「濃紫の疼き」
 夏侯惇×劉備


 左眼が焼けるように熱い。火箸を突き刺され、えぐられているような激烈な痛みが襲っている。
 気を張って誤魔化していたが、それもどうやら限界で、馬の背から落ちるように下馬した。
 周りで「将軍」「夏侯将軍」と騒ぐ声も遠く聞こえる。
 ああ、クソ、と悪態をついたのは何に対してだったろうか。
 とにかく、そう呟いた途端、夏侯惇の意識は暗闇に閉ざされたのだった。



 夏侯惇負傷の報は、呂布討伐の詰めの軍議を開いているときにもたらされた。
 一同が騒然となる中、夏侯惇を片腕と称している曹操だけが唯一冷静に伝令の言葉に耳を傾けていた。
 血の気が失せているであろう自分の顔を意識しつつも、劉備は曹操の様子を意外な反応だ、と捉えて眺めていた。
 曹操と夏侯惇の絆の強さは、片腕、従兄弟という以上に強いものだと認識していただけに、動揺を示さない曹操に、上に立つものとしての強さを見たような気がした。
 臍を噛む思いだ。
 曹操の大器を見せ付けられただけではない。
 所詮、主としての仮面に隠せるほど、曹操の夏侯惇を大事とする心は薄かったのか、と思ったからだ。
 ならば……ならば!
 ふつ、と湧く胸底の水面を意識しつつ、劉備は曹操の横顔をじっと見る。
 ――夏侯惇殿を私がもらっても構わないでしょう?
 報告を聞き終わった曹操が、軍議の再開を示すように、ぐるり、と場を見渡す。
 視線が劉備の上にも走り、ふっと感情が走った。
 その感情がなんだったのか、劉備が理解する前に、方々から呂布の追討を巡る策が飛び出して、感情の切れ端は紛れていったのだった。



 祝宴に沸く喧騒は、宮内の奥までは聞こえて来ない。ましてや、ひっそりと佇む療養所には届いてくるはずもなかった。
 すっかり寝るのに飽きていた夏侯惇は、夜であるのに爛々と冴える目を持て余し、さりとて活発に歩けるほど体力も戻っておらず、ただじっと天井を睨んでいた。
 睨む視界が見慣れない。
 左からの景色がひどく狭い。
 片目を失う、ということはこれほどのものか、と夏侯惇はじわじわ、とだが実感し始めていた。
 診てくれた軍医や典医は、命があっただけ御幸運でした、と口を揃えて賞賛したが、そうは思えなかった。
 手足に重りを付けられて、無理矢理叩き起こされたような不快極まりない目覚めで、夏侯惇は幕舎の中で気が付いた。
 覗き込んでいるのは見知った軍医と副官の韓浩で、一様に安堵の表情を浮かべた。
 傷から来る熱のせいか、朦朧とする意識の中、咄嗟に訊いていたのは戦況であった。
 夏侯惇の決死の粘りのせいで、無様な壊走だけは免れたそうだが、やはり呂布軍に圧制させられた、とのことだった。
 牀台しょうだいから身を起こそうとする夏侯惇を、二人が慌てて押さえ込んだ。
『片目がない上に、その状態で何をなさるつもりか』
 と韓浩に言われて、ようやく、夏侯惇は片目の喪失を思い出した。
 ――ああ、クソ。
 また罵った。
 掠れ切ったしわがれた声で、まるで自分の声ではないようだ。
 しかし、今度は何に対して悪態をついたか理解する。
 これでは孟徳に合わせる顔がない。己の不甲斐なさに反吐が出る。
 とどめ、と言わんばかりに、韓浩が曹操より預かったという伝言を口にした。
『許都で治療に専念しろ、とのことです』
 前線からの撤退命令だった。
 夏侯惇の悔しさは韓浩に十分に伝わったらしく、伝言を口にした男は泣いていた。
 逆にそれで冷静になれた、とも言える。
『分かった』
 短く答えて、夏侯惇は残った右目の瞼を下ろした。
 呂布の討伐に成功したことは、療養所にいる夏侯惇の下にもすぐ届けられた。そうか、とだけ短く答えた。
 祝宴が始まる前、曹操が顔を出した。
 いや、出そうとしたが、夏侯惇が面会を拒絶した。
 まだ全快ではないから、と嘘をついた。
 顔を見るのが怖かった。従兄の口から何を言われるのか、想像したくない。
 片目のないお主は、儂の片腕足らん、と告げられるのではないか。
 未だに思い出したように疼く左眼が、ずくずくと痛みを訴えた。
「将軍、夏侯将軍」
 誰もいないはずの療養所、夏侯惇だけに宛がわれた個室の扉の前で、夏侯惇を呼ぶ声がした。
 祝賀に騒ぐ宮内は療養所に詰める人間にも伝わり、祝賀に酔い痴れに行った人間が大勢いるせいで、こちらはしん、と静まり返っている。
 自分を呼ぶ声に聞き覚えがあった。
 ――劉備?
 男の名をそのままを口にすることはためらわれたが、男にはまだ確固たる官位がない。一応は曹操から豫州の刺史を承っていたが、日も浅く、呼ぶには相応しくない気がした。
 迷った挙句、結局はそのままを口にした。
「劉備か。どうした」
「入ってもよろしいでしょうか」
 また、ためらった。夏侯惇は劉備とあまり会話をかわしたことがない。数回の戦場で曹操と話しているところを聞いていたり、挨拶程度はしたことはあるが、それぐらいだ。
 その程度の付き合いの男と、さして饒舌、というわけではない自分がまともに会話することが出来るかどうか。
 そういったことが迷いを生ませたが、眠ることも飽き、一人で過ごす時間の上手い使い方も知らない夏侯惇は、鬱とした思いに囚われるばかりで不健全だ、とも思っていた。それならば、気分転換に話しでもしてみてもいいか、と思い直した。
「構わんが」
 許可すると、戸が開いて男が一人、するり、と出来た隙間から体を滑り込ませてきた。
 拱手して、にこり、と笑う。手元にある燭台の灯りが男を照らしている。
「お加減はいかがですか、夏侯将軍」
「まあまあだ」
「それは良かった」
 衣擦れの音を立てながら、男――劉備は夏侯惇の枕元に歩み寄り、燭台を置き、傍にあった胡床に腰を下ろす。
「このような時間にどうした。祝宴の最中だろう」
 身を起こそうとする夏侯惇を制して、そのままで結構ですから、と劉備は微笑んだ。
「ええ。ですが少し将軍のご様子が気になって」
「俺の?」
 意外なことを言われて、いぶかしむ。
「落ち込んでいらっしゃるのではないか、と」
 細く笑んでいる劉備の双眸は、夏侯惇には読めない感情を浮かべていた。
「それは、どういう意味だ?」
 警戒しながら聞き返す。劉備の目的が全く見えない。夏侯惇の気配が険を含んだことは伝わっただろうに、劉備は変わらず笑顔だ。
「片目を負傷されて、前線から戻されて。曹操殿の片腕だ、という自負も今や無惨にも砕かれつつある。肝心の曹操殿からは何も言われない。さぞ傷付かれているのではないか、と心配になり」
「……貴様は俺を怒らせにきたのか」
 剣呑として劉備を睨む。
「そうではありません。ただ、もしも貴方が曹操殿の片腕としての自信を失くされているのでしたら、私がお慰めできれば、と思い」
 ――慰める? 何をどうやって。
 という疑問は口に出来なかった。
 不意に覆い被さってきた劉備に、唇を塞がれたからだ。
「なっ……ぅん、んん」
 抵抗しようにも、怪我で寝たきりが続いて体力の落ちている身体では思うようにいかない。
 唇を割って、舌が潜り込んでくる。絡み付いた舌に、ぞくり、と背筋が痺れた。
 鼻をくすぐっていく香は、曹操の傍にでもいたのだろうか。曹操が好んで焚いている香と同じ匂いがした。
 掛け布が剥ぎ取られ、寝衣の上から劉備の指が局部を撫でた。
 びくっと身体が跳ねる。
 やわやわとこすられると、怪我のせいで忘れていた処理や欲のことを思い出し、余計に劉備の指を意識した。
 口腔を嬲っていた舌が抜かれ、夏侯惇を見下ろした劉備が艶然と微笑んでいる。
「将軍、どうか私を求めてくださいませんか。私が、曹操殿を忘れさせてあげますから」
 耳元で囁かれる苦痛とも甘美とも取れる誘いに、夏侯惇は喘いだ――

 身に付けていた薄い寝衣の上で、劉備の思ったよりも長い指が滑る。その様がひどく艶かしく、皮膚の下の熱を煽られた。
「もう兆しておられるのですね。将軍でしたら、欲の処理だけだろうとも望む者など、たくさんおられるでしょうに、頼まれなかったのですか」
 早くも形を露わにしてしまっている雄身を撫でられた上に、言葉の内容にかっとなる。
「うるさいわ! 第一、そんなものいない!」
 もちろん、女を抱いたことがないわけがない。ただしそれは商売女であり、夏侯惇に言い寄ってくる女などいなかった。
 からかわれたと思い、ムキになったらそれを認める、と分かっていてもつい叫んでいた。
 だが劉備はきょとん、として首を傾げた。
「本気でそうお思いですか?」
「悪いか!」
「ああ、それは女たちも憐れなことですね」
 にこにこと機嫌良さそうに笑う劉備に、さらにからかわれたものと思い、腹が立ってくる。牀台に腰を掛ける劉備の身体を押しやろうとするが、雄身を掴まれ力が抜ける。
「鈍い貴方も、可愛らしいと思います」
「にぶ……っ」
 絶句して、反論の言葉を探そうとするが、雄身に劉備の指が絡まればそれどころではない。
 同性だからだろう。商売女と大差ない……それ以上の手練で劉備の指は夏侯惇の欲を容赦なく引き出していく。
「ぅ……ふっ、劉備、やめろっ」
 呻きながら腕を振り上げるが、容易く掴まれて手の甲に口付けられる。舌がちろり、と這い、指先を口腔へと咥え込まれてしまった。
 暖かいそこは、雄身を弄られているせいもあるだろうが、女の中を思い出させて、さらに夏侯惇の欲を煽った。
 中指の根元から舌がねっとりと這わされ、口腔に含まれて爪と指の隙間を舌で強くねぶられる。まるで雄身への口淫のような行為は、恍惚とした劉備の面容からも見て取れる。
 ちゅ、ちゅく、じゅっと、事実口淫を髣髴させる音が指と劉備の唇から漏れている。
 その上で雄身を責め立てる指の動きは繊細で、一時も休まることがない。
「馬鹿、もうっ、離せ……っ」
 弾む息が見っとも無い、と思いつつも競り上がってくる吐精感はすぐそこだった。
 舌を丹念に指に絡ませていた劉備から、指を取り返そうと力を込めると、指が上顎を引っ掻いたらしい。
「ぁ……」
 きゅっと劉備の眉根が寄せられて、艶のある声が夏侯惇の指が離れた唇から溢れた。こぼれた唾液をちろり、と覗けた舌で舐め取った劉備は、掠れた声で尋ねた。
「もうよろしいのですか?」
「初めから、望んでいない」
「ここはもう限界であるのに?」
 薄っすらと笑う劉備は、簡素な寝衣をあっさりと肌蹴させ、夏侯惇の雄身を眼前へ晒させた。
「劉備っ」
 非難するが、先走りをこぼしている先を撫でられて息を詰める。くちくち、と音を立てながら先端を掻き混ぜられて、腰が震えた。
「立派なものをお持ちだ」
「ふざけるな!」
 怒声と振り払うために持ち上げた腕は、続けて先端を捏ねられると弱々しく劉備に縋り付く格好になる。
「出さないと苦しいですよ?」
「駄目だっ」
 激しく頭を振って劉備の誘いを払う。
「こんなに濡れていらっしゃるのに」
「言うな!」
「何がお嫌なのでしょう」
 下腹が緊張している。吐精感が堪え切れないところまで来ていて、夏侯惇は激しく喘ぐ。
「はっ……く、馬鹿、りゅ、びっ、このままだと、汚れる……」
 ここの衛生管理は看護の者が行っているのだ。下手に汚すと恥を掻くのは夏侯惇だ。
「ああ、そんなことを気にしておられたのですか。では、これならよろしいでしょう?」
 言うなり劉備は夏侯惇に屈み込み、雄身を口腔に含んでしまった。
「――っ、なに、考え……ぐ、くっ」
 切羽詰ったところにいた夏侯惇が、熱い皮膜に包まれて堪え切れるはずもなかった。弾けた欲は劉備の口腔へ注がれて、長い間治まらなかった。
 ごくり、と劉備の嚥下する音を聞いて、夏侯惇は我に返る。
「貴様、飲んだのか?」
「はい、将軍の味がしました」
 にこっと笑われて、夏侯惇は全身が燃えるように熱くなった。
「何を考えている!」
 その怒号は、戦場だったら全軍を震え上がらせる迫力を持っていたが、当の本人はけろっとしたものだった。
「ですが、寝台を汚すのがお嫌だったのでしょう? そうしたらこれが確実ではありませんか」
 溜まっていた熱を一回吐き出したせいもあり、夏侯惇は本来の自分を取り戻しつつあり、劉備を剣呑と睨み付けた。
「去れ」
 何を考えて劉備が夏侯惇の下を訪れたのか知らないが、これ以上劉備に関われば、ロクなことにならないことは必至だ。
 いや、すでに手遅れかもしれないが、これ以上の痴態を晒すわけにはいかなかった。
「将軍……」
 だが、冷たく言い放った途端、劉備が眉尻を下げて泣きそうな面容を見せたので慌てる。いや、泣きそうな、どころではない。事実目からはらはらと透明な雫が流れ落ちているではないか。
「おい、劉備!」
 なぜ泣くのか夏侯惇には理解できず、しかし恐らくは自分のせいで泣いているのだろう、とは分かったので大いに焦った。
「申し、訳ありません。ですが、私、は将軍に元気になって、いただきたく、て……その、このようなことを……すいません」
 嗚咽混じりに謝られ、夏侯惇は何なんだ、と頭を掻きむしる。
「余計なお世話、だと承知、していたのですが……」
 そもそも、夏侯惇の周りにはがさつな人間が多い。いや、軍というものに身を置いているのだから当たり前だが、一番繊細な人間が従兄の曹操なのだから、まあ夏侯惇が泣いている人間の宥め方など知るはずもないし、得意なわけもない。
 それでも彼は彼なりに慰めようとする。
「つまり、お前はどうしたいんだ」
 良く分からないが、劉備は夏侯惇のためを思って行動しているのだろう。それがどうしてこういう行為なのかはさっぱり分からないが、ひとまず事情は聞いてみようという気になった。
「……将軍の左眼の負傷は私のせいでもありますから、気にかかっていたのです。私が呂布を御していることさえ出来たなら、貴方が怪我を負うことはなかった」
 涙に濡れた瞳で、劉備は夏侯惇を見つめる。しかし、夏侯惇はふん、と鼻で笑った。
「言っておくが、お前のためではない。俺は孟……殿の御ために動いただけだ。お前を救うために戦をしたわけではないぞ」
「存じております」
 辛そうに眉をひそめた劉備に、どきり、とする。なぜか泣いていた顔よりも寂しそうに見えた。
「ですが、怪我をされた将軍を少しでもお慰めしたく、こうして貴方の下を訪れたのです」
「それがどうしてこんな方法なのだ」
「これしか思いつかなかったのです」
 私は何も持たない人間ですから、と困ったように笑う劉備に、夏侯惇は唸った。
「本気か」
「本気です。そうでなかったのなら、貴方にあのような真似、できませんでしょう?」
 先ほどの欲の行方を思い出し、夏侯惇は再び赤くなってしまった。
「分かった、好きにしろ」
 基本、夏侯惇は豪放な性格だ。また、一度決めたらやり遂げる頑固さがある。もっとも、大雑把で融通の利かない性格、ともいえなくもないが、とにかく人の好意を無下に出来るほど冷淡な性格もしていなかった。
「ありがとうございます、将軍」
 にこり、と笑った劉備は、先ほどまで泣いていたのが嘘のような満面の笑みで、夏侯惇は一瞬だけ、本当にこれはこいつの好意か、と疑ったが、前述の性格が幸いして、疑問は一瞬で消えてしまったのだった。

 くちくち、と卑猥な音が劉備の伸ばした指の先から聞こえる。
「無理するな、劉備」
「い、え……大丈夫、ですから」
 小さく笑む劉備は、夏侯惇の雄身の前に跨っている。すっかり脱ぎ落とした衣の下の体付きは間違いなく男のそれであるのに、劉備が漏らす小さな喘ぎと同様、艶かしかった。
 劉備は時々息を詰めながら、夏侯惇の雄身を握りながら、己の後孔をほぐしていた。火が灯っている燭台の油を指で掬っては後孔に塗りつけ、夏侯惇を受け入れる準備をしている。
 辛いのか、それとも話に聞く、中に潜んでいるという男でも感じられる部分でも突いているのか、劉備は汗を浮かべながらときおり身体を折り曲げて呻いている。
 休みなく手は夏侯惇の雄身を扱いて刺激を送り込んでいるため、夏侯惇は一回吐き出しただけでは満足していない身体の熱を持て余していた。
 男の自慰ともいえる目の前の光景を目にしていてもそれは鎮火せず、むしろ油を注ぐ勢いで夏侯惇の芯を焦げ付かせている。
 全快ではない夏侯惇の身体を慮って、劉備は寝たままでいい、と言ったが、見ているだけというのも生殺しに近く、焦れる身体と心を静めるのに神経をすり減らしていた。
 後孔を慣らし始めたころに吐き出す息は苦痛しかなかったのに、今は明らかに甘やかになっている。忙しなく開け閉めを繰り返す唇は、何度か噛み締めたりしたせいか赤々と濡れて、夏侯惇の片目となった眼球の奥を刺激した。
「もう、いいか?」
 みっともない、と思いつつも堪え切れずに、劉備の腰をさすった。ぴくっ、と身体を震わせて、潤みきった双眸で夏侯惇を見下ろした劉備に、ぞくり、と甘美を誘われる。
「はい」
 雄身を扱いていた手がそっと添えられて、劉備がにじり寄るように夏侯惇の腹の上まで移動する。二人分の体重を支える牀台がぎしり、と軋んだ。
 幾度か、双丘の隙間に挟まれてこすり上げられる。慣らすためだろう、と思っていても、焦らされているようで息が上がる。
 大きく深呼吸をして、劉備がゆっくりと夏侯惇を体内に招き入れた。
 先端を包み込む熱い襞に、気を抜くと達しそうなほどの強烈な愉悦を覚える。眉間に力を込めて悦をやり過ごしつつ、雄身を飲み込む劉備の中に感じ入る。
 劉備は苦しいのだろうか。荒い息を吐きながら、それでも懸命に夏侯惇を迎え入れようと腰を下ろしていた。深く刻まれた眉間の皺が痛々しさと同時に秋波を覚え、夏侯惇は乾いた咽を唾で潤した。
 ようやく夏侯惇の全てを受け入れた劉備は、震える息を長く吐き出して、瞑っていた目を開いた。
 浮かんだ笑みは夏侯惇がどきり、とするほど邪気がないのに、
「将軍のもので一杯です」
 という言葉にぞくり、とするほど妖艶さを覚えた。
 ゆるり、と腰を動かすと、ぁん、と短い声を上げた。
「駄目、です。私が動きますから、将軍はそのままで」
 そういうお約束でしょう? と劉備は言い、腰を動かし始める。最初のうちは劉備も苦しかったのだろう。弱々しい動きしかなく、夏侯惇の欲を満たすには足りなかったが、徐々に自分の中の善い箇所を見つけたのだろう。そこに当たるようにするためか、大胆な動きへと変化し、同時に雄身も締め付けてきた。
「ぅんん、ん、ぁ、……っひ、ぁ」
 衣を脱いだときから屹立している劉備の下肢は、タラタラと雫を溢れさせている。だが、一度も自分のそれを刺激しようとはせず、劉備は夏侯惇を悦ばすことに専念している。
 その献身さにも扇情され、夏侯惇の二回目の吐精はすぐだった。
「劉備、もう大丈夫だから、抜けっ」
 唸りながら言うが、劉備は頭(かぶり)を振って腰を揺らすことをやめない。
「汚れるのはお嫌なのでしょう? このまま中へ」
 弾む息の下からの強烈な誘惑に、夏侯惇が耐えられたのは僅かだった。
「く、っふ」
 劉備の腰を掴んで、己の欲を注ぎ込む。
「あぁ……ん……ぁ」
 熱い飛沫を体内に受け止めて、ふるっと劉備が身体を震わせる。
 充足感にしばらく夏侯惇は口が利けないでいたが、劉備の下肢が萎えていないのを見て尋ねる。
「お前は、いいのか」
 脇腹を撫でる。強く掴んだ腰に、指の跡が付いていた。ぴくり、と劉備は下腹を痙攣させて、夏侯惇の手の動きに身を任せてきた。
「将軍を悦ばせるためにしていることですから」
 笑った劉備のにこやかな顔に、失くしたはずの左眼の奥が、なぜか疼いた。
「劉備……」
 鍛えられて引き締まっている腰を抱きかかえて、体勢を反転させる。激しい動きに軽い眩暈が起きたが気力でねじ伏せる。
 はらり、と解けた劉備の髻に指を絡げて、完全にほどく。流れた髪に指を通しながら、驚きのまま目を丸くしている劉備に口付けた。
「本調子ではないから、お前を満足させられんかもしれんが、俺ばかりというのも不公平であろう」
 照れ臭いので口付けはすぐに離したが、うっすらと頬を染めた劉備が愛しく見えて、もう一度、今度は深く唇を合わせた。
 唇を合わせたまま胸を探ると、夏侯惇の上に居たときよりっていた尖りが指先に触れる。
「ぅんっ」
 唇の下から劉備の喘ぎが漏れた。
 男でもここが感じるのか、と思いつつ、夏侯惇は指先で尖っている胸をいじった。
「ふん、ん、ぅ……ぅう」
 息が苦しくなったのだろうか。舌を絡げて互いの口腔を貪っていたが、劉備から唇を離した。
「あ……将軍、そこ、はいいで、す……んんっ」
「だが、気持ち良さそうだぞ?」
 摘み上げる。やぁ、と声を上げて劉備は咽を反らす。その咽に吸い付いて、唇を滑らせていく。
 桃色へと変化した突起を舌先でちろり、と舐めると、劉備は切ない声音で啼いた。その声に促されるように、舌先で執拗にしゃぶると、ひくひくと劉備の後孔が蠕動し、まだ中にいる夏侯惇を刺激した。
 どくり、と夏侯惇の雄身は育つ。
「……また」
 小さく呟いた劉備の言葉に、己の節操なしを指摘されて羞恥に駆られるが、今は構わないことにする。
 劉備の汗ばんで湿った身体に舌を這わし、吸い付き、感じる箇所を探るのが楽しかった。何せ言葉では、駄目、嫌、もういいです、と言うのに、夏侯惇を咥えている後孔は正直に感じていることを伝えてくるのだ。
「嘘つきめ」
 軽く睨むと、涙目になった劉備はいやだ、といわんばかりに頭を振った。
「ですが……駄目なんです。将軍に触れられたところから熱が上がって、おかしくなりそうで」
 思わぬ告白に、どくん、と夏侯惇の雄身が再び質量を増した。
「劉備」
 呼んだ声は、上擦っていた。
 劉備の身体を押さえつけるようにして、腰を突き込んだ。すっかり硬くなった雄身で、柔らかな劉備の中を滅茶苦茶に掻き混ぜる。
「やぁ、ああ……あ、ぁ、ぃっ……は、しょ、ぐんっ、しょう、ぐんっ」
 咽ぶように劉備の声が甲高く濡れた。
 悶えて暴れる身体をむりやり押さえ込みながら、中を蹂躙する。反応の好いところを集中的に責めれば、夏侯惇の雄身をきつく締め上げてきた。
 互いの腹の間でぐちゃぐちゃと音を立てていた劉備の下肢を掌に包んで扱き上げる。
「やだ、そこ、触らないで、くだ……ひっ、く」
 劉備の腕が背中に回り、強く抱き寄せられる。
 すでに一度劉備の中で放った夏侯惇のもので、劉備の中は滑りが良くなっている。粘着質の音が二人の繋がっている部分から湧き立ち、耳からも快感を煽ってくる。
「将軍……っ、夏侯、しょうぐ……んっ」
 劉備の口から名を呼ばれるたびに、突き上げる動きは激しくなる。
 限界が見えて、劉備を窺えば、どうやら同じように吐精が近いらしい。手の中の下肢と、余裕を失くした劉備の表情が物語っている。
「また、中に出してもいいかっ」
「くだ、さい」
 言い終わるやいなや、夏侯惇は劉備を抱きしめて再び劉備の中へと欲を放つ。今度は、劉備も夏侯惇の掌の中で欲を弾けさせ、満足げな声を上げた。極みの反動で劉備に強く締め上げられ、夏侯惇は最後の残滓まで劉備に注いでいた。


 互いの息が整い、ようやく夏侯惇は頭が冷えてきた。
 自分が誰を相手に何をしたのか理解して、焦りを覚えたが、腕の中で笑っている劉備は、さっきまでの淫らな振る舞いなど嘘のように、無邪気に夏侯惇を見つめ返している。
「満足されました?」
 聞かれて、かっと頬が熱くなる。初めのうちのためらいなど、男を抱いているうちに忘れ、無我夢中で求めていた。
「お前、どうしてこんな真似」
「申したでしょう。貴方を慰めたい、と」
「だからってこんな慰め方は」
「仕方がありません。私が将軍に抱かれたかったのですから」
「俺にっ?」
 驚いて残った右目を力いっぱい見開いた。
「初めて貴方を戦場で見たときより、心を奪われておりました。誰かのために真っ直ぐに武を振るう姿は気高くて、見惚れるものがあります」
「そ、それならお前の義弟たちとて同じだろう。言いたかないが、関羽なぞお前のために武を振るい、俺よりも恐らくは強いだろうよ」
「ですが彼らは――弟たちは、やはりどうしても弟ですから」
 困ったように笑う劉備を、夏侯惇は亡羊として眺める。
「それで、お前は俺にどうして欲しいんだ」
 身を起こした劉備の裸の肩を、解かれた髪が滑っていく。肌のあちこちに印されてる己が付けた朱点を目にして、夏侯惇はぎこちなく視線を外す。
「私の下へ来ませんか」
 声音は淡々としていて、重大なことを告げているようには聞こえなかった。
「断る」
 即座に返した夏侯惇の声も、当たり前のように素っ気無いものだった。
「そうおっしゃると思っていました」
 別段、落胆した様子もない劉備を、今度こそじっと見つめる。
「いいのか」
 断っておきながら念を押すのもおかしいだろうが、劉備の態度や双眸は、決して嘘をついているようには思えなかった。
 夏侯惇を慕っている、というのも、劉備に従って欲しい、というのも、本気だろう。
 色恋には疎い、と自覚はある夏侯惇でも、人の虚実を見極める目は持っているつもりだ。
「構いません。今の私は将軍を迎えても、活かしきれないでしょう。もちろん、想い人として傍にいて欲しい想いはありますが、貴方が貴方らしくあるのは、悔しいですが今のところは曹操殿の隣でしょうから」
 ずぐっと左眼が傷んだ。劉備の言葉につかの間忘れていた事柄を思い出した。
「どうしました?」
 歪んだ頬を劉備の手が撫でる。
「俺は、孟徳の傍に立てなくなった。このような隻眼に成り果てては、あいつは隣に置いてはくれんだろう」
 ああ、と劉備は頷いて、なぜか微笑んだ。
「近すぎると、お互いに見えないこともあるのですね。教えずに、貴方がたが離別してしまうのも好都合ですが、私を欲してくれたお礼に教えてあげます」
 ――曹操殿は貴方をとても案じておりましたよ。
 囁かれた言葉は、なぜかするり、と夏侯惇の心へ沁みてきて、傷を負った胸底を優しく撫でた。容易く人の心の隙間へ潜り込めんでくる、男の言葉と優しげな眼差しに、曹操が劉備を気にする気持ちが少し分かる。
 孟徳とは違う、天下の器か。
 過ぎった途方もない考えを、急いで打ち消す。
「貴方の負傷を聞いて、曹操殿は初め平然としておられました。冷たい方だと思い、それならば私が奪ってもいいか、と考えたのですが」
 ぐるり、と軍議の場を見回した眼差しの中に、ちらりと過ぎった感情は、動揺をひた隠そうとして隠し切れない感情の切れ端だった。
「宴の前に、貴方は見舞いに来た曹操殿を追い返したそうじゃありませんか。可哀想に、曹操殿は宴の最中、ずっと上の空で。いたく傷付いた様子でした」
 ずっと見舞いに行きたくて焦っていたのに、事後処理や将軍の抜けた穴を埋めるので多忙を極めていた曹操殿が、ようやく見つけた時間であったのですよ。
 劉備の説明を最後まで聞かず、牀台から飛び起きた。飛び起きたが突然の動きにやはりまだ体がついていかず、眩暈を起こす。それを劉備の腕が支えた。
「行かれますか」
「当たり前だ」
 顔に巻かれたままだった包帯を取り去る。
「やはり、教えなかったほうが良かった」
 呟く劉備の、顎を捉えた。
 口付ける。
 劉備の目が大きく見開かれた。
「礼だ、取っておけ」
「はい」
 らしくないことをした、と羞恥に駆られた夏侯惇だが、嬉しそうに破顔した劉備を見て、まあいいか、と思い直した。
「将軍!」
 平服だが身支度を整え、出て行こうとする夏侯惇の背に、劉備が声をかけた。振り返ると、ひらり、と何かが投げられた。
 絹の手触りが心地良い、濃紫のうしの布地だ。鳳凰ほうおうが刺繍として施されている、一目で高級だと分かる代物である。
「そのお顔の傷で宴に顔を出すのはよろしくないでしょう? それで隠してみてはいかがでしょうか」
「すまん」
 劉備の提案を素直に呑み、さっと左眼に巻く。
「行ってらっしゃい、将軍」
 ああ、と頷いて足を踏み出すが、ふと思い付いてまた振り返る。
「夏侯惇で」
「はい?」
「夏侯惇でいい。俺もお前を劉備、と呼んでいる。だからお前も将軍などと呼ばなくていい」
「分かりました、夏侯惇殿」
 すぐに踵を返したのは、呼ばれたむず痒さを隠すためだったが、綻んだ口元は劉備に見られていただろうか。
 ――不思議な男だ。
 夏侯惇はそっと、布の巻かれた上から、左眼を撫でた。痛みは薄く、ただ疼きにしては甘い感覚が、そこから感じ取れた。


 逞しい背を見送った劉備は、するりっ、と牀台から下りた。
 ――さて、どうなるか。
 小さく笑う。
 夏侯惇へ渡したあの布は、実は劉備が曹操からもらったものだ。それを夏侯惇が身に着けている、ということに曹操が気付いたとき、どう思うか。
 くすくすと笑う劉備は、しかし不意に真顔になる。
 ――今は曹操殿に譲りましょう。ですが、いつか必ず奪ってみせます。
 天も、大事な想い人も。
 諦めるつもりは、毛頭ないのだから。



終劇





 あとがき

 と、いうわけで初書きの夏侯惇×劉備でした!
 大元、本家はこちら「エンヨウ」のまぐろ(仮)さまの惇劉です。まぐろ(仮)さまの惇劉をイメージして書いてみました!
 まぐろ(仮)さまの惇劉に感化され、無理矢理のように、惇劉書いたから読んで、と押し付けたもので(笑)。
 はじめ、送ったものは肝心な部分を(H)省いたものを送って、あとから含めたものを送った、という二段方式でした。
 てなわけで、こちらはまぐろ(仮)さまへ捧げたものになります。

 惇劉――新境地ということもありましたが、とても楽しく書いてしまった、という想いが残っております。
 読んだ方が少しでも惇劉に興味を持っていただけたなら、幸いです!




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