「貰い火 2」
許チョ×曹操


 鎧を脱ぎ落とすと、心許無くなる。しかし身と、何より心が軽い。明らかに曹操に、抱け、と命じられたからだ。逃げたのは理解している。逃げ道を曹操が用意してくれたことも分かっている。
「お待たせいたしました」
 許褚が鎧を脱ぎ終わるのを、牀台に腰かけながら楽しそうに眺めていた曹操は、許褚の言葉に小さく頷く。煽り窓を閉じ、燭台の明かりだけが灯された室内は、陰影が濃くなっている。曹操の唇に刻まれている笑みもゆらゆらと揺れており、まるで吹けば消えそうな、燭芯に灯る小さな炎を思わせる。
 座る曹操の前に跪き、見上げると、揺れている唇が開いた。
「お前の好きなようにしろ」
「……」
「そこまで、私に命令させるつもりか?」
 無粋者だぞ、とからかうような声音が言葉に滲んでいた。はい、と短く返事をして曹操の背を抱くようにして、そっと牀台へと倒す。薄手の衣の上から肩や背をなぞると、肉の削げ落ちた体躯が掌に乗る。
 烏林からしばらく、食欲のなかった曹操はだいぶ痩せてしまったが、食欲を取り戻してからは、肉付きは戻ったはずだった。しかし、元々が筋肉質でもふくよかな方でもない。落ちてしまった肉などは中々戻らないようだ。
 曹丕の、曹操の年齢を口にした声が急に蘇る。
 折れても、負けても、何度でも立ち直る、と曹操は言ってくれた。しかし、何度立ち直れるだろうか。曹操に残された時間(とき)は少ないのだと、許褚は初めてはっきり認識した。
 なぞっていた手に力が籠もり、強く曹操を抱き締めていた。
「……っ」
 少し苦しそうな声を漏らした曹操だったが、黙って身を委ねている。大柄な許褚に抱かれれば、曹操はすっぽりと収まるほどで、それがなおのこと頼りなさを生み、許褚の腕に力を籠もらせた。
 抱き返された。背中に腕が回り、そっと撫でられて、囁かれる。
「虎痴の背中は大きいな」
 衝動のままに口付けていた。唇を覆い、舌を差し込む。熱い口腔が許褚を迎え、小ぶりな舌がすぐに応えた。絡めると、じん……と頭の芯が痺れる。こんな感覚は女を抱いていたときも味わわなかった。いつもどこかのめり込めず、戦が続いても女を欲しくなることもなかったし、許褚にとって肌を合わせる、というのはあまり必要性を覚えないものだった。
 曹操を抱いた夜も、欲情を覚えていた自分に戸惑ってもいた。今となれば曹操に同調していたからだ、と分かるが、それでも今まで味わったことのない感覚だったことは確かだ。
 舌を吸った。曹操の鼻が小さく鳴った。気持ち良いのだろうか。嬉しかった。顔の向きを変えるために微かに唇を離すと、名残惜しそうな吐息が許褚に吹きかかる。すぐに塞ぎ直した。
 そういえば、こうした口寄せは初めてだった、と思った。唇を触れ合わせるものは戯れの中したが、深く交じったことはない。気付き、体が熱くなる。
 背中にあった曹操の腕が首筋に回る。許褚も肩や背中に添えていた両手を曹操の頬へ移し、挟むようにして仰向かせる。唇の柔らかさと口腔の熱さが深まった。
 夢中で舌や唾液を混じらせ、曹操の顎をしとどに濡らして、ようやく許褚は曹操の唇から自分の唇を離す。曹操はすっかり息を切らせたらしく、胸を忙しく上下させていた。濡れている顎や鬚を獣のように舐めて、拭う。
 目を瞑り余韻に浸っていた曹操の瞼が持ち上がり、許褚を捉える。灯りを映し込んで光っている眼差しが濡れている。
「……虎痴、もっとお前をくれ」
「はっ」
 囁くように言葉を交わす。
 帯を解き、曹操の素肌を外気へと晒す。肉や筋肉が落ち、若い頃ほどの張りがないとはいえ、曹操の身体は均整が取れているせいか充分に見られる体躯だ。その肌の上に唇を落とすと、曹操は細い息を吐いて力を抜いた。
 肌に痕を残すような真似はしないが、首筋や耳朶の(きわ)に唇を寄せるたび、曹操は感じたように眉根を寄せる。指先で胸の頂をまさぐる。眉間の皺が深くなった。転がすと、は、と小さく息が吐き出された。強く摘み上げると肩が揺れる。唇でも触れた。唇で挟み込み、揺すると、息が詰まった。
「……っ、く」
 曹操が悦んでいることが嬉しい。脇腹をなぞり、腿を撫でる。許褚の手なら腿でも一掴みで、親指で内腿の敏感そうなところを辿りながら擦る。
 唇と指先で育ってきた頂を、強弱を付けて揉むと、許褚の体の下で曹操は悶えるように身を捩った。腿を掴んでいた手で足を大きく広げる。片膝を深く身体の中心へと切り込ませて、曹操の中心を探る。
 びくっと身体が震えた。吐き出された息に艶が混じった。腿を擦っていた手を腰骨まで滑らせて、下腹や尾てい骨など敏感なところをなぞった。唇に挟み込んだ頂に歯を立てれば、はっきりと喘ぎが聞こえた。
 下穿きだけとなっていた曹操の最後の着衣を抜き取り、唇を下腹まで滑らせる。ひく、と下腹が痙攣した。期待を裏切らず、緩く熱を含んでいた曹操の雄身に唇を寄せる。舌を伸ばし、先端を舐める。張り出した部位と芯となる境目を責めれば、曹操の膝が持ち上がり、つま先はきゅっと丸まった。
 指を添えて根元から適度な力で擦る。舌を先端や張り出した部位などへ余すことなく這わし、曹操の雄身を濡らす。次第に力を持ち、屹立を始めた雄身を許褚は深く口腔へ招いた。
「っ……は、ぁ」
 艶に濡れた声を曹操は上げる。舌を添えながら、口腔を強く窄めた。牀台に乗り切っていない片足が宙を蹴った。足首を掴んで、押し上げるように曹操の身体を牀台へ完全に乗せ切る。所在無さそうだった曹操の腕が牀台の頭を掴んで、自らの身体を引き寄せるようにした。追いかけるように許褚も牀台へと乗り上げる。
 ぎしり、と軋んで、牀台は揺れた。
 窄めた口腔のままに、頭を振って抜き上げる。腰が浮き上がり、喘ぎが上ずった。虎痴、と呼ばれる。乱れた息に混じった声に堪らなく煽られる。
 止まりそうにない。
「うっ……ふ、ん……んんっ」
 低い呻きと色の含まれた声音に、さらに許褚はきつく雄身を締め上げて、曹操を昂ぶらせる。
「虎痴……っ虎、痴」
 繰り返し呼ばれる声に切羽詰った響きが含まれる。離せ、と搾り出すように曹操は訴える。前も、曹操は極める直前で命じてきたが、男の精……曹操の精を飲むことに不快感を覚えない。
「構いませんと、以前申し上げました」
 熱が冷めないように指や手で雄身を扱きながら、顔を上げて言う。
「お前に……そん、な真似……ぅく、ん……させたく」
「私にも、殿をください」
 言うと、曹操の目が見開かれて、頬が一気に朱に染まる。そんな曹操の顔は初めて見た。視線を逸らしがたく、見つめたまま再び雄身を咥えて、強く吸った。
「やめ……っんぁあ……虎痴……っっ」
 一際、高い声が曹操の口から発せられた。びくり、と口腔の雄身が震え、咽の奥に叩きつけるように熱い欲が噴き出された。雄身の震えが収まるまで許褚は姿勢を保ち、放たれた欲をこぼさないように気を付けて雄身を抜いた。
 口腔から解かれる感触に曹操が感じ入った声を漏らし、聞きながら許褚は曹操の欲の証を嚥下した。達した名残に瞼を落としていた曹操は、頬の赤味を残しながら目を開いた。小さく笑った。
「強烈な口説き文句だった」
 曹操の言葉の意味を汲みかねて首を微かに傾ける。
「お前から、何か欲しい、と言われたことは初めてだ」
 曹操をくれ、と言ったことのようで、許褚は己の発した言葉の意味に気付き、目を伏せた。
「申し訳ありません」
「いや、謝らなくとも良い。お前はいつも私のために働いている。たまには私がお前のために何かしてやりたい」
「私が殿のために働くのは当たり前のこと」
「当たり前か? 私はそう思っていない。お前が傍にいることが当たり前、お前が私のために命を賭してくれるのは当然、そう思っていた時もあったが、今は違う。お前とて居なくなってしまうことがある、とあの日知った」
 烏林からの逃亡、張飛や趙雲に追いつかれて、許褚だけが曹操を守るために引き返した。帰ってこないかも知れない、と曹操は危惧した。
「私を守る者は、お前でなくてはいけない。虎痴でないといけないのだ」
 どちらが強烈な口説き文句を口にしていると思っているのだろうか。
 心臓を強く握り潰されたような気さえして、許褚は返事をすることも忘れて曹操を見下ろす。
 分かった。ようやく理解した。
「お前は、今自分がどんな顔をして私を見ているか、知っているか」
「はい」
 今度は迷わず答えられた。
「私は殿を抱きたいと思っております」
 謝罪も言い訳も口にしなかった。
 あの夜とて、曹操の情炎に貰い火をしていたのではない。
 だったら、死にたい、と欲していた曹操の強い願いにも同調していただろう。曹操を殺し、自分も死んでいたはずだ。しかし、許褚はしなかった。出来なかった。ということは、曹操に対するあの激しい劣情も、今の切望も、全て許褚の中から生まれているものだ。
「殿、生きてください。私が貴方を守ります。ですから、精一杯生きてください」
 ああ、と曹操は頷いた。
「お前が死んだら、私が虎痴と呼ぶ者が居なくなってしまうが、私が死んでもお前が殿と呼ぶ者が居なくなってしまう。だから、もう死なん」
 せめて、天命とやらが尽きるまで、精一杯に生きよう。
 はい、と返した声は震えていた。
「泣いているのか」
 曹操の肩に伏せた頭に、手が添えられた。
「嬉し泣きです」
 そうか、と曹操は柔らかい声で答える。涙はすぐ収まった。顔を上げて言う。
「続きをしてもよろしいでしょうか」
「ここでやめたら、本気でお前に無粋者の称号を与えるぞ」
 笑いながら口付けられた。

 燭芯が浸されている油を指先で掬い取り、曹操の後蕾に塗り付ける。以前のように舌で舐め解そうとしたが、曹操があれはお前の顔が見えなくなるから嫌だ、と言ったため、燭台の油を借りることにした。
 ぬめりを帯びた指は、小さな音を立てて曹操の後蕾を割った。許褚の太い指では狭い後蕾の中は酷くきつい。曹操も辛そうに身じろぎをしているが、中で悦楽を得られることはお互いに承知している。
 指を押し進めた。は、と短く曹操の息が吐き出される。指を中で回し、以前見つけた法悦の源を探す。あ、と今度は声が弾けた。指先にしこりが当たる。押し上げると、曹操の苦痛で引き結ばれていた唇から艶声が溢れる。
 引っ掻くようにしこりを撫でる。曹操の肢体が敷き布の上で乱れる。蕾を拡げながら法悦に絶え間なく刺激を送り続ける。背が弓なりに反れ、胸の頂が許褚の目の前に押し出される。迷わず吸った。
「ぁあっ……ぅ、こ、ちぃ……っ」
 苦痛と、暗い快楽に染まった声ではなく、ただ許褚を求めて啼く曹操の声音は、許褚の情炎を煽り、燃え上がらせる。殿、と呼ぶと指を食い締めるように後蕾は絡みつく。汗が滲んだ肌に舌を這わすと、ちりり、と舌を痺れさすほどの甘さを覚えた。
 指を増やし、中を二本の指で掻き乱す。曹操は咽を反らした。露わになった白い咽に噛み付くように歯を立てる。また、後蕾は指を食い締めた。一度達して力を失っていた雄身も後ろからの愛撫で力を取り戻している。
 雄身から透明な雫が溢れて、芯を濡らし、曹操の中に埋めている許褚の指までも濡らす。弄られ、噛まれ続けた胸の頂は熟れた果実のように赤く、肌の上に乗っている。
 揃えた指で奥を突くと、曹操は悶えて敷き布の上で踊った。眉間に刻まれている皺は浅くなる気配はなく、煙ったような双眸は許褚を捉えては妖しく揺れる。唇が戦慄いた。
 欲しい、と声になっていなかったが、許褚には聞こえた。
 指を引き抜き、足を抱えた。ずっと猛っていた欲隗を油と先走りで濡れそぼった後蕾にすり寄せる。ん、と小さく曹操が呻く。先端で蕾を軽く突けば、焦らすな、とばかりに後蕾は喘ぐ。
 許褚を招くように、曹操の四肢から力が抜ける。欲隗を押し当てて張り出した部位を蕾へと埋め込む。無理矢理のように蕾を開こうとする欲塊は、曹操に苦鳴をもたらす。反射的に身体を守ろうとしてか、力が入る。
「殿」
 呼んだ。ただ、呼んだ。それだけで、曹操の身体から力が抜けた。ずるり、と先端が埋め込まれた。きゅうっと後蕾が締まる。息を詰めて、強烈な吐精感をやり過ごす。指よりも圧倒的な質量を受け入れて、曹操の肢体は強張っていた。
「殿」
 また呼ぶ。少しずつ、曹操から余分な力が抜けていく。強張りが弱まったところで、腰を押し進める。狭く熱い襞が許褚を押し包み、絡みついた。息が上がる。短い声を漏らして、許褚の熱隗を受けている曹操は、手を伸ばして、背中へとしがみ付いた。
「虎痴」
 許褚の欲隗が奥まで届くと、曹操は甘やかな声音で呼んだ。はい、と短く返事をする。何も次の言葉はなかった。ただ曹操は許褚が返事をしたことに満足したようで、薄っすらと笑みを浮かべた。
 欲隗を引く。引き止めるように蕾が収縮した。背筋が粟立つ。抜け切る直前で止め、再び奥を貫く。曹操の手が強く背中を掴んだ。際まで戻り、また奥を突く。蕾が許褚に馴染み、きつさだけでなく柔らかさを伴ってくると、腰を掴んだ。一息に奥を抉った。
「ああーっ……」
 鋭い声を曹操は上げた。蕾が絡み付く。細かく揺さぶれば、咽ぶような声で曹操が喘いだ。腹側のしこりを切っ先で撫で上げ、引くときに掻く。
「や……っ虎痴……ぃっあ、んぅ」
 呼吸もままならないのか、忙しく荒い息を吐きながら、曹操は許褚に揺さぶられるままに嬌声を発する。激しい悦に身体が付いて来ないらしく、眦から涙が溢れてきた。唇を寄せて吸う。蕾を突く角度が変化したせいで、曹操の声音は一層高くなった。
 ぎしぎし、と許褚が曹操を責めるたび、牀台が軋む。がりっと曹操の爪が背中を引っ掻いていった。
 激しかった挿抽(そうちゅう)を緩慢なものへ変えると、曹操は悦楽を愉しむ余裕が出てきたらしく、欲情に濡れた瞳で許褚を見上げた。官能を突き動かされる。赤い唇が許褚を誘うように薄く開いた。
 口吻を寄せる。
 舌が絡み合う。腰をまた深くに突き込んだ。くぐもった喘ぎが口腔一杯に注がれる。頭の芯が焼き切れそうだ。
 殿、と呼びかけながら曹操と己を頂へと運ぶ。さらに激しくなった許褚の動きに、曹操は愉悦の声を溢れさせながら、逞しい背中へとしがみ付いた。



「野駆けをするぞ、虎痴」
 また、曹操は唐突に言い出した。
 今日は荀彧と共に建設中の銅雀台を視察に来ていた。あまり機嫌は良さそうではなかった。荀彧と何かがあった、というよりは、自身の思いに囚われて、気分を曇らせているようだった。
「供回りがおりません」
 野駆けをして心に掛かった鬱憤を晴らしたい曹操の心情は酌みたいが、身の上が一番だ。
「構わぬ。お前がいればいい」
 短い命令だった。しかし許褚を動かすには充分だ。急いで十人ほどの部下と共に曹操の野駆けに従う。
 ただ黙々と馬を走らせる曹操は、何かから逃げているようだった。許褚は曹操の横を走りながら前方や周囲に危険はないか、注意を向けていた。
 ようやく馬の足を緩めたのは、丘を一つ越えた先でだった。
 曹操の隣を許褚が守り、前方や後方は残りの人間で遠めに囲う。曹操の声は許褚にしか聞こえない。
「虎痴」
「はっ」
「生きることは辛いことだな」
「はい、殿」
 あれから、特に二人の間に変化は無い。
 相変わらず許褚は曹操を守り、殿と呼び、曹操は許褚を従えて、今日のように野駆けをしたり巡察に行ったり、虎痴、と呼ぶ。
 ただ時々、曹操は確認するかのように許褚へ尋ねる。
「なあ、虎痴。私は生きているか」
「はい」
 短いいつもの返事をすると、曹操は嬉しそうに笑う。笑った顔のまま、少しだけ揶揄(からか)う色を乗せて、続けて言う。
「今夜、寝所に来ないか」
「はい」
 やはり、いつもと同じ返事をする。

 そしてさらに時々、曹操はいまのように許褚を寝所へ呼ぶ。
 朝方まで許褚が寝所から出てこないときもあるし、すぐ出て来ることもある。何がその間、二人の間で交わされているのか。
 たぶんそれもあまり変化が無いのかも知れないが、二人にとっては大したことではないようだ。
 大事なのは、曹操が曹操であることと、許褚が許褚であること。
 ただ、それだけなのだ、と。
 二人は声を揃えて答えるのだから。



 終 幕





 あとがき

 いつも、許操は猛烈に書きたくなって、ぐわー、と書く、ということをやらかすのですが、
 このお話もわりとそうでした。

 御北方氏の男臭さには到底達せませんが、やはりいつも以上に臭さが漂う、というか、
 文章引きずられるなあ、とも思った一作でもあります。

 前作に当たる【刻印】の許チョ視点、という感じで、
 まあ色々あったけど、二人は二人の形で傍に居続けるのだなあ、と
 書き終わった結論として出てきた、という感じです。

 少しでも楽しんでいただけたら幸いかと。




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