「体の奥が蕩けそう」
微エロ10のお題 9より
 関羽×劉備


 艶やかな頬髯をしきりに撫で付けながら、雲長は困った顔をしていた。撫で付けている手が止まり、今度は毛先を指に絡めながら、眉間に深い皺を刻む。本当に困っているときの雲長の癖だ。
 義弟を困らせて楽しいのか、と聞かれると、そうだな、楽しいな。
 しかも、翼徳では駄目だ。雲長を困らせるのが実に楽しい。
 翼徳は一緒に馬鹿をやる相手で、弟なのだが、悪友みたいな、腐れ縁のような。憲和(簡雍)とは少し違う、頼れてふざけ合える楽しい相手だ。
 雲長は、うん、頼りになるのは確かだ。しかし頭は固いし融通の利かないところがあるから、ちょっと肩が凝ることがある。もちろん、そんなところも含めて好きなのだが、糞が付くほど真面目な男は、からかい甲斐があるのだ。
 困った顔をして、それでも私を決して無碍にせず、どうにか出来るのならしてあげたい、と真剣に悩んでくれる。そういうところも大好きだ。大好きだから、無理難題を時々押し付けて困らせる。
 困っている姿を見ると、嬉しくなる。
 たぶん、ちょっと私の愛情表現は歪んでいるのだろう。
 今も、雲長は私の願い事を聞いて、弱り果てている。
「難しくはない、と思うのだがなあ」
 向かい合い、空になっていた酒盃に手酌で酒を注ぎながら、私は首を傾げた。もちろん、雲長にとっては大変難しいだろうことは承知の上で、口にした。
 本当に私は意地が悪い。
「難しい以前に、出来ようはずがありませんぞ、兄者」
 案の定、やはり難色を示してきて、さすがに断ってきそうになる雲長へ、私は小首を傾げてちらり、と上目遣いをする。逃げ足と舌先で乱世を渡ってきている私にとって、自分をどう見せれば効果的なのか、熟知している。
 特に雲長相手ならばなお簡単だ。
「無理、か?」
 寂しげに言ってみれば、再び雲長の眉間に深い皺が生まれる。ああ、そんなに皺ばかり作ると消えなくなりそうだ、それはちょっと困る。思い直して、膝を詰めて眉間に指を伸ばす。
 私が何をするつもりなのか分からなかったのか、様子を見るつもりらしく、身動きしない雲長の眉間へ、伸ばした指先を押し当てた。
「すまん、そこまでお前が嫌だとは察せず。兄として失格だ」
 眉間の皺を伸ばした指を滑らせて、頬を撫でて目を伏せる。自在に操れる涙腺が早くも緩み、涙を浮かばせた。私の嘘泣きなど容易く見破れるほど長い付き合いだろうに、雲長は動揺を顔に上らせると、兄者、と弱々しく嘆いた。
「雲長、許してくれ」
 駄目押し、とばかりに涙を一粒こぼして、拭わずに雲長の額へ口付けた。
 さあどうだ、これで駄目なら、むしろ今度は駄々を捏ねてやる、と少々大人気ないことを考えた私だが、どうやら雲長の城壁を壊すことに成功したらしい。
 息が詰まるほど抱き締められた。
 それだけで、体の奥が蕩けそうになるほど熱くなる。
「雲長……」
 堪らず、自分でも驚くほど甘い声で雲長を呼んでいた。
「兄者」
 と返される声が低く響いて耳孔を疼かせ、背筋を痺れさせた。
 目を瞑り、雲長の唇が下りてくるのを待つ。
 柔らかく温かい感触が唇に触れ、すぐに離れていった。

 途端、わあ〜っと辺りから歓声が上がる。
「あっはっは、ほんとにやりやがった、雲長兄ぃ」
 手を叩いて酒を飲んでいる勢いもあるが、馬鹿笑いする翼徳に、憲和も笑った拍子に酒にむせて盛大に咳き込んでいるし、固唾を呑んで見守っていた奴らからは、ご馳走様です、と声を揃えて礼を言われた。
 一人真っ赤な顔をしているのは雲長だけだ。
「よ〜し、つぎ、つぎ行くぞ〜」
 差し出した竹筒に突っ込まれた十数本の箸を掲げて、私は遊戯の続きを宣言する。みなが箸を一本ずつ抜いて行き、声を揃える。
「帝はだーれだ!」
 俺俺、と手を上げるのは憲和だ。
「じゃあ、一番の奴が十番の奴へ、告白してみろー」
「……拙者が一番だ」
「私が十番!」
 私が嬉々として名乗りを上げると、雲長が再び頬髯を撫で始める。
「兄者、仕組まれておられないか?」
「いいや」
 私は笑顔で答える。
 楽しい宴は、まだまだこれからだ。
 後ろ手に隠した違う番号の箸を指先でもてあそびながら、雲長の眉間の皺を眺めてくすくすと忍び笑うのだった。



 終





 王様、だ〜れだ!
 ということで、兄者小悪魔編(笑)。
 実に平和な劉備軍(初期)でした。



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