「影法師 2」 劉備×曹操 |
「……」 「劉備?」 逸らした目線を戻すと、怖いような笑顔を浮かべていた。 特別に眉目が整っている、という男ではない。しかし時に人をはっとさせるほど惹き付ける魅力を醸し出す。 今もそうだった。 いつもと違うその笑みは、曹操の肝胆を締め上げた。 恐怖ではない。 いや、見方を変えればそれは恐怖であったかもしれない。 「別れのために来たのですよ、曹操殿」 臓腑の締め付けがきつくなる。喘ぐように息を漏らした。 「貴方を抱けるのは、今宵が最後であると。そう思ったからこそ、ついもったいぶったような抱き方をしてしまった」 「最後、だと」 喘ぐ息の下から何とか聞き返した。 「ええ。私は貴方の傍を離れます。そうして再び会える、と信じられますか」 「意味が分からぬ」 どくんどくん、と脈が速く打っていた。 自分から人が離れていくことがあるなど、ましてやそれがこの男であるなど、信じたくなかった。 「戦を知らない童ではあるまいし、曹操殿ならご承知でしょう。戦では何が起こるか分からない。さっきまで笑い合っていた 不意に、苦しかった肝胆が楽になる。 別に劉備が自ら曹操の下を去る、というわけではないのだ。戦での死別を危惧しての発言だった、と知れば、曹操は不敵な笑いさえ浮かべた。 「やはり謙遜はお主の専売だ。そのような気弱なことを。確かに戦は何が起こるか分からぬものだ。しかしお主がそう簡単に天に見放される男とも思えぬがな」 劉備の笑みが、いつもの人の良さそうなものへと変わる。 「曹操殿にそう言っていただけて、嬉しゅうございます。ですが、 「元よりそのつもりだったのだろう? 今さらもっともらしく許可を求めるな」 「やはり、曹操殿の具眼、曇りがないようで」 笑みの形で唇が曹操の肌を吸う。弱い首筋を舌が舐め上げて、ぞくっと悦が走り抜ける。 皮膚の下で熱がざわざわとさざめいた。 加わった愛撫に息を乱しながら、劉備のあの笑みに魅了された自分がいたことに、気付いてしまった。 離したくない、と痛烈に思った。その自分の心が恐ろしくもあった。いつの間にか、劉備に執着している自分がいたことを思い知らされた。 制御できない己の心に、幾度か失敗したこともある。 それをこの男相手にもしてしまいそうで、怖かった。 そして、そうと分かっていても求めている自分が確かにいて、肝胆が締め上げられたあの痛みは、決して劉備を失いたくない現れであった。 「ぅん、ぁ……っ」 肌の上に広がる朱印が増えるたび、曹操の喘ぎはもどかしさに濡れていく。 執着している、と知れた途端に、乾いた木に火が付けられたように、悦楽を求める体と肌が燃えた。 朱印を散らしていた唇は内股まで伸びていく。鍛えても柔らかさが残るそこに、ぬらり、と生暖かな舌が這う。自然、強張る腿を劉備の手が撫でてその強張りを解こうとする。 内股と付け根の微妙な境に口付けられれば、血を集め始めていた自身がひくっと震え、また熱を上げた。劉備の顔の傍らだ。気付かれてはいるだろう。 羞恥が胸を炙るが、それすらもすでに快楽へと変わりつつあった。 劉備の髪や鬚が肌をこするたびに、ひくひくとそれらは脈打つ。漏れている息遣いが鋭敏なそこへ掛かれば、感じている声がこぼれ落ちた。 「ぁ、ぁっ……んんっ」 焦れて声を上げるが、劉備の愛撫は求める場所まで訪れなかった。 触って欲しい、と恥も外聞なく媚びたい自分を制しながら、劉備に身を委ねている。 やはり、先ほどのやり取りが尾を引いているのだ。 『戦では何が起こるか分からない。さっきまで笑い合っていた 『確かに戦は何が起こるか分からぬものだ。しかしお主がそう簡単に天に見放される男とも思えぬがな』 そう答えたそれに偽りはなかったが、それでも戦に絶対はない。曹操もそれはよく承知している。 劉備が危惧していることが起きないと、誰が言い切れるのだ。 もしも、もしも本当にこれが最後ならば、思う存分に抱き合いたい。また、劉備の思うように抱けばいい、と。 受け身である自分をおかしい、と思っている。今すぐにでも「早くやれ」と怒鳴りつけたい気分でもある。 それでもしないのは、魅了された自分に気付き、離したくない、と思った自分は、そこに付随する思いを知ってしまったからだ。 切り離せないであろうそれに、劉備は気付いただろうか。 「あぁ……ぁ、んっ」 猛った中心を劉備が握った。堪らずに背筋を反らして声を上げる。 「善い声です」 耳元で囁かれる声に、首筋は粟立つ。 「曹操殿は抱くのも抱かれるのもお好きでしょう。もっとも人を身近に感じられる行為ですから」 こうも容易く曹操の中身を見透かすのだから、気付いたかもしれない。 生まれたときより足元に付いて来ている、あの黒いもののように、決して切り離せないその想いは、曹操はもちろん、劉備にも簡単に読み取れたはずだ。 ぐちゅっと音を立てたことで、雫は劉備の手を濡らすほどに溢れていた、と知らされる。ゆっくりと擦り上げられて、待ちに待っていた感覚なだけに、曹操は切ないような痺れを覚えた。 肩に縋るように腕を絡めた。 根元から先端までを擦られれば、それだけで達しそうな気配がした。先の割れ目に爪が掛かり、腰が揺れた。 息は荒くなり、体は幾度か痙攣をする。詰まったような声を上げて悦に身を任せる。 しかしその甘い感覚は長く続かず、劉備の手が離れることで終わる。 「……っはぁ」 惜しむような吐息がこぼれた。それがすぐに苦痛混じりの濡れた声へと変化する。曹操自身のもので濡れた劉備の指が、双丘の湿った隙間に入り込んできたからだ。 片脚を担がれて、指を迎えやすい体勢を取らされる。先の潜り込んだ指は狭い後孔をじわじわと侵した。 慣れてきてはいた行為だが、やはり初めのうちは体が追い付いてこない。 少しでも苦痛を和らげようと、曹操は体から力を抜く。 そうすれば、滑らか、とまではいかないが緩やかに指は根元まで到達した。 「ぅ、く……は」 まだ狭いそこは、劉備の指の存在を感じては締め上げて、曹操の唇から息を漏らさせた。 中で劉備の指が押し広げるような動きをする。苦痛と淡い快感が曹操の思考を溶かす。ゆったりと指が抜き挿しを始めて、すでに知られているもっとも悦楽を生み出す箇所を押し上げた。 「ひ、ぁぁっ……ぁん」 羞恥もなく嬌声を上げた。 歪む景色の中で、劉備の目が細くなる。笑みにも似た形のそれは、濃い闇を映し出してなお煌いて、ぞくっと曹操の背筋を淡く痺れさせた。 劉備の唇が尖っている胸を吸った。 咽が反れた。唇が反った咽を這い、耳殻を挟んだ。その間も指は抜き挿しを繰り返して中のしこりを時折突いた。 触れるものがいなくなった下肢からは、それでも雫が溢れて伝い落ち、双丘の隙間へと流れている。それがさらに指の動きを助け、本数を増やさせた。 三本の指で掻き乱されれば、曹操は熱く熟れた下肢を持て余す。 「ぅあ、っあ……劉備っ」 切ない甘さの絡んだ声に、 物足りない、と言わんばかりに収縮する後孔は、卑猥な音を立てて指を咥えている。すっかり張り詰めた下肢は痛々しいほどに色を濃くしていた。 眦を涙で濡らしながら、曹操は劉備を見上げる。 未だに衣を脱ごうとしない劉備は、そんな曹操を見下ろして、にこ、と笑う。 「劉備……っ」 欲しい、と声には出さないが、指より確かなものがなくては、もうおかしくなりそうだった。 「もう、いい、加減にい、いだろうっ」 喘ぎ混じりの訴えはどう届いただろうか。劉備は小さく笑ったまま、答えた。 「では、脱がしてもらえますか」 衣を脱がせば先へ進むのか、という意味に捉えて、曹操はこくり、と頷き返す。 腰帯へ手を伸ばした。 途端、劉備の指が強くしこりを突いてきて、するり、と手から帯の結び目は逃げる。わざとだ、と分かり、曹操は抗議を含めて睨むが、迫力はないだろうことは自分でも分かっていた。 幾度か劉備の責めに手元を狂わされながらも、何とか劉備の衣を取り去った。 ちらり、と下半身に目をやれば、しっかりと主張しているものがあり、安堵する。 同じ感覚を共有していることが嬉しかった。 歩んできた道の違いは、人であるから当然ある。見てきたものが違えば、生まれる価値観も違うだろう。だから劉備に惹かれるのだ。それでも、同じものを共有できることは嬉しかった。 「曹操殿」 柔らかい声が降ってくる。 劉備らしい、しかしもっとも劉備らしくない、その矛盾した穏やかな声に、曹操は腕を伸ばした。 「お主の (幾多の面で儂を惑わすのはもうやめろ。それは確かに飽きはしないが、そろそろお主の本当の面を知りたくなった) 引き寄せて、肌が重なる。 (ああ) 泣きそうになった。 衣一枚分の厚みがこれほどだったとは、知らなかった。 劉備の肌が冷たいなどと、どうして思ったのか。劉備の体は熱く、それは曹操を求めている証であった。 (これが、お主の胸裏に潜んでいた 心地よい、と曹操は吐息を震わすが、半面で、その熱が曹操を焦がしてしまうのでは、という寒心に堪えない。 「劉備……」 呼び声は自分でも驚くほど細かった。 「どうされました。そのような声をされて」 「お主、本当にこれが最後だと覚悟しているのか」 曹操の熱を冷まさせないためか、それとも自分の熱を少しでも分け与えるためなのか。劉備の手は曹操の肌を弄っていたが、ふっと止まった。 「ええ」 淡く微笑むその面容からは覚悟の匂いは窺えないが、その口調に迷いはない。 「そうか」 それとは対照的に、曹操の声は沈む。 「そのようなお顔をされないでください。この玄徳を迷わせるおつもりですか」 「そのようなつもりはない」 慌てて否定するが、目を合わせられずに伏せてしまう。 女々しい、と罵るまでもない。 己の気持ちに気が付けば、それはもう止められないのだ。女々しい感情が露わになる。引き止める言葉を口にしようとする自分を、今必死で堪えている。 しかし劉備の毅然とした声は変わることがない。 「どうか胸を痛めず、信じていてください。前へ歩むことを忘れずに。そうすれば劉玄徳は必ず貴方の前から消えはしません。お約束いたします」 はっとして、逸らした目を合わせる。 初めて、劉備の瞳の奥が覗けた気がした。 偽りのない、冷めることの知らない熱が宿る、その瞳が曹操を射抜いていた。 それは曹操が劉備に惹かれたもう一つの面、懸命に生きる人々へ向ける熱い眼差しだった。 「玄徳……」 思わず口にした字に、劉備が短く、はい、と答える。 「欲しい」 口に出す躊躇いはなく、 「私もです」 返る答えにも躊躇いはなかった。 瞳の熱にも負けない、熱い塊が曹操の後孔を拓いていく。 「ぅ、くぅ……ぁ、あぁ……っ……」 「ああっ、は、はぁ……んぁ」 根元まで収まった塊が揺すられれば、甘い声音は闇に溶かされ 先端の張り出した部分で、劉備は丹念に中の鋭敏な箇所を突いてくる。抑え切れない嬌声が自らの耳孔を貫いて脳髄を揺さぶった。 背筋が堪らなく痺れる。 もう駄目だ、とか。 嫌だ、とか。 やめろ、とか。 散々に意味のないことをすすり泣くように訴えた気がする。 それでも唇を吸われると従順に差し出し、求めるように舌を絡めた。こぼれた唾液が顎と鬚を濡らして伝う。 不意に奥まで突き込まれて、体が跳ねた。劉備の体に爪を立てた気もするが、男は何も言わずに小さく笑っていた。 後ろばかりを責められて、あれから一向に触れられない下肢も、弾けそうなほど張り詰め、開放を求めている。 「ああ……げ、んとく、玄徳っ……ぁんっ」 思い切り扱いて欲しい、と媚びる声を上げるが、劉備の触れる気配はない。堪らず自分の手を伸ばすが、素早く奪い取られて頭上に括られる。 「もっと愉しみましょう、曹操殿」 ああ、と吐いたため息は焦燥感か期待感か。 「おかしく、なる……っひ、ぁ」 密着した体勢で腰が大きく揺すられると、腹筋に擦られて強い刺激となる。淫猥な音が二人の腹の間から立ち、尖り切った胸を掠めていった肌が刺激となった。 汗だか涙だか分からないものがこめかみに幾筋も跡を付けた。 揺れている視界の中で、劉備が快楽に耐えた顔で、それでも薄っすらと笑みを浮かべているのが分かった。 ぞくぞくっと、痛みさえ覚える悦楽が首筋を駆け抜け、曹操の背筋を 仰け反った拍子に、劉備のものをきつく締め上げたらしい。小さな呻きが劉備からこぼれて、曹操を追い詰める動きが性急となる。 「あ、あっ、は、はあぁ……ぁく」 下肢が握り込まれた。 ぶるっと大きく体が震えた。 曹操が二人の腹の間で欲を吐き出したすぐ後に、劉備の欲も曹操の中へ注ぎ込まれる。 「ぁ、ぁ……あ……」 その熱いどろり、とした感触に身を震わせながら、曹操は牀に力なく横たわった。 ※ 許都を離れてだいぶ経つ。 昼前に出立した劉備軍は、沈む夕日を背にしていた。短かった影も長く伸びて、目の前にその長身を露わにしている。 「兄者、その、よろしかったのですか?」 今まで黙って馬を進ませていた関羽が、遠慮がちに聞いてきた。 「何がだ?」 振り返り尋ねた。 「ですから、曹操の下を離れて。しかも、反旗を翻す心積もりがあるのでしょう」 「んー、まあな」 意を決して聞いたらしい関羽は、劉備の事も無げな口調に、怯んでしまったようだ。 「だが、反旗、というわけでもない。これは謀反ではなく、あるべき姿へ戻るだけだしな。私は元より曹操の下へ付いたわけではない」 言葉を失くしたらしい関羽に代わって、今度は張飛が聞いてきた。 「そうなんだけどよ、聞きたいのはそこじゃなくてだな。兄者は曹操の野郎に、その、あれだ……つまり、そういう気だったんだろう?」 「お前らしくない物言いだな」 歯切れの悪い張飛を、劉備は笑う。 「惚れていたな。いや、今もだから、惚れている、が正しい」 曹孟徳という人間に、広い意味でも恋情という意味でも、劉備は惹かれている。それは自分にないものを持っている、嫉妬も含まれた複雑なものではあるが、紛れもなく慕情であろう。 「じゃ、じゃあ何でだ? 何でそう思っている奴を裏切るんだ」 「おかしなことを言う。お前たち、あれほど曹操の下を離れたがっていたではないか。それではまるで後悔しているようだぞ?」 「そういうわけじゃねぇけど。俺たちは願ったり叶ったりだ。だけど兄者はそれでいいのか?」 「つまり、お前たちは何を聞きたいんだ」 「迷われないのか、ということです」 ようやく、関羽が嘆息とともに言葉を吐き出した。 「未練を抱いての裏切りなら、いつか後悔して迷われては、我らが困ります」 大きく張飛も頷いた。 ふ〜ん、と劉備は声を漏らし、小首を傾げる。 「私のことはお前たちが一番良く分かっている、と思っていたが。そうでもないのか」 二人は首を横に振る。これほど長く傍にいても、劉備の胸裏は時に量れない。 「私は器用ではない。執着心を二つに分けることは出来ない。だが、曹操は……曹操殿は出来るだろう。だから私は民を選んだ。曹操殿には追い駆けてきていただく。私が私の執心と怒りの行き所を見つけるまで」 民に抱く、民を幸福に、無法を揮われない世にしたい、という執心に似た願いと。 曹操に請う、認められたい、求められたい、という願いにも似た執心と。 秤に掛けて比べられはしない。どちらも求める。だから、待った。曹操の気持ちが劉備へ傾くのを待った。待つだけでは飽き足らず、計った。 曹操からも求められるように、執着心を抱かせた。そして最後の仕上げは、その執着心を持続させること。 「自分の下を離れた私を、あの人はどこまでも追い駆けてくるだろう。それが怒りでも悲しみでも、何でもいいのだ。あの人が追い駆け続けるだけに値する存在であり続ける。それがこれからのもう一つの目標だ」 あの人と自分は、人とそれに付く影だ。 今は、間違いなく劉備は曹操の影だ。いや、ある意味で劉備の影が曹操なのかもしれない。 追い駆けても追い駆けても、決して捕まえることは出来ない。または逃げても逃げても追い駆けられる。永遠に足元に纏わりつく存在。意識したら最後、その生涯を終えるときまで一緒だ。 どちらが影で、どちらが主か。 もしかしたら、それはくるくると入れ替わり続けるのかもしれない。 「追い駆けてきてください。前へ歩むことを忘れずに。そうすれば劉玄徳は必ず貴方の前から消えはしません……」 劉備は自分の前を進む影を見つめながら、ゆったりと笑う。夕陽は背中に当たっているが、劉備の瞳は鮮やかに輝いていた。 *** 追い駆ければ逃げ、逃げれば追い駆けられ。 のらりくらりと、付き纏う。 鬱陶しいはずのそれを、いつしか自分の一部と思えてくる。 時に主を食らうほど大きく、時に存在を忘れるほど小さく。 しかし必ず傍にいる。 幼い頃に追い駆けた、それはまるで影法師。 「曹操殿、貴方はまるで……」 『劉備、お主はまるで……』 『影法師』 終幕 あとがき ここまでありがとうございました。何となく続いていた劉操話が、何となく一区切り(笑)。もっとも、これで書かなくなるわけではないのですけどね。まだまだ、劉操は挑戦していきたいテーマです。 さて、今回でようやく両思いになった二人ですが(て、本当か!?)、さっそく別れます。というか劉備、お前はシンデレラか! というつっこみでどうぞ(笑)。やるだけやって、期待させるだけさせて、追い駆けて来いってどれだけ悪い男か! ま、それはともかく、曹操さま視点、ということもあり、中々新鮮でした。少しでも読んだ方が楽しんでくれれば幸いです。 何かありましたらメルフォ、ご利用くださいませ。 |
目次 戻る |