「手当て 2」
  夏侯惇×曹操


 血の気が失せて白かった頬は、仄かだが色付き始めた。脂汗で濡れていた額も、幾度か拭えば治まったようで、夏侯惇はようやく安堵した。
 自分の手の中に収まっている頭は、男のものにしては小ぶりで、両手で包めばあっさりと潰せそうなほどだ。この中に収まっている、あらゆる知識と高い見識、政略から軍略は途方もない量だろう。
 従兄弟の頭痛は、その多大な量を収めておくのに小さすぎるせいで起きるのではないだろうか。
 我ながら愚にも付かないことを、と安堵もあって笑みをこぼしたが、目を開いた曹操に見咎められた。
「何が可笑しい?」
「少し、愚かなことを考えていたものですから」
 言って、引き続き曹操の頭を揉む。曹操もまた目を閉じなおした。
 寝台の上で小柄な体を丸めてもがく姿に居た堪れず、不敬を承知で寝台へ腰掛け、従兄弟を苦しめている頭を抱えた。膝の上に乗せたのも、妾たちが頭を揉んでいるのを見よう見まねでやってみたのも、咄嗟のことだ。
 車(輿)に同席することも、こうして寝所に出入りすることも許されているが、夏侯惇はあくまで臣下と主君という立場を越えるような真似はする気がない。確かに曹操の縁者であるが、その立場に甘んじたことはないし、他の従兄弟や縁者たちも同じだろう。
 血が繋がっているから、という理由で曹操が夏侯惇に高い位(将軍職)を与えてくれたわけではない。もしも夏侯惇以上に適任者がいれば、即時位の変更は行われるであろう。
 夏侯惇はそんな従兄弟の厳しさを好んでいる。それはすなわち、従兄弟であるから、という理由ではなく、夏侯惇という一人の人間を認めてくれているゆえの今の立場であるからだ。
 従兄弟たちの中で、とりわけ曹操が自分を可愛がり、傍に置こうとしてくれているのは知っているが、それがなぜなのか、幼い頃は不思議でもあった。だがこうして歳をくってくればおぼろげながらも理解はできる。
 弱音を吐ける相手が、曹操には必要だったのだろう。
 それがたまたま自分だった。
 選ばれた理由はやはり分からないものの、曹操が自分のことをそういう相手だと認めてくれているのは、単純に嬉しかった。
 だからこそ、その関係性が崩れることのないよう、常に良い意味での距離感を保っていた。
 今日は、少々踏み込みすぎた。
 我ながらそう思っていたところだ。
 不意に、膝の上の曹操が寝返り、夏侯惇の腹に顔を付けるようにして抱き付いた。今日は法改正の草案作り、ということで、夏侯惇は普段の鎧姿ではない。文官たちと同じような衣しか身に纏っておらず、腹に付いた曹操の息遣いがはっきりと伝わった。
 また痛み出したのだろうか、とも思ったが、苦しそうな素振りはない。曹操の腕が腰に回され、ますます密着してきたので、夏侯惇は戸惑った。
「丞相?」
 伏せられ、僅かに見える横顔からは何も読み取れない。
「硬い膝枕で肩が凝った。背中もだ」
 腹の傍でくぐもった声が聞こえる。曹操の訴えを耳にし、急いで膝から下ろそうとしたが、腕は外れない。腕を、と声をかけるが、撫でろ、と続けて言われて苦笑した。
「男の手でよろしいのですか?」
「構わん」
 声は続いた。苦笑を深めて、手を伸ばした。背中を撫で下ろすと、腰に絡み付いた腕に力が籠もり、すぐに弛緩した。肩を揉むように撫で、痛んだであろう背中を再度撫でる。
「この辺りですか?」
「ん、もう少し下だ……ああ、そこだ」
 いつになく、曹操の声は穏やかだ。夏侯惇の手の動きに合わせて気持ち良さそうに鼻を鳴らす。まるで大きな猫か何かだ。笑みがこぼれると、また曹操に見られていたらしい。
「何が可笑しい」
「大きな童のようだ、と思いました」
 さすがに猫、ともいえず、かといって誤魔化すつもりもなかったので、表現を変えた。
「不敬だな」
「申し訳ありません」
「もっと、撫でろ」
「はい」
 曹操は怒らず、夏侯惇を促した。夏侯惇の手が撫でるたびに、曹操の声は柔らかくなり、要求も肩や背中だけに留まらなくなる。脇腹を撫で、腰を撫でた。その度に、曹操の額や頬は夏侯惇の腹にすり寄せられて、鼻にかかったような息を漏らす。
 本当に猫のようだ。
 思わず、手が勝手に伸びて、頭を撫でていた。頭痛が少しでも和らぐようにと、髻はとかれている。髪をほどいて頭頂部を露わにすることは、親しい者同士の間ですらやらない。先ほど頭を揉んでいたのは治療のため、という名目があった。だが、こうして許可も得ずに無防備に撫でてしまうことなど、礼を失することになる。
 もちろん夏侯惇にも備わっている礼節であるが、手は勝手に動いていた。
「んん――」
 手が柔らかな髪質を受け止め、指の間に細い髪が通り抜けた瞬間、曹操は妙に甘ったるい声を漏らした。同時に、それは夏侯惇に今の行為の不敬さを認知させ、慌てさせた。
「っ申し訳ありません」
 腹に埋もれていた曹操の目が開かれて、ちらり、と夏侯惇を見やった。
「なぜ、謝る」
「勝手に頭へ触れたもので」
「構わん。それより、そろそろこの体勢にも疲れた」
 むくり、と起き上がった曹操は、ちらり、と寝所の扉へ視線を投げかけた。
「外に立っているのは許チョだけか」
「はい。丞相が苦しまれる様子を、あまり他の人間に窺われるのはお嫌か、と」
「お前が?」
「いえ、許チョがそう申しました」
「そうか」
 満足そうに曹操は頷く。
 典韋が死んでから長いこと曹操の護衛を勤めている男は、すっかり曹操に対する気遣いが卓越してきた。
「許チョ」
 呼ぶと、さほど大きな声でなかったにも関わらず、大柄な臣下は音も立てずに顔を見せた。
「私が良い、というまで誰も近付けさせるな」
 呼んだ曹操の顔色が良くなっていることに、無表情である許チョの顔が微かに綻び、命令に対して、短く返事をして出て行った。それらを眺めながら、夏侯惇は小さな違和感を覚えた。
 なぜ、曹操はわざわざ許チョを呼びつけて命じたのだろうか。あのようなこと言わずとも、許チョなら曹操の許しが出るまで誰一人として部屋に入れさせないだろう。
「――!」
 不意に体を引き倒された。己の考えに囚われた一瞬のことだ。咄嗟に起き上がろうとするが、腹の上に重みが加わり、押さえつけられた。
「夏侯惇」
 声が上から降ってきた。見上げて、戸惑う。夏侯惇を寝台の上に引き倒し、腹の上に跨っている男の頬は、血色が良過ぎるほど紅潮していた。まるで何かに興奮しているかのようだ。
「お前を貰うぞ」
 何を言われたのか理解するまで時間が掛かった。意味を理解して残った片方の目が大きく見開かれたときには、曹操に唇を塞がれていた。身体を倒したせいで、曹操の雄身が腹に押し付けられた。
 欲情しているのは、その硬さで伝わった。
 口付けは舌が差し込まれる粘着質のもので、すぐに舌を捉われて絡みつかれた。
 慌てた。久しぶりに夏侯惇は自分が冷静さを失うような事態に陥った。どれほど苦境の戦に立たされても、夜襲を受けても、落ち着き払っていられたのだが、さすがにこれには驚いた。
 反射的に曹操の身体を跳ね除けようとしたが、それはあまりにも不敬な行為でためらわれた。どうやらその判断が付けられるぐらいは冷静さが残っていたか、と妙な安心をした。
 漫然と曹操の口寄せを受けながら、先ほどの意味を考える。
 丞相は私を抱きたい、ということだろうか。貰う、という言葉と押し倒されて口を吸われている今の状況からすれば、当然の結論だ。
 君主が気に入りの臣下を抱く、という行為は、さして珍しい話ではない。だがそれは大抵においてどこか女性的な部分を備えた見目も麗しい男である。もちろん、それは個人個人の趣味の違いであるが、大抵は女の代用品、という役割が大きい。必然、求められるのは目も楽しませる容姿を備えている者だ。
 果たして、夏侯惇はそれに該当するのか、と考えるが、とてもそうは思えない。
 第一、夏侯惇の知る限り、曹操が今まで男妾を求めたことはない。都にいれば女に不自由しないし、女の居ない戦場ではそういった類の欲はすべて戦に注ぎ込まれるらしく、持て余している様子はなかった。
「気が入っておらぬな」
 唇がとかれて、間近で曹操が言った。近くなって分かったが、双眸にはぎらついた欲が確かに宿っている。自身の中に生まれている欲の発露場所を求めて飢えている、男の目だ。
 夏侯惇とて覚えのない衝動ではない。しかし、それが自分に向けられていることが、やはり信じがたかった。
「それは、まあ、突然ですし」
 珍しく歯切れの悪い答えになる。
「私では不服か」
「……」
 答えづらい。曹操を欲望の対象として見たことがないのだ。問われても答えは出ない。
「女では、いけませんか」
「私とでは嫌か」
 質問に被せるように言う。衣の合わせ目から手が忍び込んできた。不快さはない。それは先ほどまでの口寄せとて同じだ。腹に当たる一物さえ、嫌悪は覚えない。そういう点では、嫌ではないのかもしれない。
 だが、今まで仕える相手で、男として敬愛し、幼い頃より知っている従兄弟だった。その相手に身を差し出せるのか、と言われると、やはり黙するよりない。
 曹操の手が伸びて、夏侯惇の中心を探る。丞相、と焦りを押し殺した声で呼ぶ。
「嫌か」
 再度尋ねられた。ここではっきり告げなければ、なし崩しだろう。分かってはいたが、夏侯惇は同じように口を噤んでしまった。
 腹を括ったせいだ。
 何も減るものでもない。ましてや死ぬわけでもない。従兄弟の性格からして、抱いたからと夏侯惇への扱いが変わるとも思えない。ならば好きにさせてやろう。ただ一言、これだけは言ってやらなくてはならないだろう。
「丞相は、変わったご趣味をお持ちですな」
 厭味でも何でもなく、思ったことを素直に告げた。
 見目も良くなければ、女でもない己を抱きたいなどと、趣味が悪い、と悪態を吐くでもなく、そう思ったのだ。
 するとどこまで本気なのか、曹操は気難しそうに鼻に皺を寄せる。
「お前の手が気持ちよいのが悪い。華侘も言っていた。頭痛が起こるのは、私が欲情を持て余しているせいだ、と。戦をしていると頭痛が襲ってこないのは、それらすべての欲が戦に集中するせいだろう、とも」
 華侘の見立てと自分の従兄弟への観察が合致していたことで、曹操の頭痛の原因がなるほど、と得心がいく。だが、前半が納得できない。
「それと私の手が、どう関係するのです」
「……普段、あれほど察しが良いくせに、鈍い反応をするでない。お前に支えられて、お前が触れてきたせいで、私は欲情した。だから、頭痛が酷くなった。そういうことだ」
 そういうことか、と納得できるはずがない。
「今までとて、丞相に触ってきましたが」
「知らぬ。今までは今まで。先ほどは先ほどだ」
 水掛け論になっているやり取りに苛立ち始めたのか、曹操の鼻の皺は深くなる。
 中心を強く掴まれた。鍛えることのできない急所なだけに、夏侯惇は小さく呻いて硬直した。
「黙って大人しくしておれば、気持ち良くしてやる。男にとて、閨房術は同じ要領で施せる」
 どうやら理屈ではなく、直接体に納得させるようだ。そちらはすでに覚悟を決めていたせいか、諦めている。強く掴んだ手が、官能を引き出す動きに変化すれば、すぐさま心地よさに変化した。
「大きいな」
「……恐れ入ります」
 褒められた、と理解して謙って礼を言う。
「入るだろうか」
 しかし続いた言葉に首を微かに捻るが、意味を問い質す前に、強い官能が腰から背中へと突き抜けた。曹操の寝技は女が泣き叫ぶほどだ、と伝え聞くが、確かにこれは、と夏侯惇は息を乱す。
 特別に溜めていた気はないが、あっさりと欲の徴は下穿きを押し上げた。帯を抜かれて直接曹操の手が雄身を包めば、さらに勢いを増して夏侯惇は天を向く。
 ようやく曹操の鼻の上から皺が消え、満足そうに笑みが浮かぶ。挑発的に舌は唇を舐め、獲物を狙う猛禽類のような眼差しで夏侯惇を射抜いた。
 貰われる、というよりは食われる、というほうが近いだろう。
 だがいっそう、そのほうがなぜだか清々しい。初めて、直接的な刺激以外で、夏侯惇の腹の底で劣情が滾った。
「丞相……」
 欲情を纏った低い声で、相変わらず腹の上に居る曹操を呼ぶ。夏侯惇がすっかりその気になったことを悟った曹操は、唇の端を釣り上げる。少し待っていろ、と言い残し、夏侯惇の上から降りた。
 目でその姿を追うと、部屋の隅の棚から小瓶を持ってきた。小瓶を枕元に置き、曹操はためらいなく衣を脱ぎ落とし、夏侯惇の眼前に裸体を晒す。男の、しかも別に初めてみるわけでもない従兄弟の裸身に、官能を煽られたのは今が初めてだ。
 再び寝台へ乗り上げ、曹操は夏侯惇を跨ぐ。曹操自身は夏侯惇も自分でも触れていないが、腹に押し付けられたときと同様、下生えの中から屹立した姿を見せている。枕元に手を伸ばし、先ほど置いた小瓶を取り上げた。
 蓋を曹操は咥えて捻る。かりっと、硬い音がして、小瓶の蓋はあっさりと開いた。曹操は小瓶を傾けて中に入っているものを片方の手のひらへこぼした。粘り気のある液体のようで、夏侯惇の鼻が匂いを捉える。男を受け入れるのに潤いが少ない女のために使われる、潤滑油の匂いだ。
 なるほど、男同士だ、必要だろう、と納得しながら、それが自分のために使われるというのは妙な気分だった。
 だが曹操の液体に塗れた指は夏侯惇へ向かわず、己の谷間へ当てられた。
 瞼が、ぱちくり、と大きく瞬いた。
 く、と小さな呻きを漏らした曹操は、ちらり、と夏侯惇の顔に目をやり、言う。
「何を驚いている」
「……てっきり、私が丞相に抱かれるのかと」
「抱かれたいのか」
「いえ」
 思わず答えて、自分で自分の答えに驚いた。そうか、と曹操が忍び笑った。そうか、と夏侯惇も納得して小さく笑った。
「丞相には抱かれたくありませんが、丞相は抱きたいと思います」
 不敬でしょうか、と聞き返す。
「いや」
 曹操は短く答えた。その身体を抱きかかえ、体勢を反転させる。
「では、この続きは私が」
「知っておるのか?」
「一応は。しかし丞相ほどではございませんので、不手際があればご指摘を」
 ああ、と笑いを噛み殺して曹操は大真面目な顔で頷いてくれた。
 小瓶と、曹操の指に残っていたぬめりをもらい、体の下へ囲った曹操の谷間へ指を忍ばせる。前がすっかり欲情し濡れはじめているが、後孔は硬い。硬さをほぐすように指を動かせば、それだけで曹操は身悶えた。
「丞相、動かれては痛みが」
「分かっているが、お前の指だと思うと、体が勝手に」
 どうやら、夏侯惇に触れられて欲情が刺激される、という言葉に偽りはないらしく、曹操が主導で進めていた先ほどまでと打って変わり、余裕の表情が消え失せている。自ら開いた足さえも、強すぎる官能のせいか閉じようとした。押し留めて、見下ろす。
 視線にすら感じるのだろうか。熱い息を吐きながら、曹操は裸身を捩じらせて、まるで恥らっている生娘のように肌を染めた。
「夏侯惇……」
 掠れた声で呼ばれた。硬かった後孔に思い切り指を突き立てていた。男の嗜虐心を煽るような曹操の媚態に、夏侯惇も例外なく煽られる。あ、あ……と声を短く上げながら、曹操は従順に夏侯惇の指を飲み込む。
「丞相はどこが気持ちよいのです?」
「わ、分からぬ」
 男の中に潜むであろう官能の源の在り処を尋ねたが、曹操からは息を乱しながらの頼りない返事しかない。
「ご自分で知らぬ、ということは」
 男に抱かれるのは初めてか、という言葉は辛うじて飲み込めた。やはり従兄弟に男妾も居なければ、抱かれた経験もない、ということか。
 それが分かった途端、自分の情欲がさらに抑え切れないほどに膨れたことに、夏侯惇は苦笑せざるを得なかった。
「では、私で調べてみましょう」
 言い、曹操の中を丹念にまさぐり、反応の良いところを探る。腰が跳ねた。聞いたこともないような主君の色めいた声が耳孔をくすぐった。ここですね、と確認を取りつつ、再度指で撫でた。
「ん――っん、あ」
 艶声は夏侯惇の耳孔から突き抜け、下腹と頭の芯を焼く。指を増やし、己の大きさを受け入れられそうなほど柔らかくするまで夏侯惇の理性が持ったのは、類稀なる精神力あってのことだ。
「入れます」
 許可ではなく、促しだった。曹操も今さら嫌とも言うはずがない。散々に喘いだせいで頬が紅潮し、眼差しは潤んでいる。小さく顎を引いて、夏侯惇を見上げて腕を伸ばした。
 手を伸ばして、指を絡める。まるで愛しい者同士がやる仕草そのものだ。それに対して苦笑も浮かばない。ただ浮かんだのは微笑みだけだ。
 夏侯惇の欲は曹操には随分と大きかったのだろう。痛みに苛む声が初めのうちは多かった。丞相、と案じて腰を留めようとした夏侯惇の手のひらへ、頬を寄せた。
「こうすれば、痛くない」
 衝動が襲い、曹操の唇を塞ぐ。夏侯惇から口寄せを受けて曹操の瞼が幾度か瞬きを繰り返したが、最後には閉じられた。
 あとはただ、互いの欲に忠実に、貪りあった。


 身支度を整えて部屋の外へ出ると、許チョが一礼した。
 どのようなときでも落ち着き払っている夏侯惇も、さすがに気恥ずかしい。
「許チョ……その」
 耳も良い男のことだ。ここに立っていて中で行われていたことが分からないはずがない。言い訳を口にしようとした夏侯惇だが、言い訳の内容が咄嗟に出てこない。
「丞相は」
「半刻(一時間)経ったら、起こせと」
「分かりました」
 夏侯惇の言い訳の前に、許チョは普段通りの口調で短く訊いてきた。
「お召し物と湯は」
「あったほうが良いと思う。私も、また来る」
「では、私と夏侯惇殿とで?」
「そのほうが」
「分かりました」
 曹操が、許チョは無駄なことは言わないし訊かない。そういうところが気に入っている、と言っていた。確かにその通りだ。
「……一つだけ、いいか?」
 許チョの眼差しが促す。
「許チョは……丞相と?」
「ありません」
 間を置かずに答えが返った。同時に、夏侯惇の頬は熱くなる。
 我ながら愚にもつかないことを訊いた。
 許チョの顔を見られず、視線を下げたが、やはりもう一度だけ顔を上げて言った。
「すまん、妙なことを訊いた」
「いえ」
 答えた許チョの口元は、珍しくも良く分かるほどに綻んでいた。



 了





 曹操様、襲い受け多いなあ……。
 まあ、この惇が相手だと、そうならざるを得ない、とは言いつつも。
 あと、許チョ絡ませてごめんなさい、反省していません(笑)。
 ありません、とか言っているけど、このあと分からない……って、
 惇操でした、自重します。

 なんか、ノリノリで書いてしまい、短くまとめるつもりが、長く。

 少しでもお礼、そして楽しんでいただけるものになりましたら、幸いです。




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