「壊れても、いいから」
 微エロ10のお題 10より
劉封×劉備


 いつも誰かに向けられていた笑顔だった。損得なく慕う義弟たちに、苦難と知りながらも従い続ける文官たちに、愛して止まない市井の細民に、惜しみなく笑顔を与えている、彼が好きだった。
 自分にももちろん、笑顔と愛情を注いでくれた。嬉しくて嬉しくて堪らなかった。
 ところがある日、気付いてしまった。
「阿斗」
 嬉しそうに、彼は我が子を抱き上げて笑いかけていた。その横顔は紛れもなく自分に向けられているものと同じ。親から子への……愛情の笑顔だった。
 阿斗と呼ばれる彼の、血が繋がった彼の本当の子供。養子の自分とは違う、けれど彼は変わらずに自分にも同じほどの笑顔を与え続けてくれている。それで満足していたはずだった。
 でも、もう自分はそれでは満足できない。
 気付いてしまった。
 親子の愛情など要らない。
 阿斗と同じ、父親から息子への笑顔など欲しくない。
「俺が欲しいのは……!」
 初めから、本当は初めから分かっていた。
『封殿を、養子にいただけませぬか』
 当時、荊州劉表の下へ客将として身を寄せていた劉備から、父や、県令をしていた伯父にそんな話が持ち上がった。まだ十五にも手が届かない自分への思わぬ申し出で、劉封は心が逸った。
 漠然と、自分は父か伯父の後を継ぐか、荊州で何かしらの役目について一生を終えるのだろう、と考えていた。文武ともに練磨し、まだまだ伸び盛りであった劉封はその漠然とした将来に不満を覚えていた。
 もっと、自分には大きなことを成せる力があるのではないか。それは子供ならではの根拠の無い自信や期待から生まれる夢であったかもしれないが、劉封のそんな思いをまるで汲んだかのような、養子縁組の話だった。
 劉玄徳。一度、伯父へ挨拶に来たときに言葉を一言二言交わしただけの人で、噂は色々耳にしていた。徳の将軍だとか、陛下から皇叔と呼ばれただとか、関張の素晴らしい武人を義弟にしているだとか。
 ただ、劉封の印象は一つだった。
 笑顔のとても似合う人。
 苦難の多い道を歩んできているだろうし、今も決して恵まれた状況ではないだろうが、屈託したところのない、人の目を真っ直ぐ見つめてくる人だった。
 そんな人が、自分を養子にと望んでいるという。ぜひ、と父と伯父に頼み込んだ。封はこのお話をお受けしたく存じます、と声高に訴えていた。元より断るつもりはなかったらしい二人も、劉備へさっそく承諾の返事を出してくれた。
 そして、迎えられた。
「封……その、よろしく頼む」
 劉備にとっては初めての『子』で、どう接したら良いのか戸惑っているのが伝わってきた。だから、劉封は初めに自分の中で誓いを立てた。
 何があろうとも、この人の良い息子で在り続けるのだ、と。
「よろしくお願いします、義父上」
 拱手ではなく、笑顔で。親しい者へ向けるただの笑顔で劉備へ挨拶をすれば、劉備は嬉しそうに微笑んでくれた。それで充分だったはずだった。唯一、笑顔を目にしたときに高鳴った胸だけが、喜びと切なさを走らせたこと以外は、満足していたのだ。
「封、最近勉学にも武芸にも身が入っていない、と聞いている。どうした」
 自宅の一室へ通されて、劉備に尋ねられた。心配そうに眉を曇らせている表情は父親そのもので、昔、父親として戸惑っていた影などもうない。
 自分という義理の息子だけでなく、本当の息子も得た劉備は父親としての接し方に慣れていた。あれから何年経ったのだろう。父親として息子を案じている劉備の面容など見たくない。
「……」
 良い息子でなど在りたくない。
 無言で俯く劉封に、劉備の小さく吐き出す音が届いた。胸が痛んだ。劉備を困らせるつもりなどなかったのに、いつも笑顔で居て欲しかったはずなのに、何をやっているのだろう。
「父上……」
 顔を上げて笑った。大好きです、父上。だからそう、
「何でもありません。少し疲れていただけです。ゆっくり休みます」
 それからまた今まで通り、貴方のために勉や武を磨きます。だから笑っていてください。
 告げれば、劉備の愁眉は開かれた。
 封、と呼ばれて抱き締められた。まるで小さな子供のように劉備の胸に抱き寄せられた。
 目を瞑る。
 愛情が心地良い。笑顔が眩しい。この場所を壊したくない。
 でも……。
 壊れても、いいから。
 貴方の笑顔が消えてしまっても良いから……。
 綺麗な笑みを描いている、俺の大好きな笑顔へ、壊したくない、壊したい、と繰り返し念じながら、そっと唇を寄せた。



 終





 すみません、いちゃいちゃしていません……。
 劉封からのアピール、果たしてどうなったのか、彼の恋は実るのか!? 次回、刮目して待て!(えー)

 ……冗談は置いておくにしても、
 彼は解釈次第で色々見え方が変わってきて、面白いなあ、と思いました。
 阿斗が生まれたことにより、嫡子、という立場がなくなりグレた、とか。
 別に気にしていなくて、劉備のために、と頑張っていたけども、あんな結果だった、とか。
 ふか〜く読むと実に面白みが出てくる人だな、と思いました。
 性格的肉付けや解釈はまだまだこれからですが、劉備が劉封をどう思っていたか、でだいぶ変化しそうです。




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