「調教してやるよ〜仮面〜」
鬼畜台詞10のお題 2より
 曹操×劉備


 手強い相手だ。
 今は、素直にそう思える。
 しかしそれも、今日までだ。
 今日、この夜に、あの男を懐へ抱き込む。
 それこそ、心も、体も。
 味方に付けてこその男だ。敵に回したくはない。きっとあの笑顔で、小狡こずるく立ち回るのだから。今のうちに懐へ入れてしまったほうがいい。
 それでも、その打算的な思いのほかに、自分でも量れない想いがあるのも自覚している。
 だからこそ、それを確かめるためにも今宵が機である、と。
 怪しく唇に笑みを刷いた。



「曹操殿。今宵は晩餐に招いていただきまして、誠にありがとうございます」
 いつものように、従順で柔和な笑みで男は丁寧に挨拶をした。その物腰を見ている限りは、決して農民の出であることなど窺い知れない。それこそ、彼が主張しているように、本当に皇族の血を引いているのかもしれない、とまで思わせる。
 思わず、目を眇めてつぶさに眺めてしまう。
 柔らかな光を湛えた双眸や、いつも孤を描いている口元に、自然と目が引き寄せられる。
しかしまたそれも、一度戦場いくさばに馳せれば、強く光り、一文字に引き結ばれる様も、知っていた。
「こうも違うものか」
 舌の上だけで言葉を作った。しかしそれを男は聞きとがめたらしく、小首を傾げた。
「曹操殿?」
「ああ、良くぞ来られた、劉備殿。さあ、ゆるりと寛がれよ」
 曹操は聞きとがめられたことに驚いたが、動揺を見せることなく、招いた男――劉備を席へ導いた。
 劉備も特に追求するほどではない、と思ったのか導かれるままに曹操と相対する席へと腰を下ろした。
「今夜は二人だけだ。畏まる必要はない」
 口調を砕き、手酌で劉備の杯に酒を注ぐ。はい、と答える劉備は口元の笑みを深め、曹操からの酌を受けた。



 劉備が許都に来て数ヶ月が過ぎている。幾度か戦を共にして、言葉も交わし、この間までの呂布の討伐では曹操自ら兵を出したほどだ。曹操からしてみれば、それなりに親睦は深まっている、と考えている。それは劉備も同じようで、性格の差なのか、丁寧な物腰は変わらないものの、その口調の端々には確かに親しみが滲んでいた。
 そして今夜、劉備と席を共にすることに良い顔をしない煩型うるさがたの臣下もいなく、また劉備のほうも、兄を過保護しすぎている弟たちもいない、という状況だ。
 これ以上の機はない。
 じっくりと、その柔和なおもての裏にある姿を暴き出してやろう、と曹操は思った。それには、いかなる手段も厭わないつもりだ。
「最近、お主は畑仕事に精を出しているようだな」
「ええ。やはり生来そういうことで生業を立てていたもので、つい体が疼くようで」
 照れ臭そうに答える劉備の顔に、嘘はないように思える。
「筵や草履なども編めるらしいな」
「どこからそのような話を?」
 驚きに目を見開き、劉備は酒のせいだけではないだろう。頬を微かに染めた。
「曹操殿のようなお方には想像も出来ないかもしれませんが。日々を生きるためには色々なことをしました」
 訥々とつとつと語る劉備は、朴訥としたどこにでもいるような男のはずなのに、曹操はそれだけではない何かを、やはり感じていた。
 もっぱら、話は劉備の義勇軍を立ち上げる前の話に及んだ。
 初めは、このようなお話は曹操殿には退屈でしょう、と遠慮していた劉備だが、強く曹操が促せば、酒の勢いも借りて色々と話し始めた。もちろん、元が言葉数の少ない劉備なので、さほど饒舌、というわけではないが、曹操は聞き役に徹し、上手く話を引き出していった。
 人は自分のことを聞かれ、それを気持ちよく話せる場を持てば、気分は良くなるものだ。自己顕示欲は、多かれ少なかれ誰しも持っているからだ。
 案の定、劉備は酔いが回ったせいもあるのか、元々笑みが絶えることが少ない男でありながら、さらに笑みが多くなり、口が軽くなっていった。
 そんな頃を見計らい、曹操は切り込んだ。
「ところでお主はこのまま儂のところへ腰を据えるつもりであろうな?」
 さも、当然のように聞いた。すると劉備はきょとん、と首を傾げ、その首を横に振った。
「まさかそのような。あまりにも図々しいです。そのうちに弟たちと出て行くつもりです」
「なぜだ? 儂は一向に構わんぞ。陛下もお主のことをいたく気に入っておられるしの」
「それは大変ありがたいことです。されど、やはり世話になることは出来ません」
「当てはあるのか」
「当てはありません。ですが、長く曹操殿の下にいることは私の……」
 不意に劉備は口を噤んだ。何か、大事なことを言い掛けて、それ以上は不味い、と思った、そんな不自然な途切れ方だった。
 掛かった、と曹操は感じた。
 おもてが外れようとしている。従順なふりをした男の仮面が、落ちようとしている。
「お主の、何だ?」
 続きを言え、とばかりに、曹操は眼光を鋭くさせた。酔っているのは劉備だけだ。熱心に酌をしたのは曹操だけ。曹操の杯は幾度も空いてはいない。
「……私は、元々このような暮らしには慣れておりません。怠け癖がついてしまいそうで。ですから、曹操殿の下にいると堕落してしまいます」
 だからこそ出て行く、と劉備は答えた。
 上手くかわした、と思ったのだろうか。
 それは甘い。
「慣れればよい。贅など尽くせば尽くすだけ貪ってしまう。足るを知っているお主のような男こそ、節度を持って過ごせるのではないか?」
「いえ、ですが」
 緩くかぶりを振って否定する劉備に、曹操は未だに外れ切れない仮面を感じる。
「それ以外に理由があるからか」
 再度、切り込んだ。
「贅沢は恐ろしいものです。身持ちを悪くするのは簡単です」
 そつなく答える、そんな模範的な回答などいらない。欲しいのは、本当の面だけだ。
「贅に慣れる自分が怖いか。そのことによって失うものがあるから怖いのか。儂の下にいるとお主の何が無くなっていくのだ」
 柔和な瞳の奥底を覗き込もうと、曹操は射抜く。
 がたん、と劉備の杯が倒れた。中身の残っていた酒が卓上に広がる。はっとしたように劉備が慌てた。
「申し訳ありません! どうやら大分酔ってしまったようです。これでおいとましてもよろしいでしょうか」
 突然の退席宣言に、しかし曹操は慌てなかった。
「酔ってなど、いないだろう、劉備」
 例え先ほどまで間違いなく酔っていたとしても、今、曹操が覗き込んだ瞳に、酒の色は映っていなかった。
 いつから醒めていたのかは知らないが、少なくとも杯を倒したのは、席を辞するための策だろうことは、容易く見抜けた。
「いえ、粗相を働いたのは事実。この埋め合わせは後日いたしますので、今日のところはこの辺で」
 強引に引き上げようとする劉備の腕を、曹操は掴んだ。そのまま食器や杯が残っている卓上へ押し倒す。派手な音を立てて食器や杯、残っていた食べ物などが床へと落ちた。しかし、厳重な人払いがされているこの部屋へは、誰も駆けつけては来なかった。
「埋め合わせなら、ここですればいい。今すぐに」
「酔っていらっしゃいますか、曹操殿?」
 綺麗な孤を描いているはずの唇が、僅かに歪んでいる。柔和な瞳が、険を含み始めていた。それはまさに戦場に立とうとしている男の目で、曹操の奥底に寝ている獣を叩き起こすほど、鮮烈な変化だった。
(これか。これが仮面の下に隠れていたのか)
 抑え切れない衝動と共に、曹操は唇の端を吊り上げた。
 卓上に押さえ付け、劉備の四肢を縫い止めながら、曹操はその様を見下ろした。
 すでに隠す気がないのか。隠そうとしても噴き出してしまうのか。劉備の双眸は嫌悪を含んで煌いていた。
「儂が憎いのか」
 再三の切り込みだった。
「……」
 しかし、今度は答えがなかった。ただ、その眼光だけが、これまでの答えよりも何よりも、雄弁に物を語っていた。
「そうか」
 くっくっ、と曹操は咽奥で笑う。
「別にそれで構わん。儂はお主の全てが欲しいのだ。お主が儂を憎むなら、その心さえも欲しい。そして、体もな」
 衣を、引き裂くように取り払い、劉備の半身を眼下に晒す。なぜか、劉備は抵抗をしなかった。ただ、強く輝く瞳で、曹操のやることを見ているだけだった。
「どうした? 逆らわないのか? その奇麗事ばかりを吐く口で、儂を罵らんのか」
 民のために。漢王朝の復興のために。そう紡ぐその同じ口から、汚い言葉を紡がないのか。
 指先で、今は一文字となってしまった唇をなぞるが、劉備の唇は動かなかった。
(まあいい。開かぬ口なら、自分から開いてしまうように仕向ければいいだけのこと)
 酒の匂いが立ち昇る卓上と劉備の肌を味わいながら、曹操はその体を組み敷いた。



「強情だな」
 肌に朱点を幾つも散らしながら、そして露わにされた下肢を扱かれているというのに、劉備は荒い息をこぼすだけで喘ぎ一つ上げない。
 幾度も吸われて赤くなっている唇は、濡れて妖しく光っているのに、やはり言葉を作ろうとはしなかった。
 中心の先端から溢れる雫を拾い上げ、またその先端へ塗り込めると、確かに感じていることが分かる反応をするというのに、劉備は声を漏らさないのだ。あの、柔和な色を消した瞳で、曹操を睨んでいるだけだ。
 しかし、それのせいで曹操も止まらなくなっているのも確かだ。上がらないなら上げさせたい。睨むなら求めさせようと。加虐と愛染あいぜんが混じり合い、曹操を高める。
 強く下肢を扱き、絶頂へと導けば、卓上を揺らしながら果てる劉備は、やはり声が漏れることはない。奥歯を噛み締める、耳障りな音が曹操の耳朶を打つだけだ。
 劉備の放ったもので濡れた指を、足を抱えて根元へこすり付ける。双丘に隠れている劉備を暴くため、念入りに解さなくてはならない。それこそ、向こうから求めて仕方がないほどに、追い詰めるために。
「――っ」
 奥深く、それこそ仮面に巧妙に隠された一点を、曹操の指先が暴いた。劉備の背がしなった。まだ残っていた酒の水溜りが、ぱしゃり、と音を立てる。卓上の端を握り締めた劉備の指先は、すでに力の入れすぎで白くなっていた。
「善いか?」
 何度もそこをさすり上げ、力を込める。奥歯を噛み締めることも、ましてや唇を噛むことも出来ずに、劉備は赤々と色付いた唇を戦慄かせる。一度力を失ったはすの中心も、また力を取り戻してこうべを上げている。
 その屹立に舌を這わした。
「ひっ――ぁっ」
 か細い、悲鳴に近い、しかし間違いなく悦楽を示す声が劉備の口から登った。
「そうだな、劉備。確かに人は弱い。贅に慣れるのは容易い。身持ちを悪くすることなど簡単だ」
 熱を集めている劉備の上で、息を拭き掛けるように曹操は語る。ひくひく、と指を咥えた後孔がうごめくく。
「そして、いくら足掻こうとも、快楽に負けるのも、また容易い。今のお主のように」
 また、舌を這わした。しかし、今度は声が上がらない。
 必死で、唇を引き結んでいる様が、目を上げた端に映る。
「強情な奴だ。それほどまでに儂に屈するのが嫌か? それとも、儂によって自分の全てが暴かれるのが怖いか?」
 お主が何を思い儂の下にいるのか。
 それを知ったところで、儂はお主を殺しはしないし、弟たちにも手を出さぬ。
 それでも、仮面の下は見せぬ、というのか?
 続ける追求に、劉備は無言だ。ただ、快楽を少しでも薄めようと、息を荒くしているだけだ。そんな態度のわりに、抵抗だけはしないのだ。
 何を考えている。
 分からない。
 お主の全てが欲しい、というのに、未だに隠れている部分がある。隠している部分がある。それが許せない。
「暴くぞ、全てを。お主の体を快楽におとしめ、飼い馴らし、調教してやるぞ」
 最後通告だった。
 決して安易に傷付けるつもりもない。ただ欲しいだけ。男の全てを手にしたいだけ。
 なぜこれほどまでに執着しているのか分からない。
 だが、欲しいのだ。
「――せるなら」
 咽奥から絞り出すような、掠れた声が劉備の口からこぼれる。
「飼い馴らせるなら、飼い馴らしてみてください」
 それは聞きようによっては挑戦的とも言えるが、劉備の口調は淡々としたものだった。それはよほど猛然と言われるよりも効果的、と言えた。
 出来るというなら、やってみればいい。受けて立つ、と。
 まさに戦であるのだ。
 穏やかな容貌の裏に、これほど強さを秘めているものなのか。
 その瞬間、曹操は何がこれほどまでに自分を劉備へ執着させているのか、分かったような気がした。
 探っても探っても、暴いても暴いても、暴き切れない、広すぎる劉備の見えない仮面の下に惹かれるのだ。
「抵抗しないのは、飼い馴らされない自信がある、とでも言うのか?」
 強い意志を湛えて煌く瞳を覗き込み、曹操は聞く。
「どうでしょうか。私は弱い人間ですから」
 分かりかねます。
 一文字だった唇が、再び孤を描いた。
 叩き起こされた獣が牙を剥く。
 組み敷いた体に牙を突き刺す。がたん、と卓上が派手に音を立てる。咽を晒して仰け反る劉備へ、曹操はその咽を目掛けて歯を立てた。そのまま突き刺した牙で唯一確かに暴いた劉備の一点を幾度も突き上げる。
 曹操の口の下で、咽が何かを飲み下す音が何度も伝わる。
 それは喘ぎだろうか。それとも劉備の未だに隠された心なのか。
 結局、劉備は再度の絶頂まで声を漏らすことはしなかった。



 破れ、汚れた衣の代わりに、用意しておいた衣を差し出すと、劉備は素早く身に付けてしまう。
「ご用意の良いことですね」
 微笑み、世辞を投げ掛けられるが、それは痛烈な皮肉とも聞こえる。
 まるでこうなることを予想していたようですね。
 そう、劉備は言っているようだった。
 しかし、劉備の声音は素直な賛辞や親しみしか読み取れない。
 やはり、捉え切れぬ相手だ。
 曹操は、だらしなく椅子に腰掛け、唯一無事だった酒瓶から杯へ酒を注ぎ入れながら、薄っすらと笑った。
(調教か)
 戯言として勢いで発した言葉ではあったが、それも面白いかもしれない、と思い始めていた。
 確かに、その甲斐がある男であると思う。
「曹操殿、今宵の晩餐がこのような席になってしまったこと、何とお詫びしてよいか」
 謝る劉備へ、曹操は鷹揚に頷いてみせた。
「いや、儂がちとやり過ぎただけだ。お主の気に病むことではない」
「私も少々酔っていましたので、無礼を働いたような気がします」
 今度こそ退室をしようと、劉備は拱手して曹操の脇を通ろうとした。その様は、しっかりとしている。
 まるで、無理矢理に体を重ねたことなどなかったように振る舞う劉備へ、曹操は酔っていたのは自分ではないか、とさえ思えてきた。
 先ほどまでの交わりは、酒の見せた幻だったのか。
 しかし、劉備の咽元には曹操が付けた朱印が残っている。それを、手を伸ばして撫でようとした腕を、劉備がやんわりと遮った。
「そうでした。一つご質問に答えていませんでしたね」
 掴まれた腕を下ろされて、劉備の笑みを刷いた唇が曹操の耳元へ寄る。
「私が曹操殿を憎いか、というご質問ですが、それには、いいえ、とお答えしましょう」
 弾かれたように、曹操は間近になった劉備の顔を見やった。
「私は弱い人間ですから。飼い馴らされてしまえば、貴方の望む人間にはなれなくなるでしょう。贅に慣れることは容易いのです」
 貴方には跪きません。決して貴方のものにはなりません。最後の矜持を失わないためにも、それだけは私に求めてはなりません。
 囁くように告げられて、そして唇に押し付けられた柔らかな感触。
 では、と下がっていく男を、曹操は呆然と見送る。
 果たして今のは男の本心か。
 それとも体の良い牽制か。
「分からん」
 杯に残った酒をあおり、曹操は呟いた。
 何にせよ、と重なった唇の感触を味わうように、舌で唇を舐め、
「手強い男よ」
 と、また呟いた。



 了





 あとがき

 甘くない二人の小話でした。曹操様だと、鬼畜台詞をばしばし使えますね!
 でも、劉備さんも一筋縄ではいきませんが。

 さて、果たして本編での劉備の最後の台詞、牽制だったのか、本心なのか、それは皆さまにお任せで。




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