「とうに過ぎた季節を いつまで偽ればいいのですか」 君に贈る7つの懇願 より 趙雲×劉備 |
離れることが辛くないはずもなく。当たり前のように貴方の隣に立っていられる二人に嫉妬したりもした。貴方の弟たちは許されて、どうして私は傍にいることを許されないのか。 兄弟だからと言われてしまえばそれで終いだ。 じゃあ、己も貴方の兄弟にしてくれ、とは決して口にしない。 それは、違うからだ。 己が望むのは、弟という立場ではない。 貴方を、もっとも傍で、己の持てるすべての力で守りたい。 そしてそれは、弟だから兄である貴方を守るのではなく、一人の男として貴方を守りたいから、望んでいる。 「劉備殿!」 「趙雲、そなたが私に従いたい、という気持ちは汲む。だが、駄目だ。そなたは大きい男になれる。それにはもっと多くのものを見る必要がある。若いのだ。私以外にも様々な男を見てきて欲しい」 「しかし!」 「それでも、まだ私がそなたの心に残っていたのなら、また私を訪れてくれるか」 「……その時は」 「歓迎する、いや、むしろ今度は私が頼んで、そなたに傍にいてくれるよう頼み込むぞ」 薄く笑う貴方の笑顔が遠いのは、不覚にも涙が滲んでいるせいだ。女々しい、と叱咤しても、熱い思いが込み上げて、それが涙を溢れさす。 「泣くな、趙雲」 「……はっ」 苦い笑いで己の肩を叩く劉備の顔を、涙も拭わずに見つめる。 別れることを強要されたことが辛かったのではない。己を今すぐに認めてくれないことが悔しかったわけでもない。 まだ先の、今よりどうなっているかも分からない、先の己のことを歓迎してくれる、と言ってくれた劉備の言葉が嬉しかったのだ。それがなぜなのか、己の心のありどころに気付くのは容易かった。 「私は、劉備殿、貴方を慕って……」 まるで童にするように、頭を乱暴になでられた。剣を握って硬い皮膚であるのに、温かみは己に向けてくれる眼差しそのものだ。 「その先は、言わないでくれ」 「ご迷惑でしたか」 黙って、劉備は淡い笑みのまま首を横へ振った。 どういう意味だろうか。分からない。だが、困ったように眉根を寄せてしまった顔を見て、口にしてはならない思いだったのだろう、と悲しくなる。ならば仕方あるまい、劉備を困らせたくなどない。 童子扱いをされたのならば、せめて聞き分けの良い童でいよう。 「分かりました。先ほどの女々しい私も、貴方に言いかけた言葉も、すべて忘れてください。これから貴方の前から消える男のことです。また、時を経て、貴方に会ったときは、ただの趙子龍です」 涙は止まり、微笑すら口元に浮かぶ。劉備は眩しいものでも見たかのように目を微かに細めたが、ああ、と頷いた。 貴方は覚えているだろうか。 少年であった己は歳を重ね、見識も深まった。武技もあの頃よりもさらに磨いてきた。 ただ貴方を妄信的に慕い、従いたいのだ、と縋り付くことも分別のついた今ではできまい。あの頃、貴方に抱いていた想いもそれと同じで、少年の誰もが通り過ぎる一つの季節だったのだ、と今なら悟った顔で劉備に告げることができそうだ。 そう思っていたのに、劉備と再会した途端に込み上げたのは、ただ切ないまでの恋慕であった。 「趙子龍が男になって戻ってきた」 趙雲の再来を喜ぶ劉備は、しかし趙雲の恋慕など忘れたように振る舞い、自分を慕ってくれる頼もしい男がひとり増えた、とばかりに単純に歓迎した。 忘れてほしい、と頼んだのは確かに己だ。 劉備を、その志を、ただ守りたいだけの一人の男でいさせてほしい、と言った。 それでも、趙雲は口から溢れそうになる問いかけがある。 ――貴方は、覚えているだろうか。私のあの想いの切れ端を。 貴方が望むのはもう、私の中では当の昔に過ぎ去った季節だ。貴方を恋慕ではなくただ慕っていた季節は終わり、その次の、想い慕うだけで良かった季節すら通り過ぎ、私は立っている。 貴方が、まだ私が過ぎ去った季節に立っている、と見誤っているのなら、いまは甘んじよう。 しかし、劉備殿。 恐らく私は昔ほど、聞き分けの良い童子ではなさそうです。 黙って、笑ったまま首を振ったわけを、そう遠くないときに聞き出そうとするだろう。そのときに、多少貴方が困った表情を浮かべたとしても、己は怯まずに対峙しよう。 「子龍」 字で呼ぶようになってくれた貴方へ、あの頃と変わらない温かい眼差しを携えている貴方へ、伸ばされた手を掴めば、少しだけ傷が多くなったがじんわり沁みるぬくもりの手のひらを持つ貴方へ。 「劉備殿、私はとうに過ぎた季節を、いつまで偽ればよろしいのですか」 瞳が曇り、伏せられたとしても、己は目を逸らさずに、貴方を見つめる。 その唇が戦慄いて、貴方の心を吐露してくれるまで、私は訪れるであろう本物の季節をひたすら待とうと思う。 終 かっこよすぎた、なんてこった。 血迷った。(お前、趙雲をなんだと) キャラソン、かっこよすぎだ、趙雲(意味がわからん)。 |
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