「刻印 2」
許チョ×曹操


 寝台が軋んだ。
 曹操のための豪奢で丈夫な寝台だが、大柄な虎痴までが乗ると、さすがに音が鳴った。
 虎痴の手が、曹操の胸を撫でた。微かにかさつく手の感触は、鎮まった熱を呼び起こすようだった。
「理由を聞かないのか」
 指先が胸の頂を摘まんだ。それに眉を一瞬だけ寄せ、曹操は自分に覆い被さっている男に尋ねた。
「それが殿の命なら、黙って従うのが私の務めです」
「そうか」
 その答えに満足する自分だが、どこかで落胆もしていた。
 なぜ自分を抱け、と言ったのか、理由を訊いて欲しかった。わけを知られるのはひどく恥ずべきことのはずなのに、尋ねて欲しかった。
 そしてあわれみ、さげすみ、なじって欲しかった。
 そんな自虐的な思いがあった。
 指先がさらに頂を強く摘まんだ。間違いなく快感が湧いた。もう片方の頂も、口内へ含まれて強く吸われた。
 少し乱暴とも取れる愛戯に、曹操は不服を言わなかった。むしろ、虎痴が遠慮していないことを嬉しく思った。
 まるで、曹操がそう望んでいることを知っているかのようだった。
 決して男と女のような柔らかな交わりを求めているわけではない。
 荒れ狂う冬の風のように、身を刻み、凍らすように包み、そして、何もかもを忘れさせて欲しかった。
 国を興して、大軍を投じての戦。黄巾族から兵を挙げ戦い続け、一度も確実に勝てる、と思った戦はなかった。しかし、初めて、そう思える戦のはずだった。
 その戦に敗れた。それは完璧なほどに。
 折れない、と言った。
 虎痴だけではない。迎えにきた曹仁や逃げ延び、集った将にも、そう言った。
 このぐらいの負け戦、何度も経験してきた。また国力を建て直し、大陸を平定すればいい、と。
 しかし、曹操の中で、確かに折れたものがあった。
 折れて戻せない何かがあった。それが、悪夢を払い除けられずにいる原因だ。
 その弱い自分を忘れさせて欲しかった。ただ、荒々しく揉まれ、押し流し、翻弄し、そして何もかも分からなくなるぐらい、我を忘れさせて欲しかった。
 ただ、それが一刻いっときの間だけだとしても。
「……つっ、ん」
 虎痴の歯が痛いほどに頂を噛んだ。その痛みが快かった。虎痴の結われた髪の間に指を通し、その頭を胸へ押し付けた。
 もっと激しく、と。
 爪が立てられ、頂を赤くさせるほど掻かれる。背が反った。
 嬲るように、その愛戯にしては荒すぎる、虐戯ぎゃくぎにしては優しすぎる行為が続くうち、曹操の雄はまた熱を持ち始めた。
 すでに、頂は痛みと快楽によって赤さと硬さを含み、灯りによって淫猥な影を生み出している。
 腰骨を煮立たせるような熱さが苛んでいる。熱を示すように、あられもなく腰を揺らし、虎痴の腹にすり寄せた。
 未だに衣を着込んでいる虎痴のそこへ、雫を垂らした雄が染みを作る。
 しかし、一向に肝心の箇所への愛戯を行おうとしない虎痴に、曹操は誘うように声を上げる。
「ふ、ぅ……虎痴」
 それでも、虎痴は胸を嬲り、腰を撫でるばかりで直接及んではこなかった。
 鋭く神経が張り出したような胸の頂を触られれば、熱は高まり、淫らになるものの、確実な解放へはまだ遠い。
 堪らず、曹操は己自身へ手を伸ばす。
 体の隙間から捻じ込むように握り込むと、充足感に妖しい息がこぼれ落ちる。根元から先端へ強く擦り上げると、うっとりとして目を細める。
 そんな曹操を虎痴がじっと見下ろしている。手は休みなく動いているが、自らを慰める曹操を、何を考えているのか分からない瞳で見つめていた。
 その視線を逸らすことなく受け止め、口付けを求めるように薄く唇を開く。
 だが、虎痴はやはり曹操の誘いに応えなかった。
 微かに、曹操の胸の奥で、じじ、と音が聞こえた気がした。
 不意に、体をうつ伏せにさせられた。尻を高く上げさせられ、双丘を割られる。
 舌が双丘に眠る後莟こうかんへ這わされた。
 その感触に、曹操は微かな身震いと吐息を溢れさす。
 後莟を脅かし、宥めながら、湿った舌が花を開かせようとする。
「ぅ、っ……」
 雄を握る手に力を込めると、後莟が舌を追い求めるように身をくねらすのが分かった。指の隙間から滴り落ちる欲が寝台を汚す。
 その様を寝台に額を擦りつけながら捉えると、どうしようもないほどに昂ぶった。
「はっ、んっ」
 限界への震えが走った。夢中で、手を動かした。しかし、あと僅か、という頂の間近で、虎痴の指がそれを止めた。
「あ、くぅっ……」
 突然の熱の滞りに、思わず上がった声が掠れ、濡れた。虎痴の指はしっかりと根元に巻き付き、熱の放出を堰き止めている。
「虎痴、離せ!」
 むせぶように言うが、虎痴は黙って後莟を解している。
 そこからの刺激が、先ほどまではあれほど甘かったはずなのに、今は苦しいぐらいだ。
 舌が内壁をこすり、緩やかに出入りを繰り返す。
「はな、せ、虎痴……」
 ぐらぐらと、景色が揺れた。首を捩じり、虎痴を見やるが、虎痴の細められた目は曹操の顔を捉えているのかさえ窺えない。
 堰き止められている指を引き剥がそうとするが、力が入らない。入ったとしても、相手は虎痴だ。引き剥がせるとは思えない。
 耐えるように両手で強く敷布を掴んだ。
 舌が引き抜かれた。止んだ舌戯に安堵の息を落とすが、すぐに詰まった。
 代わりに挿し込まれたのは、節くれ立った指だった。遠慮もなく挿し込まれたが、後莟は柔らかく迎え入れた。
 背が反り返る曹操の乱れた髪の中に、虎痴の唇が落ちた。結い上がった髪がほつれ、汗ばんだ曹操の首筋に張り付く。
「く、やっ。ぃ……」
 指が最奥まで到達すると、まさぐるように内壁を侵してきた。
 僅かな痛みと、それ以上の違和感が曹操を縛り上げる。しかし、侵す指が何かに引っ掛かったとき、鋭い快楽へとほつれていった。
「――っはぁっ」
 掠れた嬌声が漏れた。
 これ以上昂ぶるはずがない、と思っていた雄が、熱く脈打った。
 敷布を握り締める両手が小刻みに震える。
「な、あっ?」
 鋭利な刃物を思わせる快感に、戸惑いすら覚えた。しかし戸惑いも指先が動くたびに薄れ、霧散する。
 体の奥底から熱が吹き出し、雄に集まり、痺れるような甘美を全身へと送り返してくる。増やされた指がさらに強めた。
 ざり、と虎痴が曹操の髪を噛み、強く後ろに引いた。
 どこか獣じみたその行為に、曹操は背骨が溶け出すような熱と甘さを感じた。
 仰け反った拍子に、また髪がほどけた。
 乱暴なほどに内壁を掻き乱す指は、気付けば三本に増えていて、悦ぶように銜え込む後莟がある。
 足りない。
 どこかで叫ぶ声がした。
 もっとおとしめろ、もっと激しく貶め、けがせ。
 そう叫ぶ声を聞いた気がした。
「虎痴、もっと奥へ欲しい」
 震える声で訴える。首を捩じり、近くにある虎痴の顔を見上げる。細められた目の奥に、確かに欲情が宿っているのが見えて、曹操は安心する。
 今度は、虎痴は応えた。
 指が引き抜かれ、衣の肌蹴る音がした。戦慄く体は、指の喪失感のせいなのか、それともこれから与えられる絶対の充足感に対してなのか、もう曹操には分からなかった。
「ぅ、くぅ、ん……」
 途切れ途切れにこぼれる苦鳴くめいめいた喘ぎ。
 熱く硬い兇器が、曹操の体を貫き、痛めつけ、そして甘美の頂へと誘い込む。
 根元まで埋め込まれ、最奥に息づく虎痴を感じ、曹操は眉をひそめて唇を戦慄かせた。繋がった姿態は四つん這いで、ますます獣じみていた。
 ただ獣の交尾のような姿は妖しく淫靡な夜に相応しい気がして、曹操は薄っすらと笑みを浮かべた。
 未だに解放されない雄からは雫だけが落ち、寝台の布地を汚し続けていた。
 深く貫かれた楔は、曹操の何かを引きずり出すようにゆっくりと抜かれていく。そしてまた、何かを植えつけんばかりに、じっくりと戻る。
 決して慣らしているわけではない。まるで今、何かをされているのかを明確にさせるがためにしているような、そういう動きだった。
 内壁は虎痴の細部を感じ取り、一つになろうとしているかのように追い求め、縋りつく。
 それは生きることに妄執している自分の心のようで、曹操は喘ぎながらまた薄っすらと笑う。
 浅ましく生へしがみ付く自分を嘲笑う。
 折れ、剥き出しになった心へ、汚らしく泥を摩り込んでいく。
 また、死への強烈な誘惑が湧き上がる。
 このまま虎痴の兇器で貫かれ、息絶えられたならどれほど楽で、心地良いか。
 醜い心を暴き出すような虎痴の動きに、曹操は烈々な炎が身に宿るのを感じる。
 炎は曹操の身を燃やし、焦がし、灰へ返す炎のようで、目の端に映る燭台の炎がまた、煽った。
 じじ、と奥底で再び音を聞いた。
「虎痴」
 陶酔し、自分を組み敷く男の名を呼んだ。
 はい、と答える短い返事を期待する。
 返事が聞こえたら、こう言おう。
 私をお前の手で殺してくれないか、と。
 しかし、抽送ちゅうそうは止まらないのに、返事だけがない。
「虎痴」
 息を乱しながら、もう一度呼ぶ。僅かばかりに残った理性をかき集め、強い命を含めて。
 それでも、返事はなかった。
「虎……いぃ、んっ」
 再度の呼び声は声にならなかった。唐突に抉るように楔が打ちつけられた。
「な、んんっ」
 本当に体を貫かれたような気がした。
 強すぎる刺激が、頭の片隅に残った冷えた部分をも熱くさせた。
 そのまま幾度も激しく貫かれた。
 寝台が派手に軋む。
 知らずに上がる声は高くなり、掠れていく。
 下腹が吐精を促し、何度も痙攣したが、戒めている指はほどけなかった。
 次第に体が痺れ、頭までも痺れて真っ白に塗り込められる。
「ぅくっ、ぐっ」
 噛み締めた歯から止められない喘ぎが流れ落ちる。
「も、うっ、離せっ……虎痴……っ」
 これ以上、熱を止められたら気が狂いそうだった。
 哀願のように叫ぶと、ようやく虎痴の戒めが解かれた。掌に包まれたそれは、一気に解放へと突き進んだ。
 欲が弾けると同時ぐらいに、最奥へ穿たれた楔が曹操の意識を真っ白にさせる。
 嬌声を上げて欲を放った曹操は、真っ白になった意識に呑み込まれていく。
 その耳に、虎痴の声が聞こえた気がした。
「殿、今はお休みください。何も考えずにお眠りください」
「虎、痴……」
 お前は、何もかも見抜いているのか?
 呟こうとしたが、真っ白い闇が曹操を抱き、沈み込ませていった。


 どこかで囁く声がした。
 泥さえ掴めぬ手だ。それでも、お前の手に残ったものがある。
 それを忘れるな。


「忘れない。忘れてなど」
 そう呟く自分の声で、曹操は目を覚ました。
 まだ、夢の中にいるようで、茫然と視線を巡らす。
 部屋は明るく、陽が射し込んでいる。その陽射しは冬にしては暖かく、午後の柔らかさを含んでいた。
 気だるく重い腕を持ち上げて、額に乗せる。
 体はだるいが、妙に頭が冴えていた。
 曹操の体はしっかりと清められていて、着衣きごろもも新しいものに変わっている。乱れた髪も緩く結い上げられ、寝台も綺麗だ。
 それをやったのは恐らく、虎痴だろう。
「虎痴?」
 小さな呼び掛けだったが、すぐに返事があった。
「はっ」
 戸を開けて、長躯を音もなく滑り込ませてくるいつもの虎痴を捉え、曹操は口元を綻ばせた。
「礼を言う」
「いえ、私は何も。それよりもお体は大丈夫でしょうか?」
 枕元へ来てしゃがみ込む虎痴へ、頭を振った。
「気遣うな。私が頼んだことだ。だが、今日は休みだ。もう午後のようだしな」
 小さく笑い声を立てる曹操に、虎痴は萎縮したように押し黙った。
「何を気に病んでいる」
 そんな虎痴へ、揶揄するように尋ねる。
「はっ、少々お体に無理をさせてしまったのではないかと」
 目を伏せて、曹操と目を合わせないようにしている虎痴に、また曹操は小さく笑った。
「中々にして好い技巧だったぞ」
 返事に困ったらしく、虎痴はますます俯いた。
「気を遣わせたな。もう、大丈夫だ。私は確かに折れた。この戦で取り戻せない何かを失った。しかし、残ったものもある。それがある限り、折れても立ち直る。何度でも、だ」
 ゆっくりと、身を起こす。そのぎこちない動きに、虎痴が静かに手を添える。
 生への執着に失笑し、死への誘惑に迷えども、そのせいで悪夢にうなされようとも、自分には虎痴がいる。そして大勢の臣下が、国がある。
 そのどれ一つとして失ってはいない。
 ならば、立つしかない。立って歩くしかない。いや、歩きたい。
 昨夜抱いた自虐的な思いは消えていた。
 泥臭い水の味を忘れない。あの燃え盛る船団を忘れない。それでも、それと同時に刻まれ、忘れないものもある。
 虎痴の、自分をどこまでも支えてくれる腕と、短い応えと、殿、と呼ぶ低い声を。
「なあ、虎痴」
「はい」
 曹操の好きな短い答え。
「一つ頼みがある。命令ではない」
「はっ」
 無表情ないつもの虎痴を見つめる。小さな悪戯心と一緒に。
「口付けをしてくれないか」
「それは……」
「命令ではない。私の頼みだ。受けるも断るも自由だ」
「お揶揄からかいですか?」
「意図は気にするな。答えが欲しい」
 じっと、虎痴が曹操を見つめた。その読めない瞳を見つめ返す。
「致しましょう」
 静かに答えた虎痴に、曹操は笑んだ。
 いつも通りの短く、低い声で、確固たる意志を感じるそれだった。
 曹操の唇に落ちた唇は、硬い皮に覆われた掌や、強面の顔とは裏腹に、ひどく柔らかく、曹操の笑いを深くさせた。
 短い触れ合いだったが、それで曹操は満足した。
「お前が女だったなら、すぐにでも後宮に迎え入れるのだが」
 今度は、明らかに揶揄った。
「このような無骨な女などいません」
「確かに。それにお前は私の傍に居てこそだしな」
 臣下として自分に忠義を尽くす男へ、君主として愛情を込めて見つめると、その無表情の面持ちが僅かに揺れた。
 それは嬉しさや照れ臭さを押し殺したような、どこか無理のある無表情のような気がして。
 曹操は、また小さく笑い声を立てた。



 終 幕





 あとがき

 いかがだったでしょうか。同人誌から再録でした。
 たぶん、最初で最後の北方……かなぁ、たぶん。そして許チョ×曹操、というどマイナーを全力で走った代物でした。
 いや、でもほら、北方の許チョは格好良いから!!
 他の許チョはむしろ可愛いから(誰も聞いてない)。

 同人誌の後書きに書きましたが、この二人の間に恋愛感情はありません。この先は分かりませんが(笑)。あるのは主従としての愛情です。だから、同人誌には書きませんでしたが、実は許チョは曹操さまをイカせたあと、自分はイってないんですよ(なんちゅー話)。

 あれこれ言い訳するとこの話は長くなるので、割愛です。
 何かありましたら、メルフォ利用してくださいませ。

 2006年5月21日 発行

 2009年 初春 加筆修正




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