「そんなの無理……」
微エロ10のお題 6より
 諸葛亮×劉備


 縋るように男の腕に爪を立て、引っ掻くと、痛々しいまでの赤い筋が描き出された。出会ったころはまだ、農作業や日の下での作業が多かったのだろう。色の濃かった肌は今では白い。
 なおのこと、付けてしまった赤い筋が目立ってしまう。
「すま……っ」
 すまない、と謝る言葉は、男の動きに阻まれて、声は高く弾けた。孔明、と叱るように男を呼ぶ。
 普段は怜悧な輝きを宿してこちらを見つめる瞳は、今は激しい炎に炙られている。貴方が欲しい、と普段の雄弁さを用いずとも、その瞳はそう訴えていた。
 咄嗟に瞼を落として烈火を避けようともするが、すでに瞼の裏に映り込んでいる。嗚呼、とため息をこぼして、また揺すられ、ため息は喘ぎへと生まれ変わる。
 瞼を持ち上げて、再び男と視線を合わせた。
「もっと縋って下さいませんか。私に貴方を抱いている、という証を刻んで欲しい」
 耳元で囁かれた言葉に首を横へ振る。
「そんなこと、無理だ……」
 お前を傷付けるような真似、出来るはずがない。
「欲しいのです。貴方の眼差しも声も、乱れる姿も息さえも、確かに私の前だけのものかも知れない。それでも、この体に刻んで欲しい」
 男を表し、評す言葉に無欲、質素、慎ましい、という言葉を羅列する者もいる。
 しかしどうだろうか。
 今の男のどこにもそのような片鱗は見られない。
 貪欲に、ただ一つのものを渇望している、欲望に忠実な男の姿だ。
「出来ぬ……」
 男をそうさせているのが、自分という存在だということが半ば信じられず、拒絶したくはないのだが、無理だ、と言う。
 向こうとて、激しく求めることをやめはしないのに、こちらとて、相手を離すまいとしがみ付いているのに、お互いの求めるものはすれ違う。
「我が君……っ」
 泣きそうな声で呼ぶな。
 体に、心に、深く男が突き刺さり、仰け反って受け止める。
 男がいくら激しく追い立ててきても、ついに指は男を傷付けることなく、縋り付くだけに留まったのだった。

 牀台の中で、男が背を向けている。不機嫌なのは背中から伝わってきた。呼んでも無言で、すっかり拗ねている。
「なあ、孔明」
「……」
「つまらんことで意固地になるな」
「つまらなくありません」
 ようやく男が答えた。背を向けたままぼそり、と呟いた。
「では、無理なことを願うな」
 そっと、傷付けてしまった腕を取り上げて、赤い筋が付いた腕を掌で撫でた。
「私が良い、と申しているのです、無理ではありません」
 腕を引かれたせいもあり、男がこちらに体を向き直した。闇夜の中で、男の真剣な眼差しが射抜いてくる。こちらも、しかと見据える。
「私にお前を傷付けさせろ、と言うのか」
「証です」
「証にこだわり過ぎだ。第一、傷を付けたとしてもいつかは消える」
「では、そのときにはまた付けてください」
「無理を言う」
「承知しています」
「ならば……」
「不安なのです」
 射抜いていた視線が外れて、瞼が伏せられる。
「私だけを見ていて欲しい、などと申しません。私だけに見せてくれている姿があることも存じております。それでも、不安なのです。目に見える形が欲しい」
 貴方が私を愛してくれている証が欲しい、と男は腕に付いた傷へ唇を寄せる。
「我が君、お解りいただけないのですか」
 普段から、聞き分けの良い男ではない。政治のこと、軍事のこと、自分の君主としての態度、あれこれと口煩く訴えては来るが、筋の通った言い分だ。
 しかし時々、こうして困ったことを口にする。
 そして、今にも泣き出しそうな顔で訴える。
 阿呆、と心の中で呟く。
 分からず屋め。
 傷付けたくないだけなのだ。
 愛しい男の肌に、どうして好んで傷を付けられる。
 分からないなら何度でも言ってやる。
 お前が好きだと言ってやる。
 それでも納得できぬ、というのなら、そうだ、こうしてやろう。
 男の細い首を引き寄せて、胸元へと強く吸い付く。
 赤い、白い肌に浮き上がる赤い傷痕。
「……消えたら、また付けてやる」
 言うと、ようやく男の顔に笑みが浮かぶ。
「では、消えそうになる前に、貴方を抱きます」
「そんなの無理だ、身体がもたん!」
「ですが、約束してくださいました」
 微笑む男を睨み付ける。
「もしや、お前」
 にこり、と男の笑みはさらに深くなるばかりだった。



 終





 ある夜の出来事。
 しょかっつんはもっと我が侭言えばよいと思う。

 ところで、お題の「そんなの無理……」の解釈、
 まあ普通はナニを入れるのが無理……的な解釈だろうな、と思いつつ、途中までどうしようかと考えつつ、わざとやめてみました。




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