「歩き始めるために 立ち上がる勇気を与えてくれませんか」 君に贈る7つの懇願 関羽×劉備 |
髪を梳く手が温かい。 体を包み込む腕が力強い。 「もう、私を離すな」 「兄者は甘え上手ですな」 耳元で囁いた声が柔らかい。 「違う、お前が甘やかし上手なのだ」 言葉を返すと、そうですか、と低く笑われた。 義弟の体が揺れると、手入れの行き届いた立派な髯が頬をくすぐった。 くすぐったいぞ、と笑いながら文句を付ければ、そうですか、と目を細めて笑い返された。本気でないのはお互い様だ。 義弟の広い背中に腕を伸ばして体重をかけた。 劉備の重みを受けても揺るがない体躯が、絶対の安心感を与えてくれる。 甘やかし上手め、とやはり思う。 黙って劉備の好きなようにさせてくれる弟に、言うまい、と思っていたことが口をついた。 「雲長、このまま翼徳と一緒に三人だけでどこか、戦の無いところで静かに暮らさないか」 頬をくすぐっていた髯が大きく揺れた。弟の驚きが伝わったが、口に出してしまったことに、不思議と後悔はなかった。 兄者、と耳元で聞こえた声は、髯を通じて感じた驚きは滲んでおらず、どのようなときよりも静かだった。 「今回のことで良く分かったのだ。私は、お前たちがいないと何もできない、何かする気にもならなかった。ただ毎日お前たちの身を案じて嘆き、沈む毎日だった」 曹操を裏切り、徐州に立てこもったのは良かったが、あっという間に攻め込まれて劉備をはじめ、関羽、張飛の三人は生死も分からず散り散りとなってしまった。無我夢中で逃げ、我に返ったときに傍にいたはずの張飛の姿がなく青褪め、城に残してきた関羽の身の上を思いあたり、気が遠くなった。 同じように逃げ延びた人々がしきりに慰め励ますのだが、劉備の消沈ぶりは袁紹の下でも続き、彼を呆れさせた。 「劉備殿は弟御がおらんと、まるで魂を抜かれた者のようだな」 袁紹の言葉が胸に迫った。 嗚呼、そうなのだ。 関羽と張飛は、劉備の魂の一部、三人で一つの魂なのだ。 離れてみて痛烈に感じた。 「しかし、我らはこうして兄者の下へ帰ってまいりました」 「だが、また同じようなことが起きるやもしれぬ。そのときはもう、私は立ち直れないかもしれない」 臣下が、関羽の所在を探し出し、張飛の存在を風の噂で聞きつけてくれたからこそ、劉備は再び顔を上げることができた。 「兄者」 変わらず、関羽の声は静かだ。 「だってそうだろう、雲長。私は、お前たちがいれば何もいらぬのだ」 この腕と、その声と、耳に聞こえる心音と、それらがあれば何も望まない。 「嘘は、いけませぬぞ、兄者」 「嘘など言っておらん」 「では、どうしてこのように拙者に甘えていらっしゃる」 「久しぶりに、ようやく再会できたのだ、当たり前だろう」 「翼徳とは、なさらぬではないですか」 「あいつは、酒に酔って寝てしまっている」 「兄者が拙者にこうして甘えてくるときは、いつも決まっております」 頬に肉厚の手のひらが添えられた。逆らわず上を向くと、関羽の清んだ双眸が劉備を見つめていた。 唇をそっと吸われた。 久しぶりの感覚に、ぞくり、と背筋が甘く痺れる。 戯れのような、優しいだけの口寄せに、劉備の魂はぶるり、と震えた。 「雲長」 「分かっております、拙者は兄者の弟ゆえ」 背中に回している腕を首へ伸ばした。 「まだ、隠遁するには早いようですな」 「うん」 また唇を吸われて、そしてゆっくりと寝台へと倒される。 「兄者は甘え上手ですな」 「お前が、甘やかし上手なのだ」 何度も交わした言葉を、飽きもせずに繰り返す。 雲長―― 何ですか、兄者―― 「歩き始めるための勇気を、与えてくれないか」 御意に―― 兄者が言う前より、そのつもりでした、と劉備に覆い被さる瞳は静かに語っている。 敵わないな、雲長には―― 劉備は目を瞑り、これからも訪れるであろう辛い道のりを想像しつつも、頬をくすぐった髯の感覚に、くすぐったいな、と笑ったのだった。 終 というわけで、砂糖てんこもりの関劉でした。 最後のお題ですから、いいんじゃないかなあ、と思いつつ。 兄弟喧嘩してギスギスシリアスでも、 たぶん最後にはお題の話みたいにいちゃいちゃ甘々でいるに違いない、 という絶対の安心感が、関劉にはあるなあ、というお話でした。 |
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