「俺以外に許すなよ〜弦 2〜」 鬼畜攻め台詞のお題 10より 夏侯惇×曹操 |
部屋で一人になると、先ほどの行動がいかに愚かだったか身に染みてきて、後悔の念ばかりが身を責めた。 餓鬼だと思われただろうか。それこそ、俺ではもの足りぬ、と思ったことだろう。呆れ返り、蔑んだだろうか。 考えたくもないのに、次から次へとそのようなことばかりが頭を巡る。 残されたのは、箭羽という名の深い悔恨ばかりであった。 寝所へ持ち込んだ酒を、荒っぽく飲み干す。すぐに飲み切って、部屋の隅に置かれた新しい酒瓶を手に取る。 家人に頼んで、あるだけの酒を持ち込ませ、後は邪魔をさせぬように引っ込ませた。誰かの顔を見れば、手当たり次第に当たってしまいそうだった。そしてきっと、さらに自己嫌悪に陥るのだ。 一人でいたかった。 せめて酒に塗れて少しは後悔を薄れさせたかった。なのに、飲んでも飲んでも酔いが回らない。 さらに、誰も通さぬように言い付けたはずの戸が開いた。 「誰にも会いたくない、と言ったはずだ!」 戸を睨み付け、入ってきた家人へ声を尖らした。が、一向に怯んだ様子もなく、家人は寝台の上で胡坐を掻いている夏侯惇へつかつかと歩み寄り、面白そうに見下ろした。 「儂でもか、元譲?」 「も……?」 孟徳、という言葉が出てこないほど驚き、夏侯惇は片目しかないそれを見開いた。 どうして曹操が自分の目の前にいるのか。曹操の部屋を飛び出してきたのはだいぶ前だ。今さら曹操が訪ねてくるとは思っていなかったし、わざわざ来るとも考えていなかった。 灯りも入れずに飲んでいたため、近寄られるまで姿が判別できなかったのだ。 「随分と、体に悪い飲み方をしておるの」 ひょいっと夏侯惇の手から酒瓶と杯を取り上げて、曹操も向かい合うように寝台の上で胡坐を掻いた。 「嫉妬に駆られて己の主に当たった挙句に、侍従たちも怯えさせて自分は自棄酒か? 立派な儂の右腕じゃの」 痛烈な皮肉に、夏侯惇は俯いた顔を上げられない。 まさにその通りなのだから。 「夏侯淵と、許チョに聞いた。お前、最近イライラしていたそうではないか。それも嫉妬のせいだろ?」 「……」 図星ではあるが、肯定も出来ずに黙り込む。 大きな溜め息が降ってきて、夏侯惇は身を強張らせる。 『お前には失望した。そのように器の小さき男は儂の傍には置けぬ』 そのような言葉が続けて降ってくるのだろうか。もっとも恐れていた事態が待ち受けているのだろうか。 だからこそ、ぶつけられなかった。言えるはずがなかったのだ。 夏侯惇がもっとも恐れることは、曹操に見限られることだ。必要とされないことだ。情人として突き放されるのは、まだ耐えられそうではあった。しかし、もし臣下として、傍で歩むことを許されなくなってしまったのなら、自分の存在価値を失う。 「仕方のない奴だ……」 震え出す奥歯を噛み締めて、曹操の言葉を待つ。耳を塞ぎたくなる衝動を堪えた。 例え存在理由を失うことになっても、曹操の最後の言葉は受け止めなくてはならない。それが臣下としての義務だ。 「どうして儂に直接言わぬのだ。あれほど自分を律せなくなるほど耐える前に、一言儂に言えば良いものを」 予想外の言葉に、夏侯惇は上げられなかったはずの顔を上げてしまった。そこで部屋に曹操が入ってきて以来、初めて目が合った。 そこには夏侯惇が想いの差を感じた冷静な瞳はなく、嬉しそうな、微かな熱を放つ瞳があった。それを、夏侯惇は見たことがあると感じる。 そうだ。劉備が関羽を見つめていたときの瞳だ。 『ただ、私はそういう感情をぶつけられたら、嬉しい、と思ってしまいます』 劉備の言葉が蘇る。 そうなのだろうか。孟徳も同じだと言えるのだろうか。それでも……。 「そんなこと、言えるはずないではないか」 「なぜだ」 「みっともないことだ。それにお前は俺だけのものではない。俺の感情を好きにぶつけていい人間ではない」 曹操の寵愛が広く施されているのと同じように、曹操への忠義心や敬愛もまた多い。元から独占など出来る存在ではない。 「みっともない、か。しかしお前はそのみっともないことをしてしまったではないか」 にやっと、曹操が笑った。 「――!」 頬が熱くなり、また俯いてしまう。ぎしっと寝台が鳴り、曹操がにじり寄ったのが気配で伝わる。俯いた顔を手で持ち上げられ、仰向かせられた。不意に口付けられて驚く。それはすぐに離れたが、距離は縮まったまま、間近で覗き込まれた。 「言ってみろ、元譲。みっともない姿まで儂のものだ」 甘美な誘いに、ぞくっと背筋が粟立ち、そしてその命にいくら飲んでも酔わなかった酒に酔ったように、ぐらり、と視界が揺れる。誘われるままに、夏侯惇は口を開いていた。 「……俺は許せない。お前が他の人間に笑いかけるのを、誉めそやすのを。お前の隣で、お前の傍で歩くことが許されているのは俺だけであってほしい。譲れない。その場所を奪おうとしている奴らが憎い……! 笑え、浅ましいと。叶わぬ願いだと知っている。それでも渇望している俺を……」 絞り出すように、溜め込んでいた思いを、張り詰めた弦を弾いた。 果たして、傷ついたのは自分の指だけであってほしいと思いながら。 くくっ、と忍び笑いが曹操から漏れる。 ぐっと奥歯を噛み締めて、嘲笑を受け止める。 「そうか……お前はそんなことを思っていたのか。くくっ、そうか……」 しかし次に漏れたのは嬉しそうな声音で、夏侯惇は呆然とする。 「嬉しいぞ、元譲よ」 そしてはっきりと言われる言葉。 「嬉しい、のか?」 茫洋としながら聞き返す。 「ああ、嬉しいぞ。お前はいつでも有能な儂の片腕だ。役目を果たし、必要であれば諫言する。主君を甘やかすことのない、立派な臣下の鏡だ。されど、想い人としては、もの足りぬ。儂がどれだけ他の人間を寵しようとも、お前は眉一つ動かさぬ。儂がお前を想うほどに、お前は儂を想っていなんだか、と寂しく思っていた」 「それは……」 こちらの台詞だ、と。言いかけるが、曹操の言葉を聞く。 「嫉妬も、一つの愛情表現であると思わぬか? だからこそ、儂は物足らないと感じておった。お前から嫉妬の一つももらえぬほどであるのか、とな。だが、違っていた。だから、嬉しいのだ」 柔らかく唇を吸われた。 「嬉しいのだぞ、元譲?」 「孟徳……」 「だから、時々でいい。儂にぶつけてくれ。……いや、ぶつけろ。これは命令だ」 君主から臣下へのではなく、情人から情人への、甘美な命令だ。 「笑わぬか」 「ああ」 「失望し、俺を傍に置くことを許さぬ、と言わぬのか」 「言うはずなかろう」 「では……ここでお前を抱いていいか」 「そうでなかったら、儂はお前に失望する」 そのために、政務を片付けてから来たのだぞ? とまた忍び笑う曹操の唇を、噛み付くように奪った。膝立ちだった曹操の腰を引き寄せて、唇を塞いだまま寝台へ縫い止める。派手に鳴る寝台の音が室内に響いた。 口内で絡げた舌が熱くうねっている。夢中でその熱さを吸い上げて、甘噛みして、また絡ませる。互いの息が上がり、溢れた唾液が顎を濡らしても、まだ止まらなかった。唇を合わせたまま、互いの衣を脱ぎ落とした。 そうしてようやく唇が離れ、息をつく。 「そういえば、久しぶりであったな」 口付けの名残で熱っぽい曹操の声が、気が付いたように言う。 「お前があの大耳ばかりに構っているからな」 「そうか、お前の嫉妬の相手は劉備か」 別に劉備だけではないが、ここ最近は確かにその通りだった。 「あいつは気に食わん」 「それは、しかし向こうも同じようだぞ? 今日も困ったように笑っておったわ。夏侯将軍に私は嫌われているようです、とな。だからあえてお前に送らせてみたが、どうだったかの?」 夏侯惇は眉をひそめた。 嫌われている、と分かっている相手に、劉備はどうしてあのようなことを言ったのだろうか。まるで助言のようなことを。 「あいつは嫌いだ」 それが妙に癪に障った。格の違いを見せられたような、そんな気がするからか、やはり嫉妬のせいかは分からないが、夏侯惇は唇を歪めた。 「駄目か」 それでも、曹操は何やら楽しげだ。 「こんなところであいつの名など聞きたくもない」 裸身へ唇を落とし、それ以上会話が続くのを防ぐ。唇を滑らせて胸の飾りを含めば、ぴくっと曹操の体が揺れる。舌で転がせば甘い息を吐きながら仰け反った。 空いている飾りも指先で摘まむ。舌先と指先で硬さを増していくそこを、執拗に責め立てる。ちゅっと音を立てて吸えば、夏侯惇の腰の辺りで曹操のものが反応するのが伝わる。それが楽しくて、なおも責める。 「ぅ……はっ……ぁ」 押し殺したような、控えめな喘ぎが夏侯惇の背筋を柔らかく痺れさす。もっとはっきりとした喘ぎが聞きたくて、指先に挟んだ飾りを細かく揺らす。同時に片側は少し強めに噛んでみた。 「やっ……ふぁ、んっ」 艶やかに上がる声は、夏侯惇の熱を高めさせた。 「元譲、そこはもういいから……」 下へ、という言葉は続かなかったが、曹操の匂わしたことは十分に夏侯惇へ伝わる。腰に当たる曹操のものは、先ほどよりもさらに押し付けられているのだから。 もう少し戯れていたかったが、夏侯惇も早く曹操を感じたかったので、唾液に濡れる胸から顔を離して、下腹部へ下りた。下帯越しに緩く形を描いている淫靡な光景に隻眼を細める。 ことさら派手に帯を抜き取り、曹操の期待感を煽り、裏切ることなく口内へ導いた。 「っはあ……ぁ……ぁっ」 いきなりの強い刺激に、曹操の足が敷き布を蹴った。その足を捕らえ、左右に開くと、曹操は恥じたように体を震わした。閉じられないように肩と腕で押さえながら、口内と手を使って存分に曹操の熱を昂ぶらせる。 「元譲……ぅん、んっ。ぁあっ」 根元の膨らみを手で揉みしだきながら、舌を根元から先端まで幾度も往復させる。先端から透明な雫が滲み出れば、それを舌で舐め取り、押し戻すように割れ目を抉る。その途端、膨らみを揉みながらもその先の後孔を撫でていた指が、そこがヒクついたことを教えた。 どくん、と瞬時に反応を示した自身の素直さに、思わず苦笑してしまう。 (俺は、臣下として見捨てられても駄目だが、情人としても見捨てられたら、きっと駄目になるのだろうな) この体を抱けぬこと、この心を向けられないことに、どうやっても耐えられそうにない。 深く咥え込んで、根元から先端まできつく吸い上げる。 「ひぁ、ぁ……ぅぁ」 ちらり、と上目遣いに見やれば、悦に浸った熱を孕んだ曹操の双眼とぶつかり合い、また自身が反応を示す。体を伸ばして、寝台の傍の小卓を探る。いつも置いてある香油を手に取り、指で掬い上げる。 悦楽で潤んだ瞳が、その動作をじっと見つめている。ぬめる指を後孔へ押し付けると、びくんっと体が震えて、それから弛緩する。くちゅっと音を立てて、指先が香油の冷たさもすぐに暖まりそうなほどの熱い中へ潜り込む。 「……っぅ、く、ぁ」 僅かに苦しそうな息をこぼしたが、曹操は夏侯惇の指を受け入れる。止まっていた下肢への口淫も再開すれば、指を咥え込み、うねる後孔が熱くなるようだった。内股の弱い箇所を撫でれば、口腔と指先に震えが走る。 香油を馴染ませるように、幾度も指を抜き差しする。その度に、くちゅくちゅと厭らしい音が立つ。それがひどく夏侯惇を昂ぶらせ、そして曹操をも昂ぶらせるようで、吐息は濡れて指先が夏侯惇の髪へ絡んできた。 指を中で折り曲げて、曹操の鋭敏な箇所を 指を増やしてそこを中心にほぐしていく。口内の曹操のものは、先ほどからヒクヒクと限界を訴え始めている。 「んんっ……ぁ、ぁ……もう……元譲っ」 身悶えるように、曹操が体を捻り、限界を伝えてくる。夏侯惇は尖らせた舌先で先端を抉り、同時に指で鋭敏な箇所を突き上げた。 「あぁっ、あ……やっ……んっ」 弾けた曹操のものを口内で受け止め、飲み下しながら、曹操の達する艶姿を堪能する。 白い肌が一気に桃色へと変化して、それが薄闇の中で幻惑的な光景へと錯覚させられる。まなじりからこぼれた雫がこめかみを濡らして敷き布へ染み込む様までを捉え、残りの欲を飲み干した。 荒く上下する胸の上で、乾き切らなかった唾液に塗れた飾りがユラユラと揺れていた。 曹操のものから口を離すと、唾液に絡まって白い糸が伸び、切れた。汗ばんだ肌を撫でながら、指をさらに増やして、挿注(そうちゅう)を早める。力を失っていた曹操の下肢が、ゆっくりと力を取り戻す。 「元譲っ」 一度放ったはずなのに、曹操の声は先ほどより切羽詰ったように上ずっている。 「俺が欲しいか、孟徳」 首が縦に振られる。 それだけで、夏侯惇は満ち足りた気持ちになれる。 『おいらは曹操様が好きだ。曹操様もおいらを大事な部下だって言ってくれるだ。それがおいらには嬉しい。将軍はそうじゃないのか?』 (ああ、そうだな許チョ。その通りだ) 物事というのは、意外に簡単に、単純に出来ているものだ。 (俺を欲しい、と言ってくれる孟徳がいる。それが嬉しい) すっかりと張り詰めた己を曹操へ宛がい、溶け合うように一つになる。埋め込み、割り進む夏侯惇のものに、曹操は満ち足りたような甘い声を上げる。そして熱く自分を迎える曹操の中に、夏侯惇も満たされる。 根元まで入り込めば、曹操の腕が背中に回される。引き寄せられるままに口付け、そして耳元で囁かれた。 「元譲、来い」 ぞくっと、またしてもその甘美な誘いに背筋が、そして頭の中まで痺れる。 「孟徳、俺以外には許すなよ。この体も、顔も、声も……心も」 自分を受け入れて悶え、乱れる曹操の姿は、ただ自分だけのものだ。その時に向けられる心は、自分だけのものだ。 それぐらいの独占は、きっと許されるのだろう。 「くだらないことを言うな。当たり前だろう」 そう言って笑う曹操がいるのだから。 後はひたすらに互いの体を求め、溶け合った。高まる熱を分け与えて、決して冷めることのないように。 「夏侯将軍、おはようございます」 一人で廊下を歩く夏侯惇の背に、柔らかな声がかかった。一瞬だけ夏侯惇は眉をひそめたが、振り返るときはすっかりと消して、微笑んだ。 「これは劉備殿。お早いですね。これからどちらへ?」 「少し私どもの兵の調練をしたく。曹操殿へ許可をもらいに行くところです。将軍も曹操殿のところですか?」 「ええ」 結局、昨夜は抱き合うことに夢中で、曹操へ用事があったことなどすっかり忘れていて、今朝になって思い出して、向かうところだった。 「ご一緒しても?」 「どうせ目的は同じでしょう」 相変わらず、何を考えているか分からない笑みの劉備を、気に食わない、と思う。それでも、断るのは明らかにおかしいのでそう答えた。 しかし、曹操の話では、劉備は夏侯惇に嫌われていることを知っていると言うではないか。なのにこうして自ら話しかけてくるとは、不可思議であった。 「何か、私の顔に付いてますか?」 どうやらまた、こっそり横顔を見ていたことを気付かれたらしい。 「いえ」 しかし今度は足を止めることなく、平然と返した。 「そうですか。……ところで、どうでしたか?」 「何がです?」 「曹操殿は喜ばれましたか?」 足が止まってしまった。 また、数歩先で劉備が止まる。昨日と同じように劉備は振り返った。その顔に浮かんでいるのは、あの包容力を感じる笑みでもあったし、少し人の悪そうな笑みでもあった。 「どうしてあんたはあんなことを言った。俺に嫌われていることを知っているのに」 思わず、礼儀正しい曹操の臣下、という態度を忘れて聞いてしまう。 「不思議ですか?」 頷いた。嫌われている男へお節介を焼くような、そんなお人好しだとは、夏侯惇は思っていなかった。 「簡単ですよ。これ以上貴方の恨みを買いたくなかったからです。人の嫉妬ほど恐ろしいものはありませんから」 「――!」 この男は、自分と曹操の関係を知っているのだろうか。 「ああ、別に公言したりはしませんよ。そんなことをしたら、それこそ将軍に殺されてしまいます」 心を読んだように、そう言う劉備を、険しい目で睨んでしまう。 「ただ、もし将軍が私に危害を加えようとなさるなら、分かりませんけども」 先手を打たれ、夏侯惇は黙り込む。 「さあ、行きましょう」 促される夏侯惇だったが、思わず呟く。 「気に食わん」 「それは残念です。私は弟を見ているようで、楽しいんですが」 やはり孟徳、この男、信用するなよ。 低く笑っている劉備の背中を睨み付けながら、夏侯惇はもう一度、 「気に食わん」 と呟いた。 何せ、そうは思っていても、曹操へ自分の心うちを吐き出せたのは、やはり劉備のおかげだと、感謝してしまっている自分がいるのだから。 了 あとがき え、え〜っと、遁走なのに、劉備が出張ってスイマセン(汗)。お、おかしいな〜? これも大徳の罠、ということでお許しください。 そんなわけで嫉妬の惇兄をお送りしました。本当に彼は苦労性のようです。 基本的に(私の)下克上は、体は下克上でも精神は主従構図が多いようです。(体=惇操、心=操惇) そんなわけで、いつも君主さまは強気でございます(笑)。 鬼畜ではないこの話への苦情、感想はメルフォどうぞ。 そして、これにてお題は完遂です!! カップリングがバラバラなので、恐らく全部を読んでくれている方はいないと思いますが(いたら、本気で親友になれる気がします。趣味が合いすぎる(笑))、何にしても、ありがとうございました!! |
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