か【Bond】〜戦前夜〜 前編」 曖昧な5つの言葉 より 関羽×劉備 |
みるみる、漢らしい太い眉が曇り、険しい表情を作り出した。眉間の深い縦皺が形の良い鼻梁さえも歪ませてしまい、もったいない。もっとも、男にそういう表情をさせたのは自分の一言であるわけで、劉備は予想通りの反応だ、と肩を竦めた。 ただ、ここで諦めるつもりもないので、続けて言う。 「どうして駄目なのだ」 「……」 じろり、と見据えられる切れ長の双眸が、言わずとも分かるだろう、とばかりに鋭い。 「私も、お前たちと同じ男だぞ、戦えるのだぞ? どうして後ろで守られていなくては」 「そういうことは、一人で無闇に前線へ突っ込んで怪我をしなくなってからおっしゃってくだされ」 反論が終わる前に即座に返された。 「あれは……!」 「何ですか」 「あれは……仕方なかったのだ」 「ほお、どのように」 「誰かが切り込んで活路を開かねば、戦況は好転しなかったので、それならば私が、と」 「兄者が行く必要などどこにもございませんでした。拙者でも翼徳でも良かった」 「しかしお前たちはそれぞれの部隊を率いていて、身動きが取れなかったし、私は遊軍で動きやすく」 「挙句に敵の矢に当たり怪我をして、後方まで引き戻されては意味がありませんな」 「しかし、勝てたではないか!」 「次も同じような手で勝てると?」 「お前たちばかりに戦わせて、情けない気持ちで一杯なのだ。お前だって、後方に身を置いて、戦況だけ聞かされる身になってみろ。居ても立ってもいられず、落ち着かないことこの上ないのだぞ!」 「兄者が後方に控えている、それだけで拙者たちや皆の士気が上がるのです。それもまた大事な役割」 「聞き飽きた」 「耳に胼胝が出来ようとも、何度でも申し上げます。兄者は陣営の後方で大人しく戦況を見定めていてくだされ」 「嫌だ」 「兄者にもしものことがあれば、この義勇軍全体の行く末も決まってしまうのですぞ。ご自身の立場を考えておられるのか」 「私とて男なのだ。戦える力があるというのに何もしないなど、自分に対しても世の中に対しても申し開きのしようがない」 「兄者……」 「お前たちとの誓いにも裏切ることになる。世を糾すまで、我らは力を尽くさなくてはならないのだぞ」 「しかし、兄者が死んだとしても、桃園での誓いは破られることになります」 「お前たちが死んでも同じだ。私が出ることでその可能性が低くなるのなら、やりたいのだ」 「逆に、高くなる可能性もございますが?」 「それは私が足手まといだ、と言いたいのか」 「大将自ら勝手な行動を取られているのです、それがいかに危険か分かっておられないのでしたら、そうでしょうな」 「それほど、雲長は私を信じられぬのか」 「一度や二度ではありませぬ」 「お前、それでも弟か」 「弟だからこそです」 「薄情者」 「兄者の無鉄砲ぶりを止められるのでしたら、その不名誉な謂れも甘んじて受けましょう」 ああ言えばこう言う。一向に埒の明かないやり取りに、劉備の苛立ちは募り、叫んだ。 「だからって、後生大事に、箱入り娘をしていろ、というのか。ただ座っているだけなど、退屈で退屈で、それこそ死にそうだ」 「それが本音ですか」 「ああ、そうだ。悪いか」 開き直って胸を張り、劉備はさらに言い募る。 「つまらないつまらないつまらないー!」 「駄々を捏ねなさるな!」 関羽の一喝が陣内に響き渡る。周りにも聞こえたはずだが、劉備を説得している関羽の状況は良く理解されていて、誰も様子を見に来る気配はない。むしろ、関羽殿よろしくお願いします、の態である。 戦場で出会う猛者ですら、関羽の一喝には怯むというのに、見た目優男である劉備の肝は据わっており、付き合いが長くなって慣れたせい、というのもあるものの、ビクともしない。それどころか童子のように頬を膨らませて、もういい、と踵を返す。 そもそも、戦場に立つ許可を正式にもらおうとした方が間違っていた。黙って戦列に混ざっていれば良いだけの話だ。幸い、兵卒其の一に化けるのは得意中の得意だ。関羽や張飛の目の届かないところに立ち、影武者は簡雍にでも頼めばいい。 初めからこうすれば良かった、と思いながら陣幕を飛び出そうとしたが、腕を掴まれた。 「兄者、困りますな」 「何がだ」 「明日、勝手に兵たちの中に紛れ込むおつもりでしょう」 ばれている。 「兄者には明日、見張りの兵を置くまで、拙者の傍に居てもらいます。拙者の目の届かないところへお行きになられることを禁じます」 「横暴だ!」 「兄者が大人しくされないのがいけないのでしょう。何も戦うな、と申しているのではありませぬ。正しく戦況を見定めた上で、出るときは出てもらう、そういう目利きをしていただきたい。闇雲に飛び出して剣を振るうだけではいけないのです。ましてや軍長ともあろう方が……」 「あーー、分かった分かった。もういい!」 陣幕内の隅にどかり、と座り、そのままごろん、と関羽に背を向けて横になる。 「私は寝る。起こすな」 「……承知いたした」 呆れたような、安堵したようなため息が聞こえて、返答が上がった。 夜も更けて、明日に予定されている戦へ向けて、ややざわついていた陣営内も静かになっていた。関羽と口も利かずに不貞寝している劉備と、同じくむっつり黙りこくっている関羽に挟まれて居心地悪そうにしていた張飛は、そそくさと簡雍のところへ逃げ込んで、陣幕内は劉備と関羽の二人きりだ。 「雲長」 不貞寝をしているふりだった劉備は、長い沈黙を破って、まだ偃月刀の手入れをしている関羽へ呼びかける。 「何ですか、兄者」 「つまらん」 「そうですか」 素っ気無い返事に少しばかりむっとするが、起き上がり、関羽へ向き直る。 「退屈だ」 「何か話でもお聞かせしましょうか」 「お前の話はいつも 「眠くなるので丁度良いのではありませぬか」 「お前は明日、戦場に立てるから心が逸りいいかも知れないが、私は暇なのだ。色々持て余している」 「……なるほど」 「抱け」 「分かり申した」 否、と言ってくるかと思ったが、関羽は意外にもすぐに承知した。丁度偃月刀の手入れも終わったところだったからかも知れない。膝を詰め、にじり寄った関羽の伸びた腕を、しかし劉備はするり、と抜けた。 「今日は私が先導する」 「……」 「色々持て余している、と言っただろう。少しお前を苛めたい気分だ」 「どうぞご自由に」 ねめつけて、意地悪く告げてみても表情一つ動かさずに 二人は、どちらからともなく、義兄弟の絆だけでなく身体すら求める関係となっていたが、あまり劉備から動いて求めることは少なかった。誘うのはもっぱら劉備からが多かったが、実際に肌を合わせる段階になると、関羽が劉備に奉仕することを率先していたし、劉備からの奉仕を求めなかった、ということが理由だ。 だからこの提案を素直に呑んでくれたことはやや予想外だったが、劉備を無理矢理後方へ縛り付けておくことに僅かばかりでも罪悪感を覚えたのだろうか。関羽は二つ返事だった。 劉備は関羽を寝台へ招いて座らせると、長く伸びた頬髯を手で掬い上げた。偃月刀と同じように義弟が手入れを決して怠らないため、指通りは心地良く、いくら触っていても飽きない。 ただ、普段はあまり触り過ぎていると、劉備とて嫌な顔をされるのだが、やはり今夜は何も言い出さず、為すがままになっていた。 寝台に腰掛けている関羽と、床に膝立ちになっている劉備とでは、普段と同じほどの身長差のままだ。腕を伸ばして鍛え抜かれた首筋へと絡げ、上体を引き寄せると、厚い唇へ己のものを重ねた。 啄ばみ、軽く吸う、という行為を繰り返して、中々深く交じろうとしない。ちらり、と窺えば、男の表情に変化はない。 やはりこれぐらいでは駄目らしい、とこの段階での懐柔は諦めて、舌を挿し入れる。関羽に動く気はないらしく、劉備の舌に大人しく掬われて、なぶられる。歯茎や歯列をなぞり、溢れた唾液を飲み込んだ。 口付けながら、手は関羽の鎧を外していく。これから寝るところだったので、簡易な鎧だったため、あっさりと床へと散らばる。 衣も脱がせて諸肌にさせると、掌で筋肉の張っている上半身をなぞっていく。口を寄せながら、非協力的な相手の鎧や衣を脱がせて少し息が乱れている劉備に対して、関羽のほうは平静そのものだ。 掌で撫でる胸筋も規則正しく上下していて、心の臓すら早く脈打っている様子もない。悔しくなって、乱暴に口付けを解き、目付きも鋭く関羽を見上げるが、これで終わりか、とばかりに義弟の口元には笑みが浮かんでいた。 太い首に噛み付くように歯を立てて、強く吸い付く。棗色の肌に浮いた朱点はあまり目立たないが、所有印を刻んだ劉備は満足した。 もう一度、付けた鬱血痕に口吻を寄せて、肌を下りていく。肩口や二の腕、無駄な肉など一つもない伸びた手を舐めて、太い指を咥える。 偃月刀を弄(いじ)っていたせいか、少し鉄臭いが、劉備がしゃぶるうちにすぐに肌の味へと変化した。舌を這わせ、口内に深く招いて吸い付く。指の股や爪の間などを舌で嬲(なぶ)り、まるで雄身を咥えているかのように絡めた。 |
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